闇に光る白髪2



 夜。

 短針がもうすぐ十一に届こうかという時間にも関わらず、未だに電気のついている家は多く、穏やかな家族の灯火が夜の街を淡い光で彩っていた。

 夜空に光る星たちは、そんな平和な光景を優しく見守っており、月もまた何気ない一日を祝福しているかのよう。


 そして異端児こと相棒は、そんなS市をマンションの貯水タンクの上に座って見おろしていた。

 馬鹿は高いところが好きらしい。


「なんかさ、ゼロ。俺今朝夢で見たんだけど……俺たちに足りないのって熱いバトルだと思うんだが。そこのところどう思う?」


 知らん、と言いたいが言えない。僕に言語を話す機能はついていないのだ。


「――キュ」


「最近っていうかずっとなんだが、歯ごたえがない敵ばっかりで、なんていうか単純作業みたいになってきてると思うんだが、そこのところどう思う?」


 思いっきり鳴き声と言葉が被ってしまうが、相棒は気にすることなく傲慢な物言いを継続する。


「でさ、俺その原因考えたんだけど……ずばり、ゼロの索敵能力が高すぎることが問題だと思うのよ」


 別にそんなことはない。

 いつも向こう側の世界の住人たちは遮音結界とか人払いの結界とか大きめの結界魔法を使うから気づきやすいだけで、僕なんかより索敵に優れた怪物は沢山いる。

 むしろ僕の索敵能力なんて下から数えたほうがはやいだろう。


 だが、それを伝える手段がない僕は、特に何も言わずに下を向くにとどめておく。

 すると、相棒が試すような笑顔を浮かべながら僕の小さな瞳を見つめてきた。


「それで、提案なんだけどさ。今日はゼロ、お前が索敵するのなしな。俺が見つけるところから全部やるから」


 いや、相棒にそんな能力無いだろ。

 しかし、僕が口を開くよりも早く、相棒は僕の頭へと人指し指と小指を乗せる。

 この指のこだわりは格好いいと思っているのだろうか?


「大丈夫だってゼロ。そんな心配そうな顔すんなよ。俺だって闇の住人なんだ。お前の力に頼らなくたってなんでもできるさ」


 大丈夫なのか心配なのはお前の頭だが……まあ、何か本人はえらく燃えているようなので、どうせ今更僕が何を言っても無駄だ。言う手段もないし。

 

 来るかはわからないが、もし仮に向こうの世界のやつらが今日も現れたとしたら、さりげなく相棒に伝えてやればいいだけだしな。

 一人で納得した僕は、いつもの仮面の形へと変形する。


「あ、そうだゼロ。いつもの翻訳するためのヘッドセットなんだけどさ。あれの応用で俺の聴力強化できたりとかしない?」


「キュー」


 言いながら首を振る。


 もちろんノーだ。

 翻訳のイヤホンやマイクといったヘッドセットは、僕が向こうの世界にいた短い期間で覚えられたいくつかの言語の翻訳といったことにしか役に立たない。全ての言語を網羅できているわけではないし、当然理解できていない言語もたくさんある。


 それにあれは僕の耳が聞き取った言葉の波形を闇の力で弄ることで擬似的な直接翻訳をしているだけなのだ。

 わかりやすく言うと、僕の耳が聞こえたことを、そのまま相棒の聴神経へと伝達するセット。

 マイクも似たような仕組み。僕は伝導する際にちょっと音の形をいじっているだけにすぎない。僕の口?には舌も歯もないので発声できないのだ。


 と、余談は置いておいて、聴力強化は特殊魔法として確立されているが、それを持つ魔物はいない。そりゃあ相棒に比べると僕のほうが耳はいいので、イヤホンを使えば少しくらいは聴力も上がるかも知れない――あ、それでいいのか。


 ダメだ、昼間の石本と相棒のマシンガンのように流れ込んできたわけのわからない思考のせいで疲れているのかもしれない。

 僕は溜息をつきつつ、変形時にイヤホンだけ作っておいた。

 

 ここで疲労を蓄えたままいざという時に能力の伝達障害とかを起こしてしまうのはあまりよくない。そもそも向こうの世界だってそんなに人をポンポン送り込んでこられるほどの予算も人員もないはずだ。今日現れない可能性も十分にある。

