46 -ドッペルゲンガー・エクスプローション-
2度目の爆発は、『拾い読み』によって造られた大砲の在った場所で鳴り響いた。それも立て続けに2回。
1回目の爆発はIKセキュリティの戦闘ロボットが大砲を狙って発射したグレネード弾が大砲に掛けられていた魔法『
収束が解ける直前の大砲を『
大砲で撃ち抜く予定だったターゲット・原田結良はまだ生きている。真後ろから狙い打たれたはずだったのにギリギリの所で砲撃を飛び退いて躱し、爆風で跳ね飛ばされたがゆっくりと起き上がる動作からは大きな怪我を負っているようには見えなかった。
そして、その様子を観察している『拾い読み』もよたよたと起き上がっている最中だった。結良が投げ付けた球体から発せられた雷撃によって吹き飛ばされはしたが、それは致命傷にはならなかった。シフト・ファイターに変身し強化された魔素の身体は感電の衝撃でも収束が解けない程に強固だった。全身を揺さぶられる様な衝撃を反芻しながら『広報官』は、結良が新たに得たシフト・ファイターによって作られた『盾』と『目』について考えを巡らせていた。
『人間を殺すためだけの装置』を『
そう、本来は一人コピーする度に数カ月馴染ませなければならない。先週多那橋市で女性をコピーしたにも拘らずついさっき『広報官』をコピーしたのは、『拾い読み』にとってはかなりの無茶だ。しかも『広報官』は男性、今は彼の記憶を無理矢理凍結状態にしているが、恐らく消化不良の『広報官』の記憶が自分の中で拒絶反応を起こし、自身の自意識に内側から喰い破る様な致命的な損傷を与える可能性があると『拾い読み』は察知していた。
それはいい、今は結良を排除する方法だ。
人を殺すためだけの道具、つまり呪いの藁人形とか念じるだけで人を殺せる機械とか、そういう物は造る事が出来ないにしても、『結果的に』人を殺す道具、大砲とか稲妻を発射する杖なんかは、収束が不安定な物にはなるが造り出せる。そもそも、あの砲撃や稲妻の杖の不意打ちで結良が死ななかったのが想定外以外の何物でもないのだ。
『盾』と『目』だ。原田結良が新たに獲得した能力。どんな攻撃も防ぐ『盾』とどんな攻撃にも対応する『目』、だろうか? 若干『広報官』の能力と被っている気がする。
『
『
目……、目だ。ひとつしかない、と『拾い読み』は即座に思い至る。自分の存在に根差していて、使い慣れている道具、手段だ。
ドッペルゲンガーを閉じ込めるための鳥籠の様な
砲撃をギリギリで躱し爆風に揉まれた後、努めて素早く起き上がり盾を構えて視線を持ち上げた時、同じく起き上がりながらこちらを見ていた『拾い読み』は不意に弾かれたように走り出した。それは結良に向かってではなく全く別の方向、突然大爆発した大砲の黒い魔素の煙の中に飛び込んでいったのだ。
突然の『拾い読み』の意外な行動に結良は呆気に取られた。急にそんな方向に走る意味が解らない。その先にあるのは、確か、プラネタリウムの形をした装置だけ。
「『
『拾い読み』の声が微かにだが確かに、結良の鼓膜を震わせた。
「『
「『
聞き慣れたそのフレーズは、更に立て続けに2回、計3回耳を震わせた。心臓がぎゅっと萎縮する感覚。先程走っていた『拾い読み』を是が非でも止めるべきだったと後悔したが、もう遅い。
不意に、結良の肌を滑る様な湿気た空気が撫で上げた。自身を包む大気の質感が不意に様変わりしたような感覚。もしかしたらこれは魔素の質感なのだろうか? 過去の半田崎市を投影している魔素が、別の何かに変わったのだろうか?
