芸術祭に向けて1
三日が経過した。今は八月二十日。
来週から学校が始まるということで、世の学生たちは最後の週を悔い無く過ごすためにスケジュールをあえて過密にしたり、はたまた最後くらいゆっくりと空白の期間にしたりと、思い思いに楽しんでいる頃だろう。
だが、残念ながら清明高校は八月の二十八日から、すなわち終業式の次の日から芸術祭があるのだ。
受験のため免除される三年生を除く一二年生の全クラスが強制参加ということなので、どこも最後の追い上げのために学校へと通わないといけないのだ。
「あー……ダっる。死ぬ」
しかし、そのうちの何割の人がそれを望んでいるだろうか。
クラスのトップカーストの数人と、演劇部くらいのものだろう。その中でも夏休みを投げ打ってでもと参加したいと思うものはさらに限定されるに違いない。
なら、最初のふるいの時点で落ちてしまった相棒のような人間はどうするか。
普通は適当な用事を作ってばっくれるか、諦めて学校に行くかの二択だろう。
だが、そんな中相棒はわざわざ風邪をひいて休む口実を作ろうとして、失敗してしまったのだ。
「……なんで俺があんな……俺は闇の住人だぞ。馴れ合いなんて……」
正確に言うと風邪をひこうと、というよりはここ数日の睡眠不足を利用して、休めたらいいな……ぐらいの希望的観測からでた望みだったので、文句は言えないのだが。
なぜ相棒が睡眠不足なのか、それは簡単だ。
それは昼になぜだか相棒の住んでいるマンションの住民の強制参加での草むしりがあったりだとか、地元から母親が様子を見に来たりだとかして眠る時間が単純に取れなかったというのも大きい。
しかし、それとは別にここ数日、やけに向こうの世界からの襲撃が多くなっているのだ。
今まではこっちの世界の人目に触れないように警戒しながら”夜””人通りが少ない””人払いをしっかり””証拠を残さない”という四つに万全を期すために三、四日に一回程度の襲撃回数だったのだが、ここ三日ほどは一日に二、三回は平気にそれが起こっている。
幸い、失踪事件としてしか報道されておらず、異世界人や怪物の姿なんかは大きなニュースになって報じられたりはしていないので、全国的に見ても大きな被害は出ていないのかもしれない。
しかし、流石に国の上層部は気づいているのだろう。
それでも目立った行動しないのは混乱を防ぐためなのだろうか。そう考えると、わかりやすく目立った行動を僕たちがしているのは少し問題なのかもしれない。
僕らは記憶の操作などの魔法は使えないので、今までに出会った人達には全員姿は見られている。それに、相棒のわけのわからない決めシーンのために一応連絡先も配っているのだ。
……もう少し慎重になったほうがいいのだろうか――…………
「あー……ついた。やっとついた。死ぬ。もー死ぬ」
相棒が暑さにへたりながらも教室の扉を開く。
冷房の効いた部屋に思わず相棒の表情も和らぐ。
ちなみに現時点でも三十分遅刻しているので、クラスメイトたちからの視線は、エアコンの冷気よりもなお冷たい。
しかし、もう諦められているのか、特に何を言うでもなくそれぞれの作業に戻り始めた。
相棒はそんな中をだるそうにのそのそ歩いていくと、いつも通りと言わんばかりに窓際の机へと腰掛けた。
「……なんか知らないうちにかなり進んでるな」
ふと、相棒が教室の前の方をみながらつぶやく。
確かに、三日前よりも全ての作業が進んでいて、ほとんどの大道具が形として出来上がっていたし、横断幕もほとんど色塗りも終わっていた。
すると、相棒のつぶやきに反応するかのようにこちらを見つけた委員長が目くじらを立てながら近づいてきた。
三日たったとは言え地面に転がってしまった怪我は完治していないようで、まだ頬のあたりに絆創膏が貼られていた。
(なんか……わんぱく少年みたいだなー……)
相棒はいらんことにかぎって口に出しそうなので念の為に軽く右腕を締め上げておく。
これは僕がストレス発散したいとかじゃなくてただ相棒の注意のためだ。注意のため。
「遅刻なんだけど……っていうか、なんで連続で二日サボったの?」
「ん?昨日と一昨日って休みなんじゃなかったのか?」
「はぁ?誰が言ったの?そんなの……ってそうか――ちっ」
(誰か連絡しとけよ……)
まあ、そういうことだ。
おそらく今回も作業の遅れ等の関係から急遽二日間予定を入れたのだろう。だが、生憎と、このクラスの誰の連絡先も知らない相棒はそれを知らなかったと。
(……??)
本人は気づいていないのでまあいいだろう。
言わぬが花というやつだ。意味も分からず怒られていてください。
「あ、それはそうとなんだけど。灰塚、あんた照明だったわよね?」
「ん? ああ、そうだが?」
「……はぁ」
(怒るな……怒るな私。こいつはこういう話し方する奴よ。もう学習したでしょ?)
委員長が大きく嘆息をして、もう一度言葉を続ける。
「それなんだけど、石本さんに変わったから」
石本? 石本っていうと……
「石本? 石本っていうと……監督じゃなかったか?」
相棒に次ぐ変人でおなじみの鷹山大好き少女じゃなかったか?
「そうよ。だってあんた照明機材とか触ったことなかったでしょ?」
「ああ、そうだな」
(なんでこいつこんな開き直ってんのよ! ――っていうか私は私でなんで今日に限ってこんなに灰塚にイラついてんのよ……単純にクールダウンする期間があったからそのせいで? それとも……)
そこで三日前の夜の映像が流れてきた。
委員長の前に押し寄せる怪物の津波、それを切り裂く相棒の後ろ姿。
そこで一気に委員長の頬が紅潮する。
「どうかしたか?」
(ま、まさか委員長も闇の力に目覚めて、黒王としての俺の正体に気づいたんじゃ……)
――はい。コメントなしで。
「――っ!?!? な、何でもないわよ! 黙れ!」
「そ、そうか……わかった」
(……え、俺何かした?)
