芸術祭に向けて6



 二日後。


「……」


(非常にまずい。何がまずいかというと色々な意味でまずくて、それをより具体的に言うともっと色々な意味でまずい。つまりまずい)


 何がまずいのかは聞かないでおくのがいつもの流れというやつだ……とか言うと怒られそうなので、ここは相棒が何に怯えているのかをはっきりと明言しておく。


 ちなみに、初めに言っておくが実にしょうもないことだ。

 おそらく、こんなことを気にしていることが鷹山に知られたら、それだけで余計に反感を買ってしまいそうなほどしょうもないこと。

 

 昨日学校をサボった――それだけである。


 実にしょぼい。


(どうするか……まあいざとなれば俺の力でどうにでもなるが一般人に危害を及ぼすのは俺のプライドが許さない……しかし……)


 もとから夏休みの学校はクラス主体で行うものなので、欠席日数などにはカウントされない。

 ただ、クラスとして動く分だけあって、サボった次の日にはかなりクラスメイトたちから冷たい目で見られてしまうのだ。


 すでに相棒は連絡がうまくいかずに三度も無断欠席をしてしまっている。

 そして、その度に冷たい目で見られているのだ。

 相棒とて中身を見ればただの高校生。普段の態度では到底察せないものの、時たま人恋しそうにするときもある――のかな?


 まして相棒の場合、そんな内面を分厚い余分な成分が覆っている。

 力云々で人を見下している相棒が、同い年の生徒から説教を受けることに抵抗もあるのだろう。難しいお年頃というやつだ。


(いや、待てよ。そもそも今日学校はあったのか? そこの確認を怠っていた……まさか、今日は休み?)


 違います。

 というか今すでに教室の前にいるんだから知ってるだろ。

 相棒はまるで銃弾を肩に食らった兵士のように肩を押さえて荒く呼吸を繰り返す。ちなみにこのポーズに意味はない。


(いや、休みだ……そんな気がする。今聞こえている声もおそらく俺の闇のカルマに反応した光の精霊が俺を惑わしているだけ……くっ、その手には乗らない……)

 

 いい加減恥ずかしい。

 廊下に座り込んで、教室の壁にもたれる相棒は、普段の素行も相まっていい晒し者だ。

 

 現に隣のクラスの生徒や、廊下を通る人がこちらをチラチラと見てはくすくすと笑っている。

 非常に恥ずかしい。

 

 とりあえず腕を締め上げておくと、右手を掴んで呻きだした相棒。

 そしてそれに呼応するようにドン引きする周囲の生徒たち。

 ……なんかごめん。



 結局、相棒は入るか入らないか迷っているところを、教室から出てきたクラスメイトの名前も知らない誰かに見られてしまい、急いで入る羽目に。

 その時向けられた視線はもちろん絶対零度のものだったが、それを気にしないのが相棒クオリティー。さっと切り替えてまるで何事もなかったかのように鼻歌交じりに教室へと入り込んだ。


「おお……進んでるじゃないか」


 そして、教室に入った相棒の第一声がそれ。頭を抱えたくなる。

 毅然とした態度を崩すまいと相棒なりに怒られないようにしれっと教室に溶け込む作戦を考えたようだが、正直一言目から間違っている。サボり&来ても何も仕事していないやつのセリフではなかった。


 案の定、クラスメイトたちからの視線は冷たい。


(は、何こいつ……偉そうに)


(自分なんもしてないじゃん――死ねよ)


(うざ。てかコイツ誰?)


(遅刻してきといてそれかよ……)


