45  -プレリリース-


「あなた方は、いったい何故半田崎市をコピーしようとするんですか?」

 小手型ディスプレイを一瞥した後、明悟は黒い魔素に包まれた『広報官』に向かって叫んだ。咄嗟に敬語を使ってしまったが、まぁ、それはもうどちらでも良いだろう。『広報官』は首を明悟に向けて、身体の緊張を少しだけ緩めた、ように見えた。

「半田崎市をドッペルゲンガーにコピーさせて、そこに関わりが有った人達を皆殺しにする事に、一体どれほどの価値が有ると言うんですか!?」

 さり気無く態勢を整えながら明悟は疑問を投げ掛ける。『広報官』は一瞬身体を硬直させ

「皆ごろ……? あー、そっか、そちら側ではそういう理解になっているのか……」

と、微かに脱力したような声色で勝手に独りで納得した。

「いやまぁ、現在の『僕ら』が、半田崎市の関係者を傷付けようとしているのは紛れも無い事実だね。理由は、まぁ……」

 ここで『広報官』は頭に手を当てて大袈裟に悩んでいる様な素振りを作る。しかし程無くして「……組織に対する質問だよな、これ」と明悟に聴こえない程度の小声で呟き、視線を明悟に戻す。

「『我々』もこの魔素が蔓延した新しい世界で、魔素がどれほどの可能性を有しているのか探求している途中なんだよ。ドッペルゲンガーにどれほどの機能が有るかを見定めるのも目的のひとつだからね」

「そのために、世界を滅ぼす事もいとわないと?」

「世界は滅ぼすつもりは無いけれど、既成概念は破壊する必要があった。停滞からの解放さ。少なくとも我々は、老人や既得権益にしがみつく手合いが世界のリソースを無為に食い潰していく希望の無い未来を乗り越えている。そして少なくともここには、魔素体大禍が無ければ辿り着けなかった未来が有る。普通の女子高生とサラリーマン崩れの男が現代兵器をものともせず異能バトルをする未来、リスクを冒すに値する可能性に満ち溢れているんじゃないかな?」

「こんな力、望んで手にした訳では無い……」

 明悟は、借り物の身体で歯軋りした。

 しかしそれは本当なのだろうか? 自分にとってこのシフト・ファイターの力は本当に『望まない力』だったのだろうか?

 リスクに比重を置くか可能性に比重を置くか、これはそういう話。『広報官』はそう言いたいらしい。その天秤の傾きが変わらない限り永遠に平行線を辿る議論。いや、違う。明悟も間違い無く結良や、若い者達の未来の為に身を賭しているつもりだった。過去は未来に連なるものだ。未来が素晴らしくなる確信があるなら死体の山を悲しみの怨嗟を、いくら積み上げても問題が無いなどと、そんな理屈、到底受け入れられたものではない。自分のこのシフト・ファイターとしての力は、未来に連なる今を守るために使われてしかるべきはずのもののはずだ。

 明悟はよろける風を装いつつ、隣に立つカサジゾウの頭部、センサー類を収納した球体に手を添えた。取り敢えず、彼らが半田崎市で良くない事を起こそうとしているのは間違い無いらしい。その言質を取れただけでも良しとする。

「仰りたい事はよくわかりました。……そろそろ私は行かせてもらいます。友人が、待っていますので」

「なるほど。そうだね、僕も女性を待たせているからそろそろ行かなきゃね」

 面白がって『広報官』が便乗すると、身を低くして突進しようとする素振りを見せる。

 いいだろう。なら見せてやる、君が望む『未来』の一端を。

 明悟はそんな『広報官』見据えながら刻み込むように口にする。

「『武器を識る者ウェポン・マスタリー』」

 途端、明悟が手を添えていた

 目の前の光景の不意な変化に、『広報官』は一瞬身構えた。

 燃え上がった炎の揺らめくヴェールが消え去った先に鎮座していた物体は、カサジゾウを一回り大きくした、巨大な瑠璃色の装甲を被った亀の様なシルエットだった。

 ……携行武器の性能を向上させるシフト・ファイター能力、明悟がシフト・ファイターに変身した時に知り得た能力の内容がそれだった。自分の手で持ち運び出来る武器のみを強化できる。ミサイルや戦車などは手で持てない、『携行武器』ではないので強化出来ない。しかし、ここでひとつ疑問が生まれる。携行出来る武器なら何でも強化できるのか? そこで試された実験のひとつが、戦闘ロボット・カサジゾウを持ちながらの歩行だ。カサジゾウを生身の成人男性でも持ち上げるのは不可能だが、第一段階の鶴城薙乃なら持ち上げられる。

