終章:たぶん友情のために
48 -翌週-
高校の授業が再開したのは、魔犬による侵攻のなんと次の週だった。
まぁ、明悟と結良が『拾い読み』達を倒した次の日以降には魔犬の組織だった侵攻は一切見られなかったので安全を確保出来たと判断したのだろうけれど、それにしても性急過ぎるようにも思えた。
どうにも、愛知東部で未だに住人をやっている者達には、何となく『災害慣れ』してしまっている部分が有ると思う。魔犬やドッペルゲンガーの事件には最大限警戒をするが、それはそれとして過剰な警戒になり過ぎずに日常生活は営み続けたいとする感覚。命を脅かされる事も生活の一部だとどこかで割り切っているのかもしれない。人々の逞しさに感服させられるが、同時に胸を締め付けられるようないじらしさも感じる。
すっかり英気を養って変身のための魔素収束時間も回復させた女子高生姿の明悟は、露天の駐輪場に自転車を停めて新哉駅へ。
電車を待つサラリーマン達の人数がいつも(平時)とあまり変わらないな、と周囲を観察していた明悟に対して「薙乃さん……?」と、声を掛ける者がいた。振り向くと、明悟と同じ多那碧川高校の制服を着た女子生徒が立っていた。背格好と髪型から、仮面を付けていてもそれが小野佳奈恵だと見て取れた。
「小野さん。無事だったんだ、ねっ……!」
明悟が言葉を発し切らない内に、小野は強く明悟を抱き締めていた。
「無事で良かった!! 心配してた~」
普段の温和で落ち着いた小野の態度からはちょっと予想し辛かった動作から、明悟は少し驚かされてしまった。
「じょ……、情熱的……」
そんな軽口で照れ隠ししながら、明悟も小野の腰に手を回した。
電車の中で明悟と小野は、お互いの家族や周りの人物、知っている範囲の知人達の無事について話題を咲かせた。それから、魔犬が侵攻して来た際、どのように避難したかについて。無論明悟は、『父親』の秘書の車で浜松市まで避難したという嘘の筋書きを披露したのだが。
「でもさ、今回の魔犬が攻めて来たのって、シフト・ファイターが出て来てくれなかったら本当は危なかったんだよね?」
興奮気味にそんな話題を振る小野に、内心、「やはり来たか」と身構えながら、「シフト・ファイターが最前線でかなり奮闘してくれたのは事実らしいね……」と曖昧な態度で話を合わせた。
自衛隊の哨戒機が撮影した映像で、明悟が有角魔犬と戦闘している映像がバッチリ記録されてしまっていた。もっとも、半田崎市が膜で覆われた辺りで自衛隊の哨戒機は撃ち落とされていたので、自衛隊が把握していたのは瑠璃色のコスチュームの魔法少女と2体の
半田崎市を覆った膜については恐らくIKセキュリティ(あと『最初の人間』)以外に真相を知る者は居ないだろう。一般人や自衛隊サイドは、瑠璃色の魔法少女か、別のシフト・ファイターに因る能力ではないかという完全に思考を放棄した説を信じるしかなくなっている。ただ、膜が出現した前後から魔犬の侵攻が散漫になった事から、魔犬を倒すための何らかの攻撃だったのではないかとする説が一般的になっているらしい。
『拾い読み』を倒した直後明悟と結良は、夜の闇とシフト・ファイターの脚力に頼って明悟が半田崎手前までやって来た際に利用した山道を引き返した(明悟が乗って来たバイクは案の定『拾い読み』の砲撃によって破壊されていたので、近場の廃墟の中に残骸を隠した)。そして新哉市の参道の入り口辺りで待機していた北森達が乗るトラックにピックアップされ、そのまま浜松市に逃れる渋滞の列に紛れた、という経緯である。
その日の夜から今朝まで、明悟は割りと穏やかではない心持ちで日々のニュースに目を通していた。先日は余りにも派手に立ち回り過ぎた。何処かで致命的な情報が嗅ぎつけられ、IKセキュリティとシフト・ファイターの関係が明るみになる可能性があった。幸い今日までメディアやインターネット上では『蒼の魔法少女』の再登場に盛り上がりこそすれ、その正体について具体的に言及している者はいないようだ。
それから結良の変身に関して。多那橋駅周辺に現れた
