月夜の外縁(4)
ワタシのせいだ。ワタシの心がみんなから離れていたから心のバリアにヒビが入ったんだ。ヌイは狡猾で執拗でまるで水が染み込んでくるようで防ぎ難い。染み込んだヌイが集まり雨漏りのようにしたたりフソウの心に注がれたんだ。こういう時に備えて人形体には魂をデラヌイから脱出させる機能を持たせてあるらしいけどそれはヌイに魂を喰われるギリギリで動き出すらしく、フソウは今、ギリギリ寸前で耐えているから脱出機能が働かない状態で苦しんでいる。
「あぁん、もう!あの子耐えちゃってるわ」
「無理もないよ。ヌイの侵入に心を許すなんて事、ボクだって怖いよ」
フソウが脱出しない限りヌイを浄化して再び心のバリアをはることはできない。もしくは憐れな幼女人形を見捨てるか。フソウから離れて、心の繋がりを、関係性を切ってしまえば3人でバリアをはり直せる。考えてる時間はほとんどない。心が繋がっている限りヌイの侵食は4人全体に影響する。病巣を切除しない限り共倒れは時間の問題だった。
「シエン」
レイエンがこちらを見つめる。ワタシは目を伏せる。‥‥‥‥‥これはワタシのせいだ。けど、だからなんだというんだろう。ワタシはワタシの為にここにいるんだ。他人なんて必要ない。ワタシにはどれだけ苦しくても犠牲を払っても果たさなきゃいけない贖罪があるんだ。邪魔するものはそれが何であっても切り捨てて進む。その覚悟をあの声に約束したんだから。そうしなくちゃならないとワタシの‥‥‥‥、ワタシの失った何かが求めてくるから。
「だから切り捨てるよ。邪魔だから」
シソウは左手を横に払いながら刃を解放した。左の掌が中心から指先に向けてパカッと裂けて開き、青白い光が裂けた指先を通って円を描いて繋がると、裂けた掌から光の円を通って青白い光の小剣が伸び出る。月夜の湖面の如く静かな刀身に、侵食された幼女人形が写るとシソウの体は宙を舞い、フソウの頭上に来ると蒼い光が煌めき周りの黒く蠢くヌイどもを切り裂いた。シソウはフソウの目の前に着地した。
「シ‥‥‥‥シソウ」
「ワタシの‥‥‥邪魔をしないで‥‥」
俯きながらそう言うと、躊躇なく突き出された剣先が憐れな人形の胸に突き刺さる。光が弾けて憑いていたヌイを吹き飛ばし、辺りは時が止まったかのように静まった。
みんないなくなって静かになったら、きっと聞こえる。ワタシが探す、ワタシを求める声が、きっと‥‥‥‥‥‥。
剣を引き抜くとフソウの体は膝をつき倒れた。小剣をおさめ左手の変形を戻すとワタシは上を見上げた。夜空にはとても大きな青い天体が浮かんでいた。そこへ向かう光がひとつ見える。それはフソウの魂だった。
「うまくいったね」
レイソウが言った。
「過剰負荷で脱出機能を作動させたんだよね」
ワタシは目をそらした。そんなワタシにレイソウが肩を当ててくる。
「本当に壊しちゃうつもりかと思ったよ」
(ウソ。そんな疑い持つはずないでしょ)
ワタシはレイソウから少し離れる。
「そこまですること‥‥‥無かったから」
けど、レイソウはワタシのアタマを撫でてくれた。
「あらら、脊髄までいっちゃってるよ。シソウ、人形師に怒られるよ」
そう言って、ヒソウはフソウの抜けた人形体を背負う。この辺りは浄化したけど、ヌイはまたすぐ集まってくるから早く移動しなければいけなかった。
「人形体を転送できる場所探さないとね」
レイソウが場所を探しているあいだワタシは「周囲警戒」と言われて辺りをぽーっと見回していた。真っ暗な闇しかない。それのどこにヌイが潜んでるかわからないけど、辺りに嫌な感情はなかった。ワタシはすぐに飽きてデラヌイの夜空を見上げた。たくさんの煌めく星たちとひときわ大きい青い天体が浮かんでいる。あれがワタシたちが住んでいる星なんだって。そう言われても、実感無いよ。だって、あの星には外を見れる窓が1つあるだけだもの。自分が生きてるのかさえわからないんだ。まるで、魂まで人形みたいに‥‥‥‥‥。
ふと、気づいて戦慄した。青い星に徐々に暗く黒い影が満ち、円の縁が眩しく輝いている。
「夜明けがきた‥‥‥‥‥‥、レイソウ!」
デラヌイは夜の世界だ。夜が明ければ無くなってしまう。すべてが太陽に灼かれてしまうんだ。その時ワタシたちが居てはいけない。
「シソウ、はやく!」
レイソウが伸ばす手にワタシも手を伸ばす。まるで世界を滅ぼす爆弾が炸裂した瞬間かのように辺りが真っ白になって地面の感覚も無くなってしまって、吹き飛ばされてしまったのだろうか。ワタシはレイエンの手を掴めたのかな。すべての感覚が無くなって、こんな真っ白と真っ白な音の、時が止まってしまったような世界で、レイエンはワタシの手を掴んでくれたのかな‥‥‥‥‥‥‥。
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