15  -アプローチ-




 次の日の朝、薙乃姿の明悟は新哉駅から一人で電車に乗っていた。


 木曜日は小野佳奈恵が所属する吹奏楽部は朝練をする日だが、昨日は臨時の職員会議があったらしく放課後の部活動は全て休みだとホームルームで連絡されていた。それは無論ドッペルゲンガーが現れたと思しき事件の関連で、生徒の安全を考慮して朝練の方も休みになっている可能性はある。だがそもそも、明悟は小野と登校時に待ち合わせている訳では無い。電車の時間の都合で朝練が無い日は出会い挨拶を交わし一緒に登校する事が多いのだが。


 谷間を縫うように走る列車の車窓から、仮面越しの圧迫された視界の中で音の山村や山々を、ひょっこり現れるかもしれない魔犬やドッペルゲンガーを(不謹慎だとは思いながら)夢想しながら眺める。眺めながら薙乃の演技を中断し昨日の夜の事に思いを巡らせる。




 昨日の夜、学校の準備を終え就寝間際だった明悟に、小岩井から電話が掛かってきた。


「追加報告があるんだが……」

 小岩井は、何か別の感情を押し殺した様な口調で切り出す。


「今日お前のウチにお邪魔している間、別の調査員を原田結良に張り付かせていたんだ」


「ふむ」


「普段の下校ルートなら多那橋駅で別のバスに乗り換えて自宅の方に帰るんだけど今日は別のバスに乗ったらしい。東多那の方に行くバスだよ」


「……ふむ」


 何故か、口の中が急激に潤いを無くす感覚を明悟は感じた。


「明らかに周りを気にしながら、同じ高校の生徒が乗っていないタイミングを見計らってバスに乗ったらしい。降りた場所も例の意識不明の女が見つかった場所の近く。まだ警察がその辺に居たから現場の近くには行かなかったが、スマホ片手に暫くその辺をうろうろ見て回っていたらしい」


「……」

 受話器越しの二人の間にしばし沈黙が訪れた。


「まっ、ただの野次馬根性って可能性も否定できねぇぜ?」

 沈黙を破り、自分で言った言葉を全く信じていないという気配を一切隠そうとせず小岩井は言った。


「考え辛いな……」

 明悟は呟くように、一応否定を口にする。完全に上辺だけの印象だが、原田結良は真面目な気質の人間だと思われる。下校前に担任教師から、今日は寄り道をせず真っ直ぐ帰宅するよう(自分のクラス同様に)注意喚起されていた筈だ。


「野次馬根性じゃない何かがあるとなると、まぁ、留意すべき何かが有るんだろうな」


 言い様の無い不穏さを明悟は感じた。魔素体大禍の後に浸透域から生き延びた少女がドッペルゲンガーが現れた可能性のある地域を避けるのではなく自ら向かっていくのだ。


「明悟」


 電話の向こうの小岩井が何故か改まったような口調で名を呼ぶ。


「お前はさ、原田結良をどうするつもりなんだ?」


「どう……、か」


 明悟は少々面喰らった。その質問に対する答えは小岩井に調査を依頼する際に明かしたはずだが、今のこの質問にはその時とは違う何か別のニュアンスが含まれているように思えた。


「……もし原田結良がシフト・ファイターならば、出来れば魔素研究の協力を求めたい」

 しかし、明悟は敢えて、依頼時の説明と同じ回答を返した。


「無論、相手の全面的な協力の上でだ。プライバシーは最大限守る。もし研究データを公にする必要に迫られた場合も彼女の名前は一切出さない」

 

 それを訊くと小岩井は、自身の中の疑問を改めて反芻するような沈黙を作る。


「最悪の場合」

 明悟が何か喋るべきかと思った矢先、小岩井の方が沈黙を破ってきた。


「お前は他人の利益と自分の信念のどっちを優先するつもり?」


 明悟は何故か、鋭い針がゆっくりと身体を這うような感触を感じた。


「……それは、両方優先したい、という回答では駄目なのだろうな?」


 話が飛躍し過ぎなんじゃないのか? と思いつつも割と真剣に考えた回答がそれだった。己の怒りの言い訳/原動力を社会奉仕や利潤に求めてきた。恐らくどちらが欠けていても『こんなに遠く』へは来てはいなかっただろう。


