血濡れた声は、もう僕には届かない
行無 舟人
1話 終わりと始まり
人々が血に濡れた彼を囲うなかで、彼は男に日本刀を向けられていた。無数の死体が、彼の周囲に転がっている。
「名は?」
男は、彼に怠そうに言うと、彼を見つめ直した。その目に迷いはなく、今の状況をすんなりと受け止めている。
それに比べ彼は、狩る側でいた自分が狩られようとしている事実に動揺が隠しきれていない。
「名は?」
男はもう一度言った。それに対し、ようやく彼は口を開いた。
「宍戸 優斗です」
おずおずと答えた優斗は、ナイフを握り直す。
「その必要はない」
男は優斗へと言葉を投げると、ナイフを持つ手に鞭を落とし、ナイフを遠ざけた。黒い霧が男を囲んでいるかと思えば、それが晴れると新しい武器を手に握っている。
そして霧の中に武器を落とすと、武器をどこかへと消してしまう。囲んでいた観衆は様々な物を彼らへと投げ込んでいく。『殺せ、生かすな』何度も聞いたような黒い音が、優斗の心を今一度支配しようとする。
「黙れ!」
男の言葉に、狂うように声を上げ続けていた観衆は静まり返った。優斗は彼を見上げた。青空の下で、彼が観衆に向けて何かを叫んでいる。だがその言葉を聞くこともなく、優斗は意識を手離した────
「……ゆ……と……」
「優斗! おい優斗!」
突然の声に優斗は飛び起きると視界に映る男に挨拶する。
「お早うございます。大宮指導教官」
「相変わらず堅苦しいな」
大宮は笑うと、優斗は一つ溜め息を溢した。
「また見ました。自分の罪の夢を」
「どうだった?」
「あの時の感情を思い出すことは出来ません。強いて言えば鞭は痛かったです」
優斗の言葉を聞くと、大宮は彼の肩を一度叩いた。
「気負うなよ。お前だけじゃないんだ、使えないのは」
その言葉に何を答えるでもなく、優斗は窓の外へと視線を向けた。もうなにも残されてはいない東京を見ると、自分がそこに暮らしていたんだという事実を忘れそうになってしまう。栄えていた東京が、今では瓦礫の山となって、放置され続けている。その理由となる、罪の擬人化『人外』。そして人外に身体を乗っ取られた『罪呑』
敵が蔓延る東京に、罪を犯してから二年の歳月を経た優斗は、新幹線に乗り向かっている。その傍らには優斗の加わる隊の仲間が楽しそうに話している。
もともと話に加わるタイプではなかった優斗だが、この隊でいれることは不思議と嫌ではなかった。それでも自分の罪が消えるわけもなく、時おり見せる皆の苦痛の表情を見ては、自身の罪を思い出し、罪悪感に駆られてしまう。
だが、ここにいる皆は同類なのだ。過去に悲惨な事件を起こした当事者。本来ならば捕まっていたはずの優斗たちであったが、罪呑を倒せるのが罪人のみだと判明したとき、保釈する代わりに罪呑を倒す、という使命を背負うこととなったのだ。
死刑囚でさえも、今は茅の外で暮らしている。だが、治安はそう決して悪くはなかった。異能力を脅しに使えば他のものたちに容赦なく殺される。
その点で言えば今尚死刑囚であることに変わりはないのかもしれない。
血濡れた声は、もう僕には届かない 行無 舟人 @ryuuu0501
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