 実験は成功してしまった。実際に操作するのは司令室のオペレーターであるにも拘らず明悟が手で持っているから携行武器の範疇に入る、という屁理屈がまかり通ってしまい、戦闘ロボット・カサジゾウは、『武器を識る者ウェポン・マスタリー』で強化出来てしまったのだ。

 一回り巨大化し、亀の様な装甲を被った戦闘ロボットの『変身』にたじろき「え……、それアリなんだ?」と困惑する。

そんな『広報官』を余所に、強化されたカサジゾウは鋭く車体を右に振りつつ後退し、『広報官』の姿を車体の正面に据え、(本来装備されていないはずの)機関砲を連射した。

 『広報官』に殺到した魔素の弾丸はすかさず『揺籃の鎧シェル・メイル』の貝殻に防がれるのだが、弾丸一発一発により魔素の収束が解け、貝殻の盾の表面から白い魔素の粒子が弾けて散っていた。明悟の先程までの銃撃に匹敵する攻撃力だ。

 不意に、『広報官』の右肩に貼り付いた貝殻も巨大化。『広報官』の右側から不意打ちする弾丸を防いだ。『広報官』が貝殻の陰からそちらを一瞥すると、カサジゾウに気を取られている隙に側面に移動していた明悟が、走りながらハンドガンを連射していた。そしてその走行の先には別のカサジゾウが。先程グレネード弾を発射し後退したカサジゾウが再び戻って来ていたのだ。

「『武器を識る者ウェポン・マスタリー』」

 戻って来たカサジゾウの背後を走り抜けながらすれ違い様にカサジゾウのセンサー部に手を触れ、呟いた。触れられた、能力の対象になったカサジゾウはやはり瑠璃色の炎を上げて燃え盛り、装甲を被った厳めしい姿に変わった。

「ぇと……! いや……!」

 変身と共に射撃を始めるカサジゾウ。

 明悟はカサジゾウを横切り更に走り、新たに『広報官』の背後に現れたカサジゾウに真っ直ぐ向かい、手を触れ、口遊む、武器を識る者ウェポン・マスタリー

「いや、え、ちょっ! ちょっとマジで!?」

 困惑する『広報官』を尻目に、3機目のカサジゾウが変身。すぐさま機関砲を連射する。

 自動的に弾丸を防ぐ貝殻の盾は3枚目になり、『広報官』は自身の貝殻の盾と硬質な物同士がぶつかり合う無数の音と、拡散する白い魔素の煙幕に囲まれ、身動きが取れなくなる。

 BM3-1カサジゾウ:アドバンス・モデル。明悟のシフト・ファイター能力により戦闘ロボットを強化するに際し、かなり綿密な設計図の製作から行われた。既存のBM3-1カサジゾウを叩き台にどの部位をどのような形で魔素での強化・増強が行われるのかを詳細に決定、明悟もその設計図造りに携わり、細部まで記憶させられた。そして、その魔素で強化された戦闘ロボットを操っているのは魔素で変身する前同様に、司令室のオペレーター達である。シフト・ファイター能力での強化により想定されるカサジゾウの性能を疑似体験する訓練用ソフトを製作し、オペレーター達に対して、本当に造り出す事が出来るのかすら未確定の兵器を使用する準備が行われてきた。

 これらは『鶴城薙乃』のシフト・ファイターとしての能力の向上、第二段階の変身が長時間維持出来るようになる事が前提の運用プランだ。第一段階での強化では明悟の手元を離れた状態での長時間の強化は不可能で、出力も高いとは言えなかった。第二段階に一瞬しか変身出来なかった自分からアドバンス・モデルの計画は考え出され今日まで準備されてきたのだ。第二段階に変身出来なければただの絵に描いた餅、にも拘らずアドバンス・モデルの計画にはかなりの費用と手間、スタッフや明悟の労力と努力が費やされていた。

