第2話 休憩室の危機を救え! 後編
「
「ああそうか、
「上原さん?」
我が休憩室の一大事だというのに2人はのんきなものである。ここはWi-Fiなんて気の利いたものもないからスマホで動画だって見られないというのに。
「時間的にそろそろじゃないか?」
そんなことを言って、会田さんは「湯でも沸かしておくかなぁ」とやかんに水を入れ始めた。
「ポットのお湯はまだ残ってますよ?」
「いやいや、まさかポットの湯で淹れたコーヒーなんてよぉ」
「はい?」
僕達いつもポットの湯で淹れたコーヒーですよね?
「こういう時のためのドリップコーヒーもちゃんとあるんですよ」
と、上原さんが、お歳暮とかでもらったのだろうギフトセットの箱の中を戸棚から運んで、1杯ずつ個包装されているドリップコーヒーを取り出した。
「こういう時? どういう時ですか?」
「まぁ、黙って待ってろ。もうすぐ『奇跡』が起きるから」
またも繰り返される『奇跡』という言葉に首を傾げていると、廊下の奥からガラガラガラガラという音が聞こえてきた。あの音はコピー用紙を運ぶ時に使っている台車だろうか。
「会田くぅん、上原くぅん……岡崎君でも良いから、手伝ってよぉ……」
助けを求めるようなか細い声である。あの声は課長だ。
「そうら、来たぞ。上原、あと頼むな」
会田さんがコンロを上原さんに託して休憩室を飛び出した。
上原さんは「はいはい」と言いながらマグカップにドリップコーヒーをセットし、甘党の課長のためにスティックシュガーを3本用意する。
「ほらほら、『奇跡』のお出ました」
数秒の後に現れた会田さんは、両手で大きな段ボールを抱えている。そのど真ん中にでかでかと貼られているのは『特賞 大型液晶テレビ』という紙だ。
「え? え? な、何で……?」
「いやぁ、助かったよ会田君、ありがとう。まさか当たっちゃうとは思わなくてさ。いや、僕としては4等のタコ焼き機が欲しかったんだけど」
「あ、当てたんですか? 課長が?」
「そうなんだよ。僕、たまにすごくくじ運が良いんだよね。――ああ、上原君ありがとう。うわぁ、何かすごく良い香り~」
てきぱきと新しいテレビを接続している会田さんに「すまないね」と声をかけつつ、課長は、ぷくりと突き出たお腹をさすりながら、上原さんの淹れたコーヒーをふうふうと冷ましている。台車の上に乗せているコンビニのレジ袋の中にはお弁当が入っていた。
「課長、お弁当温めましょうか?」
「良いの? ありがとう」
笑うと目がなくなる課長は、その体型も相まって恵比寿様にそっくりだ。にこにこと笑いながらレンジの中でくるくる回る味噌カツ弁当をじっと見つめている。
「課長、どうぞ」
「ありがとう。わぁ、美味しそう~。いただきます」
「でも課長、良いんですか? せっかく当たったのに」
「もぐもぐ……ごくん。良いんだよ、全然。ウチにテレビあるしさ。最近調子悪かったでしょ、ここの」
「でも、だったら新しい方と取り換えるとか……」
「いや、ウチのやつより小さいし。それにウチのテレビ……」
「課長のテレビが?」
「昨日買ったばっかりなんだもん。あはは、さすがにテレビばっかりあってもねぇ~」
「確かに!」
世の中にはこんなに運が良い人っているんだなぁ、としみじみ思う。僕なんてせいぜい6等の醤油くらいなものだ。いや、でもお昼休みに醤油が当たっても困るだけだが。まぁ、テレビが当たってもちょっと困るけど。
「岡崎君、課長はね、こういうことが度々あるんですよ」
「度々、ですか?」
「そう、僕達――いや、この顧客管理課にどうしようもない――それでいて結構しょうもない危機が訪れた時に必ずこうして『奇跡』を起こしてくれるんです」
「そんな、偶然では?」
「これが本当に偶然かどうかは、お前にもいつかわかるよ」
接続を終えた会田さんが、いつもの情報番組にチャンネルを合わせて会話に加わる。「おお、まだ熱愛スクープか」なんて呟きつつ。
僕は美味しそうに味噌カツを頬張る課長を見た。見れば見るほど恵比寿様だ。そういう目で見れば、何だか本物の恵比寿様が人間になって僕達の危機を救いに来てくれたようにも思えてしまう。
僕はその時に知ったのである。
我が顧客管理課の
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