面倒くさい男3



『どうして……どうして見つからないんだ!』


 少し腹が出た五十にさしかかろうかという男が、キャンピングカーを改造した会議室で咆える。

 十五人用の、ほとんど大型トラックのようなキャンピングカーに乗っているのは全部で七人。


 これだけの設備を整えているにもかかわらず、全員がスーツを着ており、機動隊などの特殊な職業でないことは明らかだった。

 いや、逆に考えると、これほどまでに”それっぽい設備の車”でそういう職業でないというのはある意味特殊なのかもしれないが。


 すっと、運転席から見て一番奥に座っている女が手を上げる。


『捜索範囲を広げるのはどうでしょうか。何もS市だけに『ホワイト』が現れているわけではないのでしょう?もしくは、やはり我々がリスクを冒してでもこの街から離れるという方法しか……』


『いや、だめだ。これ以上広めると網に綻びが生じるし、何より『ホワイト』が監視カメラに映っているのは圧倒的にS市が多い。それに逃げるなんてしたら、それこそ『協力者』に我々は消されてしまう!』


 そういって、腹の出た男がホワイトボードを叩く。

 そこには、日時や時間と一緒に、大量の写真が貼られていた。その一枚一枚に黒装束に返り血を思わせる赤の乱雑な模様が入った、白髪の仮面の男が映っている。


 『ホワイト』というのは写真の人物のコードネームのようなものなのだろう。


『ならやっぱ協力を募るのが適作でしょ。大体十人で一人を捜索するのなんて無理ですって。国家権力に頼るわけにもいかないってなると、正直どうすることもできないでしょ。今はそれより昨日の夜から連絡が途絶えた三人の方を心配すべきなんじゃないすかね?』


 足を組んで背もたれにもたれかかりながら、金髪の男がだるそうに言った。

 すると、すぐに向いに座っていた男が顔を顰める。


『フィズ、いい加減にしろ。三人は『ホワイト』に狩られた。もう結論は出ているんだ。そんなことは分かっていただろ。俺たちの目的に『ホワイト』はどう考えても障害にしかならない。それをどうするかっていうのにみんな頭をひねらせているんだ』


 昨日仲間を失ったというのに、銀髪の男はやけに冷静にこたえた。

 しかし、煽るようにフィズと呼ばれた男は反応する。


『でも『協力者』に報告求められてるんでしょ? ならやっぱこの人数と予算じゃどうにもならないですって報告しましょうよ。ねぇ?』


『な……それができないから今必死に考えてるんだろうが!』


 腹の出た男が即座に噛み付く。

 フィズと呼ばれた男は、面倒くさそうに『へーへー』とだけ言いながら、飽きたとばかりに自分の爪へと視線を落とした。


『『ホワイト』は絶対に見つけないといけない。やつがいる限り我々が向こうの世界に帰ることなど絶望的だ』


 腹の出た男がそういってキャンピングカーにいる一人一人を睨みけるように順番に見つめていく。威圧的な再確認の意味をこめた瞳は、魔法などを用いずともかなりのプレッシャーを放っていた。


『白髪の男などそう数はいないはずだ。やつが確認されている夜、S市を重点的にもう一度探せ! 表沙汰にならなければどんな手段を使ってもかまわん!』


 男の言葉には誰も答えなかったが、ここにいる誰もが共通の目的を持って『ホワイト』を探している。

 言葉にせずとも、全員の考えは同じだった。



* * *




 相棒曰く、今の時期は夏休みというらしい。

 なんでも、学生にとって最大の長期休暇期間で、相棒が通う清明高校でも一ヶ月以上学校に行かなくてもいいんだとか。

 でも、相棒が言うにはそれは嘘らしく、実際には夏休みが明けてすぐ始まる芸術祭とかいう演劇大会の準備のせいでかなりの日数登校しないといけないらしい。


 事実、昨日までも相棒は四日連続で僕たちは登校していた。

 ただ、それでも流石に毎日ということはないらしく、今日は珍しく休日だとか。


 そんな日の相棒は、決まって睡眠に多くの時間を費やす。

 当然といえば当然のことだが、相棒は深夜に異世界人の相手をするという仕事(笑)をしているだけに、夜間にほとんど寝ていないのだ。


 異世界人が現れない日もなんだかんだパトロールと言いながら夜の街を飛び回ってしまうせいで、結局いつも家に帰るのは四時くらいになる。一人暮らしでないと絶対に許されない生活スタイルだ。


 そんな生活を毎日送っているものだから、成長期の相棒の体は常々睡眠不足でボロボロだったりする。なので、平日は学校の授業中に大爆睡をかまして、休日は家でひたすら眠っている。

