面倒くさい男2
少し短いです。ごめんなさい。
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夜。
今日もまた、黒く塗りつぶされた世界で、電柱の上にしゃがみこんで黒髪をなびかせる不審者が一人。言わずもがなのうちの相棒である。
「キュー」
目立つのでやめろと、肩の上から訴えかけてみる。
ちなみに僕は暗いところでしか生活できない影響で、昼の間は相棒の右腕に巻かれた包帯の下にいるのだが、夜になると適当に形を変えてすごせるので、今は直径十センチほどのねずみをモチーフにした毛玉へと姿を変えている。
実際のところ細かな形は弄れるので気分しだいなところもある。
意外と便利なビジュアル設定だ。
「今日もまたこの国は混沌に包まれているな……相変わらず怪物の異臭がプンプンする」
嘘である。
常日頃、僕が向こうの世界のやつらの魔力を探すレーダーとなり、仮面の形を変形させて相棒に教えているので、相棒は今向こうの世界のやつらがいるのかいないのかすらわからないはずだ。
どうでもいいが、相棒が夜に言っていることの七割は雰囲気作りのためみたいな説まで僕の中では浮上していたりもする。
「……」
相棒が、ゆっくりと月を見上げる。
相棒が大はしゃぎしていた満月が昨日だから、今日から月は欠けていくのだ。
満月をバックにはしゃぐ相棒からしてみれば、少しテンションが下がってしまったのだろうか。
「十二時二十三分ってところか」
言ってるそばから嘘である。
現時刻は十一時過ぎ。誤差一時間以上。相棒の月時計は不正確極まりない。
相棒も正解確認のために、ポケットに入っているスマホを取り出し、現在の時間を確認する。
(……あーちょっと惜しいな)
全然惜しくない。
少し眉をひそめて残念そうな表情を浮かべる相棒だったが、すぐに誰かに見られていないか周りをきょろきょろと確認する。
心の中ではキャラがぶれがちなくせに相変わらずキャラ作りに必死な相棒だ。
――お。
そんなことを考えていると僕の体に魔力残滓の反応が流れ込んできた。ここから五キロほど行った団地だろうか。
「キュー。キュー」
二度の鳴き声。
いつからかこれが相棒に異世界人の来訪を伝える合図となっていた。
(お、来たか……)
相棒に意図は正確に伝わったようで、左肩に乗った僕を右手でつまんで顔の前に持ってくる。
「じゃ、今日も頼むぜ。相棒」
全く面倒なことに、この面倒くさい相棒は僕の力の可能性を疑うことを知らない。
今も目と目を合わせるだけで、その瞳が興奮に輝いているのがしっかりと見て取れた。
思わずため息をこぼしながら、気を引き締める。
よし、今日もやりますか。
「きゅ」
僕は軽く喉を鳴らしてから、いつもの仮面へと姿を変えた。
相棒の髪が白く染まり、また夜の街を走り出す。
*
「また暁の夜が訪れるとき、俺は現れる……」
「ちょ、ちょっとまっ――」
相棒は何かいいたそうにする女性を置いて、颯爽と団地を後にした。
ただ、相変わらず炙り出し式の、電話番号だけ書かれた名刺を置いていくのは忘れていないようで、ひらひらとその場に舞い落ちる。
以前、相棒はこの落とし方にもこだわって研究していた。
本人曰く、堕天使の羽が抜け落ちる様をイメージしているらしい。
理解不能である。
(な、なんだったのかしら。あの人たちは一体……)
残された女性は、今までの相棒が助けた後の演出に直面した人の例に漏れず、混乱した様子で辺りを見回している。
だが、残念なことに闇に飲まれた異世界人たちや、彼らが使役する怪物などは消えてしまったため、ただただ静かな夜の風景が広がっているだけ。
それこそ夢でも見たかのように思っているだろう――お?
(神様、助けていただいてありがとうございます……)
女性は月に向って手を組んだ。
頭は混乱していても、助けられたという自覚はあったのだろう。
「……ふん」
(決まったな……やっぱ主人公が立ち去ってから感謝する。これこそが格好いい、最強。超クール)
そんな姿に決まって喜ぶのが相棒である。
そう、これが異世界人を葬り去って、事件を解決してからの定番コース。格好つけて意味ありげな去り方をしておいて、僕らはすぐ近くから助けた人の反応を見守るのだ。
(ま、この様子なら今日はこれ以上向こうの世界絡みで何もない。大丈夫だろ)
この助けてから堕天使の羽(笑)のムーブメントについてだが、相棒の建前としては”異世界人の第二波がくるのを警戒している”らしい。
しかし、今までそんなこと起こったためしがないし、ただ単に格好つけて去った後どんな感じ方をされているのかが気になって見に来ているだけだろう。
「……」
案の定、かなり琴線に触る感謝のされかたをしたせいで気分が高揚した様子の相棒は、少しうれしそうに白髪を掻き乱しながら仮面(僕)に触れる。
「なぁ、ゼロ。ほかに異世界人いるところはないか?」
こんな短時間に何件も起こるわけねぇだろ馬鹿。
心の中でツッコミを入れながらも、首を振る。相棒はちょっと残念そうにうなだれてから、先ほど助けた女性に、指を向けた。
「あなたに……闇の祝福を」
そういって指先がきらめいたかと思うと、女性がぞわりと震える。
そしてすぐに寒くなったかのように両腕で体を擦りながら足早に帰宅していった。
完全に罰ゲームだ。
しかし、なぜか満足げな相棒はうんうんと大きくうなずいている。
(やっぱこれだよ。最後にうまいこと締めれたら一気に格好いいよな……。やっぱ昨日みたいなのは絶対に駄目だし。……高校生にもなってもらすなよ。委員長)
こら、傷口を掘り返すのはやめてあげなさい。
そうツッコミを入れたくなるものの、鳴くことしかできない僕にはそれができないので、せめてかわいそうなシーンを嫌いな相手に見られてしまった委員長への同情として、仮面の紐をぎちぎちまできつくして置いてあげた。
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