妹の病

@NEKO-CIDER

第1話


 病室で、妹と二人。


「そーいや、お前の好きな小説が映画化するらしいな、りんご堂のなんちゃら~みたいなタイトルのやつ。」

「あー、そうなんだ。誰が出るの?」

「浜谷健が主演だったかな。」

「誰それ?」

「最近よくテレビに出てるだろ、知らないのか?」

「テレビ見ないからわかんないや。うるさいし。」

「学生なんだから、最近の俳優くらい知っといた方がいいんじゃないか?」

「本の方が好きだし、別にどうでもいい。」

「じゃあ、原作ファンとして実写化は反対だったりするのか?(笑)」


 面会に来て、妹と他愛ない話をする。すっかり慣れきってしまった、いつも通りの日。


「別に。どーせ映画なんて見に行けないから、どっちでもいいよ。」


 そう答える妹が寂しそうに感じるのは、俺がそう思いこんで、妹を見ているからだろうか。



 妹は小説をよく読む。本は、妹に頼まれた作品を、病院の図書室で借りたり、本屋で買ったりして、見舞いの時に俺が届けていた。友達もおらず、一人部屋の病室で過ごす妹には、貴重な刺激が小説の世界なのだろう。


 妹が興味を持ちそうな、新鮮な話題を持ってきたつもりだったが、行けもしない映画の話をしたのは失敗だった。話題が途切れてすぐに脳内で反省会を始めてしまう俺だったが、その反省会もまた始まったばかりで、妹の急な問いかけで中断してしまう。


「おにいちゃんってさ、わたしのことばっかで、彼女もいないでしょ。」


「ん?まあ、そうだな…」


 急になんなんだ、と思った。もしかして、自分のせいで忙しくて兄に彼女ができないのではないかと責任を感じているのだろうか?確かに妹にかかりっきりで忙しいことも確かだが、自分に彼女ができないのは別にそれが原因でもなく、ただモテないだけだろう。それを妹に言うのも、兄としての威厳を損なうようだし、どう答えたものか……。


 どう返すべきか迷っていると、妹が俺と目も合わせずに、言う。


「溜まってるんじゃないの?」


「……は?」

 俺は、妹の意外な一言に、ポカンとした。"溜まってる"?どういう意味だ?金がか?いや、性欲か?まさか、精子か?いや、妹がそんなこと言うわけないだろ、何考えてるんだ俺は……


「だから、溜まってるでしょ?彼女いないんなら、精子とか性欲とか。」


 俺が妹の言葉の意味を探る暇もなく、妹ははっきりとそう言った。聞き間違いではない。妹がはっきりと、俺に「精子が溜まっているかどうか」を問うている。


「何言ってんだお前急に、おかしいぞ、精子とか言って」

 動揺が隠しきれず、声が上ずって早口になる。

「おかしくないでしょ、べつに。男なら、彼女もいなかったら、溜まるでしょ。わたしだってもうそういう話してもべつにおかしい歳じゃないし。」

「そりゃまあ、そうだけど……」

 妹の言い分に少し納得しかけてしまうが、妹は普段そんな性的な話をしたりしない。やっぱり不審に思い、妹を観察していると、なんだかそわそわしている。


 そわそわしながら、続けて何か言いたそうに、ちらちらとこちらを見る。やがて、意を決したように俺の目を見ると

「彼女がいなくて溜まってるでしょう、わたしが手でシゴいて、射精させてあげるよ。」

 と言った。まるで、国語の教科書を読まされる小学生のように、妙に急いで早口で、感情のこもっていない、下手くそな噛み噛みの棒読みだった。


 俺がショックで固まっていると、妹は目を瞑って「すぅ、はぁ。」と息を整えると、改めて俺の目をじっと見つめて言う。

「わたしが射精させてあげるよ、おにいちゃん。」

 落ち着いた、しっとりとした色気を含んだ妹の声に、ぞくっとした。自分の中で、性欲のスイッチが入るのを感じた。確かに、自分は彼女もいなくて、性欲が溜まっているのだということを自覚した。射精させてくれるなら、射精させてほしい。こんなのおかしいだろう、そんなことしてはダメだろう、と思っているはずなのに(妹に手コキされるってどんな気分になるんだ?)という好奇心が沸き上がる。その好奇心に応えるように、海綿体には血液が集まり、ズボンの中ですでに射精のための第一段階の準備を完了していた。