当局各機関は表に出していない情報を持ち独自に調査を進めている可能性が有り、今後暫くはそういった手合いの動向をより敏感に注視していかねばならないだろう。実際、先回りしてシフト・ファイター達に関する情報を隠蔽する工作が密かに行い始めている。悪の秘密結社的所業である。
……最悪、鶴城薙乃の『正体』が明るみになるのは構わない。自分一人が責め苦を受けるなり贖罪をすれば済む話だ。しかし結良は、結良の正体だけは隠し通せないだろうかと明悟は願っている。彼女には、そんな大人達の煩わしいいざこざとは遠い所で、健やかに生きて欲しいと願っている。
「……うん、改めて鶴城さんが無事で本当に良かった」
小野はまた改まって、思いのたけが溢れ出るのに任すようにしみじみと口にした。
「わたしの勝手な印象なんだけどね、鶴城さんって、ある時不意にいなくなっちゃいそうな儚さが有るの」
「私が、儚いのかい……?」
……随分不思議な事を言うものだな。明悟は内心訝しんだ。
「病気で休みがちだったからそういう印象を持っているのかもしれないけど、鶴城さんの存在って、わたしの中で少し特殊で、普通に会話したり学校に一緒に登校するのが凄く特別に感じてしまう時が有るの。気を抜くとある日どこかに消えて姿が見えなくなるみたいな一期一会感が有る」
「……」
「例えるなら、活動休止の噂が有るアイドルグループの活躍を見ているような気分」
「……アイドルグループ?」
酷く本質的な事を見抜かれてしまっている気がして内心ヒヤヒヤしていたが、小野がわかり易い喩えとして持ち出したアイドルグループの話が逆に明悟にとってはピンと来ず、急に活動を休止したアイドルグループがファン達に如何なる精神的不調を与えるかという小野の演説に話がギアチェンジしていった。……有名な歌手が若くして命を落とすとそれに近い現象が起こる気がするね、ジョン・レノンとか。いや、ごめん、ビートルズの偉大さはちょっと共感出来ない、鶴城さん渋過ぎるよ。
明悟と小野が教室のドアから中に入った瞬間、教室内に安堵の溜め息のような音が響き渡り、二人は面喰った。室内のクラスメイト男女問わず全員が入り口の自分達に注目し、それぞれの視線の真剣さに明悟達は驚かされた。
「鶴城さん! 小野さん!」
嬉しそうと言うより悲痛を押し殺すような表情で茅原舞子が駆け寄って来て、明悟達が挨拶を返すより早く、茅原は二人纏めて抱き締めた。
「うえーん、良かったぁ~、無事で~」
ちなみに「うえーん」というのは泣き声を表すオノマトペではなく、実際に「うえーん」と発声したものだ。二人纏めて力強く抱き締めてくる茅原に対して、小野は若干戸惑った様子で「おおう、情熱的だ」と返した。
茅原にホールドされた状態の二人の周りに他の女子生徒達、明悟と小野が普段しばしば会話する学友達が集まり、お互いの無事を喜び合った。幸いにも、今回の魔犬の侵攻では民間人・自衛隊共に死者は出なかったようだ。しかし、放課後の生徒達が学校や通学路に散り散りになっているタイミングでの避難警報は、クラスメイトそれぞれの動向が捉え辛い状況で、お互いの無事が確かめられなかった。改めてこの教室で顔を合わせる事でようやく無事を確認出来た者も居るだろう。
不意に、再び教室内からどよめきが溢れる。入り口に樫井良治が立っており、入室と共にクラスメイトが一斉に安堵の溜め息を漏らした事に驚かされているようだった。そして、すぐ傍で明悟と小野が茅原に抱き締められている光景に更に顔をギョッとさせた。
カリキュラムはつつがなく、しかしどこか浮ついた空気を帯びながら消化されていった。
授業の前に全校集会が行われ、校長先生(明悟と同じ年齢)から先日の魔犬侵攻に関する話が生徒や教員の無事を喜ぶ言葉と共に展開された。教室に戻った後も担任の先生から、校長の話の焼き増しのようなそれが暫く口にされ、授業が始まる。学校側では全生徒の無事は確認されたようだが、まだ避難先から多那橋に戻って来ていない生徒も若干数おり、教師達も授業に入る前に事件当日の身の上話から始めるものだから、どの授業もどうにも緊張感が無い。ただ、数学の教師が「休校が続いたから、祝日に登校しないと授業の予定範囲を消化出来ないかもね……」と口にした時は、教室の中に剣呑な緊張感が、『殺気』と言ってしまっても差し支えないような空気になって教室を満たした。
