19  -研究と追及-




「犬ではないのかもねぇ……」


 すぐ目の前にある、正体不明の相手を前にして思案を重ねている者は地下にも居た。


 前日、日曜日の屋敷裏の資材倉庫の地下ドーム、明悟は魔犬を閉じ込めた六面体の檻と向かい合うプレハブ小屋――研究チームの間で『観測棟』という呼び名が定着していた――に入り、駒木と曳山からこれまでの実験に関する報告を受けていた。


「当初の予定通り、実験体の周囲に犬、もしくはオオカミ等イヌ科の生物の情報を『展開』し、実験体の犬の部位の収束率の観測を行いました」


 両サイドに明悟と駒木が並ぶ中、椅子に座る曳山はパソコンを操作しディスプレイに動画やグラフを表示させる。

 ディスプレイの中で、磔の案山子魔犬が映し出される。映し出されているものは魔犬だけでは無く、いくつかの変動し続ける数値、小刻みに上下に振れ続けながら時系列の海を進む魔素収束率のグラフなどが見て取れる。


 映像は六面体の檻の内外様々な角度から録画されており、好きな時間の好きな角度からの記録を即座に呼び出せるようになっているらしい。

 記録映像が不意に、緑色の光に包まれる。映像の中の六面体の檻に劇的な変化があった。檻の内部、正面のガラス以外は鉄製の壁だったはずの内部には田園風景が映し出されていた。地平線が見えそうなほど先の方まで緑の草むらと澄んだ青空が広がっていた。地面から大量の白いスモークが湧き上がり、そのスモークに向かって光線が照射され、猟犬形態モード・ハウンドの魔犬と見た目の似た犬の姿が複数投影される。所謂、プロジェクション・マッピングである。檻の中ではその犬の鳴き声や匂いまで再現されており、他の仲間や或いは他の犬が近くに居る状態を模して魔素収束率の変化を観測しようとした実験である。……随分手の込んだ設備を造ったものだなと明悟は内心改めて感心したが、研究者サイドにとっては特筆すべき事は何もなかったらしく、説明もそこそこに曳山は映像を早送りし、別の映像に切り替えた。


 次の映像には先程の様な光の虚像の瞬く様子は無く鉄の壁の中で磔になった案山子頭だけが映されている。先程の映像と大きく違う点は六面体の檻の外側の映像も挿入されており、そこにはガラス張りの壁越しに魔犬と向かい合う形でパイプ椅子が並べられ、研究者達と魔犬捕縛の秘密を知るIKセキュリティのスタッフ数人が席に着いていた。案山子の頭部に指向性のある魔素を定着させるプロセスに近い実験だと曳山は説明した。映像の音声からは犬の生態や人間と犬との関わり等に関する講義が流れており、それを訊く研究者・スタッフ達の思念から魔素体に影響が出るかどうかが調べられた。講義をディスクに記録して魔素体に埋め込む段階は、イヌ科の動物に纏わる講義を一通り試した後にしたいいう事だが、映像下部のシークバーの末端の5:55:23という数字に明悟は関係者各員の苦労を感じずにはいられなかった。


 画面はまた転換する。正面から移された魔素体の映像。側面のドアが開き、そこから軽トラックを腰ほどのサイズまで縮小させたようなキャタピラ走行の本体に荷台を取り付けた無人ロボットが這入ってきた。その荷台にはゲージが積んであり、その中には一匹の柴犬の成犬が入れられていた。無人ロボットは魔素体のやや離れた場所で静止し、荷台部分だけ切り離してUターンして、出入口に戻って行った。ロボットがドアを抜け再び鉄のドアが閉まった後、(本物の方の)柴犬をゲージが開き、暫くすると柴犬がゲージから出て来た。そこにあるのはゲージと磔の魔犬だけ。柴犬はその黒い何者かをじっと眺めた後恐る恐る近付き、魔犬の足元でその匂いを嗅ぐ。……因みに、画面の中で未知との遭遇をしている柴犬はこの部屋の端で今寝息を立てている。画面内の柴犬と魔犬は画的にも数値的にもとくに目立ったアクションを起こす事無く静謐なる時間を過ごしてゆく。