 不健康な生活を送っているわけだが、それでもギリギリ体調不良を起こさないレベルの睡眠時間を確保は出来ていたのだ。


 だから、そんな睡眠時間を妨害された時の相棒は、最っ高に不機嫌になる。


「あのーすいません。こちら灰塚さんのお宅ですか?」


 今も家賃四万円の事故物件マンションの一室に響き渡る大きなチャイムと声のせいで目が覚めた相棒は、心の中で盛大に舌打ちをかましてから、頭を掻きながらドアを開ける。


「はい―? なんですか?」


「ああ、すみません。私こういうものでして……」


 目の前にいたのは、かなり上背があり、関節が四つあるんじゃないかと思うほど異常な程ひょろ長い手足をだらんと力なく垂らした奇妙な男だった。

 頬はやせこけていて、オールバックにまとめられたナチュラルブロンドの髪がさらにその男の異質さを演出している。


 ぱっと見ただけでわかる、異世界人だった。

 僕は思わず相棒に知らせようかと思ったが、もしも相手が僕の魔力残滓などの痕跡を辿ってここに来たとしたら、この訪問は牽制ということになる。


 ここで怪しい動きをすれば、先手をとって殺される可能性もあるかもしれない。

 完全に主導権を握られていた。


 さらに、不幸なことに今は昼前。僕らは闇の中でしか力を発揮できないし、昼間は相棒もただの一般人に過ぎない。

 こちらから動いて相手を刺激するのは、完全に下策と言えた。


 しかし、そんな僕の気苦労を知りもしない異世界人は、こちらへと名刺を突き出してくる。


「はぁ? はぁ……ん?」


 相棒も不機嫌そうに髪を掻いてからその名刺を受け取る。

 ただ、その名刺は見慣れた真っ黒のプレートのような物だった。


 そう、いつも相棒が演出に使っている自分の携帯の電話番号のみを炙り出しの文字で記した名刺。それをさも当然のように異世界人は突きつけてきたのだ。

 流石の相棒もこれには少しひっかかりを覚えたようで、思わず眉をひそめながら慎重に言葉を捜す。


「え? あの……こういうものって言われても、ここには何も……?」


 ――刹那。

 異世界人の垂らされたひょろ長い腕が鞭のようにしなりながら、相棒の首を勢いよく掴み上げる。

 相棒は抵抗する暇もなくそのまま玄関の壁へと叩きつけられてしまった。


「……か、はっ」


 肺の中の空気が衝撃によって全て吐き出され、一瞬で窒息しそうになる。

 しかし、そんな相棒を見て、背の高い異世界人は邪悪に口元を割くと、玄関の中へとずかずかと侵入してきた。


「なぁ、こいつはお前だろ?」


 背の高い異世界人は、そうで言ってどこから手に入れたのか仮面をつけた夜の相棒の写真をひらひらと相棒へと見せてくる。

 相棒は苦しさに喘ぎながらも、なんとか差し出された写真を見て、さらに目を剥いた。


(な、なんでこいつが……俺の写真を……)


 動揺と酸素が足りないせいで思考にまで影響が出始めてしまっている。

 顔は赤を通り越して、紫色へと変色してきており、いつもの病的なまでに真っ白な肌はどこかに隠れてしまっていた。


「知っているぜ? お前は特別なんだろ? 特別な力を持っていて、それを周りに隠して生きている。でも、それは退屈なんじゃないのか? お前ももっと暴れたいはずだ。俺のもとへとこい……そうすれば、最高にクールな体験をさせてやる」


 そう言って、再び邪悪に笑顔を浮かべる背の高い異世界人。


(っ……息が……)


 相棒が苦しそうに首に伸びる手をタップすると、異世界人もまた返事を聞くために少しだけ手の力を緩める。


「カハァっ……! はぁッ……はぁ」


 途端に今までの分を取り戻すかのように苦しげに肩を縦に揺らしながら大きく呼吸をする相棒。その表情はいつもの余裕を崩さない相棒から考えると、想像もできないほどに苦痛に歪んでいた。

 数年間に渡って相棒とともに暮らしていた僕としても、こんな相棒の顔は見たことがない。


「さぁ、返答の時間だ。灰塚佑都。俺はお前の力がほしい……そしてお前は暴れる場所が欲しい。俺たちの願いは一致している。どうだ? 一緒に世界を変えてやろうぜ?」


 そう言って大仰に手を広げながら決めポーズで締めくくる異世界人。

 しかし、その目は一切油断しておらず、いつでも相棒に止めをさせるように鋭く研ぎ澄まされていた。


(今は昼……俺の力は使えない。今歯向かったら絶対に俺は殺されちまうかもな……)


 相棒はそう言って苦し紛れに口元を曲げて不気味に笑顔を浮かべる。


(でも、こういう時に歯向かってこその”俺”だろ!)