魔素の煙が晴れて、プラネタリウムの形をした装置の傍らに立つ『拾い読み』を睨め付ける。突然、結良と『拾い読み』の周りに、大量の人影が現れた。輪郭の曖昧なぼんやりとしたシルエット。空色の膜と偽りの昼間に包まれた半田崎市に入った時からしばしば目にしてきた『半田崎市の風景としての住人達』の過去の記録だ。
しかし、今彼女達の周囲に現れた人影は数が多過ぎる。ざっと見ても30人位は居る。先程までの人影が風景の再現の為に作られていた像だとすると、今目の前に現れた像は、人物そのものを再現するために寄せ集められたような印象を受ける。スーパーの駐車場にこんな人数が所在無げに直立している風景など再現ではありえない。明らかに不自然な状態だ。
そしてその数十人もの人影ひとつひとつが、白い膜の様な物に包まれる。いや、その膜の白色はよく見ると油を垂らした様なマーブル模様が渦巻いており何かの像を形成しつつあり……
“原田結良のドッペルゲンガーになろうとしている!!”
視界の端にそんな文字が派手な電飾と点滅と共に浮かんだ。結良は反射的に目を伏せた。『
首を曲げて視線を地面に向けている結良の視界に、一枚の写真が表示された。その一枚に結良は心臓を射抜かれるような驚きを感じた。
そこに写っていたのは私服姿の複数人の、同じ顔の少女。仮面を被っていない原田結良が大量に並んでいた。映像が動画ではなく一枚の写真として表示されたのは、リアルタイムに近い映像で自分の顔を見てしまうと肉眼でないにも関わらず命を奪われる可能性があるからだ。そしてこの画像の自分のコピー達の服装には見覚えがあった。『拾い読み』と『広報官』に初めて対峙した日に着ていた私服だ。あの時、仮面が外れた顔を『拾い読み』に見られている。その時の姿を半田崎市の住人達に投射してドッペルゲンガーの能力を加えている。多分さっきの『
地面に向かって伏せられた視界に、同じ服を着たドッペルゲンガーを映した無数の静止画が表示される。結良の動悸は激しくなり、静かに混乱し始めていた。その自分自身の顔には表情が無く、命を落とす事すら忘れた様な空疎で自分自身とは思えない程に虚ろな表情をしていた。否が応でも思い出すのはあの瞬間、魔素体大禍の最中、『拾い読み』が『拾い読み』となる前のバニラ状態ののっぺらぼうが少しずつ自分の顔に変わっていく様子がトラウマとなって結良の脳裏に焼き付いていた。
仮面で素顔が隠れた状態のドッペルゲンガーを見ても死ぬ事は無い。しかし、自分の素顔を完全に再現したドッペルゲンガーを仮面を被った状態で見るとどうなるのだろうか? 魔素体情報のまとめサイト『シェイプシフター・ソリディファイ』をいつもチェックしていたがそれに関する書き込みは見覚えが無い。誰も試した事が無い、どうなるかわからないのだ。
視界には周囲から自分の顔をしたドッペルゲンガーがどれだけ近付いてきているか表示されているが、冷静さを失いつつある結良には直感的に正確な位置が判断出来なかった。
「……っ!」
魔素で造った腕を細長く巨大化させ目を瞑りながら闇雲に振り回す。爪の切っ先や手の甲に魔素体が接触し、砕け散っていく感触が有る。魔素体大禍の時に倒したドッペルゲンガーのバニラ状態よりも随分脆い気がした。
周囲の様子を確認するため地面に視線を落としながら目を開けると、眼下にすぐ傍にスニーカーとジーンズが飛び込んできて、結良は小さな悲鳴と共に後ろに飛び退き不意に前方に現れた一体に一閃を浴びせる。改めて地面に視点を落としながら警告を確認すると、先程結良が倒したドッペルゲンガーが居た場所に、新たなドッペルゲンガーが『発生』しているのだ。過去の半田崎市の住人が核になっているから、プラネタリウムで幾らでもドッペルゲンガーを造り出せるのだろうか!?