「じゃあ、頼む。」

「うん、脱いで。」


 ベルトを外し、ズボンとパンツを下ろす。下半身丸出しで椅子に腰かけると、妹に面と向かって、ペニスが屹立していた。

 妹は大きな目をぱちくりさせ、ベッドから身を乗り出すと「すごい、おっきい……。」と感心しながらペニスをじぃっと凝視した。

「むかし一緒にお風呂入ってた時はもっと小さかったのに。」

「そのころのサイズのままだったら困る。」

「あははは、相手もいないのに困らないでしょ。」

 なかなかグサッとくる一言を発すると、妹はよろよろと起き上がり、布団から出て、ベッドの端に腰かけて俺に正対する。

「じゃあ、さわるね?」

 上目遣いで確認をとる妹にドキッとする。今まで妹を女として意識することなんてなかった(当たり前だ)が、幼いながら整った顔立ちの美人だと改めて気づく。

 妹が恐る恐る、大きく反り上がったペニスに手を伸ばし、触れた。病気の妹の、痩せた幼い指に触れられた健康なペニスが「びくんっ!」と跳ねた。「ぅわぁっ」と小さく驚きの声を漏らす妹。その光景はまるで、幼い子供が初めて動物に触るシーンのようだった。

 怖々と、同時にしっかりと兄の陰部の形を確認したいという意思を持って、亀頭、カリ、鈴口、裏筋、竿、玉、と幼く細い指がぴとぴと、掌がぺたぺたと触れる。

 ひとしきり陰部全体の確認行為を終えると、やがて妹の手はペニスをたどたどしく擦り始めた。

 緊張しているのか、手汗で濡れているのがわかった。

 妹の手の湿り気が滑りを良くして、ペニスがより大きな快感に包まれていた。

 真剣な表情を浮かべる美しい顔。たどたどしい手つき。瑞々しい手汗。

 幼い妹が大人に変わる瞬間に、兄である自分がペニスで立ち会っている背徳感が強い快楽になっていた。


「あぁ…もう、イキ、イキそう……!は、はぁっ……」

 妹は快楽に歪む兄の顔を興味深そうにしげしげと見つめながら、手の動きを速くして、上下に擦りあげた。

「あっ!イク!イク!イク!あっあっあっ!」

 びくんびくんっ!と複数回跳ね上がるペニスに慌てて添えられた妹の左手に精液がぶっかけられた。

 受け止めきれなかった精液がボタッボタッ、と床に垂れた。妹が慌てて「ティ、ティッシュ!おにいちゃん、拭いて拭いて!」と命令し、自分が出した床の精液を拭かされた。

「看護士さんとか先生にバレないよね……」と心配する妹。俺は射精の余韻でそれどころではない。

 妹の痩せた、白い、小さな腕と掌は、俺の精液が乗ってベトベトになっていた。精液は、白と黄色の部分が混ざっていて生々しく、かなり濃かった。

 充分な射精量だった。

 幼い妹の手コキで、兄の俺のペニスからは、濃い精液が、充分に出てしまった。


 俺は、自分のペニスをティッシュで拭いて、パンツとズボンを穿いた。

 妹は、自分の腕に付いた兄の精液をじっと観察していたが、突然「ぺろっ」と舌で舐め取った。

 俺が「何してるんだ、拭いてやるから腕を出せ。」と言うと「いい。」と拒んだ。

「良くないだろ、腕貸せ。」

「いい!いい!」

 仔猫の威嚇のように可愛い顔をキッ!とひきつらせ、尚も拒絶した。

 仕方なく放っておくと、妹は掌に溜まった精液をぺろっと舐めたり、腕に付いた精液をべろーっと舐めとって、もぐもぐ、くちゅくちゅと咀嚼して飲み込んだ。まだまだ残っている腕の精液をちゅるっと吸ったり、精液の付いた指先をしゃぶったりしては、どんどん精液を飲んでいた。

