47  -晩年の魔法少女-

 

 明悟は相変わらず下を向き、小手型ディスプレイを喰い入るように見詰めていた。映っているのは自身を真上から撮影した光景。ドローンから撮影されたコンマ5秒前の映像が絶えず映されていた。ドローン搭載型カサジゾウからドローンが射出され空撮が行われていた。幸い、敵方でドローンを撃ち落としそうな相手は『拾い読み』のみ、しかしその『拾い読み』は現在結良と交戦中。とてもではないがドローンになど構っている暇は無いだろう。

 ドローンから送られてくる映像から近付くドッペルゲンガーの位置を把握。明悟は一定の距離まで迫って来た高校の制服姿の自身の分身に向かって銃撃。画面上のドッペゲンガーが魔素の身体を抉られて雲散する様子を確認する。

「強化したカサジゾウに込められた魔素の収束率をカサジゾウに相互に計測させたのですが」

 耳の無線から曳山が冷静な口調で告げる。

「収束率は硬化された直後の安定した状態からみるみる低下しています。飽くまでも魔犬の収束率を参考にした仮定になりますが、恐らくあと数分でカサジゾウを変身させている魔素が拡散してしまうものと思われます」

「……はい」

「それに問題は薙乃さん本人の残りの変身可能時間です。現在の収束可能魔素量は読めませんが先程確認したコンパクトの光量から予測すると、もう折り返し地点に差し掛かっていると見るべきだと思います」

「……帰りの分も残しておかねばなりませんしね」

「はい。

そして残されたリソースで貝殻に守られたプラネタリウムを破壊せねばならない訳ですが、先程『広報官』と戦った時の方法では恐らく時間が足りない。銃撃の間に変身可能時間が終わってしまいますし、再びカサジゾウに『武器を識る者ウェポン・マスタリー』を使おうにも残量に不安が有る」

「……グレネード弾を使うしか」

「はい」

「……ただタイミングを合せる必要がある」

 曳山から引き継いで磯垣が話を始める。

「単発の攻撃では恐らく防がれて終わりだ。幸い『拾い読み』は原田くんが足止めしてくれている。カサジゾウは狙われないだろう。ここからは司令部側の指示に従ってくれ。魔素収束可能量の節約もしたい、ドッペルゲンガーが近付いてきた時の迎撃も最小限にするため、こちらで指示を出すまで撃たないでくれ」

 明悟は覚悟を決めるように嘆息した後、「わかりました」と返す。そして、ここからの『予定』を訊きながら明悟はドローンが映す地上の映像の中のシフト・ファイター:原田結良に視線を落とす。

 ドッペルゲンガーの集団は私服姿の結良と制服姿の鶴城薙乃の2種類が犇めいている。『拾い読み』は薙乃の素顔を直接見る機会が無かった。今転写している薙乃の姿は『広報官』が用意していた資料の写真を組み合わせたものに過ぎない。……ドッペルゲンガーのコピーとしての精度は著しく低い。と言うより、ドッペルゲンガーのコピーとしては殆ど成立していない。薙乃がこのドッペルゲンガーを見ても果たしてアイデンティティーにダメージを与えられるかどうか甚だ疑問であるが、それを試そうとは薙乃はしないだろう。結果的に行動を制限出来ているので『拾い読み』としては狙い通りだ。

 薙乃の視界は抑えた。しかし結良の方はドッペルゲンガーを意に介さず的確に『拾い読み』を攻撃する。実際にドッペルゲンガーの顔を見ている筈なのに気絶する素振りさえ見せない。あの『目』に、何か別の能力があるのだろうか? ……何となくこの状況にも結良は対応して来るだろうという予感が『拾い読み』にもあった。あちらの能力が予測を超えるならば、こちらも出来る事を全て試すしかない。

 黒く塗り潰された顔のドッペルゲンガーを腕と爪で掻き分けながら結良は『拾い読み』を追う。『拾い読み』は他の原田結良の偽物の陰に隠れながら、自身に届きそうな斬撃を槍でいなしながら心なしか消極的に応戦している様に見えた。

 そして『拾い読み』がドッペルゲンガーの後ろに身を隠す様な動きをした後、結良は『拾い読み』を見失ってしまった。『拾い読み』が盾にしたドッペルゲンガーを引き裂いて蹴散らしたが、その先には槍を持った原田結良の姿は無かった。巧くドッペルゲンガーの集団に紛れたのか? いや、有り得ない、『血黒裘の覆いブラッディ・スリーブ』の目がドッペルゲンガー一体一体をタグ付けしているのでどこかに紛れてもすぐに見つけ出せるはずだ。今の見失い方はまるで、急に消えて無くなってしまったような……。

 消えて無くなる?

 結良が『拾い読み』を見失ったタイミングに呼応するかのように新たに十数体の人影:半田崎市の住人の像が現れて、それらにドッペルゲンガーの白い身体が転写されていく。……この様に景色に人影やドッペルゲンガーを映し出せるのなら、ヒトが居る場所に『何も無い風景』を映し出す事も出来るのではないだろうか? 今新たに現れたドッペルゲンガーと共に紛れる様に姿を現したか、それともまだ姿を消しているのか……?