 そして、相棒は顔を上げる。

 異世界人の目をしっかりと睨みつけて、大きく深呼吸をする。

 しっかりと、己が出した答えを再確認してから、綺麗な笑顔を浮かべた。


「さぁ、返事を聞こうか!」


「……お断りだ。バーカ」


 相棒がそういった瞬間、背の高い異世界人の長い左手が再び相棒に伸びてくる。

 それを相棒は右に転がるように飛んで回避。風を感じるほどギリギリのところを通過していった左手は、そのままマンション備え付けの靴箱を砕いてガラクタへと変えた。


「なんつー馬鹿力してやがるんだよ!」


 言いながら、相棒は机の上に置いてあったコップや食器をめちゃめちゃに投げて相手を牽制する。


「小細工を……そんなものが効くか!」


 だが、異世界人はそんなことを全く気にする素振りすら見せず、相棒へと突進してくる。

 いくらひょろ長いとは言っても、上背があるせいで突進による被害範囲は広い。


 観葉植物を巻き込みながら相棒へと向かってきた異世界人は、そのまま相棒と一緒にガラスを破って窓の外へと飛び出した。

 相棒の住んでいるはボロマンションは、四階建て。その中でも相棒が住んているのは三階だ。

 普通に落ちたら打ち場所によってはかなり危ないことも考えられる。


「ちっ……」


 だが、相棒は舌打ちを一つしてから体を空中で二度ひねって着地。受身を取って衝撃を流して一切の怪我なく危機を脱出する。


「ふふ、ふはははは……なかなかやるな! なら、これはどうだ!」


 だが、それは異世界人もまた同じ。

 無傷の状態のまま嬉しそうに腕を振るうと、駐車場内に数え切れない程の魔法陣が浮かび上がる。そのどれもが直径五メートルほどの中型のもので、怪しく発光している。

 考えられないほど多くの怪物を召喚しようとしているのは明らかだった。


「ちっ……やらせるかよ!」


 すると、相棒は何を考えたのかいきなり突進していく。

 今の相棒はただの一般人ということを忘れたのだろうか?

 そう疑いたくなるほど自信に満ちた瞳で、少年のように無邪気な笑顔を浮かべながら、ただただ走っていく。


 男との距離はそれほど空いていない。今なら魔法陣が発動する前に異世界人のもとへとたどり着くだろう。


 だが、それがどうなるのだ?

 結局、相棒は相棒のままだ。ただの高校生に肉体強化の魔法を施された異世界人は止められない。


 ――そう思ったときだった。


「ゼロ! 俺の右足をコーティングしろ!」


 言われた僕は、咄嗟に相棒がやろうとしていることを理解して、パジャマの下だけを部分的に闇に包み込む。

 僕は暗闇でしか生活できない。だが、暗闇の中では相棒に力を与えられる。

 

 なら、この服に覆われた右足だけを最強にすれば……?


「な、なにっ!?」

 

 男が驚愕に顔を歪ませる。

 しかし、一歩踏み込んだ相棒の勢いはそのまま衰えることなく、宙へと舞い上がり、体を百八十度横にひねる。

 昨日テレビか何かでみた回し蹴りというやつだろうか。遠心力を利用して、脚力以上の威力で相手を強襲する日本空手の技。


 それを、相棒はパキパキと腰の骨が鳴るほどのタメを作った状態から――


「闇に沈め……」


 邪悪な笑顔を浮かべ、右足を振り抜いた。




 ――なんだこの夢。


 隣で豪快に腹を出しながら眠っている相棒を見て思わず嘆息をつく。

 相棒の考えていることは読心という能力がある以上、僕にも筒抜けで流れてくるので、こんなくだらない妄想も僕のもとへと逐一入り込んでくるのだ。

 是非ともやめていただきたい。


 第一、僕は闇で覆って強化なんてそんな万能な能力持っていないし、相棒も相棒で三階から飛び降りて無傷で着地できるほどの身体能力を持っていない。

 ていうか一階のベランダから飛び降りても無傷じゃいられない気がする。


「……キュー」


 全く、この相棒は精神年齢がいくつなのだろうか。

 僕は相棒の今後を憂いながら、もう一度大きく息を吐いた。

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