そうして昼休み。
小野と茅原との被災時の近況報告を兼ねた昼食の終了を見計い、いつもの階段の頂上に位置する屋上への出入り口まで移動し、携帯電話のメールチェックを行う。
色々な、色々な事が起こり過ぎた。問題が山積している。
会社の被害状況の確認は勿論だが、今回の件を反映した防衛方針の転換を自衛隊や国が口にする可能性は多分に有り、IKセキュリティもそれに則したサービスの改良を求まられるだろう。そもそも今回のシフト・ファイターに関する情報を当局がどこまで把握しているのかも知っておきたい。仮に当局に会社とシフト・ファイターの関係が露見していても、相手の持つ情報量を知っていれば会社へのダメージを最小限に出来るかもしれない。
そしてシフト・ファイター自体の研究。結局、第二段階に長時間変身出来るようになった明確な理由はハッキリしていないのだけれど、その理由の究明と並行して、第二段階の状態でどの程度の事が出来るのか、何がどう変わったのか、子細な研究を行うプランが急ピッチで策定されている。昨日、新哉市の資材倉庫の地下ドームで早速研究チームを前に変身して見せたが、曳山を始めとする研究チームの表情に、明悟を調べ始めた初期の頃の様な新鮮な驚きと興奮が見え隠れしていた。モルモットになる側としては内心少しだけ物怖じさせられる圧力が有るのだが。
そして『最初の人間』なる組織の存在。魔犬を操る事が出来、そもそも魔犬を造り出したと自称する彼らに関しては結局何もわからないままだ。『広報官』も『拾い読み』も魔素の粒子になって消え去ってしまい、形を残す物は何も残さなかった(唯一、『広報官』が乗っていた自動車は手掛かりになる可能性が万に一つはあったが、『拾い読み』を倒した後に調べた車の中には不自然な程何も無く、前以て持ち物を処分していた形跡があった)。……彼らは少なくとも『鶴城薙乃』と原田結良がシフト・ファイターであると知っている。ハッキリ言ってゾッとしない話だが、彼らは、その情報を無闇に拡散しようという意志は無いらしい。『広報官』の言を信じるのなら、『最初の人間』は魔法の伝播と普及に関係の無い行為には興味が無いらしいから、魔法少女の正体を世間に明らかにした所で何の意味も無いのだろう。しかしこちらは、明悟としてはそうはいかない。魔犬を造り出し、操る事が出来る組織など無視する訳にはいかない。必ず彼らの存在を白日の下に晒して然るべき制裁を与えなければならない。そして、明悟が『最初の人間』の核心に近付けば近付く程、あちらに薙乃と結良の秘密が明かされる可能性、それ以上に直接の危害を与えてくる可能性が高まる。
……どうも、自分がこれまで会社人として生きてきた経験とは違う次元の駆け引きを要求されていて、未知の重圧に明悟は酷く気が重くなった。考え得る可能性を想定しひとつひとつ精査していく様な地道なやり方しかないのだろう。何処から手を付けるか考える以前の、どれだけ手を付けるべき項目が有るのかを整理する前の段階だ。最悪、明悟自身を会社から切り離せば多くを守る事が出来る(無論それは最期の手段で、出来れば御免被りたい所だ)。会社組織の事はともかく問題は原田結良だ。彼女に危害が及ぶ事態だけは何としても避けねばならない……。
視界の端に不意に、階段の下の踊り場に人影が現れ、ギョッとして明悟は顔をスマートフォンから持ち上げた。
「こ、こんにちわ~」
原田結良だ。明悟の驚いた反応に少し申し訳無さそうに遠慮がちな笑顔で挨拶する。
「驚かせちゃった?」
「ああ、少し驚いたよ」
明悟は、膝を立てがに股気味に広げて座っていた状態から慌てて脚を閉じ、スカートの皺を直しながら脚を揃えて座り直す。結良は、そんな様子に少し微笑みながら明悟の隣に腰を下ろす。
「良くここがわかったね」