 増援されたドッペルゲンガー達は既に結良のすぐ目の前まで近付いていた。結良は右腕を振り被ってドッペルゲンガーを引き裂こうとしたが全身の目玉は自身の背後に注目していた。周り込む際にぶつかられてよろけたドッペルゲンガー、踏まれ蹴られた現実の小石が偽りの街の像から弾け飛ぶ一瞬、景色の転写が間に合わずに微かな揺らぎが生じた風景を、結良の魔素の目は見逃さなかった。

 結良は右腕を振り下ろす動作を停止し、振り向き様に自身の背後に左腕を、『保存特権の盾ストレージ・シールド』のバリアを展開した。

 すぐさまバリアに、何かが穿たれた様な衝撃が保存される。結良はそれを球体に変換せずに、そのまま盾の向こう側へ撃ち出す。光線の様な衝撃波が発射され、石のように硬い何かを削る様な音が響く。

 恐らくそれは赤い腕、景色を映し出していた薄い魔素の膜が反射された槍の衝撃により剥離し、シフト・ファイターのコスチュームの赤が露出してしまったのだ。

 結良はその発見された腕から『拾い読み』の全身の位置を逆算し、爪の斬撃で一閃する。『拾い読み』はそんな攻撃をまたしても槍で払い防ぐ。

 結良は後退しながら爪を防ぐ『拾い読み』に追い縋った。


「位置に付いた! 薙乃君、今だ!!」

 結良と『拾い読み』の争いをドローンの空撮から喰い入る様に見詰めていた明悟に、磯垣から号令が飛ぶ。明悟は弾かれた様に立ち上がり、走り出す。

 視線は腕の小手型ディスプレイに向けたまま、ドローンの空撮からドッペルゲンガーの位置を確認し、ハンドガンの乱射で蹴散らしながら、虚ろな結良や薙乃の偽物をタックルで跳ね飛ばし、足を取られない様に気を付けながら走る。

 足元と、ディスプレイの表示だけを見ながら走り、『目的地』を目指す。

目的地。そこには2台のカサジゾウが待ち構えていた。ただしそれらはまだ明悟のシフト・ファイター能力が掛けられていない素の状態の小柄なカサジゾウ。機体の正面を、鎮座するプラネタリウム状の装置に向けていた。

明悟はほんの一瞬だけ前方を確認し、2台のカサジゾウの頭部に触れ、それぞれに対してそれを囁く、『武器を識る者ウェポン・マスタリー』。

しかし今回は全体を亀の甲羅のように仰々しい変質はさせなかった。強化した箇所はグレネードランチャーだけ。機動力も装甲も追加の機関砲も必要とされていなかった。

 明悟は更に走り、端末のディスプレイで周囲にドッペルゲンガーが居ないのを確認しつつまた前方に視線を投げる。すぐ傍に散乱している、カサジゾウの残骸からグレネードランチャーの砲身を拾い上げた。結良がスーパーミズタニに到着する前に偵察に来ていた機体の残骸である。結良が辿り着く前に『拾い読み』に破壊されていたのだ。

 明悟は拾い上げたグレネードランチャーの残骸を目視し破損個所を確認、魔素で補う部分と強化する部分を見極める。

「『武器を識る者ウェポン・マスタリー!』」

 そして能力発動。グレネードランチャーの残骸は瑠璃色の炎に包まれ、腕程の長さの、黒く燃える炎の様な仰々しいデザインの大砲に姿を変えた。

 明悟はそれを構え、左腕のディスプレイ以外を見ない様に注意しながらプラネタリウムを狙う。

「準備が出来ました! 始めて下さい!!」

「よし! 攻撃開始!!」

 明悟からの連絡を受け、磯垣が号令を発した。

 それを受け、明悟が走って来た方とは反対側に待機していたカサジゾウ、明悟と共に『広報官』と戦っていた3台からグレネード弾が発射された。魔素により強化されたグレネード弾は瑠璃色の航跡を描きプラネタリウム状の装置に殺到。しかしグレネード弾は、プラネタリウム状の装置の手前に現れた貝殻の盾によって阻まれる。

 戦車のひとつでも吹き飛ばしかねない様な爆音が立て続けに3回。

 周囲の原田結良と鶴城薙乃は爆風に吹き飛ばされ、受け身も取らずに地面に転がる。

 結良と、姿を消していた『拾い読み』が思わず身を竦めて爆音の方向に目を向ける。

 グレネード弾を防ぐ貝殻の盾が出現した時点で明悟は狙いを定め、爆音と爆風の渦に怯む事無く、魔素の大砲を発射。

 グレネード弾は貝殻の盾目掛けて飛翔。しかし貝殻の盾に着弾してもグレネード弾は爆発せず、ロケットの様に魔素の噴出を推力にしながら、ドリルのように回転し、貝殻の盾を掘削し、めり込み、その内側に身を沈め、

 込められた魔素の推進力を使い切った時点で、大爆発。

 乳白色と瑠璃色の魔素が轟音と共に拡散。みし、という致命的に何かが砕ける音が周囲に響き渡る。宙に浮いた貝殻の盾は、中心から爆風に負けてひび割れながら吹き飛んでいた。

 貝殻ひとつの強度は他の貝殻と相関関係にあると、先程の『広報官』との戦闘で仮説が立てられていた。つまり、貝殻をひとつ破壊すれば、他の貝殻も大幅に強度が落ちると考えられた。それゆえの一点突破、火力を1枚の貝殻に集中させた。

 爆発と同時に、先程明悟がグレネードランチャーのみを強化させたカサジゾウ2台がグレネード弾を発射。グレネード弾は空中で崩れゆく貝殻の盾の破片を跳ね飛ばし、その奥のプラネタリウムに到達した……!