 理由は、最悪の可能性に備えなければならなかったから。明悟が第二段階に変身出来なければ前提として成り立たないのだが、もし変身出来るようになったとして、考えうる範囲/起こりうる範囲での最悪の可能性、有角魔犬が大群を成して一挙に生活域に押し寄せてきた際にIKセキュリティの全能力で対抗するための方法を追求した結果選び取られた方法論なのだ。有角魔犬の群れと戦わなければならない可能性は魔素体大禍後の世界を生きる人々の胸中に腫瘍の様に巣食う恐怖だった。アドバンス・モデルの計画は、縋らなければならない藁の中では寧ろ可能性のある部類と言えたのだ。

「…………っ!!!」

 貝殻の盾と瑠璃色の弾幕に囲まれた『広報官』は、明悟とIKセキュリティが縋り付いた微かな可能性の結実を前に声にならない悲鳴を上げていた。

 三方向からの強化されたカサジゾウの魔弾の連射を巨大化した3つの貝殻の盾で防いでいる状態。そのカサジゾウの内1台の傍に立った魔法少女は、貝殻に囲まれた『広報官』を真っ直ぐ見据えつつ、おもむろにハンドガンを持ち上げ、特に狙いを定めている素振りを見せずに、連射。魔素の弾丸は真っ直ぐには飛ばない。弾道を曲げ曲線を描き、3枚の貝殻の盾の隙間に目聡く入り込み直接中身を狙おうとする。しかしその内側で新たな貝殻の盾が巨大化し、自動的に魔弾を防ぐ。しかしその弾道を曲げる弾丸ひとつひとつは違う方向から隙間を狙って攻撃してくるため、弾丸それぞれに対して貝殻を巨大化させ防御しなければならない。魔素構築物の形状変化に収束力を無駄遣いさせようという魂胆かな? きめ細かい戦い方だね、大正解だよ!

「科学と魔法の見事な融合だよ! いや、藍慧重工の新商品と言い換えるべきかな!!」

 貝殻の盾を構成する魔素が確実に少しずつ削られていく中毒付く『広報官』。しかし逃げる選択肢を選ぶ訳にはいかなかった。戦闘ロボット3機は標準装備されている筈のグレネードランチャーをまだ使っていない。シフト・ファイターの能力で無から造り出された機関砲を連射するだけ。ここで下手に背を向けて距離を離してしまうと強化されたクレネード弾で狙い撃ちされてしまう公算が高い。そもそも、こちらが逃げてしまうとこの戦力がそのまま『広報官』を無視して『拾い読み』を倒しに行ってしまう。それは避けねばならない。

 『広報官』の偽物は鶴城薙乃の足止めをするよう『拾い読み』から命令されている。そうでなくとも、『広報官』は『拾い読み』の願いが成就する事を願っていた。

 訳もわからず不意に生まれた新世界の徒花が、「世界を食べたい」と願った時、既に世界を喰らっていた自分には止める権利が無かった。自分は、無垢な怪物の側から世界を更新させる。だから鶴城薙乃嬢、あと藍慧重工と鶴城明悟には人間世界の側から世界を更新してもらう。この戦いは最初から『最初の人間』の勝ちなんだよ、僕はもう死んでるけどね! くそぅ! 『女神様』のために一肌脱いでやりますよ!

 『広報官』は自身の前方の貝殻の盾のみ敢えて解除して、薙乃の方に向かって駆け出した。薙乃との距離を詰めて近接戦闘に持ち込む構えだ。

 薙乃の傍のカサジゾウの放つ弾丸が『広報官』本体に届く、しかし魔素の弾丸は貫通せず『広報官』黒い体表に弾かれ瑠璃色の粒子を散らす。直接身体を撃ち抜かれて『広報官』は一瞬身体をよろけさせたが、構わず駆ける、一気に距離を詰める。数発程度なら耐えられる。

 耐えられる、が、瑠璃色の魔法少女に手を伸ばせば届きそうな距離まで飛び込んだ時点で、その運動エネルギーに身を任せながら魔法少女に掴み掛ろうとしていたその瞬間に『広報官』の仮面の下の顔に浮かんでいた表情は蒼白になりながら驚愕していた。

 周囲のカサジゾウが一切銃撃を止めない。

 同士打ちを狙っての薙乃への接近だった。『広報官』が薙乃に近付けば戦闘ロボットの銃撃が薙乃に当たってしまう危険性が出てくるので射撃を止める。実質ロボット3機を無力化出来ると考えた。

