芸術祭に向けて8



 時間は現在へと戻る。

 

 電話を終え、ひとりの空間を二時間ほど堪能した相棒は再び活気のない教室へと戻り、何をするでもなくただボーっと窓の外を眺めていた。

 

 もうすでに昼の一時だ。陽炎が出るほどの熱気がグラウンドを支配していた。

 しかし、もう流石にどこも部活よりも芸術祭という感じのようで、グラウンドには誰もおらず、閑散としていた。


「……ふっ」


(なんか、魔法陣とかあそこに書いてみたいな……)


 意味のわからない一笑とともに意味のわからない思考が流れてくる。本当に意味がわからない。


 しかし、相棒はそんな馬鹿な空想ができるほどに暇だった。

 劇をするやつらはただ教室の端や廊下、他クラスへと出かけて雑談をし、最後の仕上げに取り組む生徒たちは黙々と作業をしている。

 相棒はどちらにも所属できないので、ただ暇な時間を過ごしているだけだった。


(早く岩夏から電話かかってこないかな……)


 付き合いたてのカップルのようなことを考える相棒だが、そもそも鷹山がどこにいるかなんてわかった時点で別に何もないだろう。

 サボっているだけという可能性も多いにあるのだ。


 ……もしそうだとしたら、委員長父が非常に可哀想だな。


 いや、でもそれはないだろう。


(委員長二日連続で無断欠席とか……なにかあったんじゃ……)


(紅葉……いくら連絡しても返事ないし――本当にやばいこととかに巻き込まれてたり……)


(鷹山、なんでお前までいないんだよ! マジでクラスの雰囲気死んでんじゃねぇか!)


(そういえば、鷹山昨日も様子おかしかったな……なんか本当に大丈夫なのか?)


(鷹山くん鷹山くん……あぁ、鷹山くん)


 クラスにいるやつの心の声を聞く限りでは、はっきりと異常なのはわかる。石本の心もまあまあ異常だ。

 今このクラスには確実に何か異常が起きているのだ。

 そういう意味では鷹山の位置を探らせた相棒はそれなりに有能なのかもしれない。


「~♪」


(UFOとか見えないかな……俺と共鳴できそうだ)


 まあ、口笛混じりにこんなお気楽なことを考えている時点で、台無しだが。

 しかし、口笛というのは本人にとっては気持ちいいものでも、機嫌の悪いものにとっては煽られているような気分になるのは世の常。

 ギリッと音が鳴ったかと思うと、教室前方にいた臼野がこちらへとズンズンとやってきて、相棒の胸ぐらをいきなり掴み上げた。


「なぁ、おい。お前いい加減にしろよ? みんな気が立ってんだよ……人を煽って楽しいか?」


(え、いや……いきなりなに? てか苦しい苦しい……え、なに)


 しかし、身に覚えのない暴力に、相棒は戸惑うばかり。

 確かに相棒とてクラスの様子がおかしいことには気づいているが、それこそ夜の自分の活躍に思いを馳せることに比べると些細なもの。

 まして、自分は探りを入れるように委員長父へと指示を出したのだ。

 当然目の前の臼野には知られていないものの、相棒は相棒で夜になれば自分がなんとかすると心の片隅では思っていたりもするのだろう。


「は……? お前何言ってん……」


「だいたいなんだよお前! いっつもいっつも人の神経逆撫でするような行動ばっかしやがって!」


 臼野がそう言って、殺意のこもった視線で相棒を睨みつける。

 そこでやっと唖然としていた生徒たちは状況を把握したようで、臼野を止めにかかった。


「ちょ、臼野やめろって!」


「今そんなことしてる場合じゃないでしょ!」


「黙れよ! ――委員長や鷹山や秋風がどこいったか分かんなくなってんのに……あんな!」


「それはさっき先生に相談したでしょ!? あとは先生が何とかしてくれるって!」


「そんなの関係ないだろ!今はあいつの態度の話で――」


 三人がかりで止められる臼野と、伸びた首筋を撫でながら思わず目を丸くする相棒。

 臼野のあまりの熱量に、相棒は何も考えられなくなっていた。

 そんな相棒に、臼野は一通り暴言を吐くと、今度は何かを噛み締めるような表情を浮かべる。


「大体先生だってそんなに大事にしたくないっていってたし……あいつらのこと考えると、俺……」


 おそらく、臼野は自分の今のやるせない気持ちを向ける場所がわからなかったのだろう。

 それで、フラストレーションが溜まっていたのだ。

 だからこそ、空気の読めない相棒のいつもの言動にも過敏に反応してしまったのだろう。


「……おい」


「触んなよ!」


 クラスメイトの名前も覚えていない男子が臼野の肩を触ると、臼野はそれを振りはらって教室を出て行った。それを追うようにゾロゾロと教室から全員出て行ってしまう。

 最後の方に残っていた生徒も、相棒と自分だけ残ることを恐れて教室から出て行って、最終的に相棒一人だけが教室に取り残された。


 相棒のシャツの首元はだらしなく伸びており、いつもの着崩した制服がさらに乱れていた。


(悪くない……悪くないぞ……多分、悪くない)


 相棒の脳は、それだけを考えてから、再び空白に染まる。ちらりと包帯の隙間から相棒を見るも、今何を考えているのか、相棒の表情からは全く読めない。

 ただただ、そんな時間が流れていき――電話がかかってきたのはそれから二十分後だった。


 相棒は少し震える手でスマホを手にとっって委員長父と会話を始めた。


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