 多少は仮眠を取るくらい許してもらえるだろう。

 僕が寝ていても、多少威力は落ちるが『闇の王』の力は使えるはずだから、いざという時でも対処できるはずだ。

 そう思って、僕(仮面)は眠りについた。



「だから俺は闇の……」


「あーいやいやそういうのじゃなくて……」


「今パトロールを……」


「いやパトロールしてるのは私だよ。君何してんの本当に」


 やけに周りがうるさいと思って目を覚ますと、正面に警察官がいた。

 四十も近いといった印象の警察官は、相棒に対して面倒くさそうな表情を隠そうともしない。

 ちらりと周りを伺うと、百メートル程先からビルが立ち並ぶ商業地帯が形成されていた。おそらくS市の隣のT市まで出てきたのだろう。


(っだよくそじじい……お前が邪魔しなけりゃ今頃俺はヒーローになってるかもしんねーのに)


(あー早く帰りてぇ。なんでこんなくそガキの相手今しなきゃいけねぇんだよ)


 ――ふむ、なるほど。

 僕は一瞬にして現状を完璧に理解する。

 相棒は警察に職務質問を受けているというわけだ。まあこんな夜中に白髪、黒と赤のコスプレのようにいかつい装束衣装。怪しさはマックスだ。


 一方、相棒は相棒でここで変に逃走なんてしてしまえば、手配を受ける可能性が出てきてしまう。今は闇に潜む救世主みたいな肩書きを楽しんでいるが、お尋ね者となってしまった場合、活動に支障が出るかも知れないし、証拠品として警察に提出されてしまう可能性がある以上、いつもの名刺のオチが使えなくなってしまう。

 これは双方にとって面倒な展開と言えた。


「だから、俺は今町の平和を守るために戦ってんだよ」


「戦ってるって何と?」


「そりゃあ異世界人に決まってるだろう?」


「異世界人って君ねぇ……そういうのは漫画とかアニメとかにとどめときなよ。現実でやったらただの痛い子だよ?」


「いや、それはただそいつらが力を持たない雑魚だからであって俺は……」


 そして、相棒はおそらくずっとこの調子で警察が求める回答をしていないのだろう。


 こんな時間に何してたの?という質問がずっと長引いているのが目に見える。

 おっさん警察官はボールペンで頭を掻きながら、未だに仮面すら外さない相棒をじーっと見つめる。


「まぁ、取り敢えずその仮面はとって。あと身分証明できるものとかある? 学生証とかそういうやつ」


「ない」


「えー……じゃあ、家の電話番号とか携帯の電話番号とか教えて。ちょっと家の人と連絡取りたいから」


「それもないな」


「え? いや、ないって――」

 

 その瞬間だった。

 僕の魔力残滓を追跡する器官に強烈な反応がきて、それに一気に飲み込まれる。


 結界に、取り込まれてしまったのだ。

 それも、かなり大きい。半径は百メートル規模だ。


「……キュ、キュ……」


 相棒に伝えるべく小さく二度なく。

 おっさん警察官が面倒そうに手元の紙に視線を落とす隣で、相棒の顔が引き締まる。


「ゼロ、どこだ?」


 そこでいつもなら仮面の目の部分を歪めて場所を教えるのだが、今回は違う。

 

 ――ここが、震源地なのだ。

 

 もうすでに遮音と侵入阻害にそして怪物強化という三重の結界に取り込まれている。

 直感で、すでにまずい状況にあるということがわかった。

 いつもなら遮音と侵入阻害の二重の結界だけだ。だが、今回は怪物強化も入っている。

 

 おそらく、これは僕と相棒を狙った襲撃だ。

 想定していなかったわけではない。相棒と一緒に異世界人を狩り始めて二年目。

 もう向こうの世界には国を渡って僕らのことが知られていてもおかしくはないのだ。

 そう考えると、これから僕らを襲うのは本気の襲撃の可能性もある。


 いや、もしかしたら向こうの世界が国単位で僕らを狩りにくる可能性すらも――勝てるのか?

 一人で自問自答をしていると、相棒が仮面にそっと触れた。


「大丈夫だ」


 いつもは闇だのなんだの言って散々僕を困らせる相棒の声が妙に頼もしく聞こえる――いや、気のせいだな。うん。


(なんか格好良くね?今の俺格好よくね?)


 こんなことを考えている時点で相棒は相棒だ。

 僕は溜息をこぼしたくなるのをこらえながら、仮面の目元を若干大きくする。少しでも戦いやすいようにするためだ。


「まあ、とにかく親御さんに連絡はしたいから。携帯を――」


 ――刹那、おっさん警察官の背後に真っ黒な穴が出現する。

 穴は先程まで続いていた地面を飲み込むようにのっぺりと現れて、僕らを誘うようにこちらを見ていた。

 そして、唐突にそれは現れる。


『ブルゥオオオォォォオオ!』


 額、型、腹、両膝から、剣のように尖った骨が皮膚を突き抜けんばかりにその存在感を主張してくる――熊。

 異形の怪物。

 引き締まった体からは筋肉が浮き出て見えて、三メートルちかい超巨体を持ち上げながらこちらを見下ろしてくる。手足から伸びる爪は猛禽類のように鋭く、厚い。

 