 だが、逆に相棒はクラス準備に全く関わっていなかったということもあって、もし

かすると昨日休んだことは気づかれていないのかもしれない。

 ちらりと相棒は周りを見渡して、大きく溜息をつく。

 すると、それを目ざとく見つけたゲイ疑惑が晴らされた臼野が立ち上がって扉の前までずんずんと歩いてきた。


「来ていきなりため息とかやめろよ……クラスの空気これ以上悪くすんなよな」


「ん? ああ……善処する」


「はぁ? それで反省してんつもりか? マジそう言うの迷惑なんだけど」


 臼野が眉を吊り上げながら相棒へとずんずんと近づいてきて、眼前で立ち止まる。

 百パーセント仕掛けたのは相棒だし、臼野の怒りに対して気取った返答しかできない点も含めて悪いのは相棒なのだが、ふと、違和感を感じた。


 臼野といえば相棒の井上だ。

 前の時もそうだったが、井上はそもそも相棒と接触することすら忌避していると感じる。

 前も臼野が何か言う前に井上は止めていた。

 しかし、今ここまで臼野が直接的に相棒と関わっているにも関わらず、当の井上はそれを遠くからボーっと眺めているだけだ。


 止めようという気概すら感じさせない。


「ん? そういえば臼野。お前演劇はどうしたんだ? 練習しなくていいのか?」


 ちらりと教室にいる全員を見て相棒が言った。

 臼野というよりは、教室に居る全員に投げかけた言葉なのだろう。

 確かに、教室にいる全員がもうほとんど仕上った大道具や横断幕の細かい作業ばかりしている。劇に出演する連中もほとんど全員いるようだ。


 それを聞いた臼野はただ苦虫を噛み潰したような表情で下を向くのみだった。


「……知るかよ、そんなの」


 臼野は難しい表情で言葉を切ると、井上のもとへと歩いて行った。


(ふむ……俺がいない間に何かあったのか?あれ、そういえば今日は……)


 相棒が少し考える姿勢を取ってから、遠ざかっていく臼野の背中へと再び言葉を投げかけた。


「臼野。そういえば委員長はどうしたんだ?」


 相棒の言葉に、臼野は一度立ち止まり、奥歯が擦り切れそうなほどの勢いで噛み締める。

 それに違和感を感じた相棒は、ちらりと辺りを見渡すと、全員が一様に下を向いてどこか暗い雰囲気を漂わせていたことに気づく。


(……やはり、何かあるのか。もしかして、また委員長に何か怪物絡みで起きたとかか?)


 相棒がそう考えて、僕のいる右腕を押さえる。

 だが、残念なことに今は外が明るい。

『闇の王』の力は漆黒の中でのみ発揮される。今もし仮に委員長が向こうの世界に攫われていたとしても今の相棒ではどうすることもできないのだ。


「……休みじゃねーの!」


 臼野が半分叫ぶようにして答えたその言葉は、言外に何かあったと示唆しているかのようだった。

 相棒は、再び考える。

 沈んだ空気に、休みだという委員長。荒れた臼野と、それを止めない井上。


(……そういえば、鷹山はどこだ?)


 こういう時こそ、みんなに頼られるトップカースト鷹山の出番だ。

 しかし、クラスを見渡しても鷹山の姿もない。演劇練習をほかのクラスでやっているわけでもなさそうなので、鷹山も休みなのだろうか。


(何だ……何か引っかかる)


 相棒は熟考する姿勢を一度やめて、教室の外へと出る。

 チラチラと周りを確認しながら、人目のない方へと歩いていき、普段人がほとんど通らない視聴覚室裏の物置へと入った。

 鍵が壊れている同所は、取られて困るものは保管しない、言うなればゴミ溜めのような場所だが、それゆえに滅多なことがない限り人は入ってこない。相棒のお気に入りの場所の一つだった。

 そこで、大きく深呼吸をした相棒はスマホを取り出して、着信履歴からとある電話番号へとかける。

 五コール目にして繋がり、「もしもし」と低い男の声が聞こえてきた。


「ああ……俺だ」


「どちら様ですか?」


「黒王だ」


「……っ。ああ、あなたですか。ちょ、ちょっと待ってくださいね……おい、外してくれ。……――はい、お待たせしました。突然どうしたんですか?」


 電話の相手は委員長父だ。

 一昨日の夜に委員長父と三時間以上に渡って長い話し合いをした相棒は、なんとか信頼を勝ち取ることができ、分かり合うことができたのだ。

 

 ちなみに、そこまで話し合いがこじられたきっかけは相棒の話し方がいちいち大仰だったことと、委員長父が真面目ということもあって、なかなか怪物という異形の存在を認められなかったことにある。