結良の腕や肩を、無数の手が掴む。ドッペルゲンガーが自身に顔を向けさせようとする本能的な動作だ。結良は力任せにその腕を振り払う。執拗に群がるドッペルゲンガー達にまた魔素の腕を叩き付け薙ぎ払う。大丈夫、ドッペルゲンガーにはわたしは倒せない、倒せない……!
不意打ちで殺せるかも、と思ったがやっぱり『目』で躱された。『拾い読み』は内心期待していたが即座に切り替える。少なくと相当に動揺しているのが傍から見ていてもわかる。視界もかなり制限されているらしい。『拾い読み』はプラネタリウムを遠隔操作し、シフト・ファイターのコスチュームを着た自分の身体に結良に変身した(厳密には、先日視た仮面を外した私服姿の結良を転写した)ドッペルゲンガーを身体に貼り付けた。
プラネタリウム状の装置にいくつかの機能を追加した。傍に置いておいた『妖精菅』の中のドッペルゲンガーを装置に取り込ませ、半田崎市の住人達の像にドッペルゲンガーの実体を貼り付けている。実物のドッペルゲンガーを材料に利用したお蔭で、3回分の『
これだけでは倒せないだろうとは思っていた。しかし行動の制限には成功している。『拾い読み』は結良の危うい様子を見据えつつ、槍を構え、悠然と結良に囲まれたシフト・ファイターの傍まで歩き出す。
が、不意に
瑠璃色に輝く弾丸が『拾い読み』のこめかみを貫く。
地面に跳ね倒された『拾い読み』の頭部には損傷は無く、そのまま立ち上がりながらドッペルゲンガーの集団の中に身を隠した。追い縋る様に瑠璃色の弾丸が襲い掛かったが、虚ろな様子のドッペルゲンガーの足元に穿たれるだけだった。
「結良! 大丈夫かい!?」
シフト・ファイターの周囲に居る私服姿の原田結良の頭部をハンドガンで撃ち抜きながら鶴城明悟は結良の傍に駆け寄った。
「薙乃さん!」
顔を俯かせながら結良が叫ぶ。
「こんな手段を使ってくるとは……!」
明悟は、向かってくる原田結良の全く覇気の無い顔を魔弾で撃ち抜きながら、その悪趣味な攻撃手段に怒りを込み上げさせていた。
「薙乃君! 君に変身しているドッペルゲンガーが現れ始めている! 君も目を伏せろ!」
「くそ……!!」
耳元の磯垣の警告に悪態を吐きながら明悟も頭を下げる。明悟のハンドガンに代わって、併走して来た強化版カサジゾウの機関砲の音が響き始める。露払いはしばらくそちらに任せる。
「会社の戦闘ロボットに迎撃を任せている。暫くは大丈夫だろう」
「薙乃さん……、来てくれて有難う……。ホント危なかった……」
お互いに身を低くして頭を寄せ合う形になった中、明悟の言葉に安心したらしい結良は少しだけ明悟に体重を預ける。
「……『拾い読み』が何処に居るかわかるかい?」
そんな結良の肩を抱きながら明悟は尋ねる。
「今はわからない……。
えと、ごめん、ちょっと待って……。方法を考える、考えを纏める、から……」
「……?」
結良の言葉がどこか御座なりで、何か考え事をしているようだった。結良の身体から、『広報官』と戦う前に訊かされていた、『
「見たいものを見る能力だからさ。わたし自身が何をどう見たいか考えを纏めないと逆効果になっちゃう時が有るみたい。ていうか、今さっきまだがそうだった」
「なるほど、……改善策は有りそうかい?」
「何とかなりそう、何とかなると思う。何とかなりそうになかったら助けを呼んでいい?」
「了解したよ」
結良の口元がほんの少しだけ綻んだ。しかしすぐにまた自分の思考の中に戻っていったらしく、地面をじっと見つめて考え込んでいるようだ。
「プラネタリウムなんだけど」
至高に没入したかと思った矢先、唐突に結良がまた言葉を発した。
「何だい?」
「多分あれでドッペルゲンガーも造り出している。でもわたしの能力だとあの貝殻を壊せない多分」