 響く爆音。その中に繊細な金属かガラス製の装置が割れ砕ける様な甲高い騒音が混じる。

 周囲のドッペルゲンガー達が動きを止める。そして顔が浮腫んだ様に全身を構成する魔素を浮き上がらせ、原田結良と鶴城薙乃の輪郭をうっすらと残したまま魔素の粒子となって浮き上がり、拡散を始める。

 本物の結良が砕け散るプラネタリウムから眼を逸らし、自身の前方に視線を向け直す。

 転写された透明の風景と、原田結良のドッペルゲンガーの外皮が剥がれ落ち、シフト・ファイターのコスチュームと仮面姿の『拾い読み』がその場に立っていた。

 彼女は槍を構えてこそいるが、何か放心したような、自身の行く道を悟った様な脱力した気配が漂っていた。

 結良はそんな様子を敢えて無視し、魔素の爪を振り下ろした。

 振り下ろし引き裂き引き裂き引き裂き引き裂き続けた。


 『拾い読み』が『最初の人間(と後に名乗る事になる組織)』に身を置いたごく初期の頃、彼女には『拾い読み』と『喰い散らかし』の二つの呼び名が与えられた。与えられたのだが、「相手を貶めるニュアンスが強過ぎる」から『喰い散らかし』という呼び名が使われる事は滅多に無かった。それがある種の、ぼんやりとした優しさだと判断出来るようになったのは随分最近の事だ。打算的な面はあるだろうが、『拾い読み』は『最初の人間』からそれ程ひどい扱いを受けた記憶が余り無い。ぼんやりとした優しさ、特に無碍に扱う必要性も無いからそれなりに好意的に接しようという程度の優しさはあったと思う。

 まぁ、自分は、そのぼんやりとした優しさを裏切った訳だが。

 凍結させていた『広報官』の記憶が解き放たれた。制御を失い勝手に溢れ出て来た、と言う方が正しい。しかしやはり自分の大部分を構成する女性としての性質とは相容れず、『拾い読み』が自身の意志決定に使用している領域と対立を起こして自分が解けているように感じられていた。内側と外側が、魔素の収束が維持出来ずカオスに向かっていると感じられていた。

 裏切りの罪悪感など無い。ただ、女性達の記憶を喰らい尽くして、ぼんやり優しかった『広報官』の記憶まで喰らって、何の成果も無く消えてしまう結果に見当違いな申し訳無さを感じていた。自分の無意味さ加減に、無意味なものに帰っていく感覚に押し潰されつつあった。

 視界に写っているのは原田結良。

 自分とは違うコスチュームを身に付け、両腕と目に魔素の覆いをしている。

 自分であって自分とは違う存在。

「『原田結良』さん……」

 全身が結良の爪によってずたぼろになった『拾い読み』が、仮面に覆われた頭を傍らに立つ結良に向けて声を発した。

 結良は黙って言葉を待つ。

「ごめんなさい……。わたしは、栄美ちゃんを守れませんでした……」

 その言葉に、結良は小さく首を振る。

「それは、もういいよ。わたしもそれは責められない」

 結良は『拾い読み』の頭を魔素の掌で覆い、そのままそれを握り潰した。


 夜の帳が降りる。

 厳密には既に夜なのだが、半田崎市の景色に貼り付けられた魔素がプラネタリウムの破壊により剥がれ始め、青空のあちこちに穴が空き本来の夜の闇が姿を現しているのだ。

「結良さん!」

 明悟は結良の傍まで駆けつけた。

 立ち尽くす結良の傍には全身から魔素を噴き出し続ける『拾い読み』の身体。頭部は砕かれ、かつて結良が着ていた物と同じデザインの深紅のコスチュームには引き裂いたような傷がいくつか見られる。このまま『拾い読み』の身体は形を無くし雲散するのを待つだけだろう。

 結良は『拾い読み』の亡骸には目もくれず、呆けたように半田崎市の風景を見渡していた。

 半田崎市の風景は、剥離する途中だった。

 穏やかで平和な、陽の光に照らされた街を偽装したかつての風景は淡く消え、夜の闇と、暗い廃墟に虫に喰われるように戻っていくその最中。

 結良はその風景を力無く口をぽかんと開けたまま眺めていた。

 まるで目の前の全てが自分の手から離れ、虚無の内に晩年を迎えるような無力感を湛えているようで。

 明悟は、思わず結良の手を握った。

「帰ろう」

 明悟言葉に振り向いた結良は、口元に、小さな微笑みを作って見せた。

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