「駄目というか……、偽善を演るにしても偽悪を演るにしても軸足をハッキリしておかないと大事な所で躓きそうな気がしたんだよ。これは釈迦に説法かも知れねぇけどな」

「随分剣呑な予測だな……」

 明悟は攻める風なニュアンスは一切無く、やや好奇心すら覗かせつつ呟いた。


「なんだ、今日は随分踏み込んでくるではないか、珍しい」

 思わずそんな軽口が出てしまう程に小岩井は込み入った話をしてくる。仕事絡みの事ならいつもはビジネスライクを貫くはずなのだが。


「ああ、オレもらしくねぇなとは思っているんだ」

 小岩井は自ら呆れ恥じ入る様な声で呟く。


「未成年の女の子がお前の仕事や魔素体にガッツリ関わる可能性がある事にちょっと感傷的になってるんだ」

「……その懸念はもっともだ。彼女を危険な目には遭わせない。誓うよ」


「気ぃつけろよ、ガキは自分のタイミングで逃げ出したりしないし忖度もしねぇぞ」




 ……昨日の電話、未成年を巻き込む事に対する警句にかこつけて別件に対しても説教を喰らった様な気がしないでもない。明悟が歩んでいる道の漠然とした危うさを指摘されたように思う。自らの憎悪と感傷の言い訳・正当化の為に会社組織を機能させているという不純な構造は確かに自身の足元を掬い得る。掬われるのが自分だけならいいがそこに結良を巻き込むとなると確かに最悪だ。釘を刺したくなる程の危うさを小岩井は感じ取ってしまったという事なのだろう。


 石橋を叩いて渡るに越した事は無いが、しかし既定路線を変えるつもりは無い。原田結良と会って話をする。シフト・ファイターか否かを見定めなければならないというのも勿論だが、結良の人となりに対する理解が無ければ、仮にシフト・ファイターだったとしても十分な協力は得られないだろう。とりあえず、まずはどのように結良と接触を持つかだが、


「あっ、鶴城さん? 鶴城さんだよね!?」


 電車内から継続して、多那橋駅からのバスの中でも思索を続けていると、突如目の前の小柄な少女から話し掛けられた。


「茅原さん……、なのかい?」

 明悟は声と背丈から判断して、同級生の名を口にした。


「そうそう、正解! おはろー」

 仮面の少女、茅原は人差し指をびしと伸ばしながらそう告げる。

 

 多那橋駅から多那碧川高校へのバスに乗車する客の全員が昨日同様皆仮面を被っていた。それは明悟と茅原も同様で、ひしめく学生服の乗客の中に顔見知りが居るかも、と探してみようと知るような気持ちは明悟には一切沸いて来なかった。


「……おはよう。私だってよくわかったね」

 感心し、驚いたような声色を作りながら明悟は、昨晩の小岩井とのやり取りを頭の隅に追いやり女子高生・鶴城薙乃の思考回路に急いで切り替えた。


「鶴城さんはわかり易いよ~。スタイルいいし立ち姿がキリッと堂々としてるからすぐわかる」


 褒められてはいる。しかし間接的に『女の子っぽくない』と言われているようにも受け取れなくはない内容で、偽装としている身としては手放しで喜び辛い所がある。


「……立ち振る舞いでわかってしまう事もあるんだな」

「うん、知り合いはね、よくわかるよ。そう言えば、小野さんは(明悟の周りに居る仮面の学生に視線を走らせてから)……、一緒じゃないの?」

「いや、今日は一緒じゃないね」

「そっか、吹奏楽部は今日は朝練か」

「どうだろうな? 昨日の部活動中止の流れで朝練も中止になっているかもしれない」

「あー、それはあるかも……」


 ちょっと考え込みながら納得するような声色で茅原は言った。声や仕草で感情の起伏はある程度わかるが、相対する少女の顔は仮面に隠され表情が見えず、相手の感情の機微がいまひとつ読み取れない瞬間があり、少し不安になる。仮面を被って会話するのは苦手だ、と明悟は思う。