相棒が若干肩を落とす。何かしたと言えばしたのだが、していないと言えばしていないのだ。
だが、なるほど。
おそらく、委員長は夜の相棒に少し憧れを抱いているのだろう。しかし、それに重なってしまう今の相棒を見て真似をしていると感じているわけだ。
ほほぅ……なかなか面白い。今までの相棒の周りには生まれたことのなかった感情だ。真実を知ったらどうなるのか、気になる。
非常に気になる。
「う、ウウン! ……まあ、それはともかくとして。今から一から照明のこととか指導するのも面倒くさいのよ。でもその点石本さんなら去年も照明やってたっていうからできるってわけ。わかる?」
「まあ理屈はわからんでもないが……なら、俺は何をすればいいんだ?確か当日は絶対に何か仕事をしないといけないはずだろ?」
「ええ、だからあんたカメラ係ね」
「カメラ係? なんだそれは?」
「カメラで私たちの劇を撮る係り。よかったわね簡単なので」
「なるほど……でも、それなら今日から本番まで俺は何をすればいいんだ?」
「さあ。邪魔にならないようにしてね」
会話に疲れたのか、委員長がそこで相棒から視線を切って教室の前へと歩いて行った。
その背中には以前見えた糸のようなものがなくなっている。三日前の襲撃の時点で相棒が切断しておいたのだ。
委員長は人よりも少し魔力許容量という能力が高い。それがこの短期間に委員長が狙われる理由だろう。
魔力許容量が多いと、多量の魔力を扱えるので、それこそ結界にも召喚にも何にでも融通がきくし、それ以上に降霊魔法に向いているのだ。
降霊魔法というのは怪物を人間に取り込んで作る合成獣のこと。自らの意思を持った怪物と考えるとかなり凶暴だろう。
今、向こう側の世界は日本に大々的に攻めるための戦力を集めている段階だ。そういったこちら側から使える人間をさらうのは当然と言えた。
まあ、相棒は糸なんて気づいていないので切ったのはたまたまに過ぎないのだが。
「はーい、劇の前半に出る人は空き教室行くから準備してー!」
「うぃー」
委員長の呼びかけに、数人が返事を返す。
演者は、鷹山や井上?臼野?といった男子トップカーストと、山田?水野?といった女子ヒエラルキー上位顔面偏差値高めグループ。
なるほど、演者はだいたいこういうやつが選ばれるのか……わかってはいたが相棒は呼ばれてないようだ。
(俺は本番までフリーか……どうするかな……帰るか?)
相棒の考えはいかにサボるかばかりだ。もう寝不足なのでハッキリと形を持ったネガティブな感情ばかりが流れ込んでくる。
(っづ、いだだだだ! なんだよ、俺なんも言ってないのに!)
しかし、今帰ったりなんてしたら余計に相棒はクラスメイトから反感を買うだろう。ただでさえ学校で居づらい立ち位置なのに、これ以上周りのみんなから距離なんて置かれでもしたら流石に相棒も気の毒だ。
それに、僕も人間のあれこれについて学べない。
折角委員長が面白いことになりつつあるのに、それをみすみす逃してしまうのは勿体無い。
だから、これは愛の鞭というやつだ。
「……」
相棒が恨めしそうに包帯に巻かれた右腕を見る。
しかし、やがて諦めたのか大きく溜息をついて、最後の仕上げをしているらしい横断幕のチームへと歩いていく。
すると、隣の女子と楽しそうに話していた”鷹山に片思いしている説”が浮上している秋風が不機嫌そうにこちらを見上げてきた。
「なぁ、何やってるんだ?」
「横断幕だけど?」
「俺が手をかし――」
「ああ、人足りてるから大丈夫」
「……そうか」
しかし、ここで拒否されるのが相棒クオリティー。
少し相棒の中で悲しみの感情がわく。
(……)
頭の中ですら何も考えられなくなっているのか、流れるように仕上げのニス塗りをしているらしい大道具チームへと向かっていく。
「なぁ、なに――」
「あ、こっち人足りてるから」
「……ああ、わかった」
(……)
なんだろう、自業自得だとわかっているのにこうも頑なに拒絶されるのを見ると少し相棒がかわいそうにも思えてくる。
しかし、相棒は首を振って今度は小道具のチームの方へと歩いていき、またも断られた。
(……帰ろうかな)
拒絶できなかった。
と、思ったその時だった。
「……ん?」
相棒のズボンのポケットが勢いよく震える。
電話が来たのだろう。
「ねえ、携帯の電源切っといてよ」
横断幕をしている秋風がギロリと相棒を睨みつける。
しかし、相棒は全く気にする素振りを見せずにスマホをポケットから取り出して画
面を見る。
「ねえってば……」
「ああ、すまない」
相棒はそこでスマホを持って教室の外へと出る。
(誰だこれ)
知らない電話番号らしい。携帯の電話番号のようだが、電話帳に登録されている母親と父親以外の名前となると、いたずら電話というやつなのだろうか。
申し訳ないが相棒にそういった類のものがかかってくるとは――あ!
もしかして……。
相棒が訝しみながらもスマホを耳元に近づける。
「もしもし?」
「あ、失礼いたします。私岩夏康介と申します。そちら様は黒い名刺を渡してくださった方でよろしいですか……?」
ドクン、と相棒の心臓がなる。
相棒の生活に、新たな変化が訪れようとしていた――。
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