面倒くさい男



 高校。


 一般的な日本の概念で言うところの十代中から後半の子供たちが集まって、学びを受ける機関。または、その施設を指す。

 特徴としては、学びの場と唱ってはいるものの、座学での学びのみならず、生徒同士でのコミュニケーションや、課外活動など、様々な分野の学びも広く取り入れ、多くの経験を通して大人への成長を促すといったもの。

 その過程として、お互いに協力し合って何かひとつの物事を成し遂げたり、様々なぶつかりあいが生じたりするもの――と、やっと最近分かり始めてきた。


 もう僕がこの世界にやってきて経つのに、今になってようやくわかってきたのだ。


「ねぇ鷹山~今日一緒に遊びにいこうよ~」


「秋風なんだよ急に……まあいいけど。委員長も一緒にどう?」


 鷹山?と呼ばれた生徒が提案すると、秋風と呼ばれた生徒はあからさまに不機嫌そうになる。


 なるほど、なかなか面白い感情だった。


 鷹山はかなり上背もあるし、ダークブラウンに染まった髪の毛もきちんと整えられているし、秋風という女子生徒の好意の気持ちもわからなくもない。

 さしずめ秋風と呼ばれた派手に制服を着崩している女子生徒は、クラスの人気者の鷹山をゲットしようとアピールしているといったところか。

 こちらはこちらで明るめの茶色に染まった髪をウェーブさせながらアップにまとめて、なうでイケイケなファッションというやつを目指しているのだろうか。層は選ぶだろうがかなり男子受けしそうな美少女だ。


 共通点としてはどちらも相棒とは違い人付き合いが上手そうというところ。

 ……虚しい。


「ごめん、今日はいいかな。それよりも私はちょっとあっちに」


「委員長……大変だね~♪」


 委員長は鷹山の誘いをするりと躱しながら、笑顔の秋風に見送られて相棒のもとへとやってきた。

 この間も僕の読心には色々と面白そうな情報が入ってきていたりするのだが、それを整理する前に、委員長の呆れ顔ちがこちらあいぼうへと向けられた。


「ねぇ、小道具まだ終わんないの?別に難しいこと言ってないよね?劇で使う剣作れって言っただけなんだけど」


「ふっ……俺に雑事を押し付けるとは。そういうのは勝手にやってくれ。俺はあくまで傍観者という立ち位置で、と最初に宣言しただろ?」


 ちなみに先ほどの続きだが、僕がなかなかこの世界について学べていない全ての元凶は、この相棒である。


 馴れ合う友がおらず――というか作ろうともせず、いつも気取った言葉ばかり口から吐いては、こうして話しかけてくれたクラスメイトを突っぱねていたのだ。

 今尚、こうして委員長に話しかけられているという状況なのに、


(剣……エクスカリバー、グラム、ドボルザーク……格好いいな)


 と、わけのわからんことを考えている次第。最後に至ってはもう剣ですらない。


 当然こんなわけのわからんことばかり言っている奴に構ってくれる酔狂な人などおるはずがなく、孤立街道まっしぐらである。

 なんなら、空気の読めない発言ばかりしてくる鬱陶しいやつという共通認識で嫌われている。

 ふと、相棒の右腕の包帯の隙間から委員長を覗くと、案の定額に青筋を浮かべていた。


「……私だって別にあなたにお願いしたくてしてるわけじゃないんだけど。全員が関わらないといけないって規則だから仕方なく頼んでるだけってこと忘れないで欲しいんだけど」


「把握している。だから俺なりに役職を考えて、傍観者という立場になったんだが?」


「――……勝手にしたら?その代わりそれなりの報告を先生にはするから」


「勝手にしろ」


 机の上に座って、窓から吹く夏の風を感じながら、包帯に巻かれた右腕で真っ黒な髪を押さえる相棒。

 もうやりなれたポーズだからと、決まった角度で窓の外を眺めるのも忘れない。

 外では部活動に精をだす他クラスや他学年の生徒がいて、教室の前半分には劇の準備をするためにそれぞれ割り振られた役割をこなすクラスメイトたちがいる。

 

 そんな中、一人寄せられた机の窓際後方に陣取って、何にかはわからないが黄昏ている相棒――異端すぎる。


(先生に言われるのは面倒くさいな……)

 

 そこは律儀なのかよ。

 僕はもう自分の相棒が恥ずかしくなって、右腕を強めに圧迫する。


「ちっ……なんだよゼロ。やれってか?」


 締めつけられた右腕をさすりながら相棒が言う。

 ちなみに、平静を装ってはいるものの、意外と精神面では、


(いだ、いだだだだ!や、こいつ……俺が拾ってやったのに――ちょ、マジでやばい!腕もげるううう!)


