三.秋祭りの準備(二)

 一通りの掃除を終えて、この日は解散という時になった。

 そこで僕は、ニーナがいないことに気付いた。さっきまでそこに座ってお茶を飲んでいたのに。

(記者の人って、自分の興味の赴くまま動き回るところがあるかもしれないけどさ)

 それでも一言言ってから動いてほしいと思う。探すのは、いつもこっちなのだ。

 僕は社務所を出て、境内を見渡した。

 小さなお宮だ。探せる場所は限られていた。

 拝殿の陰にもいないのを確認して、本殿の裏に回ってみた。

 この辺りをうろうろしていたら、また白い狐が現れるかもしれない。少しドキドキしながら、本殿の陰から顔だけ覗かせてみると、ぼそぼそと話す声が聞こえた。

 外ではなく、本殿の中から聞こえてきているようだ。

 声は一つではない。女性の声ともうひとつ。低くゆったりと話す声。

(ニーナと……、それから、相手はゴローさん?)

 そもそも本殿とは、ご祭神が鎮座する場所。おいそれと入っていい所ではないはずだ。取材するにしても、あんまり厚かましい気がして、僕はニーナが心配になってきた。取材の熱が高じて、話を通しやすそうな若手のゴローさんに、。本殿に入れてくれと頼んだんだろうか。

 そんな僕の心配をよそに、本殿の中のニーナの声が少し大きくなった。

「あの子を見たでしょ?」

 それに対し、ゴローはぼそぼそと聞き取れない声で返している。

 ゴローさんは何を見たんだろう。あの子って誰だ?

 それに――あの話し方だと、二人は知り合いのようだ。

 さっき取材していた時には、そんな素振りまったく見せていなかったのに。

「それを決めるのは、あの子自身だっていうことは私もわかってる」

 そんなニーナの諦めたような言葉を最後に、二人の会話は聞こえなくなった。

 彼らが本殿から立ち去った頃合いを見計らって、僕も境内の方に戻ることにした。

 戻ってみると、境内の入り口の狛犬の側にニーナがいた。ゴローの姿は近くにはない。

「あ、カズキ」

 ニーナが僕を見て手を振った。

(探していたのは僕の方なのに、なんで僕が見つけてもらったみたいになってるんだ)

 ニーナが以前ここを訪れた時に知り合ったのだと考えれば、二人が顔見知りだったとしても何も不思議はない。でも再会を懐かしんで話をするのは、何も本殿の中でなくていい。

 二人が何の話をしていたのか気になったけれど、尋ねてみる勇気も僕にはなかった。

「帰りますか」

 僕はポケットから軽トラの鍵を取り出しながら言った。

 分家のおじさんも連れて帰らなきゃな。そう思って、社務所に呼びに行こうとしたら、

「秋祭りまでにはまだ間があるから、私、一旦他の取材に行って来るわね」

 ニーナが僕の背中に向かって、今思い付いたような口ぶりで言った。

「そうなんですか?」

 慌てて振り向いた僕に、ニーナは出会ってから一番の笑顔を見せた。

「うん。だから、今日はここでお別れするわ。カズキ、またね」

「あ、うん。また」

 僕の初めてのお客様とは、ひとまずここでお別れのようだ。

 でも彼女とは、またすぐ会うことになる。そんな気がしていた。


 彼女と一緒に過ごしたのは、本当にわずかな時間だった。

 その間に、僕の中にはたくさんの不思議の種が撒かれていて、その種は じきに芽吹くことになる。

 そのことを、この時の僕はまだ知らなかった。

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