「そう言えば、鶴城さんは何か部活に入らないの?」


「私は……」

 ただ、表情を意識的に作らなくても済むという仮面の利点は無視できないものが有る。


「今のところ入る予定は無いね」

「そうなんだ。何かやむにやまれぬ事情があるとか?」

 純粋な好奇心の発露として茅原は質問を向けてくる。

「うん、体力的に部活動をするのは少し不安なんだ」

 それを訊くと茅原は一瞬身体を硬直させたように震わせ「あ~、そっかぁ」と心底残念そうに言う。今の茅原の表情はいまひとつ推測できない。


「えっ、実は登下校とかも結構大変だったりする? 新哉から高校までって結構長旅じゃん?」

「今のところは大丈夫かな。ただ、夏場の事を考えると今から気が滅入るね」

 流れるように、そして注意深くそれらしい言葉を並べる。仮面の茅原は神妙に頷き同意する。


「じゃあさ、妥協案、っていう訳じゃないけど、茶道部なんてどうよ!? 今からでも新入部員大歓迎!」


「茶道部か……」


 茅原が所属している部活である。


「学校行事やイベント前以外は基本的に週二回の活動で急な欠席にもフレキシブルに対応。緩い感じの部活だから色々大らかだよ。てか幽霊部員が多い。未だに所属してる上級生で会った事無い人が居るし」


「……」


 茅原が所属する茶道部の話はしばしば昼食時に訊かされる。所属部員は(別に制限は無いが慣例なのか)全員女子。作法を学んだり知識を深める活動も勿論行っているが、活動時間の大部分は茶菓子を囲んだかしましいお喋りに費やされるらしい。学校や教師に関する噂話や色恋に関するかなり踏み込んだ話題が展開されているらしい。 


 ……正直ゾッとしない。


 明悟も茶道に対する興味を持っていない訳では無い。魔素体大禍が起こる遥か以前には茶道を老後の趣味のひとつにと考えていた時期もあった。……茅原が所属している部活の茶道と明悟がイメージする茶道は何か違う、スタート地点は同じでもどこか途中でレールが切り替わり全く別の方向へ走り抜ける二本の列車であり、明悟の持つイメージで関わろうとすると取り返しのつかない事になりそうな予感がするのだ。


「どうよ、内申点狙いで名前だけ置く感じでも! あとぶっちゃけ個人的には鶴城さんの和服姿に非常に興味がある!」


 茅原は握りこぶしを作りながら詰め寄るが、「いや、ちょっと今は考えられないかな? 学業の方にも不安があるし……」というような事を言って何とかやんわりと断ると、「う~ん、そっかぁ、残念」と割とあっさり引き下がってくれた。


 身体が弱い、という話は方便だが、部活動に参加せず早々に帰宅せねばならない事情は多々ある。変身可能時間は常に余裕をもって温存しておきたい。いつ長時間の変身を強いられるかわからないからだ。それでなくても帰宅すれば被験体:鶴城薙乃或いは会長:鶴城明悟としての役割が待っている。……そして、この融通の利かなさ加減が『少女性の追求』を阻害している、具体的に言えば学友達との間に壁を作っている元凶のように思える。小野佳奈恵との関係がまさにそうだ。小野は鶴城薙乃が背負う複雑な背景(孤児で大会社の会長の養子であるという以上の)を詳しくは知らないだろうが何となく察していて、明悟が踏み込まれたくない部分に対しては一歩距離を置いて接してくれている。それは有り難い事だが、埋め様の無い絶対的な隔たりも同時に創り出してしまう。