考えを纏めずに、思い付いた考えを羅列させるだけの喋り方だと思えた。実際、言語野に思考のリソースを回せないのだろう。明悟は気にせず頷く。
「薙乃さんに任せていい?『拾い読み』は、何とかできる、と思う」
「わかったよ」
明悟が応えると、結良は仕切り直す様に短い溜め息を吐き、頭を上げ背筋を伸ばして前を真っ直ぐ見据える。いや、見据えていないのだろう。明悟は頭を下げたままなので確認出来ないが、多分目を瞑っている筈だ。
「準備出来た、行くね」
「うん」
「今からちょっとおかしな事するけど、吃驚しないでね?」
「君の行動に吃驚しない自信は無いけど、了解したよ」
明悟の軽口に結良は小さく笑い、何かを研ぎ澄ませるようにまた沈黙を作る。
「シェイプ・リストア」
結良が口にすると、結良のシフト・ファイターのコスチュームが赤い粒子になって拡散する。変身が解除された。制服姿の女子高生、原田結良が目を瞑ったままそこに立っていた。
明悟は、案の定少し驚かされた。
結良はそのままプリーツスカートのポケットからハンカチを取り出し、拡げ、それで自分の顔半分、両目を覆った。
「シェイプ・シフト!」
そしてまた間髪入れずに掛け声を口にする。シャツの中に納めた胸元ぼチューブラーキーが紅く輝き、紅蓮の炎に包まれる。
そしてまた現れる流線形のコスチューム。見た目こそ変化が無いが大きな違いが有る。結良の視界だ。ハンカチで目を塞いだ状態で変身してしまったため、ハンカチは顔面に張り付いたままバイザーで固定され、視界が完全に失われた状態で変身してしまっていたのだ。
視界が全く確保されていない事を確認し、満足した結良は
「『
再びシフト・ファイター能力を発動する。すぐさま顔面のバイザーが黒い体毛の様な魔素に覆われる。目と目の間、鼻筋の付け根の箇所に赤い眼球が造り出される。目元を覆う黒い魔素はバイザーの内側、ハンカチまでも取り込む。
結良は一応俯いて地面を見ながら目を開く。ちゃんと、地面が見えた。視界にアラートは表示されない。よし、そのまま顔を上げる。目の前には、結良の偽物が徘徊するスーパーミズタニ。しかし、肉眼で『それ』を見る場合とは決定的に違う点がひとつあった。視界に映る結良のドッペルゲンガー全ての顔に黒いマジックで塗り潰された様に真っ黒になっているのだ。
『
「大丈夫かい?」
結良の横で身を引くくし、顔を地面に向けながら明悟は尋ねた。明悟の視界の先には地面ではなく左腕の小手型ディスプレイがあり、カサジゾウから得た映像で間接的に周囲の情報を得ていたらしい。
「うん、おっけい。ドッペルゲンガーの顔にだけモザイクを掛けた」
「……そんな事も出来るのか」
明悟は結良の顔を見ず感心したように呟く。
「『拾い読み』の居場所もわかる。今はドッペルゲンガーの中に紛れている。何とか、足止めしてみるよ」
「わかった……。プラネタリウムの方は任せて欲しい」
「お願い!」
言葉を置き去りにしつつ結良は原田結良の大群に向かって駆け出した。視界には顔が黒く塗り潰された自分の偽物が沢山。しかしその中で明らかに動きに違いがある、ドッペルゲンガー特有の人間の顔を見る事にのみ特化した動きではなく、別の意図を持った所作の原田結良(の偽物)を『
結良の魔素の爪がその目標のドッペルゲンガーを捉える。振り下ろされる結良の腕、しかしその腕と爪は、ドッペルゲンガーの手から突如現れた槍によって弾き返された。不穏な動きを見逃さぬよう気を付けながらも結良は間髪入れずに魔素の腕を振り下ろすが、その度に『拾い読み』は構えた槍で丁寧に弾き返す。その動作は小さくかつ正確で、結良の顔をコピーしたドッペルゲンガー達が看破された事など一切気にしていない様子だった。
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