 しかし銃撃を止めない。薙乃と『広報官』は二人揃って瑠璃色の銃撃の中に晒されている。魔弾は全て『広報官』に当たっている訳では無い、戦闘ロボットの銃弾は誘導弾ではないらしいので直線にしか飛ばない、何発かは狙いを外れる。しかし真近の薙乃には弾丸は当たらない。いや、当たっている筈なのだ。しかし薙乃に向かって飛んで行った弾丸は薙乃に到達する直前、弾丸を構成する魔素の粒子が解れ崩れ、瑠璃色の魔素を散らしてその形を消滅させた。フレンドリーファイアなど憂慮する必要は無かったのだ、彼らの弾丸は最初から仲間には当たらない、そういう風に造られていたのだから。

 自分の頭の固さに嘆く暇無く、『広報官』もうひとつの想定外の事態に驚かされる。

 ハンドガンを持っていない方の左手に、いつの間にか銃剣が握られていた。それは、明悟がベルトの一部分の変身を一時的に解除する事で変身前の服から取り出した物で、第二段階に変身する前から所持していた。

 切っ先は、襲い掛かる『広報官』に向けられていた。

「『武器を識る者ウェポン・マスタリー!!』」

 祈るような切迫した声色で、明悟はそれを唱えた。

 途端、銃剣に瑠璃色の魔素が収束し、一角獣の意匠が施された短剣に姿を変える。そして、銃剣の変身が途中の段階から刀身から膨大な量の白い魔素が噴き出し、粒子の奔流となった。短剣を介し明悟から直接超高速で湧き出す魔素の粒子は伸ばされた『広報官』の黒い腕を捥ぎ取る様に弾き飛ばした。

「……っ!?」

 『広報官』はその瞬間、自分の右腕が切断された事に気付かなかった。ただ右腕に只事ではない痛みが走っている事と目の前の魔法少女が白く輝く剣を振り被っている光景が自身の鼻先に迫った危機を知らせていた。

 咄嗟に眼前に貝殻の盾を展開する魔法使い。

 構わず白い奔流の剣を振り下ろす魔法少女。

 貝殻の盾により白い剣は一瞬静止した。しかし白い奔流をまき散らしながら巨大な貝殻の中へと沈み込み真っ二つに引き裂いてしまった。

 そのまま剣は『広報官』に振り下ろされる。

 『広報官』の側面後方を守っていた貝殻の盾も緊張の糸が切れたかのように魔素の収束を失い消滅を始め、魔素の弾幕に直接身体を晒した。

 全身を魔素の弾丸に撃ち抜かれ続ける『広報官』。最早、抵抗する素振りは全く見えなかった。

「とま……! 止め、打ち方止めぇっ!!」

 明悟は思わず叫んだ。程無くして、カサジゾウからの射撃は止む。

 『広報官』はその場に膝を付いた。辛うじて人間の形を残している、といった有様だ。二の腕から消し飛んだ傷口を始め、身体中から黒い魔素を噴き出していた。黒い仮面は弾幕の中でも剥がれずそのままになっており、どんな表情を隠しているのかは全く読めない。

 明悟が何か言葉を掛けようとしたが、『広報官』は残った左腕を上げ、「いえ……、お気遣いは結構ですよ……」と絞り出すような声で制止する。

「『揺籃の鎧シェル・メイル』解除」

 次にそう『広報官』が口にすると、『広報官』の身体に未だに貼り付いていた貝殻が収束を失い粒子になり消え去り、それに続いて『広報官』の黒い身体も、タガが外れたように全身から魔素の粒子が浮き上がり、瞬く間にその形を失い、身体ごと消失してしまった。

「な……に……?」

 耳元のマイクから漏れる磯垣の戸惑いの声。『広報官』が消え去った後には何も残らなかった。人間の身体、血の一滴、そこに人間が居た痕跡は何も残されなかったのだ。

 ……明悟も無論戸惑った。あの『広報官』は偽物だったのか? そもそも先日会った彼ももしかしたら最初から人間ではなかった……? しかし恐らくこのまま考えても埒が明かないと、頭のどこかの妙に冷めた部分が明悟の思考を切り変えさせた。

 明悟は胸元からコンタクトを取り出し、開いた。噴き出す瑠璃色の炎はまだ十分な勢いが有ったが、結良の身体を元に戻した直後の状態と比べれば明らかにその炎の勢いは弱々しくなっていた。

「……結良さんとの合流を急ぎましょう」

 混乱を制するように、大人達に促した。


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