第15話 初クエスト
『洞窟に潜む巨大モンスターを討伐せよ』――それが、メルヴィが持ってきたクエスト受注用紙に書かれていた案件名。
即席のパーティを組んで二日目の朝。集合場所はメルヴィが根城にしている宿舎のラウンジ。
朝早い時間のため、周りに他の冒険者の姿はない。
机上に乗った紙を一瞥して、アルフレッドは眉を顰めた。
「えらくアバウトだな」
「だいたいこんなもんよ。まあ、駆け出し冒険者様にはわからないでしょうけど!」
いっぱいの嫌味を込めて、彼女は言い放つ。勝ち誇った笑みを浮かべて。さらに、胸をぐっと反らすおまけつき。
今まではずっと村にいて、今回初めて旅に出てきた。そんなアルフレッドの話を、メルヴィはすっかり信じ込んでいた。
戦闘能力の高さはさておいて、この物の知らなさはまさしく駆け出しのそれ。
本来であれば、そんな人間とパーティを組みたくはなかったはず。だが、その謎の戦闘能力の存在が、そのことを忘れさせていた。
よって、こうして絶賛先輩風を吹かせ中。
「ダンジョン攻略になるから、アイテムの準備しないとね」
「準備って、例えば?」
「まずは食糧。あと、松明。薬草も多めに買わないと、それと――」
「食べ物は大事だが、それ以外だったら魔法で何とかなるだろ」
元も子もない一言に、見習い魔法使いは唖然とした。
一瞬絶大な悪意を感じたが、どうもそこに他意はないらしい。
「悪かったわね! どこぞの誰かと違って、こちとらフレイムで手いっぱいなのよ!」
「……いや、その、こちらこそすまん」
「ふんだっ!」
しょっぱなから怪しい雰囲気に包まれながらも、二人は市場に向けて出発した。
市は適度な賑わいを見せている。住民の他、冒険者の姿もちらほらと。
人波を縫うようにして、メルヴィたちは買い物を進めていく。
「手慣れてるな」
「アンタが素人すぎるのよ。ここまでたどり着けたのすら、奇跡じゃないかしら」
「…………」
「どうしてそこで黙るのよ」
冒険に出てすぐに路頭に迷った。もしあの時、近くの村の青年グレイに出会わなければ、彼はワークハロワには辿り着いていない。
もちろん、それはメルヴィの知らないところだが。
あらかた必要なものを取りそろえ、いざ街を出ようと、門に向かう。
その道中、メルヴィは見覚えのある三人組に遭遇した。
「あっ! お前は!?」
「どちらさまでしたっけ」
「とぼけるな、この間の件。忘れたとは言わせないぞ!」
他人のふり作戦が失敗して、メルヴィははっきりとため息をつく。お互いろくなことはないのだから、無視してくれればよいものを。
なおも喚き散らす戦士は、魔法使いの奥に、もう一人男がいるのを見つけて不思議そうな顔をした。
「新しい仲間か? おかしいな、仲介所から警告が出てたと思ったが」
「どっかの誰かさんのせいでね!」
「……ははーん。なるほど、初心者があてがわれたってわけ。確かに、見るからに大したことなさそうだもんなぁ、お前」
戦士は、アルフレッドに近づくと、馴れ馴れしくその肩を叩く。無駄に体格だけはよく、その背丈はアルフレッドの頭一つ分高い。
ムッとしたのはアルフレッドではなく、メルヴィだった。男の鼻持ちならない物言いが癪に障った。
何か言おうとするのを、アルフレッドが手で制した。
「可哀想に、きっと紹介所に騙されたんだな。こいつは、大ウソつきさ。簡単な魔法すら使えない、ポンコツ魔法使い。なんだったら、俺たちの仲間に入れてやるぜ」
「魔法が使えないからって、ポンコツってわけじゃないだろ。これからの努力次第で何とかなるさ」
「アルフレッド……」
「けっ、つまんねー奴だな」
「おい、行こうぜ、リーダー。日が暮れちまう」
「そうだよ。ただでさえ、ダンジョン攻略。どれくらい時間がかかるか、わからないっていうのに」
「だな。あばよ、お二人さん。まあ、よろしくやるんだな」
下卑た笑い声を残して、戦士一味は街の外へと去って行く。
「なんなのよ、あいつら」
「メルヴィの知り合いじゃないのか」
「話したでしょ。三日前、あたしを荒野に置き去りにした極悪人」
「ああ、なるほど」
鼻で笑うアルフレッドを、きつくメルヴィは睨みつけた。
*
洞窟に入って、しばらく経つ。
タイミングよく広いところに出て、二人は休憩を取ることにした。
メルヴィは手ごろな石の上に腰を下ろす。アルフレッドは壁にもたれることに。
足場が悪く、入り組んでいるため、ろくに進んだ実感はない。疲労だけが着実に積もっていく。
「意外と強いわね、ここの魔物」
「そうか?」
「アンタに言うんじゃなかった……」
昨日のレベル上げ時みたく、メルヴィがトドメだけを担うという戦法は機能していなかった。
全体的に、モンスターの魔法耐性が高い。森で見たものとは違って。
さらに、このワークハロワ地方の冒険難度はD。モンスターのランクもそれ相応。強いてあげるとすれば、先のゴーレムが強敵の部類に入る。
だがここは――
「またきた」
「ハウンドコウモリだな」
人間の子どもくらいの獰猛な蝙蝠型の魔獣。翼は刺々しく、胴体部分は丸々として短い手足がついている。
「ほら、メルヴィ。フレイム」
「何言ってんのよ! こいつ、炎耐性あるじゃない」
「まあまあ見てろって」
剣で敵をいなしながら、アルフレッドはステップを刻む。
そこに敵を躱す意図はない。あるいのは別、デバフスキル、『ヒエヒエの舞』。敵をシラけさせることで、火炎属性の攻撃を効きやすくする。
「ほら、今だって」
「ええっ、わ、わかったわよ……ええと、『ふれいむ』!」
自信なさげに、メルヴィは呪文を紡ぐ。
現出した火球は、ヘンテコな軌道で飛んで行ってしまった。
「…………まあ、次があるさ」
「ご、ごめんなさい」
ハウンドコウモリはアルフレッドが一太刀で葬ったのだった。
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