 怪物――その中でも品種改良のように怪物同士を混ぜ合わせた合成獣と呼ばれる存在がいる。

 幾種類化の怪物たちを混合させて、それを一体に集約させるという荒業。リスクは大きく、折角使役するに至った怪物を殺してしまうため、敬遠されがちなその手法は、ただし成功すれば強大な力をもたらすという。

 

 角熊とでも命名したくなるその化物は、口元から涎を垂らしながら、獲物を定めるようにおっさん警察官へと目線を落とした。

 先程まで月明かりで明るかった道が、急に薄暗くなったことに違和感を感じた警察官は、後ろを振り返って、硬直する。


「なんだなんだァ……っ!? あ、いや……は? な、なんでこんなとこr、ろに熊、熊が……?」


 殺意のこもった眼差しを向けられた警察官は、恐怖からか思わず腰元の拳銃へと手が伸びるが、それじゃあダメだ。弱いし、何よりもここまでの距離感では撃たれる前に攻撃されて終わってしまう。


「――キュ」


 僕は相棒に注意喚起をしようとして、思わず笑みが浮かんだ。

 相棒は笑っていたのだ。

 強敵の匂いがプンプンする相手というのはそれだけで相棒にとってご褒美とも言える存在。


 なるほど、そういえばそうだった。

 相棒はいつも狩る側だった。

 おそらく角熊を見てもそれは同じ。

 相棒の流れてくる思考からはいかに自分が格好よくおっさん警察官に見られる戦闘を見せるかばかりを計算している。


 ――ん? それは……どうなんだ?


「……」


 相棒が何も言わずに軽く手を振るう。

 それだけで、目の前で震え上がっていた警察官が気を失い、その場にパタリと倒れ込んだ。

 相棒はそれに気づいていないようだが、まあいいだろう。

 気づいたら一度起こしてもう一度初めから戦闘を始めるとか言いそうだし。


「なぁ、熊野郎。お前は他の雑魚とは違うんだろ?」


『フシュ……フスゥ……』


 鼻息荒く、相棒を見つめる角熊。じっと出方を伺っているあたり、角熊にも知性はあるのだろう。


 だが、それをあざ笑うかのように相棒は一歩踏み出して、もう一度腕を振るう。

 直後、角熊の足元を取り囲むように円柱状の黒い壁が地面からせり上がってくる。

 だが、角熊はそれより早くぴくりと耳が動いたかと思うと、間一髪のところで回避した。


「……へぇ!」


 思わず相棒から声が漏れる。

 今まで躱させようと思って放った攻撃が躱されたことは何度かあったが、と思って放った攻撃が躱されたのは初めての経験だった。


『ブロォ……ブフォォ。ブフォオオオオオオオオオオ!』


「っせ。喚くなよ」


 角熊が威嚇するべく大きく吠えるが、それは相棒には届かない。

 咄嗟に変形した僕が相棒の耳を完全に覆うことによってその威圧咆哮はただの無と化す。

 すると、相棒は嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「なんかさっき新しい技思いついたから、それ使わせろよ。雑魚熊」


 そう言って、相棒は右と左の拳を体の前で合わせる。

 すると、なぜだか角熊の両手はピンと張ってしまい、十字架の体勢で貼り付けにされたかのような様になる。角熊は自分が今どうなっているのか理解できずに、思わず声を漏らす。


『ブルォ? ルゥ、ブロオオオオォォォ!』


 だが、その威嚇では相棒の心に届かない。

 相棒はにやりと笑ったかと思うと、突き合わせた拳をゆっくりと頭の上へと持っていく。


 すると、見る見るうちに角熊が上下に圧縮されていくかのように身長を縮めていく。

 ボキボキと生々しい音を立てながら、相棒が頭の上へと持って行く頃にはすでに肉塊としか呼べない何かが生まれていた。

 肉を突き破って出てきた骨が、生々しくその存在を主張するが、相棒は全く気にせずに決めゼリフとともに角熊を”生”終わらせる。


「闇の糧になるがいい……」


 言いながら、拳を解き放つ。開いた手を中空へと掲げて、天に光る星を仰ぎ見るかのように放たれた。

 その技名を唱えた瞬間、肉塊は無へと還った。


「ふっ……悪くない」


 決め台詞(笑)を吐きながら、相棒はちらりとおっさん警察官へと視線をやる。

 しかし、そこにいるのは当然股を濡らしながら白目をむいて倒れるおっさん。

 

 相棒はそこで始めて疲労からか小さく息を吐いた。


「…………悪くない」


 どうやら、悪くないそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る