 子供は忖度をしない、か。薙乃を慮ってくれる学友達に感謝の念は尽きないが、それに応えられない自分が惨めな程にもどかしい。




 吹奏楽部が朝練を行っているか否かの予想で盛り上がっていると程無くして高校前のバス停に到着。仮面を被った学生達が次々にバスから降りていく。

 校門には前日同様、仮面を被った生活指導の先生が仁王立ちで登校してくる生徒達を見遣っていた。明悟と茅原は神妙に挨拶をしてその傍を通り過ぎる。


「……楽器の音、聴こえないね」

 校門を潜ったのと同時に仮面を外した茅原は校舎を見上げながら言った。


「朝練も中止か……」


 明悟も茅原に併せて仮面を外す。昨日は屋内に入るまで仮面を被っていた生徒が多かったが、今日は正門を潜った直後に即仮面を外す生徒が何故か多い。昨日の事件の続報がニュースで報道されていなかった事で、生徒達は警戒心を緩めたのだろうか? 喉元過ぎればなんとやら、しかしまぁ四方を壁に囲まれている高校の敷地内ならば特に問題無いだろうが。急に広がった視界に明悟は一瞬立ち眩みしそうになったが直ぐに目が慣れた。


「休部って、何時まで続くんだろう……」

 下足室までの道すがらに憂鬱そうに茅原は呟く。


「近辺の安全が確保されるまで、という事なのだろうけれど……」

 薙乃の口で言ってはみたものの、そもそも何をもって『安全が確保された』と考えるべきなのだろうか?


「本来現れない筈の場所にドッペルゲンガーが現れたからね。明確な原因が発見されない限りはそれを判断するのも難しい」

「うーん……。部活が休みなのは嬉しいんだけどいつ再開するのがわからないのはな~」

「ままならないものだね」

「うん、ままならない」

 茅原は笑いながら、自分の下駄箱に辿り着きローファーを脱ぎながら下駄箱を開く。


「部活を合法的に休めるっていうのは言うなれば禁断の果実だね!」

 茅原の話を訊きながら明悟も下駄箱を開ける。そして目の前にあったものに明悟は一瞬理解が追い付かなかった。


 明悟の上履きの上に、薄水色の封筒が乗っかっていた。


 明悟は反射的に下駄箱の扉を閉じた。


「鶴城さん? どしたの?」

「えっ、あ、いや……」


 茅原に心配そうに声を掛けられ、明悟は思わず上擦ったような声を上げてしまった。


「ちょっと眩暈がしてしまってね。仮面を外した直後にたまにある」

 そのまま明悟は少しだけ下駄箱に寄りかかって見せた。


「oh……、大丈夫?」


「問題無いよ。待たせてしまうのもなんだから先に入って欲しい」

「おう、了解」


 上履きに履き替えた茅原はそのまま教室へ向かうが、明らかに歩調を緩めて心配そうにこちらを気にしている。明悟は緩慢な動作でローファーを脱ぎもう一度下駄箱の扉を開ける。切実な圧力を帯びて鎮座する水色の封筒を上履きごと持ち上げ封筒のみ下駄箱の端に寄せ素早くローファーと上履きを入れ替えた。


 上履きを穿き、茅原に追いつく。茅原が明暗の極端な変化で眩暈がした自身の体験について披露してくれているが、それらしい相槌は打てているものの会話には全く集中できてはいなかった。学校の、下駄箱に、手紙を入れられる。それがどんな意味合いを持っているのか、先程その手紙を見つけた瞬間は脊髄反射的に驚愕してしまい、その具体的な意味・可能性について想起する事が出来なかった。そうだ、あれは、所謂『恋文』である可能性があるのだ。


 階段を登り明悟と茅原は教室に入る。クラスメイト数人と既に登校していた小野に挨拶。「吹奏楽部は朝練休みなんだ~」「うん、休み。取り敢えず今週は部活は何処もお休みになるみたいだよ」「取り敢えずかぁ……。いつまでかはまだ分かんない感じかぁ」「そうみたい」という様な会話に何となく加わりながら、タイミングを見計らいそれとなく教室を出て、階段を駆け下りる。


 下足室の人口密度はバスの到着時間に依存する。先程明悟と茅原が靴を履き替えた時は、同じバスから降りた生徒達でやや混み合っていたが、今はあまり人が居ない(自転車通学の生徒が時折現れるので完全に無人では無い)。


 明悟は階段を駆け下りている間、何も考えられなくなっていた。或いは、早計にあれこれ考える前にまず手紙の中身を確認する事が先だと自分に言い聞かせていた。恐らくそれも逃避の一種なのだろう。自分がラブレターを貰ってしまったかもしれないという事について思考する事を無意識下で脳が拒否していた。


 周りを見渡し、誰も自分を注視していない事を確認してから明悟は、自身の下駄箱を開く。逃れ得ぬ真実を突き付けるように水色の洋形封筒はそこで待っていた。


 手紙の中身を確認しよう。それ以外の事は何も考えられなかったが封筒に向かって伸ばす掌がうっすら汗ばんでいる様な気がした。


 封筒を手にして表側を確認、無地。即座に、裏側を確認、原田結良より、と書かれている。


 ん?


