闇に光る白髪1
数時間後。
相棒は夏休みらしからぬクラスの騒がしさをBGMとして楽しみつつ、無駄にブレザーをはためかせながら教室へと足を踏み入れた。
すでにクラスのあちこちで各々が芸術祭に向けて作業をしており、もはや相棒に目を向けるものなどいない。
クールぶって入場しただけに少し気を落とす厨二病だった。
出鼻をくじかれた相棒がちらりと教室の前方へと目をやるとそこには陽キャたちに囲まれながら作業をする鷹山&秋風&委員長の姿があった。
(……悪くない)
意味のない発言はスルーしよう、うん。そうしよう。
「鷹山~。今日こそ一緒にあそぼーよ」
「まあ今日は空いてるけど……」
秋風からの誘い適当に答えながら、鷹山は委員長へと流し目をする。
しかし、不運にもイケメンの流し目を見落としてしまった委員長は、さらに厨二野郎の姿を発見してしまう。
委員長は条件反射で視線を逸らそうとするが、何か用事でもあったらしく、ため息をつきながら立ち上がった。
「じゃ、決定ね! カラオケとかどう?」
「……いいね、じゃあそれで」
さらりとスルーされたイケメンと何か嬉しそうなギャル擬き。
……悪くない。
「ねぇ、灰塚くん」
「なんだ?」
「遅刻なんだけど」
「ああ、それはすまなかったな」
「いや、すまなかったとかじゃなくて……ちっ」
ちなみに、夢を見ることに忙しかった相棒は、盛大に寝坊をかましてしまったので、当然のごとく大遅刻である。
え? 前の話で今日は学校がないって言ってたじゃないかって?
相棒はそのつもりだったらしいのだが、どうやら進行状況の都合上、今日もやることになっていたらしいのだ。
だが、もちろん相棒に報告事項を知らせてくれるような友達もおらず、相棒はクラスのメッセージグループにも入っていないので、知るはずがなかったのだ。
ちなみに、相棒が前少し寂しそうにメッセージアプリの友達一覧を見て、また強がっていたのをしっかりと僕は覚えているので、気にしていないわけではないのだろう……と思っている。というか思っていたい。
このキャラのぶれ方がある時点ではまだ相棒に普通の学生生活へと戻れる可能性があるということなのだから。
「おい、灰塚おせーぞ!」
「みんな待たせたんだからしっかり仕事しろよな!」
今も、クラスのトップカーストの男子たちから声が飛んでくるが、相棒は相変わらず鼻で笑うのみの独特の返事をするのみ。
流石にそれにはカチンとくる男子たち。
臼野と、井上だっただろうか。
どちらも鷹山と同じサッカー部だとかそんな感じだった気がする。
普段から仲がいいところをよく見かける二人は、短く切り揃えられた髪型も似たような感じなので、親友というやつなのだろう。
もしかするとそれ以上の関係すら透けて見えて……いや、何でもない。
その二人が、遅刻してきたくせに、反省する素振りすらみせない相棒を見て、カチンと腹を立てたらしく、作業の手を止めて相棒へと視線をやった。
臼野が、思わず立ち上がろうとするが、それを井上が止めて座らせる。
臼野はそんな井上を見て、冷静さを取り戻したらしく、大きく息を吐いて座り直した。
「…………ふぅ。取り敢えず、お前も作業しろ」
少し荒れかけた空気だっただけに、落ち着きを取り戻した臼野の姿を見て、一緒に大道具の作成をしていたほかの生徒たちが小さく安堵の息を漏らしたが見えた。
「……ま、賢明な判断だな。それより委員長、今日の俺は何をすればいい?」
頭に余計な一言を添えたせいで、臼野がまたしても立ち上がろうとするが、今度は一緒に作業していた女子たちに止められて再び座り直す。
若干井上に止められた時よりも素直に見えた。臼野の性対象はノーマルだったよう。
だが、おそらく委員長はそんなクラスメイトたちの動向もしっかりと把握しているのだろう。
額に手をやりながら気苦労を感じさせる表情で頭を振って見せた。
……というか、ん?
