第16話 霊との遭遇
なおも洞窟探索は続く。
足元に気を付けながら、二人は進んでいる。アルフレッドの照明魔法は、松明よりちょっと明かるい程度。洞窟の闇全てを払うわけではない。
確実に潜ってはいる。奥まるにつれて、道が入り組み始めた。ようやく手にしたこの正解のルートもいつ分岐するか。
ジメジメとしてかなり陰気な雰囲気。漂う瘴気は濃くなっている。
「いよいよもって、アンデッドでも出てきそうね」
「ゴーストの類は何匹か見たからな」
「あいつら、なんたってなあんなすばしっこいのよ。フレイムが当たらないったらありゃしない」
「正直、火球魔法で相手するのは分が悪い。範囲攻撃魔法ならいいんだけど……ちなみに、ジョブレベルの方は?」
「聞かないで」
メルヴィの棘のある声が、洞窟内に強く反響した。そのジョブ特有の魔法やスキルを使うだけでも経験値は溜まるが、たかが知れたもの。
この洞窟は、神殿近くにあるという関係で、数多の冒険者に踏破されている。そのため、目ぼしい宝などはなく、専ら冒険者の修練の場と化している。
けれども、巨大モンスターがポップした今は、すっかり誰も寄り付かず。どこまでもひっそりと静まり返り、こうして言葉を交わしていないとすぐに沈黙が広がっていく。
前を行く男の背中を、じっと見つめるメルヴィ。
ふと思ってしまうのは、彼ならば単騎ならこんなダンジョン簡単にクリアしてしまうのだろう、ということ。
自分が無理を言って付き合わせている。パーティといえば聞こえはいいが、その実、彼の力を利用しているだけ。
「……ごめんなさい」
小さく謝罪の言葉を口にして、魔法使いは杖を掲げて一気に振り下ろした——
「っと、危ない、危ない」
だが、その一撃は空を切るだけ。
異変に気が付いたアルフレッドは、咄嗟に反転して大きく跳び退いた。
仲間の背後に黒いオーラ確認して、彼はファイティングポーズをとる。
目を凝らせば、奥の方にガス状の何かがいた。
「ネガティブゴースト、か。メルヴィ、気をしっかり持つんだ!」
「…………ごめんなさい。ダメダメ魔法使いで、ごめんなさい」
強く呼びかけても正気には戻らない。
人を落ち込ませるのは、この魔物のパッシブスキル。しかも、バッドステータスではないので、治癒魔法は意味をなさず。
厄介極まりないこの事象への対抗策はただ一つ。気をしっかり持つこと。
「そうだな、お前はフレイムすらまともに扱えない、才能なしのヘナチョコ魔法使い。賢者なんか夢のまた夢。寝言は寝て言え、夢見るノーテンキ乙女思考!」
適切な罵詈雑言が思いつかない中、アルフレッドは何とか意味のありそうな文字列を作ることに成功した。
ありったけに叫んだ甲斐あって、それはばっちりとネガティブモードな魔法使いの耳にも届いた。
「……だ、誰が賢者になれないって! うっさいわよ、絶対なってみせるんだからっ!」
感情の爆発と共にオーラが晴れる。メルヴィの顔はとても活力に満ちていた。その目が見据えるのは確かな未来。
彼女のもっとも大事な指針を刺激してやるのは正解だった、とアルフレッドはほくそ笑む。
そのまま右腕を前方に向けて伸ばした。拳を縦にして、親指と人差し指だけを突き出す。
「せっかくだから、メルヴィに手本をば」
「手本って……」
「フレイム――っ!」
メルヴィが唯一扱える魔法の名を、勇者学園の追放者は口にした。
指先あら放たれたるは、巨大な火の玉。
轟々と燃え盛る様は圧巻。
まっすぐ、ガス状のゴーストに向かって飛んでいく。
ぶつかって、激しく爆ぜた。爆風が二人の衣を、微かに揺らす。
「メルヴィはさ、力み過ぎなんだよ。魔法を撃つとき、変に肩に力が入ってる。リラックスして、よく狙いをつけて、放す」
「あのねぇ、アンタのは、何の参考にもならないのよっ!」
それはせいいっぱいの抗議の声だった。
虚しく洞窟の中を駆け抜けていく。
*
先を進むアルフレッドが不意に足を止めた。
気づかず、メルヴィはその頑丈な身体にぶつかってしまう。
鼻先を赤くして、彼女は仲間の後ろ姿を見上げた。
「ちょっと!」
「悪い」
「なに? 新手の嫌がらせ? 受けて立つわよ!」
「いや……声がしなかったか?」
「やだ、やめてよ……」
さらに深くまで至り、ダンジョン内はかなり不気味。白い霧すら、漂い始めた。照明魔法があっても、視界は不明瞭。
辺りには人影はもちろん、魔物の姿もなし。動く物はこのチグハグな二人組だけ。
だから、他の声など聞こえようはずがないが。
メルヴィは青ざめて、肩を抱いて寒がってみせる。
「…………れ。……い… …」
耳を澄ますと、確かに彼女にも何かが聞こえた。
しかもそれはヒトの言葉だ。
「ホントだ! 何かいる」
「なんか困ってるみたいだな。助けて、かな」
「よく聞こえるわね、アルフレッド。耳もいいのね」
「……気配察知は嫌というほど教え込まれたからな」
「誰に?」
「親切なおばさん」
またそれか、とメルヴィはガックリした。剣術や体技、魔法の腕前について訊くと、いつもこうやってはぐらかされる。
農村の出とは聞いているが、いったいどんな
こんな状況にもかかわらず、彼女の心に疑問が募る。
「冒険者かしら」
「あるいはそのフリをした、騙し討ちが得意なモンスター。なんにせよ、様子を見よう」
「了解」
じっと身を固くしていると、声は次第にはっきりとしてくる。
どうやら、「おーい、助けてくれ!」そう言ってるらしかった。二人にはそう聞き取れた。
彼らが顔を見合わせて、いざどうしようかと思案したところ。
正体不明の影が最接近する。
「よかった、助かった〜!」
「……ア、アンタは!?」
霧の中から現れたその顔は、二人にとって因縁深いものだった。
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