 俺が出した精液を一心不乱に食べている妹の姿は、食欲に突き動かされる行儀の悪い幼児のように可愛らしくも見え、淫靡で妖艶な、美しい妖怪のようでもあった。

「おにいちゃんの精子、美味しい。」

「そんなもん食っても美味しくないだろ。」

「そんなことないよ。病院食より美味しいよ。」

 妹は小さくふふふっ、と笑った。

 ひとしきり精液を舐め終えた妹は、ベッドに横になった。



 ──静寂。


 二人が沈黙すると、病室全体が気まずさに包まれた。妹の手を、射精の処理に使った。射精後の疲労感でぼんやりとして、現実感がない。

 非現実の余韻に浸っていると、

「きもちよかった?」

 と妹が訊く。

「あ、うん。」と答えると


「そっか。」


 と呟いて、満足そうに瞼を閉じた。

 俺は、病気の妹の、痩せこけてなお整った顔立ちを見つめていた。すぅすぅと寝息を立てるまで見守ってから、病室を出て、家に帰った。


 *  *  *


 目が覚めると、夜になっていた。

 部屋の中は消灯され、薄暗い。

 暗闇に目が慣れるまで、働かない頭で、眠りに落ちる前の記憶を整理する。

 いつも通りお兄ちゃんが来た。いつもとは違って、射精して行った。射精させたのは、私の手だ。

 目の方は暗闇に慣れてきたが、頭の方はまだ先程の非日常からの時間経過に慣れていない。さっきまでのことが現実だったのか、夢だったのか、判然としない。

 ベッドから起き上がって、掛け布団をどかすと、ふわっと変な臭いがした。自分の腕に、乾いてパリパリになった精液の残りカスがこびりついていた。そういえば兄の精液が腕について、舐め取ったんだった。舐め取りきれなかった精液が乾いたのか。自分の唾液が乾いた臭いも混じって、臭かった。

 精液と唾液の臭いで、さっきまでの非日常が現実であったことが証明される。看護士にバレてはいないだろうか?心配しながらも、まあ大丈夫だろうと楽観的に考え、よろよろとベッドから降り、手洗い場でお兄ちゃんの精液と自分の唾液を洗い流した。これであの事は、私とお兄ちゃんだけの秘密になった。

 私は、再びよろよろと歩いて戻り、ベッドに潜り込んだ。

 この狭い、何も起こらないつまらない部屋は、お兄ちゃんを手コキで射精させたことで、私たち兄妹以外は誰も知らない秘密の出来事があった、特別に刺激的な部屋に変わった。

 私は、今日という特別な一日をやり遂げた実感を噛みしめながら、瞼を閉じて、安らかな気持ちで、再び眠りの続きへと誘われるのだった。


 *  *  *


 妹が病気で亡くなった。

 覚悟はしていたことだが、やはりすぐには現実として受け入れ辛く、自分でも月並みな表現だとは思うが、心にぽっかりと穴が開いたような状態だった。

 妹の病室から、妹の遺品を持ち帰る際、棚の引出しから手帳を見つけた。ペラペラと捲ってみると、食べたものや読んだ本の感想、俺との会話など、簡単な日記のようなものが記録されていた。