委員長の背中にうっすらと見えるあれは何だ……?
あれは――糸?
だが、目を凝らした次の瞬間には糸らしき何かは見えなくなっていた。
気のせいだったのだろうか?
「ああ、それならもう何もしないでいいから。端っこで台本の確認だけしといて。灰塚照明でしょ?」
「へぇー……ん? 初耳なんだが」
「――フゥ! もういい。あんたは照明なの。なら自分の仕事のためにもちゃんと台本読んどいて。ここでこういう色の照明とかいう指示もなんとなくクラスリーダーが書いてくれてたから」
「クラスリーダーって?」
「鷹山くんよ」
「そうか。感謝する」
委員長にお礼を言って、相棒は教室の裏の黒板のところに置いてあった持ち主不明の脚本を手に取って、定位置の机に座る。
ペラペラとページをめくっていくと、確かに委員長の言っていた通り細かく演出や照明に対しての指示が書かれている。
きっと、鷹山は細かいことにまで気を配る人間なのだろう。さすがクラストップカースト、こういうところができるからこそ信頼を得られているのだろう。
相棒はその指示一つ一つに「ほぅ……」とか「へぇ……」とか感嘆の声を漏らしている。
不思議の国のアリスの劇でそんな毎ページ声を漏らすような展開が作られているのかは甚だ疑問なところだが、相棒はやがて一通り目を通すと、大きく口元を歪めた。
(そうだな……まず、一ページ目の回想シーンは真っ暗なところに白のライトとか言ってたけど……これ、赤のライトの方が良いな)
委員長、あなた人選間違えてますよー。
思わずグッと相棒の右腕を締め上げる。
(いだ、いっだだだだ! やめ、やめろって!)
ふざけた相棒に鉄槌を下しておく。
だが、昼間は僕も直接声を上げるわけにもいかないので、はっきりとした抗議はできない。
なので、僕の意図するところがうまく伝わらなかった相棒は、腕の痛みを堪えながら、鷹山のほうへと歩いて行った。
おい、やめろ!
しかし自信満々に歩いて行った相棒は、止まろうとすら思わず、ペンキでハリボテの岩の塗装をしている鷹山の背に声をかけた。
「鷹山」
「ほいほいほーい……って、なんだ。灰塚かよ」
後ろを振り返った瞬間、鷹山は嫌悪感に顔を歪める。
もはや隠そうとすら思っていない。
僕はもう声をかけてしまった以上しょうがないと諦めて、縛り上げる力を緩める。
「で、なに?」
「いや、お前がクラスリーダーだっていうからちょっと質問したいと思ってな」
「は? 質問?」
(なにこいつ、急に真面目キャラに転向でもするつもりなの? キモ。うざ……ってか何こいつ。マジで何考えてんだ?)