 こんな感じになっている。非常に雑魚っぽい。

 ただ、それでも顔には出さないだけちょっと格好いいと思ってしまう僕も、ひょっとしたら相棒に毒されているのかもしれない。




「完璧だな……」


 相棒が自分で作った小道具の剣を見て、恍惚とした表情をうかべる。

 ふと、意識を脳内から包帯の隙間に移動させてみると、西洋風の剣で、確かにつやのある腹や、刃の質感まで表現されていて、かなり精緻な作りになっている。伊達に三時間以上も同じことをやっていない。


 でも、おかしい。これは絶対に間違っている。そう断言できた。

 なぜなら、鍔から下は黒と赤の相棒の大好きなカラーリングに染まっており、装飾として湾曲した鍔や、そこに銀のペンキがまるで返り血のように乱雑に飛び散っていた。


 明らかに魔王やその側近のような悪役が持っている剣である。きっと、委員長が作らせたかったのはこういう邪悪な剣ではない。


(う、美しい……俺もこんな剣作ろうかな。夜になったら能力で……)

 

 だが、当の相棒本人はひたすら気に入った様子。吸い込まれそうなほど純粋な瞳で自分の作った剣を眺めている。

 剣の完成度が高いだけに人を斬った直後の狂人がうっとりと刀身についた返り血を眺めているかのような様相だった。

 そう考えると、うっすらと剣に血が見える気がする。

 恐ろしい、これが厨二パワーというやつか。


「できたの?」


 ふと、後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、先程(三時間前)も相棒に声をかけてきた委員長がそこにいた。

 ちなみに相棒が声をかけられるのは三時間ぶりであr――いや、なんでもない。

 委員長は相変わらず不機嫌なのを隠そうともせずに、相棒へと侮蔑のこもった視線を向ける。


(なんでこいつが……委員長になんてなったの失敗だった。こんな気持ち悪いやつの相手まで私がしないといけないなんて……ただでさえ今疲れてるのに――)


 失礼、侮蔑を含んでいたのは視線だけでなく感情の方も同じようだった。


「ああ。できたぞ、ほら」


 そう言って、相棒が禍々しい剣を委員長へと渡す。

 心なしかいつもはクールを気取って眉一つ動かさないはずの相棒の目が輝いている気がする。きっと褒められる未来を想像しているのだろう。

 だが、当然委員長の眉はより潜まってしまう。


「なにこれ」


「お前が作れといったんだろう?剣」


「……ねぇ、灰塚くん。うちのクラス、芸術祭でなんの劇するかって知ってるよね。なんでこんなの作ったの?」


「アリスが手にするヴォーパルの剣だろ?普段は守護獣に守られる封じられた剣。格好いいよな」


「そんなのどうでもいいわよ。……それでなんでこんな気味悪いの作ったの?」


「封じられた剣っていったら邪気を大量に吸った魔剣になるのが当然だろ?」


「……」


(こいつ……!本当になんなの?私をおちょくってる?それともただ単にかまってほしいだけなの?どっちにしてもマジでうざい、死ねばいいのに)


 内心とんでもないことを思いながらも、必死に奥歯を噛み締めて言葉を押さえる委員長。

 その努力はとても格好いいが、顔がとてつもなく歪んでいる。怖い。


「まあ、常人には理解できないセンスだとはわかっていた。どうせお前らみたいな凡俗なやつらに扱える剣でもないしな。残念ながら俺用だ」


(じゃあなんで作ったんだよ!!) 


 しかし、こういう時に限って油を注ぐのがうちの相棒。

 委員長がブチっと音を立てそうなほど強く拳を握り締めた。

 ただでさえ苛立ちに肩を震わせていた委員長だったが、相棒は人の神経を逆撫ですることに関しては天才だ。

 委員長はいよいよ変身するんじゃないかと思うほど黒いオーラを纏い始める。

 

 ――と、そんな時だった。


「おい、あんまり委員長をこまらせるなよ!」


 今まで教室の前で、秋風と大道具製作を手伝っていた、鷹山が大きな声を上げながら顔をこちらへと向けた。

 近くで作業していたクラスメイトたちも、かなりの大声に思わずびくりと肩を震わせた。


 だが、そんなことはおかまいなしに、鷹山は立ち上がって僕たちの方へとずんずんと歩いてくる。

 確かこいつは正義感の強いリーダー気質なやつだったはずだ、それが関係しての行動だろう。


(……ここで立ち上がる俺結構イけてね?やっぱこういうことできるからこそ俺は格好いいんだよなー……。これはもう委員長も……いや! 違う! 俺は委員長なんてなんとも思っていない! 思っていない!)


 失礼、かなり邪な思いがあっての行動だったようだ。

 鷹山は横目でチラチラと委員長の様子を伺いながら、相棒の前で立ち止まる。


「おい灰塚」


「何だ?」


「お前、邪魔ばっかすんなよ。クラスのみんなに迷惑かけて楽しいか?」


「楽しい? 楽しいって何がだ? っていうかそもそも邪魔ってなんだ。俺は与えられた仕事をこなしたじゃないか」


「こなしてねぇから委員長が怒ってんだろ! なぁ?」


「え? えぇまあ……」


 自分と相棒の話だったのに、そこに自分よりも怒っているという人がいたことに思わず驚きを隠せない委員長だったが、自分のために怒ってくれているという事実が若干琴線に触っているのか、戸惑いながらも少しうれしそうだ。

 だが、それも目に入っていないかのように(本当はバッチリ入っているが)相棒へと詰め寄ってくる鷹山。

 彼も自分の力をよほど誇示したいのか、相当な勢いだ。


 鷹山は確かサッカー部のスタメンだったはず……なるほど、暴力沙汰になったらなったで自分の鍛え上げたインナーマッスルを信じているということか。

 いや、むしろ望んでいる可能性すらある。

 見た目からしてひょろひょろな相棒なら、確かに鷹山の男らしさをアピールするためのいいサンドバッグになるだろう。


 かなり打算にまみれた怒りに身を任せて、鷹山は今にも相棒のシャツの首元をねじり上げそうな勢いで、言葉を投げかける。


「大体、部活抜けてまでこっちにきてくれたやつもいっぱいいるんだぞ? お前そいつらに申し訳ないと思わないのかよ」


「思わない」


 だが、ここで即答するのが相棒だ。


 鷹山もこの状況でまさか即答、それも否定されるとは思っていなかったようで、一瞬呆気に取られた様子で相棒を見つめる。

 しかし、すぐに思い出したかのように怒りを再燃させた。


「な、何でだよ!」


 鷹山は自分の思い描いていたプランが崩れたせいか、若干声が裏返っている。

 しかし、返ってそれが必死になってクラスメイトを守ろうとしていると見なされたようで、クラスメイトからも若干の援護が飛び始める。


「そ、そうだぞ!」「ふざけんなよ!」


 だが、相棒はその全てをやれやれといった様子で一蹴する。


「大体、夏休みを返上してここにいるのは俺も同じだ。部活を抜け出してきたのも、家を抜け出してきたのも一緒だろ?」


 そうだろうか?


「ぐ……でも、ならなおさら真面目にやらない意味がないだろ?お前だって家でゆっくりしたいんじゃないのか?」


「俺もそう思った。だから真面目にやったんだろ?」


「は……?」


 相棒は曇りなき眼で鷹山の瞳を睨みつける。

 鷹山は思わず、素っ頓狂な声を上げた。完全に想定外といった様子だ。

 加勢してきたクラスメイトたちも、相棒の言葉に思わず思考が停止している。


(え、なに……こいつ。真面目にやって本気でこれ作ったの?)


 自分の中で相棒の思考回路が整理できない鷹山は怒りというより若干引き気味な様子だ。

 気持ちはわかる。

 確かに真面目な顔で魔王の邪剣みたいなの渡されたほうが不気味だよな。


「鷹山くん。もういいよ、かまうだけ時間の無駄だし……」


「あ、ああ……そうだな」


 秋風のフォローに動揺した様子で鷹山は頷いた。今年初めて相棒とクラスが一緒になった鷹山は、まだ完璧に相棒の異常性を理解できていなかったのだろう。

 格好つけているだとかキャラ作りだとか、そういった薄っぺらいものではないのだ。


 相棒は自分はほかの人とは違うと本気で信じているし、事実ちょっと違うのだ。それゆえ謎の自信を持ってしまっている。

 本当に申し訳ない、僕は心の中で鷹山に謝罪した。


「ふっ……」


 その一方でまるで論破したとでもいいたげに自信満々な表情を浮かべる相棒。

 無性に腹立たしいので強く右腕を縛り上げた。


(いづづづいっだぁぁ!や、やめろゼロ!おま、ふざけんなよ!何が気に食わないんだよ!)


 もちろん全てだが、そもそも相棒は僕が読心能力を持っていること自体知らないので、気にせず縛り上げておいた。かなり強くしたのでちょっと涙目の相棒だった。


「灰塚!」


 鷹山が再び大きな声を出したので、思わず力を引っ込める。


「お前……ならもう何もしなくてもいいからせめて迷惑はかけるなよ?」


「それは無理だな。俺の強大すぎる魔力を持ってすればただ近くにいるだけで――」


「ちっ……あーはいはいそういうのいいから。みんな、作業に戻ろー」


 委員長が軽く舌打ちをしながら相棒をさらっとスルーする。

 流石に二年連続同じクラスなだけあって扱い方がうまい。


(大体昨日の夜のあれなんだったのよ……いきなりわけのわからない生物に襲われるわ、意味わかんない男たちに捕まるわだし、それに気持ち悪い紙みたいなの渡されるわ……もうあいつらのせいで全然眠れなかったし――ちっ)


 なるほど。

 委員長が不機嫌だったのは寝不足だったことが影響していたのか。

 昨日の夜に何かあったんだろうか……?

 何か……

 何……


「ふっ……この剣の素晴らしさがわからんとは可哀想なやつだ。昨日助けてやった時に洗脳でもすればよかったか?」


 いや、やっぱり結局行き着く先はお前じゃねぇか。

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