芸術祭に向けて9



 銀髪の男、グラッドは仲間たちの本拠地であるキャンピングカーにたどり着いたと同時にぐったりと疲労を顕に座り込んだ。


『はぁ……はぁ……』


 すると、それを見た水色の髪の女が彼を介抱するように持ち上げて、ちゃんとクッションの敷かれた椅子に座らせなおす。


『大丈夫? ……やっぱり魔力の使いすぎよ。協力するって言ったのに……』


『いや、俺たちの最終目標は向こうの世界へ帰ることだ。そのために必要な魔力は少しでも温存しておいたほうがいい。一人ですっからかんまで使い切ったほうが回復効率はいいはずだろ?』


『でも、あなた一昨日からずっと……』


『大丈夫だ……これで『協力者』を『協力者』なんて言い方をせずに済むんだからな……そっちのほうが重要だ』


 グラッドが顔中にびっしりと冷や汗を浮かべながらも強がってみせると、奥から現れた腹の出た男が、一瞬傷まし気な表情を浮かべる。

 しかし、それも一瞬。

 腹の出た男はグラッドのもとへと歩いていくとがっしりと強く抱きしめた。


『――よく、やってくれたな』


『――ボス……ありがとう、ございます……』


 グラッドは腹の出た男にそう言うと、力尽きたかのように机に突っ伏して眠ってしまった。


 何しろここ二日間で、三人を誘拐するために、記憶妨害の魔法を三回、認識阻害を三回、小さめの遮音結界を三回も使用している。

 さらに、三人が目を覚まさないために定期的に睡眠魔法をかけており、グラッドの魔力は完全に尽きていると言っても過言ではない、仕方ないのだ。


 魔力が足りなければ生命力が魔力に変換され使われる。

 今はグラッドは死んだように眠る程度で間に合ったが、これ以上グラッドは無理をすると、いよいよ体の不調を訴え始めてもおかしくはなかった。

 すると、腹の出た男がキャンピングカーにいる全員をいつもの作戦会議室へと集める。


『グラッドがやってくれたおかげで『協力者』の依頼はほぼ達成できた。あとは早めに今日の夜にでも引き渡せば晴れて『協力者』との縁が解消される。そうすれば我々は変な指令で妨害されず、もっと効率的に魔力を確保できるんだ』


 すると、席に着いた小柄な男がすっと手を挙げた。


『でも、グラッドの兄貴はまだ捕まえただけなんだろ? 眠ってる奴の運搬方法なんてどうするつもりなんだ? この車を使うのか?』


『足りない分は適当に調達すればいい。そこらへんを走ってる奴を眠らせてから奪えばいいだろ』


 すると、泣きぼくろが特徴的な女がすっと手を挙げた。

『『協力者』とのコンタクトはどうなっているの? それこそ早めにするって言ったって日にちの指定はまだなんじゃないの?』


『それもそのうち連絡があるはずだ。『協力者』はおそらくこちらの動向をきっちりと監視しているはずだからな』


 確認とばかりに腹の出た男が席に着く顔を見渡すも、そこからは手を挙げるものはいなかった。


『――さて、じゃあグラッドは今近くの講演に誘拐した三人を留置しているはずだ。これから適当に分かれて指定された三ヶ所へとそれぞれ運搬してもらう。『協力者』がここまで周りくどい方法を取るということは、おそらく我々にも『協力者』は狙いが誰なのかを知られたくないのだろう。なるべく傷をつけないように気をつけておけ』


 そして、男は少し考えるようにしてテーブルの上に置いてあるぬるい飲み物に口をつける。


『しかし、これはこれまで極端に我々との接触を避けてきた『協力者』の真の素顔を暴くチャンスでもある! ……これからの我々の作戦はこうだ』


 そう言って、腹の出た男は少し前にグラッドから報告されていた三人が留置されている場所が記された地図を卓上に広げる。


『我々は分散して人質の人物の監視にあたり、『協力者』が接触してきたら人質を『協力者』へと引き渡す。そして、『協力者』が油断したところを――人質もろとも殺せ』


 腹が出た男はそう言って邪悪に口元を歪めた。

 同席していた彼ら彼女らも、同様の顔をしていたというのは簡単に想像できることだった。


『ここでの必須事項は我々が『協力者』を殺すことだ。……もし『協力者』が我々を日本国に売ったりしたら……わかりやすく全滅だからな』


 そこで腹の出た男は大きく息を吐く。

 卓に座る全員が緊張感を持った眼差しで腹の出た男を見つめると、腹の出た男は少し声のトーンを落としながら脅すように放った。


『――覚悟を決めろよ』


 そんな腹の出た男の後ろで、真っ黒の仮面をかぶった男は気味の悪い笑みを浮かべていた。


『『ホワイト』。以前はお前に敗れて我々はこの世界へと取り残された。それから我々はどこからか我々の存在を知った『協力者』に脅され帰還もできずにずっとずっと耐えて続けてきた。しかしそんな苦痛の日々……暗黒の時間ももうすぐ終わる! 我々は絶対に向こうの世界へと帰るぞ!』



 全員が、大きく首肯した。



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