芸術祭に向けて2



 帰り道。

 俺たちは男子三人と女子二人でT市へと足を伸ばして、足りない材料の買い出しという名のお疲れ様会を開いていた。

 

 ちなみに、T市はGI県で一番大きい都市で、S市からは電車で五駅ほどだ。

 清明高校に通うために一度T駅で乗り換える人も多いため、清明高校の生徒たちとは、わりかし出会ったりもする。

 

 メンバーは、臼野と井上と俺(鷹山)が男子で、女子は秋風と石本さん。

 正直石本さんに関しては全然呼ぶつもりはなかったし、なんだったらそこに委員長を入れられたら最高だったのだが、残念なことに買い出しという名目なので、クラスの責任者を一人は連れて行かないといけないのだ。

 

 俺がほとんどクラスリーダーとしての仕事をしていない以上、芸術祭での実質的なクラスリーダーは監督か会計。

 会計は話したこともない根暗男子だったので、それよりは話したことのある根暗女子をとったというわけだ。

 

 ちなみに、今はマックで休憩中だ。


「でさ、そん時あたしさー……」


 秋風が近頃家族と行ったというTO県への旅行の話を延々と続けている。

 正直誰も興味がないだけに、全員いつまで続くんだ、早くやめてくれと強く思っているが、それは口に出さないのがお約束だ。


 こういうのは喋っていて不快にさせない程度に質問をして、かつ掘り下げすぎなければすぐに話題のネタが切れて話すのをやめる。

 臼野に視線をやると、軽く頷いてくれた。


「あ、それなら俺も旅行行ったぜ!七月の末にSA県なんだけどさ!もーまじ暑かったわあれ!」


「あーお前暑いの弱いよなー」


 すると、臼野とできちゃってる疑惑がある井上がそれに乗っかる。

 全然意図が伝わっていなかった。


「え、マジ?超楽しそうじゃん!あたしSA県も行ってみたかったなー」


 案の定話題が底をつきそうだった秋風が臼野の旅行の話へと食いつく。

 すぐに三人の盛り上がりが急上昇して、一気に笑顔があふれる。


 が、正直俺としてはイマイチだった。

 理由は、二日ほど前から委員長の様子がおかしいことにある。委員長と以前から仲が良かった俺からしてみれば、それはどうも面白くない。

 ふとした時にぽーっと中空を見上げる様なんて見たら、正直どこかの誰かにオトされた可能性すら浮かんでくるのだ。


 まったくもって面白くない。

 正直、委員長は可愛いし、明るくてリーダーシップもある。

 話していても楽しいから狙っていたといえば狙っていたのだ。

 いや、まあこれを狙っていたというのかは微妙なところだが、考え方によっては狙っていたと言えなくもないこともないこともないこともないこともない――程度には意識していた。


 それが……となるとどうも面白くないのだ。

 今も隣でバカ騒ぎしている三人を見ていると、いつもなら自分も直ぐに混ざりに行くところだが、そんな気になれない。


 ドリンクのストローに口を運ぶと、炭酸がやけに心地よかった。

 ふと、隣に視線をやると、ちょうど石本さんと動きがリンクしていたことに気づく。


「石本さん、ごめんな。付き合わせちゃって」


「う、ううん……別にいいよ。私もこういうのちょっと憧れてた、みたいなところあるし」


「へー、あんまり友達と出かけたりとかしないの?」


「うーん……どう、だろう?」


 歯切れの悪い答え方をする根暗少女。

 正直毛ほども興味はないが、どうも今の気分的にはバカ三人よりも根暗一人と話したい。

 もう少し掘り下げてみるか。


「そういや、石本さんって普段何してるの?」


「読書、とかかな? あと、ペットと遊んだりとか……」


「へぇ、ペット飼ってるんだ。何?犬?猫?」


「小さい蛇なんだけど……」


「あー、蛇? 珍しいね……。石本さんってうさぎ飼ってそうな雰囲気出てるのに」


「え、そ、そう?」


 石本が少し嬉しそうに頬を染める。

 小柄な体型で色白なところがうさぎっぽいというベタベタな発想だが、なぜだか照れ始める石本さん。意味がわからない。


 すると、こちらで話していることに気づいたのか、バカ騒ぎしていた三人がテーブルへ乗り出してきた。


「え、なになに? 何の話ししてんの?」


「――ちっ」


「え?」


 いま、なにか舌打ちのような音がした気がしたが――気のせいだろうか。

 周りを見ても誰も特に変わった様子はない。まあ、いいか。


「や、石本さんが飼ってるペットの話で……」


「へー、ペット飼ってるんだー? あたしんち猫飼ってるよ? 石本さんは何飼ってんのー?」


「蛇、なんだけど」


「ぶはっ! マジ? 超レアじゃん!」


「確かに、初めて聞いた! うさぎとか飼ってそうなのに!」


「あ、それわかる!」


 すぐに先ほどの俺と同じような言葉が臼野と井上の口から飛び出してくる。

 しかし、今度は照れたように下を向いたままだった。その顔はどうなっているのか見えない。

 だがまあおそらく先ほど動揺照れて顔を赤くしているのだろう。

 それを見た秋風がまたしてもからかい始める。


「何~? 照れてんの~? 石本さんって純粋すぎぃ」


「べ、別に照れてなんて……」


「でもいいな~私も純粋系女子目指そうかな~?」


「いやいや、お前に純粋系は無理だろ!」


「ちょ、ひどくない?」


「純粋系ってーと……委員長とかか? 無理無理無理、お前が委員長にはなれねぇって!」


 委員長という名前に、耳が勝手に反応した。


「ひどー! でも、委員長が純粋系? ホントに? なんか、結構あたし色々聞いたことあるよ? なんか裏では色々ヤバイらしいって……」


 秋風が俺の方へと流し目をしながら切り出した。

 やばい? 何がだろうか?

 変な噂でもあるのだろうか……思わず俺の心に曇が生じる。


「え? 何何? 委員長の恋バナとか? 気になる!」


 しかし、それは井上の言葉で一瞬で中和された。いや、別に気になるとかではないが。

 一般教養として知っておきたい。なんとなくだ、なんとなく。


「いや、この前聞いたことなんだけどさー……」


 そう言って秋風が話始めようとしたとき、机の上に置いてあった秋風の携帯が震えた。

 思わず舌打ちがこぼれそうになる。


「あ、ごめん。誰かから電話来ちゃった。ちょっと出てくる」


「はいよー」


 井上がそう答えると、秋風はそそくさと店の端の方へと行き、通話に応対しはじめた。

 一時的に一人抜けたことで、一瞬空白の時間が生まれる。


 ふと、臼野がスマホに手をのばして、時計を確認した。

 それをこちらに見せてくる。

 時刻は午後六時と表示されていた。


「あ、ぼちぼち出かけたほうがよくね? 買い出しは一応しないといけないだろ?」


「あー、それはそうだな。流石にそれはしないと石本さんに怒られる」


「べ、別に怒ったりは……」


「いやいや、そこは怒らないとダメだろ逆に!」


 井上が最後にツッこんで笑いが生まれる。ギャハハハハと臼野と井上が笑い、俺も釣られて笑ってしまう。


「ふふ、ふふふふふ……」


 すると、それに釣られたのか石本さんまで嬉しそうに笑い始めた。


「あ、石本さん今日初めて笑ったんじゃね?」


「え? そ、そんなことないですよ……多分」


「いやーぶっちゃけ気まずかったからよかったわー」


「ぶっちゃけすぎだろお前」


 今度は俺がツッコミを入れてまたしても小笑いが起きる。

 やはり集団の空気というのは非常に重要で、一人つまらなそうにするだけで全員が釣られてしまうのだ。

 こういう全員の空気を乱すやつは――ふと、灰塚の顔が思い浮かんだ。


 いつも一人で孤高を気取って偉そうにしているあいつ……気分が悪い。

 俺は一度忘れるように頭を振って思考を強引に止めると、再び今いる全員へと視線を戻した。


「ていうか秋風のやつ遅くね?」


「俺ら無視して彼氏とかってオチじゃね?」


「え、あいつ彼氏いんの?」


「知らね」


「知らねーのかよ」


 すぐに会話は脱線して、秋風の彼氏の方へと話題が飛んでいく。

 話題はコロコロと移り変わりながら十分が経過して、二十分が経過して、三十分が経過して――。


「いやもー流石にあいつ遅すぎだろ!」


 臼野が少し苛立った様子でスマホを操作して耳に押し当てる。

 しかし、いつまでたっても応答はなく、不在着信になるのみ。

 もう一度かけ直すも同じだった。


「え、何。出ないの?」


「うん」


「トイレとか行ったんじゃね?」


「いや、でもそれでも連絡ぐらいふつーするだろ」


「女子は恥ずかしがるもんだろ。なぁ石本さん?」


「べ、別に普通に言うと思いますけど……」


「な……」


「はいはい臼野の童貞童貞」


「ちょ、おま――違うから! 俺全然童貞とかじゃないから!」

 

 一応女子がいるからか、井上の軽口にもかなり焦った様子で反応する臼野。

 ちなみにちゃんと臼野は童貞だ。

 だが、自分の分が悪いことを悟ったのか、臼野はやがて「あーもう!」と強引に話題をぶった切って、再び秋風への電話へと没頭し始めた。

 

しかし、何度やっても答えは同じ。ただ、長い通話を繋げる音が響いて、やがてプツンと通話が切れるのみ。


「まあ、そのうち戻ってくるだろ。とりあえずちょっと移動して飯食おうぜ」


「フードコートでも行くか」


「はいよー」


 井上が勝手にしきって俺たちはフードコートへと向かう流れに。

 正直先程までマックでつまんでいたのでそれほどお腹はへっていないのだが、サッカー部の二人はそうではないらしい。


「まーとりあえずフードコート行くってだけ伝えといたらいいだろ。秋風だって子供じゃないんだし」


「いや、あいつ結構ああ見えてガキっぽいところあるぞ。ワンチャン迷子とかあるんじゃね?」


「迷子? 流石にそれは……やばい、考えてみたらないことはない気がする」


「だろ? あ、でもそれならやっぱ臼野の方が子供っぽいんじゃね?」


「え、なんで」


「だって子供って言ったらお前の息子のさい――」


「あーもううっせうっせ! その話題終わりだって言っただろ!」

 

 ギャーギャーと喋りながらフードコートへと向かって歩いていく。

 この時は、特に誰も何も思っていなかった。きっと、秋風のことだ、勝手に自分のショッピングでもしているのだろう、その程度にしか考えられなかったのだ。



 結局、その日秋風が俺たちの前に現れることはなかった。



*****


明けましておめでとうございます。

今年はねずみ年ということで、ねずみフォルム(笑)でいることが多い毛玉の登場する本作を引き続きお願いします。

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