「収束率や各種計器から判断した範囲において」

 パソコンを操作し画面を切り替えながら曳山は口にする。

「犬に纏わる情報に反応を示しているのは確かなようです。実際、これらの実験の際一時的に本来の魔犬の収束率に近い数値に変化している時もありました」

「それは危険ではないのか? また魔犬が動き出すような事は?」

「はい、実際に動き出しました」


 そう言いながら曳山はパソコンを操作し「確かこの辺り……」と呟きながらシークバーの位置を操作する。経過時間を操作する前とあまり変わらない磔の魔犬と柴犬が対峙するシーンがそのまま続いていたが、不意に魔犬が磔のまま震え始め、柴犬が思わず飛び退き、激しく吠える。明悟は息を飲んで見守ったが、「他の実験でもこういった反応は単発的に見られましたが、ご覧の反応、魔犬が震えだす以上の現象は見られませんでした」とあっさりと結末を明かす。


「……緊急時のためゲージ内にカサジゾウを設置する事にしたと訊いていたが、これが理由か」

 明悟は研究棟の端の区画で、モニターを見詰めている男性二人組(片方は卓上に置かれた操縦桿、もう片方はキーボードに手を添えている)に目を遣った。関係者の大部分が白衣を着ている中でこの二人だけがIKセキュリティの戦闘服を着ている。彼らは現在ゲージ内の端に設置されているカサジゾウの操作を担当しており、万が一魔犬が暴れ出してゲージを破壊しようとした際に速やかに魔犬を撃破する役割を担っている。


 ……余談だが、IKセキュリティの関係者でも魔犬を捕獲している事やシフト・ファイターの実験を行っていると知っている者は少ない。先日の魔犬捕獲も限られたメンバーだけが知る極秘の作戦である。そして鶴城明悟=鶴城薙乃だと知っている者はさらに少ない。研究チーム(駒木含む)と司令官の磯垣、IKセキュリティの代表と秘書と松尾夫妻、部外者の小岩井、以上である。いまカサジゾウを操作しているIKセキュリティのスタッフ二人は明悟と薙乃が同一人物だとは知らない(無論、今の明悟の姿は老人で会長の方の明悟だ)。普段とは違う異物感、「秘密を守らねばならない」という緊張感が研究者達の間に感じられる。


「はい、だた現状では震えるだけです。外部からの刺激より案山子の頭部の思惟の方が勝っている事が理由だと考えられます」

「……ふむ。

 やはり案山子の頭は邪魔か。しかしそれが無ければ安全な状態で保持するのも難しいからな」

「確かに、サンプルの信頼度としてはそれほど高いとは言えませんが……」

 そこで曳山は、何かを考え込むように言葉をつかえさせる。


「そもそも、魔犬自体『イヌ』とはあまり関係が無いのかもしれない」

「なに?」

 独り言を呟く様に曳山が言う。


「魔犬に訊かせた講義の件なんだけど」

 そこで駒木が割って入る。

「講義の内容ね、かなり広く浅く、取り敢えず犬と関係ありそうなありとあらゆる内容を網羅させてたんだけどね、収束率の変動が一定なんだよね、どんな話の内容でも。犬の生態、分布、社会・文化への影響、盲導犬に対する社会的な位置付け、犬食文化、北欧神話、ケルト神話、南総里見八犬伝、犬神の呪術等々、何の話題を振っても反応が一定なんだ」


「犬に纏わる情報には特別な反応を示している事は間違い無いのですが」

 曳山が説明を引き継ぐ。


「しかしそれは、犬と関連があれば何でも良いといった具合で犬のどんな情報に反応しているのかが全く見えてこない。サンプルの魔犬が実験中震えだしたのも、収束率のランダムな変動の範囲内でたまたま魔犬の思惟が案山子の思惟を上回ったというだけの可能性が高い。実際、魔犬が震えだした前後の収束率の振れ幅は、実験を行っていない通常時とあまり大差ありませんし、何より魔犬が震えだした時の状況に法則性が全く無い」