「ああ、さっき薙乃さんのクラスに行ったら茅原さんが教えて貰ったの。薙乃さんが独りになりたがっている時はここだろうって」
「……成程ね」
明悟としてはこっそりと隠れているつもりだったがバレバレで、しかもかなり気を遣われているらしい事が見て取れてしまい、若干申し訳無い気持ちにさせられた。
「私も、今日中に結良さんに会っておかねばと思っていたんだ。悪いね、君の方に探させるような事をしてしまって」
「いやいや、それは全然いいの」
「……あれから、身体の具合はどうだい? 大事無いかい?」
「ううん、全然。すこぶる良好」
「脳は、大丈夫かい。後遺症みたいなものは?」
「それも平気みたい。まぁ、元の自分がどんなだったか覚えてない位に頭の中が作り変えられてる、とかだったら平気かどうかわからないけど」
「恐ろしい事を平然と言うね!? 君は!」
明悟は呆れつつ驚いてみせると結良は小さくクスクスと笑った。
「どう、薙乃さんから見て? わたしの頭の中は作り変えられているように見える?」
お道化ているが、微かに真剣なニュアンスも加味されている風な口調で質問する結良。
……屋上へのドアの隣に明り取りの擦りガラスの窓が有り、取り込まれた淡い光に結良の柔らかな笑顔が照らされている。その奇跡の様な光景の尊さと経てきた日々の過酷さに明悟は打ちのめされそうになった。
「大丈夫、いつもの結良さんに見えるよ」
明悟の言葉に結良は屈託無く笑う。『いつもの結良』というものを自身がどれ程理解出来ているか、未だに甚だ疑問ではあるが。少しは理解が深まっているのだろうか?
先週の戦いの後、浜松のIKセキュリティ本社に移動した直後、結良は簡単な体調確認の後直ぐに眠りについたらしい。そして次の日に病院で本格的な検査が行われた後両親の元に返された。
浜松に着いた後は結良と喋る機会は全く無かった(浜松に着いて直ぐに用意された個室で変身を解除した。身支度を済ませて本社の人間に顔見せを済ませた後には既に結良は泥のように眠りに就いていた)。なので面と向かって会話をしたのは浜松への移動中のトラックの中が最後だ。トラックの中では、明悟が例の怪物形態(モード・フリークス)の魔犬のような姿について話題を振ると、結良は変身アイテムを手に入れる事になった経緯と有角魔犬と戦うに至った流れを申し訳無さそうな気持ちを滲ませつつ説明してくれた。新たに変身出来るようになったのを黙っていた事や一人で戦いに出向いた事を結良は謝罪したが、結良が抱えていた無念や自責が明悟には痛い程理解出来てしまい、とても責める気にはなれなかった。そして恐らく、結良の一連の暴走ぶりに明悟も慣れてしまっている部分が有る。そこで明悟は、結良が初めて『拾い読み』と『広報官』に出会った時の話、数年に渡り造り続けていた魔素の拳銃の話を聞かされた。『響け、造物の鐘(ディンドン・ブラウニー)』で造り出した物とは違うが、製造に時間は掛かるが、造り出しても消えない魔素の銃。
「とすると、結良さんは都合四回、シフト・ファイター能力が変化した事になるのか」
「あっ、そうなるのか」
『戦場』からの帰り道のトラックの中、明悟がそう指摘すると、結良は逆に驚かされたようだった。
「シフト・ファイター能力ってこんなにぽんぽんと変更されるのもなの?」
「いや……、わからないな。シフト・ファイターのデータ自体数が限られている」
そう答えた明悟に結良は「そりゃそうだよね~」と待ち構えていたような言葉を返す。
「結良さんの能力変化で消えない拳銃が造り出せるとしたら、私の変身用コンパクトもそういったシフト・ファイター能力で造り出せるのかな?」
「……あの、栄美ちゃんのドッペルゲンガーが持って来たっていうアレ?」
「そう、ソレさ。……義父(ちち)はずっと疑問に思っているんだ。栄美さんは義父に変身アイテムをどうやって用意して何のために託したのかとね。『響け、造物の鐘(ディンドン・ブラウニー)』で造るに強固で強力過ぎる物だしね。何かの切っ掛けで栄美さんのドッペルゲンガーの能力が結良さんのように変質したとするならば辻褄が合う」
それを聞いた結良は軽く小さく納得したように相槌を打った後、「どうして栄美ちゃんのドッペルゲンガーがお義父さんにコンパクトを託したのかは、まだ分からないの?」と、逆に質問をされたので、明悟は内心疑問に思いながら「いや、わからないな……」と返した。
「いやこれは飽くまでわたしの勝手に想像した仮説なんだけどね、多分栄美ちゃんはおじいちゃんとおばあちゃんを守ろうとしたんじゃないかな?」
「守る……?」
心中に湧きあがる戸惑いを押し殺しながら明悟は反芻する。
「栄美ちゃんは本当に家族の事を心配していたから。多分家族を守るための武器として、変身アイテムを渡したんだと思う。栄美ちゃんのドッペルゲンガーがコンパクトを渡しに来たって話を聞いた時、わたしが反射的に思い付いた筋書きがそれで。うん、勿論わたしの勝手な想像だから真相はもっと別にあるかもだけど、栄美ちゃんならそういう理由で渡しに行く可能性はあると思う」
その仮説を訊かされた時、明悟は薙乃の演技を忘れて、言葉を失ってしまった。飽くまで予想の域は出ないが、少なくともこの時明悟は、打ちのめされる程に納得させられてしまっていた。この後の『薙乃』としての返答が酷く狼狽して曖昧なものになってしまった程に。
「ところでさ、薙乃さんのお義父さんは何か言っていた?」
「……え?」
結良の言葉で先日の記憶から回想から現実に戻される明悟。
「わたしの仮説について。薙乃さんが必ず伝えるって言っていたから」
「ああ、その件だね……」
その件に関しては回答を用意していた。と言うか、明悟としても『栄美の友人』のその意見は決して無視出来ない重みを持っていた。
「義父も『そう思う』って言っていたよ。私が伝えた時は少し驚いていたけどね」
「うん」
「多分義父も結良さんと同じ考えを持っていたんだと思う。ただそれは飽くまで義父一人の中の推測でしかないからね。きっと結良さんが同じ考えを持っていた事を知って、納得出来た部分が有ったと思うよ」
「ん~、わたしの方もただの想像なんだけどな……」
「それでも、独りで思索し続けるよりはずっと救われるんじゃないかな」
「救い……」
明悟の言葉に、結良は若干身構えたように思えた。……いささか、『明悟』の方の内面に踏み込み過ぎた言葉を使ってしまったかもしれない。『鶴城薙乃』の客観的な視点で、明悟の考えを想像するシチュエーションを貫かねば。
「あと、義父にお礼を言っておいてくれと言われたよ。考えを伝えてくれてありがとう、とね」
「あ、うん。どういたしまして、とお伝え下さい」
何故か敬語である。お互い小さく笑った。
「そう言えば薙乃さん」
「何?」
「今日中にわたしに会っておきたかったってさっき言っていたけど、何か用事が有ったの?」
「いや、大した事は。単に君の無事を確認したかっただけだからね。もう今の時点でそれはわかったからね」
「んー、成程。わたしは元気です」
「承ったよ」
「いやわたしはてっきり、また薙乃さんのお義父さんの会社から何か訊きたいとか調べたいとかそういう話があるのではないかと?」
「ああ……、そういうのはまだまだ先みたいだよ。戦いの後始末や何やらで会社の人達はてんやわんやだよ。結良さんにまで注目が向くのは、多分もう少し先になるんじゃないかな?」
少なくとも、『鶴城薙乃』の方をある程度調べ終えた後になるだろう。
「そっか……。わかった。……以上?」
「? え、ああ、以上さ。」
唐突に質問の終了を確認された事に明悟は少なからず戸惑った。まるで、質問の内容そのものより話が終わるタイミングの方が重要だったかのように。
それから、結良は明悟から視線を外し、小さく素早いが鋭く、深呼吸を始めた。それから、酷く真剣な表情でたっぷり一秒程目を閉じた。
何事かと声を掛けるべきか悩み始めていた時に結良は目を開き、真剣な表情のまま明悟に視線を向け、質問を投げ掛けた。
「薙乃さんの正体って、もしかして鶴城明悟さん?」
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