第2話
「奴隷市場、ですか」
グレイの言葉を復唱して大島は目を幾度となく瞬かせた
「どうしたね、君」
「イエ、何も」
大島の所作に不思議そうに声を掛けて来るグレイに、大島は頭を振る
-奴隷売買、という物は
当然の如く致されているのだ、と
(其う云えば、英国人は奴隷を買うなど致すのだったろうか)
船乗りと為ってから長らく経った現在、大島は其を確かに知り得て理解など致して居る訳であるが
併し、母国たる日本では其う云った市等は無く
-否、暗には存在し得るのやもしれぬが
兎も角、大島にとってはあまり受入れ難く在る事実・風習であり
故に、現在テーブル向かいで悠々と食後の茶を嗜んでいる船長-グレイが
奴隷、という物に興味を示す事を
些か受け入れ難く在ったのである
元よりグレイと懇意と為ったのは、共にすこぶる冒険な気質であり、且義侠の精神に富んでいるという同気を彼に愛され。
船長と船乗りという立場であれど、兄弟が如く間柄となり
此の様にして肩を並べ二人、休暇に旅など致す事に至った訳である
(-義侠、とは)
大島は考える
正義を重んずる男伊達。
其の男気を共に感じたが故、船長・グレイと御互い
義兄弟と、同志と成り得た筈であり
其の様な意識を尚己が根底に抱いて居るが故に
大島は靄がかる心持ちを覚えて居た
-併し、ともあれ
船長の言葉に従わぬ訳には、伴わぬ訳には行くまいと
大島は同行の意を了承した
「奴隷売買の日では無かった様だね」
埃っぽい市中を歩き、此の国の名物たる奴隷売買の場へと辿り着くも
其処には石造りの小さい小屋の様な物があるばかりで
随分広々とした砂原-さながら校内の運動場の如き場には
多くの驢馬と駱駝が居り、其れ等を盛んに売買している姿があった
人も、獣もおなじとは此の事か
大島は且呆れ、且歎息した
其の傍ら、グレイがひそと息を吐いている
湖の色味の瞳を苦く細め乍
おそらくは、グレイも大島と同じ心情なのであろう
-併し、船長は奴隷を欲して居るのだ
其の様な意識、薄靄を抱え
大島はグレイと並び、市場を去った
そうして諸所歩いてみるものの、あまり興味を誘う物は無く
麺麭屋で焼いている麺麭が丸く平たい事が珍しい、と云う位であった
「英国の麺麭とは随分違いますね」
「其うだね、日本国の麺麭とも違うかね。君達は見目似通うて居る風に見えるんだが」
グレイの言葉に、大島は肩を竦めて見せ
其れ以上言葉を返す事等は無かった
「是は学校の様だね」
ぶらり手持無沙汰に土着の学校と云う場を訪れると
何とも不規則な並びで十五、六人の生徒が砂地に胡坐をかき
其うして同じく胡坐をかいている教師と思しき人物の周囲に勝手次第に座っており
亜剌比亜文字を習う姿が在った
其の後、牢屋-
実に不潔である其処を覗いて見ると
中の輩、皆々口々に銭でも菓子でもくれろと二人へと言って来る
グレイが「試し」と菓子をそ、と寄越してみると
彼等は宛ら餓鬼の様、飢えた獣、熊の様に其れを貪った
其の光景を見て、グレイはひそと溜息を零した
「残念だな、肝心の目的として来た奴隷の具合を見たかったのだが」
さも落胆した風な-否、退屈した風にも聞こえるグレイの言葉に、大島も表情を曇らせる
「私もその奴隷です」
と、後方より突然、流暢な英語で言う声がした
グレイと大島が驚き振り返ると、其処には稚くも怜悧な様相の
愛らしい少年が立って居た
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます