17 -黄昏に立ち竦む少女達-
「薙乃さんって、コーヒー、ブラックで飲むんだ……」
泣き止んだ原田が、か細い声で最初に口にした言葉がそれだった。
あれからしばらくした後、注文した飲み物が運ばれてきて(店員は展開されている光景を見て一瞬絶句したが、すぐさま平然とした、しかし心持ち優し気な口調と共に飲み物を給仕していった)、そのまま隣り合ったまま、それぞれの飲み物に口を付けた。
「ああ、甘い飲み物は少し苦手なんだ」
「ええ……、なんか渋い。カッコいい……」
目元を少し腫らした原田の口調は安定していた。震えてはいない。喉が渇いたのだろう、自分も(シロップ込みの)アイスティーを口にする。
「……入学式の日、薙乃さんの姿を初めて見た時にね」
原田は自身の身体とメンタルの状態を再確認するように恐る恐る言葉を紡ぐ。
「栄美ちゃんが生きてたんじゃないかって思っちゃったの。何か事情があって名前を変えて違う人の振りをしているんじゃないかって」
「……」
「というか、今日まで割と本気で薙乃さんは栄美ちゃんかもしれないって疑ってた、ちょっとだけ。それで手紙で呼び出して話してみて、全然違う人なんだってハッキリして、正直ショックだった。全部わたしの身勝手なの、有り得ない妄想をして勝手にショックを受けて薙乃さんの前で泣いちゃって、本当、馬鹿みたい」
「……原田さんにとって、栄美さんは本当に大切な友達だったんだね」
明悟はそう言いながらまた原田の頭を撫でた。殆ど反射的に、原田の沈んだ表情を見てしまうと頭を撫でずにいられないように思えてしまった。
「えっ、ああ、うん、大事な友達……」
撫でられた瞬間原田は、ちょっと吃驚したように明悟を見た。先程、泣いていた時はそれを黙って受け入れていたのだが。
「大事な人を思う気持ちは決して悪い事では無いよ。それで失敗したりする事や思い通りいかない時もあるかもしれない。でもそれで、大事な人への気持ちまで否定する必要は無い」
「うん……。あ、うん……、そうだね」
原田は吃驚した表情のままやけに素直に首肯した。
「まぁ、取り敢えず、私への誤解が解けてよかった」
その時、明悟の顔から自然に笑顔がこぼれた。表情のコントロールを全く意識していなかったが笑顔になってしまった。
「あの、薙乃さん、頭撫でるのストップして欲しい……」
しばらく大人しく明悟に頭を撫でられていた原田はバツが悪そうに言う。
「また泣きそうになる、っていうかそろそろ恥ずかしい」
「……そうか、それは失敬」
明悟が手を放すと、原田は顔を赤くしながら「ほぉあぁぁぁ……」と深い溜め息を吐いた。
「済まない、嫌だったか?」
「いや、全然嫌じゃない、嫌じゃないんだけど……。優し過ぎるよ、手付きも声も。ヤバかった、かなりヤバかった……」
原田は両頬を手で覆い視線を泳がせた。相当恥ずかしがらせてしまったようだが、その仕草は非常に愛らしかった。
「薙乃さんって、実は凄いジゴロだったりする?」
突拍子も無い単語に明悟は驚いた。そんな事生まれて初めて言われた。
「女の子を評するには不適切な単語だと思うけど」
「いやでもヤバいもん! あんな優しいアルトボイスで囁かれたら! 一定数の女子は墜とせるよ!」
「いや、女子にモテてどうするんだ?」
「えっ、薙乃さん好きな男子居るの?」
「この流れで急に恋バナが始まるのか!?」
原田は堪え切れずに爆笑し出した。「何これ、何この流れ!」と息切れを気味に口にしながら爆笑した。明悟は状況の激変に付いて行けず曖昧に苦笑いしながら原田の様子を見る事にした。
「一応真面目な話をしていたつもりなのだけれどな……」
明悟は苦笑いしながら、努めてお道化た口調になる様に呟いた。
「いや……、あはは、ごめんごめん……。うん……、ありがとう、アルトボイス込みで」
原田は何とか笑いを堪えようとする。
「アルトボイス込み、と言うのは重要なのか?」
売り言葉に買い言葉で、明悟は思わず訊き返してしまった。
「うん、勿論アルトボイス込み。ひょっとしたら薙乃さんの囁き声で一時代築けるまである! あー、でもやだな、色んな女の子の耳元で囁く薙乃さんとか、なんか違う、というかヤバい。絵画が凄過ぎる」
「一時代って……。随分と大きく出たな」
そう言いつつも明悟も小さく笑ってしまっていた。明悟(母体の方)が学生の頃に大学の女学生の傍にすり寄って調子の良い事を言っていた小岩井の挙動が薙乃の姿に置き換わった様を想像してしまい、思わず笑ってしまった(その数秒後、その大学での小岩井の様子がもう五十年位過去の出来事だという事に思い至り、時間の流れに秘かに驚愕した)。
しかし慰めていた時の声色に対する原田の喰い付きに明悟は若干戸惑った。当初の意図とは全く違う形で涙が吹き飛んでいる。そんなに刺激的だったのだろうか、実感が全く沸かない。明悟としての振る舞いと薙乃の肉体のポテンシャルが妙な風に相互作用を引き起こしてしまったという事なのだろうか。似たような事があったら少し注意しなければならないかもしれない。
「話、戻すんだけど……」
お互いひとしきり笑ってしまった後、原田は改めて居住いを正しながら口にする。
「栄美ちゃんの思い出とか、記憶に拘ってしまう事が未だにある。栄美ちゃんが死んだ事はちゃんと理解しているつもりなんだけど、いつも心のどこかで『もしかしたら』って思ってしまう時が有るの。違うな、多分、『もしかしたら』って思っていないといけないっていう強迫観念みたいなものがある」
「強迫観念……か」
非常に容赦の無い、ギョッとさせられる単語である。
「薙乃さんに、栄美ちゃんの事を思っている事は悪くないって言ってもらったの、嬉しかった。嬉しかったんだけどそれは良くない事なんじゃないかって思っちゃう部分もあるの。皆、魔素体大禍で大切なものを失っている。でもそれでも、前向きに頑張っている。それなのに、わたしだけ立ち止まって、凄い後ろ向き。友達の死を乗り越えるべきなんだけど、同じくらい乗り越えるべきじゃないんじゃないかって思ってしまう」
淡々と、自分自身に刻み付けるように原田は吐露する。
何かを言いたい、何かを言わなければならない。そう思い口を開く明悟の口の中は想像を超えて乾き切っていた。酷く緊張している。明悟は気を引き締めた。
「……きっと、本当の意味で大切な相手の死を乗り越えられる人間など居ないよ」
明悟は、闇に向かってカンテラの灯を差し向けるように口にする。
「誰もが身を切られる様な痛みを抱えながらそれでも前に向かっている。それはその人が強いからでは無く、ただそうする事以外に選択肢が無いから、涙を拭って、歯を食いしばり前へ向かっているだけでしかない」
「それは……、うん」
原田は、明吾の話を困った様な、不安げな表情で神妙に訊く。明悟はそんな原田の反応に細心の注意を向けながら言葉を続ける。
「大切な人の死を忘れるのでもなく割り切るのでもなく、より正しい意味で『乗り越える』事が出来るとすれば恐らく、無くした物と同じくらい大切な物や記憶を積み重ねていくしかない。それが前向きに、辛い出来事を乗り越えていける力になるはずだ」
「それは……、薙乃さんの経験則?」
原田は恐る恐るそう尋ねた。その時、明悟はハッとしてしまった。自分は今、栄美の祖父の鶴城明悟では無く、叔母の鶴城薙乃なのだ……!
「そうだね……、目まぐるしい程色々な事があったよ……」
明悟は歯痒さで胸を掻き毟りたくなった。目の前の、孫娘の友人だった人物、栄美の死に深く心を傷付けられた原田結良に『自分』の言葉、鶴城明悟としての言葉を掛けてやれない事が酷くもどかしかった。薙乃は結局栄美とは会った事が無い(という事になっている)。原田と共有できる悲しみは何も無いのだ。
「薙乃さんの言う事もよく分かる
よ。でも、それはわたしには少し難しいかも……」
原田は言葉を選ぶように考え込みながら言う。
「大切な思い出のひとつにしていく事と忘れてしまう事の境目が、わたしにはわからなくなるような気がする。忘れるのが怖いんだと思う。薙乃さんは、その、豊柴市に住んでいた頃の記憶の位置付けってどういう感じなの。ああ、答えたくないなら答えなくていいんだよ?」
原田は、良くない言い方にならないように気を遣いながら明悟に質問する。
……明悟は、自分の下劣さに心底嫌気が差す。差していたが、自分の下劣さを貫き通すと心に決めていた。最低な嘘に準じなければならない。
「その、実は答えられないんだ……。というより覚えていないんだ」
「え……?」
「心的外傷に起因した記憶障害というものらしい。孤児院に居た頃の記憶が断片的にしか思い出せないんだ」
「……そんな」
嘘を隠すための嘘を重ねる、そんな嘘の吐き方だ。魔素体大禍以前の『韮澤薙乃』に関する情報はそれほど多くは無い。『鶴城薙乃』という存在しない筈の人間を作り出すに際し、魔素体大禍以前の『思い出』を創作するのは手間が掛かるしどこかで現実との齟齬が生まれる可能性が有るので、記憶喪失という体の良い言い訳で押し通す事にしている。
「だから私は、辛い出来事を乗り越えてきた訳じゃないんだ。失った物が大切な物だったかどうかの記憶すらあやふやだからね。だからその、さっきの話は私の経験則とは言えない。所謂一般論だ。知った風な口を訊いてしまった、すまない」
結局、『鶴城薙乃』という欺瞞が他者と信頼関係を構築する上での最大の足枷になっているのだ。身悶えするような歯痒さを感じてしまう。
内心を押し殺しながら恐る恐る原田の反応を見る。原田は、表情を曇らせ、困ったような表情をしていた。……今の明悟の話を素直に信じ、同情させてしまったのだろうか? 明悟の心中に罪悪感が突き刺さる。
しかし、次に原田が発した言葉は明悟にとって少々意外なものだった。
「……それって、もしかしてドッペルゲンガーのせいなの?」
「え……?」
一瞬、何の事を言っているのか明悟の理解が追い付かなかった。
「ドッペルゲンガーを見て無事だった場合でも脳にダメージを受けて記憶喪失になる時ってあるでしょ? いや、脳にダメージ受けて無事っていうのもおかしけど。薙乃さんの記憶喪失もそのせいなのかな!?」
「え……と」
明悟は戸惑った。質問をする原田に異様な熱があった。言葉の嘘を追求しようとか、薙乃に同情をしているとかそういうものとは違う、別種の熱。
「いや……、ハッキリとはわからないかな? そういう可能性もあるとは言われたが……」
「可能性は、ある……」
原田は、空虚に言葉を投げ掛けるように冷たく反芻する。
奇妙な反応だった。怒りとも疑念とも付かないような強張った表情を浮かべながら明悟から目を逸らし、机の一点をじっと見詰めている。……考え事をしているのか?
明悟の頭の中の何かが警鐘を鳴らした。原田が、薙乃が過去にドッペルゲンガーに襲われた事に対して、何か考え事をしている? ……この『表情』の悩み方には何か見覚えがある気がする。それは地下ドームでの実験中、薙乃の姿をした自分を計器と共に観察する曳山や駒木や他の研究者達のそれに近い。頭の中で、何かのピースが噛み合う様な瞬間を目の当たりにさせられている様な……。
大丈夫か? と明らかに不穏な強張った表情の原田に対して明悟は声を掛けようとした。が、声を掛けようとした直前原田は、静かだが、非常に力の籠った眼差しを明悟に向ける。
「魔犬やドッペルゲンガーに大切な物を奪われる事って、乗り越えないといけないんだけど……」
そして原田は何故か再び明悟から視線を逸らせテーブルに視線を向け
「それでもわたしは許せないな……」
と独り言のように呟いた。
彼女は一体、今は誰なのか? そんな疑問が唐突に明悟の脳裏に過った。彼女は『女子高生:原田結良』なのか、『シフト・ファイター:紅の魔法少女』なのか。その言葉は異常に穏やかだったが、静かに燃えるような怒りが感じられた。いや、これは只の一人の少女が己の無力さを噛み締める憤りなのか、それとももっと別の意気を含んでいるのか、明悟には判断できなかった。小岩井が直感的に指摘していたシフト・ファイターと女子高生の乖離というものの『継ぎ目』の様なものが垣間見えてし