「もう少し、魔犬くんの喰い付きが良い話題と悪い話題の差がハッキリすると思っていたんだけどねぇ……」


「それは単に集めたデータの分母がまだ少ないというだけではないのか? もっと仔細な実験を重ねて結果を精査すれば何かが見えてくるとかそういったレベルでは?」

「その可能性もあります。しかし……」

 やはり何かを考え込みながら慎重に言葉を選ぶ曳山。


「そもそも、犬ではないのかもねぇ……」

 駒木が代弁してまたそれを呟く。


「魔犬を構成する魔素には、当然魔素を魔犬の形に積み上げている設計図の様な思惟が込められているという考えを元に実験を行ってきました。生物としての犬か神話や文化の上での犬を立脚点に魔素に思惟が込められているのではないのかと。

 ただここまで『犬』に対しての反応が一定だと、犬の『何か』が思惟の中心なのでは無く、魔犬の思惟の『核』の周辺要素にたまたま『犬』があって、それに我々が過剰反応しているだけかもしれない」


「犬が核では無く、周辺要素……」


 何やら、謎解き染みて来たな、と曳山の仮説に対して明悟はそんな感想を持ってしまったが、口には出さないでおいた。


 不意に、携帯電話の着信音が響いた。観測棟に居た全員が自分の腰や胸元に注意を向ける。


「おお、私だ」

 明悟が誰に向けるでもなくそう呟き、ポケットのスマートフォンを取り出す。電話の内容は、司令官の磯垣部長がこの資材倉庫に訪れた事を告げるものだった。




 資材倉庫の地上二階には事務所の他に小さな会議室が併設されており、そこに明悟と、駒木と曳山、そして司令官の磯垣静夫いそがきしずおが席に着いていた。主な議題は、原田結良についてだ。


「先週金曜日の放課後、及び土曜日午後の原田結良の行動範囲ですが」

 ……年の頃は50前後、同年代の男性とは明らかに体幹が違うがっしりとした体躯に短く切り揃えた髪型、油断の無い威圧感のある眼付きと顔付きを持つ、IKセキュリティの部長で実務部門の実質トップである人物・磯垣が説明を始める。先日の魔犬捕獲の際に司令官として指示を出していたのも彼だ。


「多那橋市の北部・北東部の住宅街や雑木林をひとつひとつ自転車で巡っているものと考えられます

 更に今日今現在も、多那橋市南東部を自転車で走行して回っているという報告が監視チームから上がっています」


 そこまで訊いた明悟は結良の道程を纏めた資料に目を落としつつ眉間に皺を寄せて渋い表情を作った。


 小岩井(とその探偵会社の部下)が行っていた原田結良に対する監視・尾行は、金曜日からIKセキュリティのスタッフが引き継いでいた。『機密』保持も加味し最早部外者に外注できる段階は過ぎたという判断が下されていた。


「その際の対象の行動については」

 磯垣は資料を捲り説明を続ける。

「望遠での画像のみになるのですが、自転車を走らせながら、時には自転車を停めて辺りを見渡し何かを探していたと推測されます。場所も雑木林や住宅街など、死角が多く人通りが比較的少ない場所が中心」


「……君の推論は?」

 明悟は磯垣に尋ねる。


「……先日の意識不明女性の事件を切っ掛けに原田結良は何かを探し始めています。しかし具体的にそれが何処にあるのかは彼女もわかっていない。彼女の行動範囲から鑑みるに、意識不明女性が発見された場所を中心に人目の無い場所を調べている様に思えます。

 恐らく原田結良にも確証は無いのでしょう。確証は無いが、放課後や休日を返上してでも探さねばならない物がこの近辺にあると彼女は考えているようです」


 ……概ね私の考えと同じだ、明悟は口にした。


「まず前提としてだが」

 明悟は他の三人に宣言するように言う。

「私は原田結良をシフト・ファイターだと考えている。そして推論に推論を重ねる形だが、彼女はシフト・ファイターとしての能力なり経験で、多那橋にまだドッペルゲンガーかそれに類する害悪が存在していると考えている。この前提で今後の事を考えてもらいたい」


「ドッペルゲンガーなら一人の被害で終わるはず」

 駒木が明悟の言葉を咀嚼しつつ呟く。

「従来のドッペルゲンガーとは違う相手が事件の原因だと考えている訳だね、原田さんと、あと君も」

「わからないな。シフト・ファイターだと思われる彼女が何を前提に行動しているのかを知る必要がある」


「原田結良が犯人という線は……?」

 口にしたのは曳山。その場の全員の視線が瞬時に曳山に集まる。


「そういう可能性も……、無くは無いのかな?」

 駒木は目を丸くして驚いた口調。


「被害女性がドッペルゲンガーのコピーに類する特異な現象によって意識を失ったと考えるのならば、原田結良のシフト・ファイター能力も十分その候補に入るのではないでしょうか? 犯人は現場に戻るもの、なんて事もよく言いますし……」


