第4話 特別賞を引き当てろ! 中編

「――課長、飲みに行きませんか」


 終業のベルと共に、予定通りに上原うえはらさんが動いた。

 課長はてぷてぷとした丸いお腹を揺らしながら「良いねぇ」と笑っている。だいたい課長が誘いを断るわけがないので、第一関門はあっさりとクリアだ。ちなみに「飲みに行きませんか」と誘ったけれども、課長自身は酒が飲めない。けれども、居酒屋が好きなのだそうだ。会田あいださんと上原さんが豪快に飲む横で、白いご飯と味噌汁のセットを頼み、ちょこちょことおかずをつまむのである。



 さて、顧客管理課全員で仲良く歩いていると、次に動いたのは会田さんだった。


「――ああそういや、課長。あそこのモールで抽選会やってるんですって。券とかお持ちじゃないんですか?」

「あったかなぁ……ああ駄目だ、持ってないよ。僕、ああいうところであんまり買い物しないからさぁ。ほら、若い子達の場所って感じで、ねぇ」

「意外と課長くらいの年の人もいますけどねぇ」

「そうなの? 何か華やかすぎてちょっと恥ずかしいんだよねぇ」

「ああ、でもわかる気がします。若い子はそれだけで無敵ですからね。でも、我々にはこれがあるじゃないですか」


 と、上原さんが財布を出した。年齢に見合った額で膨らんでいる二つ折りの財布である。


 そう、僕を除く3名は結構もらっている。

 ウチの会社は営業部以外はぶっちゃけ年功序列なので、こんな窓際部署でも長く勤めていればそれなりにもらえるのだ。


「まぁ、僕達みぃんな独り身だしね、お金は貯まる一方だよねぇ」


 さりげなくモールの方へと誘導しながらそんな話をしていると、会田さんが「いやいや!」と声を上げた。


「俺いま一緒に住んでる子いますから!」

「えっ? 会田さん、いつの間に?」

「『小雪こゆきちゃん』でしょう? いつも言ってますもんね」

「まぁな」

「そうなの? いやぁ会田君も隅に置けないねぇ。式には呼んでねぇ」


 課長が嬉しそうに頬を緩める。後光が差して見えるような恵比寿スマイルである。すると上原さんがくくくと喉を鳴らした。


「課長、違いますよ。会田君が言ってるのは猫です」

「え~? 何、会田君、猫ちゃん飼い始めたの? 小雪ちゃんって言うんだぁ。良いなぁ。僕、猫ちゃん大好き」

「課長も飼ったら良いのでは?」

「ずーっと飼いたいって思ってるんだけど。ウチのアパートって、ペット禁止なんだよ」

「じゃあ課長、今度一緒に猫カフェ行きましょうよ。岡崎君も一緒にどうですか。もちろん会田君は抜きですよ」

「何で俺をハブるんだよ!」

「そうですよ、会田さんも一緒に……」

「いいえ、いけません。そんなの小雪ちゃんに対する浮気ですからね」

「あ、そっか……」

「うぐぐ……確かに……!」

「あのねぇ、盛り上がってるところ悪いんだけど……」


 ぷくぷくしたちょっと短めの指で、課長が申し訳なさそうに上原さんの肩を突いた。


「お誘い、すごく嬉しいんだけど、実は僕、猫アレルギーもあるんだ」

「えええええ!?」

「ちょ、課長、それ早く言ってくださいよぉ!! い、一応、スーツはきっちりコロコロしてきましたけど! 大丈夫ですか? 俺、少し離れましょうか?!」

「ううん、大丈夫みたい。全然気付かなかったし。だから僕はね、これから先もずーっと猫ちゃん飼えないんだぁ……」


 しょんぼりと肩を落とす課長は何だかいつもよりも丸くて小さい。

 猫が好きなのにアレルギーって、めちゃくちゃ可哀相だ。だけどこればかりはどうしようもない。

 会田さんは課長を慰めようとしているのだろう、飼い猫小雪ちゃんの可愛い画像を上原さん経由で見せている。自分で見せずにわざわざ上原さんを経由させたのは、課長のアレルギーを気遣ってだろう。皆課長が大好きなのである。




 そんなやりとりをしているうちに会場へと到着した。正面出入り口から入ってすぐの広場でやっているらしく、ずらりと列が出来ている。券を持っているのに気付いた係員のお兄さんが、急いでください、と課長に声をかけた。さすがは上原さん、いつの間に補助券を課長に握らせたんだ。


 全員が並んでしまうと列が長くなってしまうので、券を持っていない人は端に避けることになっているらしく、僕達はしばし課長とお別れである。課長はというと、周囲の熱気に押され、ちょっ心細そうな、不安そうな顔をしていた。「会田くぅん、上原くぅん、岡崎くぅん……」という声まで聞こえてきそうである。課長が犬だったら、耳は完全にぺたりと寝、しっぽもしょんぼりしているだろう。


「課長、大丈夫でしょうか」

「あとは天に任せるしかありませんよ」

「信じるんだ、俺達の課長を」

「そうですね。なんてったって、『ミラクル課長』ですから」


 まぁ『ミラクル課長』ではなく、『箕六みろく課長』なんだけど。


 

 さすがは最終日、この日までにためにためた券をどっさりと持ってくるおばさんなどもいるようで、なかなか進まない。それでも少しずつ少しずつ我らがミラクル課長は前進し、ついにあと数人、というところまできた。


「でも、最終日ですし、もう特賞は出てしまっているのではないでしょうか」


 誰に対して、というわけでもなく、僕がそう呟くと、会田さんは僕の背中をトントンと突き、「あれ見てみ」と『抽選会場はこちら』という看板の方を指差す。

 看板の隣には紅白の幕がかけられた長テーブルがあり、まだ残っている商品がずらりと並べられている。既に出てしまった新米30㎏や国産牛の塊肉のところには写真のみが展示され、真っ赤な花と『●●様』と書かれた名札がぺたりと貼られていた。けれど、特賞の国内旅行券をはじめ、まだ出ていないものも多い。赤い花と名札が貼られるのをいまかいまかと待っている。


「さぁ、次は課長ですよ」


 長テーブルを見つめていた僕の肩を上原さんがとんとんと叩いた。


 

 

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