 原田結良より?


 ……途端、冷や水をぶっかけられた様な気分になり、痙攣していた思考回路が急ピッチで再稼働を始めた。


 原田結良に手紙を寄越されるという事、それはそれで十分に大事なのだが、明悟が最初に感じたのは『安堵』だった。……これは恐らくラブレターではないだろう。女の子が女の子にそういうモノを送るというケースは、ゼロでは無いだろうが、考慮する必要が無いくらい低い確率だろう、と思う。ただ即座に全く違う種類の緊張感が突き付けられる。そうか、結良が自分に手紙を。


 ……外からにわかに騒めき声が聴こえてきた気がする。新たにやって来たバスから生徒達が下車したのかもしれない。明悟はスカートのポケットに封筒を入れ、人気の無い場所を探す事にした。

そそくさと人目を避けながら階段を速足で駆け上がり、しばしば訪れる屋上への締め切りの扉の前までやって来た。早速手紙の封を切る。中の手紙に書かれていたのは、思いの外簡潔な文章だった。



鶴城薙乃さんへ


突然こんな手紙を送られてびっくりさせてしまったならごめんなさい。

あなたとどうしてもお話ししたい事があります。今日の放課後体育館裏まで来て下さい。


                            一年六組 原田結良



 ……簡潔である。読み終えた明悟は、一応封筒の方の表と裏と内側を確認し、再度手紙の表裏を精査した。


 ……見ず知らずの女の子(同性)とどのように接点を作るか、そのアプローチ手段を昨日地下ドームから帰ってきた後、秘書と綿密に打ち合わせをした。長時間に亘って行われたそれはこの一枚の手紙で見事に水泡に帰した。無論、結良の方から接触をしようとしてくれているのは願ったり叶ったりなのだが。


 約束は放課後。


 授業の間、一応クールダウンした明悟の頭は、放課後に会う予定の結良がどのような話をするのかを色々予想していた。それは恐らく、『鶴城薙乃』と『鶴城栄美』の関連性に関する事と何かしら関係があると思われるが、若干引っ掛かる部分もある。それは、「何故今日なのか」という事。明悟が、元探偵の小岩井から結良に関する調査結果を受け取った次の日にこの呼び出しである。更に言えば多那橋でドッペルゲンガーの被害の可能性が確認された次の日でもある。単なる偶然なのか、それともこれらには見えない繋がりが有るのか。ハッキリしない。


 タイミングの合致具合に目を眩まされているというだけで、栄美や魔素体に全く関係の無い理由での呼び出しという可能性も無くは無い。しかしそうなると何の話なのだ、まさか愛の告白の為という訳では無かろうし……。


 この辺りで、明悟ははたと気付いた。気付いてしまった。下駄箱を再び開いた時の自分は、ラブレターを女子から貰う可能性と男子から貰う可能性、そのどちらも想定していなかったという事に。この手紙がラブレターかも知れないという事は確かに思い付いていたが(だからこそこんなに焦りながら回収しに来たのだ)、貰う相手の性別には全く気が回っていなかった。


 そう、この鶴城薙乃の身体で恋文を貰ってしまった場合、その送り主は高確率で男からのものなのだ。明悟は、授業中の自分の姿を改めて顧みて居た堪れない緊張感を走らせた。……そういう事も起こり得るのだ。そして、下駄箱の手紙を確認しに行く時にその可能性に思い至っていたら、自分は果たしてどんなことを感じていただろうか? 上手く想像出来ないのは脳が無意識に想像する事を拒否しているからだろうか……。



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