まったように思えた。
……こんな彼女に、『何も知らない鶴城薙乃』としてどんな言葉を掛けるべきなのか? 複雑過ぎて頭が真っ白になりそうだった。しかし、女子高生として今の原田に何か言葉を掛けないと何かはわからないけれど取り返しのつかない事になりそうな予感があった。
「時代のせいになどではないはずなんだ」
明悟の口から絞り出す様に言葉が出て来た。
「クラスメイト達が時々口にするんだ、時代が変わってしまったとか、昔とは時代が違うから仕方が無いとか。そういう言葉を訊くと私は無性に悔しくなってしまうんだ。誰も彼にも、非がある訳では無いのに魔素体に怯え、窮屈な暮らしを強いられている。それを、時代のせいだなんて諦めて欲しくない。でも、自分自身の憤りに対して余りにも無力でね、そんな風に思ってみた所で、私は、その、一介の女子高生で……。それが時々堪らなくなる……」
……原田の呟きには、何か沈んではならない深みまで没入してしまいそうな暗い闇の燻りを感じた。原田を『こちら側』に繋ぎ止める力のある言葉、偽りの無い説得力が有りかつ女子高生が口にしても無理が無いと思わせられる言葉を探し出して見つけた物がそれだった。明悟が日頃から常々胸の内に湧き出てくる焦燥感の発露である。女子高生だからとか会社の会長だというのは余り関係が無い。一人の人間に出来る事に限界があるという点では選択肢の数に多少増減があるという程度で同じ次元の話なのだ。
さに締め付けられる。
不意に、明悟の右手が握りしめられた。
明悟が驚いて振り向くと、原田が真っ直ぐと明悟を見詰めながら手を握りしめていた。その表情は真摯で、『薙乃』の心の痛みに何とか寄り添おうとする熱を持ちながらも瞳は涙を溜めて潤ませていた。
明悟はそんな原田をただ見詰め返す事しか出来なかった。鶴城薙乃の疑似人格が瓦解し、ただの男の感覚で女子高生の肉体を生々しく意識させられている状態で、原田の掌の熱さとその鮮烈な眼差しは、余りにも毒だった。そんな、美しい瞳を、心を、自分のために向けて欲しくは無かった。
ほぼ同時刻。新哉市、鶴城家の屋敷近辺。
広く視界が拓けた農地の縁、農地の脇の車道に一台の自動車が停まっていた。
白いセダンには独特の書体の赤い文字で『アラタ不動産』とプリントされている。全国にフランチャイズ展開する不動産仲介業者のロゴである。
その自動車に乗っている人物は2人。運転席には一人スーツ姿の男性。仮面を被っていて顔はわからないが居住いや手の皺から判断するに年齢は恐らく二十代後半から三十代前半。くせっ毛を丁寧に左右に分けて整えている。もう一人は助手席、紺色のワンピースに白のカーディガンを併せた服装の女性で黒髪をバレッタで纏めている。やはり仮面を被っており、年齢も男性とほぼ同じくらいに見える。
男性は運転席に座ったまま膝の上に不動産関連の資料らしいファイルを広げているがそちらには全く視線を向けず、窓ガラスの外に広がる田園風景を恐る恐る見渡していた。視線はどちらかと言うと上向きで、空の方を見上げて何かを探っているようだった。隣の女性は、そんな様子の男性を大人しく静かに眺めていた。
「凄いね! その辺の電柱全部に
男性は窓の外を見渡しながら、女性に話し掛けるというより殆ど独り言のように感嘆を漏らした。
「センサーのスペックから鑑みたら明らかに過剰防衛なんじゃないかと思うんだけど、いやでもまぁ、理屈の外の沙汰なのだろうね。不屈の意志、いやいや不退転の敵意の表れかな」
捲し立てる男性につられて助手席の女性もフロントガラスから外の景色を覗き見た。見上げた先にある電柱、広々とした農地にほぼ等間隔に立ち並ぶそれのひとつひとつのてっぺんに、灰色の球体が取り付けられている。『カサジゾウ』の頭部に取り付けられている物に似ている。
「あの球体全てに、センサーと監視カメラが……?」
穏やかだが、どこか空疎な声色で仮面の女性は小さく呟き男性に尋ねる。
「魔犬やドッペルゲンガー相手にダミーの監視システムを仕掛けるなんて無意味だからね。設置されている以上間違い無く本物だし機能もしているよ」
男性は何故か若干得意げに返す。
「だからここでは間違っても仮面を外して外に出ちゃ駄目だよ。敵の本拠地から自動小銃ぶら下げた私兵がすっ飛んでくる、冗談じゃなく割りとマジで」
「ええ、それは勿論いつも言われている通りに」
女性は、オーバー気味に両手で自身の仮面を押さえ付けてアピールする。
「……やっぱり、貴方達はIKセキュリティを『敵』として見做している?」
サイドガラスの先の丘の上、農地の中心に鎮座する塀に囲まれた屋敷と更にその後ろに聳える倉庫に視線を戻しかけた男性に対して女性が尋ねる。「うーん、そうだね」と若干わざとらしく悩みながら男性は女性の方に身体ごと振り向く。
「『僕ら』の目的から鑑みるに彼らは敵と言うより利害関係者という見方も出来るんだけど、まぁ、藍慧グループサイドからすれば『僕ら』は間違い無く敵だろうね」
「『共に魔素を極めんとする、同志』」
女性の方が、誰かの受け売りをリピートするかのようにそれを口にする。
「志は同じでも過程やイニシアチブの所在の問題で殺し合うなんて事はいくらでもある訳で。まぁ、彼らからすれば『僕ら』はそれ以前の問題なんだろうけど」
「今回は同志同士で殺し合う」
「うん、殺し合うだろうね、同志同士で」
「……駄洒落になってしまったのは偶然ですよ」
「……了解したよ」
一瞬、よく分からない気まずい沈黙が車内を支配する。
「実際来てみたのはいいけど、まぁやっぱり外苑を眺めているだけで秘密がわかるなんて事は無いね」
妙な空気を仕切り直す様に男性は窓の外の『敵の本拠地』、鶴城屋敷と背後の倉庫を視線で示しながら言う。
「シフト・ファイターの存在を確認する確証が欲しかったんですか?」
仮面の女性は穏やかだが、やけに無邪気な口調で男性に尋ねた。
「いや、まあ、そんな感じだけど」
「居ても立っても居られなくて現場に来てしまったという感じ?」
更に楽し気な口調で尋ねる女性に「そういう言われ方をすると、ちょっと、恥ずかしくなるな……」とバツの悪そうに返す。
「まぁ、外から眺めているだけでは何も分からないけれど、IKセキュリティがシフト・ファイターか、それに類する魔素体を確保している事はほぼ間違いないだろうね」
「根拠が有るんですね?」
「一番の根拠はそれこそあの|乱反射集約センサー《スペクター・タッチ)だよ(フロントガラスの向こうの電柱を指し示しながら)。魔素体に音波や電波を照射してその反射パターンがどの程度ランダムかを測定するシステムな訳だけど、公式に発表されているサンプルデータの数ではどう考えても開発に必要なだけのデータを集められるとは思えない」
「サンプルデータというのは、捕まえたドッペルゲンガー?」
「そう、自衛隊が捕獲したドッペルゲンガーは審査に合格した国や民間の研究機関に提供されているのだけど、危険だからね、それほど頻繁に行われる訳では無い。それでいて需要の方は引く手数多。藍慧グループに回ってくるサンプルの数は非常に限られている」
「IKセキュリティなら自分で捕まえてこられるのでは?」
「危険な事には変わりないよ。それにドッペルゲンガーの捕獲記録は自衛隊にしろ民間にしろ公に記録を開示する決まりになっているからね、どこでどれだけの数のドッペルゲンガーが実験に使われたのか、調べればわかる様になっている。
それを鑑みても
まぁ、ほぼ『装丁家』さんの受け売りだけどね、と男性はお道化て付け加えた。
「それが、IKセキュリティにシフト・ファイターが居る根拠」
「そうだね」
「わたし達の敵は2人という事ですね?」
「……そこが微妙な問題でね」
男性は声を潜めて言う。
「IKセキュリティの方は完全な未知数だけどもうひとりの方は……、まぁポテンシャルと主人公補正次第って所だね」
「主人公……ホセイ?」
「あはは、まぁ火事場のクソ力を発揮できるか否かっていう意味だと考えて貰えればいいよ」
「……『彼女の』、そういう人格面に関しては全くわかりませんね。そもそも、火事場のクソ力でどうにかなるものなのでしょうか?」
「まぁ、それも検証したいっていう事なんだろうね『愛犬家』さんは」
「ああ、そういう……」
「全く、あの人は人が悪いね、色んな意味で。いや、あらゆる意味で、と言い換えるべきかな」
「……」
「……まぁ、開花出来なかったらその時はその時さ」
男性は膝の上に広げていたイミテーションで広げていた不動産の資料を片付けてドアの収納スペースに差し込んだ。そして自動車のキーを回しギアを操作する。
「その時は鶴城薙乃嬢に精一杯暴れて貰う事にしよう」
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