第17話 ダンジョンにつきもの

 歩いていくうちに、メルヴィの中で不満が募っていく。後ろに聞こえる三つの足音が、このうえもなく鬱陶しい。


 ピチャン――タイミングよく、雫が彼女の首筋を襲った。


「ひゃあっ⁉」


「な、なんだよ、いきなり!」


「ご、ごめん、水が……」


「ったく、人騒がせな……。そんなビビリでよくここまで来れたもんだな!」


 嫌味ったらしく言い放って、真後ろの男が盛大に笑い声をあげる。たちまちに、後列へと伝播していく。

 馬鹿にするような響き。男たちの表情はどれも愉快そう。


 対照的に、メルヴィの顔は渋い。目元が激しくびくついている。

 溜まりに溜まった怒りは、ついに噴火した。


「アンタたちっ、助けられた分際でよくそんな大口叩けるわね!」


「なんだと⁉︎ 世話になってんのは、お前じゃなくてアルフレッドの方だ! だいたいお前も大差ないだろ、俺たちと。役立たずって点では!


「なんですってぇ〜〜〜〜っ!」


 メルヴィの顔はすっかり真っ赤。このまま振り返って、取っ組み合いでも始めそうなほど激怒している。


 だが、それをぐっと我慢して、彼女は傾けていた顔を戻す。怒りは決して治ったわけではない。


「アルフレッド、こんな奴ら放っておけばよかったのに。どうして連れてきたのよ!」


「仕方ない。あのまま見捨ててたら、こいつら死んでたぞ」


「自業自得よ、そんなの」


「困った時は助け合いの精神は大事だ」


「大層なことでいらっしゃいますね」


 立派な心掛けだと思うが、メルヴィとしては全く面白くない。顔はずっと曇ったまま。ぶつぶつと、小声で悪態をつく。


 松明が切れた。闇の中から表われた男は、開口一番そう告げた。

 それは戦士の男だった。続いたのは、武闘家と軽業師。つまり、メルヴィと因縁のある三人パーティ。

 名前はそれぞれ、ベガ、キース、ウォルコット。


 反対するメルヴィを撥ねのけ、アルフレッドは三人を連れていくことに決めた。目的は同じ。だからこれは一時的な処置だ。

 そういうことで、彼女も渋々納得したわけだが、ベガの鼻持ちならない様子はどうにも癪に触って仕方ない。


 狭い通路を抜けると、少し大きな空間に出た。五人を包む光は地面に奇麗な円を描いている。その奥に広がるのは、果ての見えない闇。


「ここが最深部、なのかしら」


「いや、どうだろう。モンスターの気配はしないぞ」


「すげえな、アンタ。そんなことまでわかるのか。もしかして、ダンジョンハンターか?」


「いや、しがない踊り子だ」


「ははっ、なかなか面白いジョークだ…………え、マジ?」


 アルフレッドに自らの転職記録帳を見せつけられて、ベガはたちまち笑みを引っ込めた。信じられないものを見るような目つきで、踊り子の顔を見つめる。


 ダンジョンハンターは盗賊シーフを中心とした上級職。文字通り、迷宮探索に長けたスキルを多く身に着けることができる。

 例えば、暗視。この程度の暗闇など、ものともしない。

 さらに、極めた者は入っただけで、ダンジョンの構図を理解するという。


 もちろん、アルフレッドはそんなスキルを身につけてはいなかった。せいぜいレベルの高い気配察知が精いっぱい。

 生き物の気配は悟れど、ダンジョンの構造は専門外だ。


「ウォルコット、お前軽業師だろ。なんかないのか?」


「む、無理言わないでよぉ。できてナイフ投げくらい、かな」


「けっ、それが何の役に立つってんだ」


「リーダー、そんな風に言ってはいかん。闘いしか能のない、俺らよりはるかにマシだ」


「こっちは他のジョブを経験してるんだ。キース、てめえと一緒にすんじゃねえ。このくそ脳筋がっ!」


「はっはっは、筋肉サイコーっ!」


 三人が揉めるのを、メルヴィは白い目で見ていた。てっきりパーティの結びつきは強いと思っていたが、そうではないらしい。


 気を取り直して、隣に立つ相棒の方に視線を移す。


「考えていても仕方ないし、先に進みましょ」


「そうだな。気を付けてついてきてくれ」


 細い道は終わったが、また縦一列に並んで歩き出した。進行方向は変えず。

 周囲に多少灯りが広がるとはいえ、横が無事だという保証はない。


 すると、今度は壁に突き当たってしまった。


「行き止まり、か。となると、どこかに道があるのかしらね」


「そうじゃなきゃ困るぜ。クエストは、あくまでもモンスター討伐。探索が目的じゃあない。ここに至るまで、そんな奴見なかったわけだし」


「もしかしてよ、誰かに先を越されたとか」


 ベガとキースが顔を見合わせる。がっかりしたようでありながら、どこか安堵したような表情。

 それは戦士の方が濃く表れてる。


「ううん、どうでしょ。だって、このクエスト、一月近く放置されてたんだよ」


「あたしも、ウォルコットに同感。ともかく、この部屋っぽいところを探してみましょう」


 メルヴィの提案に難色を示したのはベガだった。

 たちまち唇を尖らせて、眉を顰める。


「手分けしてか? 骨になっちまう」


「……いちいちうっさいわね、アンタ。ちゃんと、考えがあるわよ」


 嫌そうな顔をしながら、彼女は道具袋を漁った。

 取り出してきたのは、四本の松明。どれも未使用のもの。


 本当なら、これを渡して、三人を追い返そうとした。だが、ここまで来たらと、アルフレッドがメルヴィを宥めた。


 おのおの松明を手に散っていく。メルヴィもまた自分の持ち場に。

 正直、すぐに片付くとタカを括っていた。外周を巡っているアルフレッドが道を見つけるだろう、と。


 だが、事実は彼女の想像を超える。


「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜!」


 突然、情けない悲鳴が聞こえてきた。

 それはどんどん遠ざかっていく、やがて消えてしまう。


 戻ってきた静寂は先程に比べて、あまりにも不穏。

 途端、メルヴィはピタリと動きを止める。まるで停止の魔法をかけられたように少しの反動もなく。


 ゆっくりと声のした方に顔を向けた。

 ぎこちなく動いた首は、虚空を見据えて止まる。あるべきはずのものが、見えていた小さな灯りがない。


 何かが起きている。

 確かな異変を感じて、メルヴィは仲間のもとへ戻ることに。


 幸い、ひとつだけ灯りが残っていた。


 目掛けて駆けるが、それは浅はかな行い。


 カチッ。

 小さな起動音。


 流石のメルヴィも嫌な予感がした。悪寒が全身を駆け巡る。

 踏み出した左足は止まらず、そのまま地面を掴むはずが、すっと宙をすり抜けてしまう


 そのままメルヴィの身体は、バランスを崩して前のめりに倒れていく。堪えようとするが、足場は消えていた。


「きゃあぁぁぁぁ!!」


 ただ悲鳴ばかりが響くだけ。

 魔法使いは、ひたすらに闇の中へと吸い込まれていく——

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勇者失格の理想職探し~勇者アカデミーを追放された落ちこぼれ、すでに世界最強のくせしてやたらとジョブチェンジを繰り返す~ かきつばた @tubakikakitubata

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