 捲っているうちに、あの日の前後のことが書かれているページに辿り着く。



『今日も本を読む以外、特に何もしなかった。

 同じ歳の子達は、外に出かけたり、恋愛したり、色々な経験をしているんだろう。

 私は、治る希望も無いまま、この部屋で死を待つだけ。

 私の歳だと、まだエッチなことをする権利は無いらしい。だけど、私はエッチなことができる歳までは生きられない。権利を持つ前に、経験も無く死ぬ。まあどうせ権利があっても相手もいないんだけど。

 小説を読んでいると、よく年頃の男の子はそういうことばかり考えているって話が出てくるけど、本当にそうなのかな。お兄ちゃんもそういうことをいつも考えているんだろうか。

 もしも私が、射精の処理をしてあげるって言ったらお兄ちゃんはどういう反応をするんだろう。普段の私と違う私を見せれば、普段のお兄ちゃんとは違うお兄ちゃんが見れるだろうか。

 決めた。今度お兄ちゃんが来たら、試しに言ってみよう。どーせ死ぬだけの人生だ。怖いものなんてない。

 お兄ちゃんが喜ぶか、悲しむか、怒るか、笑うか、引くか、嫌がるか、わからないけど、お兄ちゃんならそんなことで私を嫌いになりはしないだろう。』


『昨日は日記書かずに寝てしまった。あのことを簡単に振り返ってみる。

 お兄ちゃんに射精の誘いを言うのが緊張して噛んじゃったし、上手く言えなかった。一応何回か練習してたのに……。

 お兄ちゃんは最初かなり動揺してたけど、私ができるだけエッチな感じで誘うと乗ってきた。

 お兄ちゃんのアソコは子供のころとは違ってすごく大きくてびっくりした。ガチガチに硬くなってて、それだけやっぱり射精したいんだなって、男の人の性欲のすごさを感じた。

 私に対して興奮しているのが、嬉しいような、ちょっとお兄ちゃんとしてどうなんだろうって微妙なような、でもそれ言うならお兄ちゃんにこんな誘いしてる私もおかしいよね、みたいな。それでも自分の女の子としての部分が出てくるのを感じて楽しかった。

 お兄ちゃんはいつもしっかりしてるけど、手コキしてる間は変な顔ではあはあ言ってておかしかった。なんかかわいかった。

 お兄ちゃんは射精したらすごいぐったりしてた、そんなに疲れるものなんだな。

 お兄ちゃんが射精して、私の手にかけた精液がどうしても気になって、全部舐めた。

 お兄ちゃんにそんなもの舐めても美味しくないだろ、って言われたけど、病院食より美味しいって言った。

 実際はお兄ちゃんの精液は苦かったんだけど、美味しいって感じたのは嘘じゃなかった。

 その後はもう眠くてあんまり覚えてない。


 今はすごく満足している。最初は好奇心だったり、投げやりな気持ちだったりで自分はこんなことしてるんだって思ってたけど、それだけじゃない。私は、思い出が欲しくて、思い出になりたかったんだ。つまらない、何もない人生で、何かひとつでも、他人と違う自分だけの体験が欲しくて、お兄ちゃんにも、私を一生忘れられないように、鮮烈な印象を残して、何度も呪いみたいに思い出して欲しかった。

 死ぬ前に私はやり遂げた。私は人生に満足している。』



 俺は手帳を閉じ、荷物をまとめて病室を出る。

 一階のコンビニに入ると、雑誌コーナーに浜谷健が表紙になっている雑誌を見つける。りんご堂のなんちゃら~って映画のインタビュー記事らしい。俺はその雑誌と、ホットコーヒーをレジに持っていった。店員は気が利かない奴で、雑誌とホットコーヒーの袋を分けずに、がさつに一つの袋に突っ込んだ。ぼーっとしていて注意できなかった俺も悪い。

 外に出て、病院を見上げた。もう来ることもないのか。ここへ来ても、もう妹には会えないのか。

 冬の乾燥した空気を誤魔化すように、ホットコーヒーを喉に流した。ブラックにするべきだったな、と後悔する。甘ったるいコーヒーは、俺の目を覚ましてはくれなかったから。


(終)


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