鷹山は昨日よりもやけにやる気の相棒に懐疑的な視線を向ける。
ナチュラルに相棒の嫌われっぷりが透けて見えるが、相棒を庇う気にもなれないのでスルーしよう。
ただ、鷹山の懸念、それは僕も思っていた。
なんで今日の相棒はそんなにやる気を出してるんだろう。
すると、相棒は聞こえていないはずの僕の疑問にすかさず答えてくれた。
(ま、いい夢見れたおかげで今日は気分がいいからな。今日くらいはくだらん行事でも頑張ってやるか)
完全に気分のせいでした。
まぁ、それでも、相棒がやる気になっていること自体はいいことだ。
「あー悪い。俺クラスリーダーって言っても名前だけなんだわ」
「え? でも委員長は脚本に色々と指示を書いたのはお前だと言っていたが?」
(こいつと絡んでたらどうせロクなことにならないだろうし……あの陰キャにでも投げとくか)
しかし、相棒と反比例する鷹山のやる気。
だがまぁ当然といえば当然ではある。
今まで散々やる気も出さずにそのくせ偉そうなことばかり言っていた相棒の言葉など、戯言と一蹴されなければおかしい。
鷹山は、親指を立てて廊下の方を指さしながら相棒から視線を切る。
「そういうのは俺じゃなくて監督の石本さんに聞いてくれ」
「ふむ……了解した」
相棒はそう言って、無駄に鷹山の肩をポンと叩いてから廊下へと出た。
(ふっ……完璧に決まった)
(うーわ、きっも……)
相変わらず相棒のやることなすこと全て嫌われているようだが、本人が幸せそうなので何よりだった。
「お前が石本か?」
「え、えぇ……まぁ。はい……そう、ですけど……?」
石本という生徒の名前は大体のクラスメイトを把握している僕の認知の外にあった。
普段からこれといってクラス内で発言しているイメージもないし、問題を起こしている印象もない。
黒髪をお下げに垂らしたわかりやすいほどの真面目少女といった印象だ。
制服もきっちりと着こなしていて、相棒と真逆の『先生に好かれそうな生徒』という言葉をそのまま体現したかのような面立ちをしていた。
鷹山に陰キャ?とか言われていたが……そもそも陰キャ?って何だ?
また機会があったら調べておこう。
石本は、”今まで話したことがない相手から話しかけられたせい”か、”相棒に話しかけられたせい”かはわからないが(おそらく後者)警戒した様子で、作業の手を止めて恐る恐るこちらの様子を伺っている。
(おぉ! 今日初めて話しかけれられて俺のオーラに当てられなかった……まさか、こいつ。俺と同じで闇の力を……)
――…………ギュー!
(っづぉぉおお! な、なんだゼロ! いきなり腕を締め上げてくるなよ! ぬおおおおおぁぁぁぁ!)
相棒が思わず僕が潜んでいる包帯でぐるぐる巻きの右腕を軽く振り回す。かなり引きつった顔をしており、あからさまに不審だ。
流石にまずいと思って腕の絞め上げを緩める。
「ど、どうかしたんですか……?」
「……い、いや。なんでもない。ただ少し右腕が疼いてしまっただけだ」
「は、はぁ……?」
(こいつ、何言ってんだ……? キモ)
ストレートな嫌悪の言葉が流れ込んでくる。ただ、相棒は解放された腕の感触を確かめるように弄っているので、石本の嫌悪百パーセントの表情も見えてはいない。
うん、なんというか……少しだけ申し訳ない気もしなくはない。
やがて、腕のチェックが終わった相棒は、いつもよりも少しだけフラットな話し方で石本へと本題を切り出す。
「俺照明になってるらしいんだが……?」
「……へー」
(だからなんだよ)
「石本は監督なんだろ?」
「う、うん……まあ」
(さっきも思ったけどなんでいきなり呼び捨てなんだよ。死ねよ)
ダメだ、思ったよりもこの子内面強烈なのかもしれない。
「照明関係で鷹山に相談したら、お前を頼れって言われてな。少し聞きたいことがあるんだが……いいか?」
「え? あ、うん。大丈夫だよ……」
嫌そうな顔を取り繕いながら石本は頷く。
この大丈夫はおそらくNOの方の意味なのだろうが、そんなものを相棒が理解できるはずがなく、喜々として語り始めた。
「……まずここの照明の色なんだけど。白じゃなくて……」
そう言って、一つ一つ相棒は自分の考えを石本へと説明していく。
石本は、相棒と同じ台本を見ながら確認するために、必然的に距離が縮まってしまうことに露骨に嫌悪感を抱きながらも、それを言い出せないといった様子で、ただ怯えたように肩を縮こまらせながら相棒の話を聞いていた。
(マジで気持ち悪いな……ただでさえ鷹山くんに迷惑かける害悪野郎なのに……死ねよ)
訂正。
聞いてなかったし、内面ではボコボコに言っていた。
(あー、でも鷹山くんが私を頼ってくれたのか……それは、まあ。ちょっとはあり、かな?)