「彼女のパーソナルデータから鑑みるに、素直な印象あまりピンと来る説とは思えない。週末に近辺を徘徊しているのも関連性がわからなくなる」


 磯垣は生真面目に反論する。そして反論しつつ、磯垣は意識を明悟にも向け、様子を窺っているようだった。……結良が犯人だ、とする仮説を訊いた直後から明悟は資料に視線を落としたまま鋭い目元からは何時にもまして険しい表情が滲んでいた。彼女が『何らかの理由で』ヒトを襲う、そんな事が有り得るのか? そんなもの、考えられないぞ。


「少々……、考えにくいな」


 そう口にする自分の口調が、思った以上に張り詰めていたので明悟は密かに自分の口調に驚いてしまった。


「……可能性のひとつとして提示してみましたがやはり無理がありますね。私自身正直有り得ないと思います」

 曳山の返答はいつも通り平静を保った淡々としたものだったが、心なしか焦りを帯びているように思えたのは気のせいだろうか。

「いや、想定を重ねるのは悪い事では無い。その可能性については考えもしなかったよ」

 明悟は努めて平然とフォローした。自身の感情の揺らぎの制御を誤った事に明悟は密かに自責した。


「こう考えるとシフト・ファイターの特殊能力というのはなかなか難しいねぇ。人によって個人差があるんでしょ? 想定をし出したらキリが無い」

 駒木がどこか緊張感の無い口調で、その場の全員が陰鬱な雨雲の様な閉塞感の正体を先んじて明言化した。


「どう動けるかわからない駒を相手に将棋をしているみたいだよね」

「将棋?」

 明悟は訝し気に訊き返す。胡散臭く感じている内面を全面的に表情に反映させながら。


「相手の指し手が読めないっていうんじゃなくてもっと根本的に、見た事の無い駒を使ってくるような。歩なのに2マス動いたり、香車が斜めに動いたりとか」

「我々とは違うルールで動いているという感覚ですね。特殊能力に個体差が有るゆえにそれぞれのシフト・ファイターに一貫性が無い様に見える」

 駒木の喩えに、磯垣は何かを理解したようだった。


「シフト・ファイターの特殊能力による差異は解決し難い不確定要素ですが、大部分のシフト・ファイターに共通する部分もあります。その身体能力や耐久力などのフィジカル性。そして生身の人間を上回る索敵能力です」


「索敵、か……」

「はい、広範囲から魔犬を探り出す能力です。東京で活動している自衛官やPMC(民間軍事会社)スタッフの間では半ば常識と考えられているようですが、シフト・ファイターは凡そ1km圏内に居る魔犬の存在をかなり高い精度で補足する能力があるようです。大雑把な位置ならもっと広範囲からでも感知できるとか」


「……先日、魔犬を狙撃した直後に別の魔犬が2体現れた時、物音や司令室のアナウンスがある直前から何か、嫌な予感めいたものを感じていた。それもシフト・ファイター共通の特殊能力という事か?」

「或いは、先鋭化した五感が無意識下で敵を察知したとも考えられます。武術の達人などが所謂『殺気』を感じ取る事が出来るのは突き詰めると、周囲の微かな音や揺れ、空気の振動など本当に微細なシグナルを長年の経験則で鋭敏に察知して無意識下での分析、それにより超人めいた感知を可能にしているとも言えます」

「ふむ……、シフト・ファイターの特殊能力というより、魔犬の存在に五感が特別敏感になっている訳か」

「はい、そしてその強化された五感を利用して原田結良が探査を行っているという、一応の可能性は有ります」


「……でも勝巳君の探偵事務所でもウチのスタッフでも結良さんの変身は確認できなかったんでしょ? それならどうやって……」

 そう尋ねたのは駒木。


「会長同様、第一段階の変身で限定的な身体強化を行っているのかもしれません。第一段階なら通常の状態と見た目は変わりませんから」

「ああ、そういう訳か……」

 駒木の疑問に曳山が手短に答える。


 結良が陸上部で活動している姿は明悟もしばしば目にしていた。その際は人間離れした身体能力など勿論発揮してはいない。ごくごく一般的な女子生徒の範囲の身体能力のように思えた。それも力を加減している風も無く、全力で部活動に取り組んでいるようだった。本来の結良の姿とシフト・ファイター第一段階の姿は恐らく差異は無いのだろう(これは、変身用コンパクトを鶴城栄美のドッペルゲンガーから譲渡された明悟の方が例外だと考えられる)。


 原田結良がシフト・ファイター第一段階に変身して強化された五感で何かを探している可能性。しかし、明悟は根本的な部分で違和感を覚えるのだ。小岩井が直感的に疑問符を投げかけた『シフト・ファイター、紅の魔法少女』と『原田結良』乖離、そして先週喫茶店で会話を交わした彼女の言葉と涙から滲み出ていた無力感を噛み殺しているような印象、どうにもボタンの掛け違いがあるように思える。 そんな矛盾したセンテンスが脳裏に居座っていた。


「今後の方針としては」

 磯垣が明悟を見据えながら言う。


「やはり、原田結良さんとコンタクトを取る方向で動くのでしょうか? 彼女が探している物の正体、そしてその存在の真偽を確認するためにも」

「そうだな。しかし現段階でシフト・ファイターとしての彼女に協力を仰ごうとするのはかなりリスクが伴う。何しろ状況証拠ぐらいしか無いからな、シラを切られてしまえばどうしようもないよ」


「その件なんですが」

 律儀に小さく挙手して曳山が発言。


「シフト・ファイターの知覚能力を逆手に取るという方法が可能かもしれません」


「どういう事だ?」


「先程の磯垣部長の話の補足、というか、これも仮説のひとつなのですが、シフト・ファイターが魔素体を探知する方法に音の反射のランダム性に反応しているという説が有ります。理屈の上では、魔素体の表面の魔素の性質の揺らぎにより反響する音波は一定ではなくなります。普通の人間の耳では聞き分けられないレベルの異常なのですが、シフト・ファイターの強力な知覚があるのなら反響音が強弱波打っている様に感じられ、意識的、或いは無意識下で魔素体を察知できる可能性があります」

「シフト・ファイター自体が、乱反射集約センサースペクター・タッチと同じ能力を有しているという事か……」

「その通りです。この方法で原田結良が『何か』を探しているのなら、魔素体が近くに現れれば、彼女はこれに反応する可能性が高い」


「成程そういう事か」

 急に駒木が、合点が行ったと言わんばかりに自身の太腿を小気味良く叩いた。


「そこで捕獲した魔犬を用意する訳だね。結良さんがシフト・ファイターなら必ず近付いてくるはず!」


「いや、アレ外に出すのはマズイですよ。洒落にならないです」

「一般人に見つかるリスクが高過ぎます」

「お前は私の会社を潰す気か」


 曳山と磯垣と明悟が同時に突っ込みを入れた。すると駒木は「そりゃそうだよねぇ……」と照れ笑いを浮かべる。本人も半ば冗談で言ったらしい。ふざけるな。


「……ただ発想としては似ています。変身した会長の『武器を識る者ウェポン・マスタリー』を使います」

 曳山は明悟の方を見据えて言う。


「『武器を識る者ウェポン・マスタリー』で強化した武器の表面は魔素体の表皮に近い低い収束率を帯びています。音の反響に反応しているというのは仮説のひとつでしかありませんが、原田さんが魔素体に関する共通した『何か』を感知しようとしているなら、十分に有効だと考えられます」


「私が『武器を識る者ウェポン・マスタリー』を発動させている時に彼女が現れるか何らかの行動を起こせば、彼女がシフト・ファイターであるという動かぬ証拠になる訳だな」


 明悟がそう口にした直後、小さな会議室を重い沈黙が支配した。


「……しかしそうすると、必然的に『鶴城薙乃』がシフト・ファイターである事を原田さんに知られてしまう事になります」

 代表して曳山が、重い沈黙の原因に言及した。


「……腹を括る場面だろうな」


 曳山の言葉に対して、明悟の返事は速かった。


「接触すると決めた以上、遅かれ早かれ彼女には伝える必要のある案件だ。やろう」



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