 しかし、結局、外に出てからの毛玉状態の僕の変身ショーと、相棒の闇の力を見せると、委員長父は頭を抱えながら納得してくれた。

 そして超感謝してくれた。ものすごく感謝してくれた。びっくりした。


 ちなみに、委員長父と相棒はそこで協力関係を築くことに成功。

 相棒の存在は極秘にするということと、僕たちの手に届かないようなことがあったら調査協力をしてくれることを確約してくれた。


 その代わりに相棒は委員長父やその親族が窮地に陥った時は助けること、委員長父のように呼び出されても無闇やたらに顔を露出しないことを誓わされた。

 後者はおそらく相棒のためを思って出してくれた条件なのだろうが、相棒はおそらく守れない。

 きっと炙り出しのトリックに気づいた相手ならホイホイ出て行くだろう。相棒はそういうやつだ。


 しかし、相棒は自分の力が夜限定だということを明かしてはいない。流石にいくらなんでも知り合ったその日に自分の弱点を晒すような真似は馬鹿な相棒でもしなかったのだ。偉い。


 だが、驚くことに相棒は委員長父の娘が委員長ということにまだ気づいていないのだ。


 話していて気づくべきところは幾度となくあったにもかかわらず、相棒はそのことごとくをスルーしてしまい、結局最初から最後まで相棒の中で委員長父は助けた誰かの父親というポジションのまま終わってしまったのだ。本当に殴りたい。


「ああ、一昨日の今日で悪いんだが少し聞きたいことがある」


 相棒の言葉の後に、委員長父の生唾を飲み込む音が響く。


「……と、言いますと。怪物とかの関係になるんですか?」


「それはまだわからないが……少し、探って欲しい人物がいる」


「探る……えーっとそれは戸籍とか過去の経歴とかそういう類の――」


「ああ、いやそうじゃなくて。現在位置の方だな」


「現在位置? ――と、言われましても私なんてただの県議会議員ですし、人一人を探せと言われましても……」


「え? できないのか?」


「――いえ、やりましょう」


「ああ、助かる」


 もう委員長父の真面目具合がすごい。

 とても出会って三日経っていないとは考えられない信頼関係だ。いや、主人と犬? みたいな関係になりつつある。


 ……ちなみに、委員長父もまた相棒に「娘があんたに好意を寄せている」的なことは言っていないし、おそらくいざそういう関係になっても認めはしないだろう。だって変人だもの。

 良くも悪くも協力関係としての構図が出来上がっているようだった。


「それで……誰を?」


「いいんちょ……と言っても分からないか。えーっと名前は……まあいいか。じゃあ、鷹山創という少年を頼む。以前から夜間に出歩いてはこそこそと裏路地に入る怪しい奴なんだ。逃げ足が速くてよく振り切られてな……」


「ああ、なるほど……わかりました。調べさせましょう」


「頼む」


 そう言って、通話を切る相棒。

 偉いところは鷹山の名前を出したときにうっかり自分が同じ高校に通っているという情報を与えなかったこと。悪いところはまたしても委員長と委員長父の関係に気付かなかったところだろうか。


 ――ん?


 そういえば、一昨日、委員長父の運転手である中野の心を読んだときは確か委員長父は家族思いだと言っていた。

 それに、相棒と話した時も相棒が委員長を助けたということに納得したあとはとてつもなく感謝された。よほど娘思いなのはすでにこちらにも伝わってきている。


 それにしては、今日委員長は休んでいるというのに普通だった気がするな。もっと狼狽えていても良かった気がする。

 委員長が体調不良とかなら少しくらいは委員長父の調子も変わりそうなものだが……高校二年生にもなるとあれくらいの対応になるのだろうか。はたまた委員長は今日家から出たあと寄り道をしてズル休みをしているとかだろうか。


 ふと、委員長を思い浮かべるも、風邪をひくほど体が弱そうにも、ズル休みをしそうなほど不真面目でもない。

 以前委員長の背中から見えた糸のようなものの存在も気になるし……少し、引っかかる……気がする。


(なんか、今の電話かなりそれっぽかった気がする……♪) 



**


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