一人で妄想を膨らませながら、若干恥じらいからか顔を赤く染める。
急に何を考えているのか。
さっきまでの相棒の恨みと、今現在隣にいるということを忘れたかのように、石本の脳内でいきなりポップでファンシーな妄想が始まった。
おい何だこれ、クマのぬいぐるみと鷹山が石本の奪い合いしてるぞ。
一方。そんな石本の様子をみてまた変な奴が変なことを考え始める。
(え、何だこいつ……さっきからモジモジとしながら急に顔を赤く染めて……。はッ、まさかこいつ、俺に……)
……うん、もう何も言わない。
相棒は、なるべく意識しないように意識しないようにと、脚本の方へと視線をむけて、一つ一つ自分の考えを発表していく。
石本は、それを相槌を打つことすらなく、ただ右から左へと受け流し、自分の妄想へと頭を膨らませていた。
というか石本は石本で相棒の相手を丸投げされてなんでそんなに嬉しそうなんだよ……これはもしかしてあれか?石本も秋風と同様に鷹山に恋しているとかそういう流れのやつなのか?
……ふむ。少しだけ興味がある。
今までの僕はこちらの世界で、こんな一匹狼、独断行動上等を掲げて生きているような相棒と常に一緒にいたわけで、人の恋心というものを全く経験したことがなかった。
間接的にとは言え、少しだけ興味が沸く。
(鷹山くんってでもこんな私にもたまに話しかけてくれるし……もしかして、もしかするの? あーでも、そういうことするなら私からも××して○○○○みたいなこともしてみたいし……でもでもそんな……)
なんだこれは。
石本は石本で相棒とは違った意味でひどい脳内をしている。
一人で勝手に出した結論を勝手にどんどん発展させていって、最終的に自分の都合のいい解釈のまま相手に押し付けるタイプなのだろう。
まあ、石本の場合は押し付ける相手がいなさそうなので一人で満足していそうだが――なんというか、見ていられない。
これはあれだ。正直言って、友達ができないタイプだ。
相棒も大概だが、石本も相当こじらせていそうだ。今もなお、止まることなくヒートアップしていく思考が僕へと流れ込んでくる。
もう脳内じゃ鷹山がすごい格好ですごいことをしてしまっていたりもする。
「で、ここもなんだが照明を赤に……」
だが、そんなことなど一切知らない相棒は、口を止めることなく一つ一つの照明の色の変更を要請していく。
ちなみにさっきからずっと『背景を黒くしてライト赤にしろ』としか言っていない。黒赤配色がお気に入りとは言っても限度があるだろ。
(こいつ……まさか、俺の力を見抜いたのか? それで俺に擦り寄ってこようとしている……? いや、待て。早計だ。しっかりと考えろ。こういうのはどうだ? こいつは前世では俺とすでに出会っていて……)
とは言っても
もう
その後もしばらく相棒は石本に色々と話していたが、簡単に要約すると『格好いいから真っ暗な中赤ライトだけ点灯しっぱなしにしようぜ?』という一言に収まるほどに中身がないものだった。
結局は自分の好きな色を紹介していただけの三十分。
カオスすぎる。
ただ、そんな一方で石本は石本で鷹山に頼られているとご都合主義の解釈がその時間でしっかり論理的に(自分の中で)証明できたようで、相棒が話し終わる頃には相棒に対する警戒心も、自己満足感から少し薄れているように見えた。
だから、僕なら間違いなく首をつかみたくなりそうになる相棒のドヤ顔を見ても、
(なにこいつ、キモ。死ねよ)
ぐらいしか思わず、
(それに比べてやっぱ鷹山くん格好いい……)
と発展させることで、暴力なしで相棒と別れることができたのだ。
本当に感謝。もう石本さんあなたは多分優しさの化身です……。
お礼とばかりに僕は変人に感謝の念を送っておいた。
――ちなみに、相棒の発言は内容理解すらされていないまま全却下されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます