O-SET学教(株) 本社ビル5階 顧客管理課の奇跡

宇部 松清

第1話 休憩室の危機を救え! 前編

「おい、本当にもう駄目なのか」

「駄目です、うんともすんとも」

「寿命ですね、仕方がないですよ」

「ですが、会田あいださん。諦めきれます? 上原うえはらさんも」

「そりゃ……なぁ、だけど仕方ないだろ、岡崎おかざき


 休憩室である。

 愛知県は長久手にある、そこそこに歴史があり、そこそこ大手と呼ばれている我がO-SET学教(株)の本社ビル5階で、新卒の僕と先輩である会田さんと上原さんはうんともすんとも言わなくなったを囲んでいる。


 というのは、テレビだ。

 僕が物心ついたころには、テレビというものは薄型が当たり前になっていて、じいちゃんの家にある花瓶置きが実はクロスをかけられたブラウン管のテレビだったのを知った時、「昔の映画で見たやつだ!」と興奮したのを覚えている。僕にしてみれば、どうして昔のテレビはこんな無駄にデカかったんだと思うわけだが、じいちゃんばあちゃんは、その新しい薄型テレビがやって来た時、「上に何も置けないテレビなんて……」とこれまで上に置いていた特大の将棋の駒(これもなかなか謎のアイテムだと思う)を抱えて途方に暮れていたらしい。


 まぁ、いまは「やはり4Kは違うのう!」って言ってるけど。


 さて、そんな前時代の置き土産が、なぜかこの休憩室では現役だったのである。



 名古屋で『O-SET学教(株)』といえばそこそこの知名度がある企業だ。有名なのは『突破先生』という名前の高校受験対策教材で、それ以外にも資格試験用の教材や手芸や工作、ペン字などの趣味の講座などもあり、そのすべてに通信添削サービスが付帯する。価格が高いのはそれを含んでいるからなのだ。


 その顧客情報を管理する部署、それが僕達の所属する顧客管理課である。『突破先生』はかつて営業部の人間が対象宅を一軒一軒回って契約していたが、最近ではそれに加えてテレビCMやインターネット広告からの申し込みがあったりして、ぽつぽつと県外の顧客も増えている。その顧客を管理するのだから、さぞかし優秀な人材が――と思われたかもしれないが、それは違う。


 管理しているのはコンピューターであって、僕達ではない。そりゃあそのコンピューターに何かあれば対応しなくてはならないわけだけど、そういうのはその専門の部署がある。


 じゃあ、何をしているかっていうと、顧客情報を印刷したファイル(さすがにPCでのデータのみだと不安だから)の整理だとか、支払いが滞っている顧客へのDMダイレクトメール(そういうお客さんは電話が止まっている場合も多いため)を作成したりと、そういうことをしている。


 まぁ、つまり、いわゆる窓際部署ってやつなのだと思う。名前は立派なんだけどね。他の会社の顧客管理課とは絶対に違う。


 

 そんな部署であるから、他課の人達が利用するカフェテリアとかに足を踏み入れるのが何となく気が引けるということで、空き部屋を利用して作られたのが、僕達の憩いの場、休憩室なのである。もちろん非公認ではない。ちゃんと総務の許可も取っている。数年前に定年退職したらしい当時の総務課長は、そんな彼らの思いを汲んでくれ、快くOKしてくれたのだとか。単なる厄介払いでないことを切に願う。


 けれども、これはこれで案外居心地が良い。

 日替わりランチは食べられないけど、ポットもあるし、カセットコンロ(ガスボンベは自腹)もあるからインスタントラーメンだって作れる。長年使い込まれたレンジはまだバリバリ現役だし、何の問題もなかった。はずだった。


 僕達はお昼になるとここに集まってお昼の情報番組にやいやい言いながら、コンビニで買った弁当を仲良く食べる。上原さんは定期的にカップ焼きそばやレトルトカレーを買ってきては、会田さんから「お前は毎回匂いの強いものを買ってきやがって」と軽く非難されながらも「羨ましいでしょう?」と得意気にそれを食べるのだ。


 そんな平和なお昼休みが。


 昨日さんざん若井わかいケンジと老田おいたマナミの

20歳差熱愛スクープで盛り上がったのに! 昨日まであんなに元気だったじゃないか、お前!! いや、たまにザーザーしてたけどさ。


「総務に備品申請……します?」

「通るわけないだろテレビなんて」

「でも、営業の方では結構色々申請してるって同期が……」

「ばぁっか岡崎、営業とここを一緒にするなよ」

「そういうもんなんですね」

「営業は花形ですからね、僕らみたいな地味部署とは違うんですよ」

「地味っていうなら経理課だって……」

「経理課はあれで権力を持ってますから。何せ彼らが渋ればいくら総務がOKを出しても金は動きませんし」

「そんな」

「でも、大丈夫だ、岡崎」

「何が大丈夫なんですか? 会田さんが自腹で直してくれるんですか?」

「何で俺が。違うんだよ、こういう時はな『奇跡』を待つんだ」

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