第14話 初めての共同作業

「だーもうっ、どうして倒しちゃうかな!」


 深い森の中、女性の甲高い怒声が響き渡る。


 メルヴィが眉を吊り上げて、戦闘を終えた踊り子を睨んでいた。


 剣を納めながら、アルフレッドはゆっくり振り返る。彼の前には、蛇の魔物が横たわっていた。


「みねうちのつもりだったんだが」


「何がみねうちよ! どっから見ても、致命的な一撃だっての」


「そんなことはない。軽く振った」


「……まったく」


 腰に手をついて、メルヴィは苦々しげに息を吐いた。頬を膨らませたまあ、自らのブーツのつま先を見つめる。


 完全にいじけていた。

 無理もない。これと同じことが立て続けに起こること、七度目。こちら側がお願いする立場だとわかっていても、メルヴィとしては不満が募る。


「……やっぱり、最初の作戦通り、俺が『スヤスヤダンス』を使うから、その隙を狙ったらいいんじゃないか」


「見てなかったの? 見事に失敗したじゃない!」


「それは俺のせいじゃない」


「ぐ、ぐぬぬ……言い返せない」


 森に来て一度目の戦闘。相手は弱いスライム。踊り子は見事にモンスターを眠らせることに成功。

 後は、今悔しがっている魔法使いがトドメを刺すだけだったのに。


「フレイムって、最下級の火炎魔法だった覚えがあるんだが」


「そうよ、その通りです! なんてたって、『魔法使い』の転職特典ファーストギフトだもの」


「転職特典って、初めてその職業が最初から有しているスキルのことだよな。他の魔法は使えないのか?」


「…………聞かないで」


 彼女は顔を強張らせて、唇をキュッと噛んでしまった。


 その様子を見て、アルフレッドはつい踏み込み過ぎたか、と反省する。さっと周辺に目を配ってから、森の奥へと歩き出した。


 ほどなくして、メルヴィも続く。


「ジョブチェンジしてどれくらいになるんだ?」


「えーと、どうだろ……い、一カ月くらい、とか」


 誤魔化そうと思ったものの、彼女は正直に答えることに。すでに醜態をさらした今、取り繕う意味はあまりないように思えた。


 一月、アルフレッドは小さく繰り返す。それほどまでに、魔法使いは極めるのに難しいジョブなのだろうか。彼にはよくわからなかった。


 実際には、平均的な冒険者だと、基礎職を極めるのには二週間ほどかかる。もちろん、短期間に多くの魔物との戦闘をこなせるのなら、もっと短くはなるが。


 だがメルヴィは未だ、レベル1のまま。これはいくらなんでも遅すぎると言えた。


 彼女自身もそのことはわかっている。ジョブチェンジの時にも、自らの適性のなさは見せつけられた。

 それでも、賢者になるという夢を諦めようと思ったことはない。


「――っと、ワータイガーだ」


「なかなかの強敵じゃない。今度こそ頼むわよ、アルフレッド!」


「いっそのこと、素手で挑んでみるのも悪くないか」


 小さく呟いて、アルフレッドは唇の端を曲げる。


 そのまま軽やかなステップを刻み始めた。



          *



 夜になって、二人は街の冒険者サロンに戻ってきた。メルヴィがよく利用する、パーティ仲介所もこの建物の中にある。


 用があるのは食堂。冒険者たちで溢れる中、二人は適当なテーブルで向かい合っていた。


「……はあ。全然ダメだわ、こんなんじゃ」


「そうか? 最後のフレイム、なかなかいい線行ってたぞ」


「ホントっ!? って、いいわよ、そんな見え透いたお世辞は」


「そんなつもりはないけどな」


 やれやれと首を振ってから、アルフレッドは豪快に鶏肉に齧りつく。


 今日の戦果と言えば、この踊り子は上々。対して、そっちの魔法使いは散々。食事の進み具合にもそれが表れている。


「実際、最後には何匹か、倒せただろ」


「そうだけど。でも、レベルはさぁ」


「上がってないのか。残念だな」


「いいわよね、そっちはもう一つ上がってて」


 メルヴィは嫌みったらしく言って、フォークでブロッコリーを突き刺した。そのまま、怠慢な仕草で口に運ぶ。


「ってかさ、どうしてそんな踊り子がいいわけ? アンタだったら、もっと他の人気職にもつけるだろうに」


「だって、踊りは人を感動させられるだろ? この間初めてプロの技を見て、俺は衝撃を受けた。昨日の、メリッサのダンスもそうさ」


 嬉しそうに語るアルフレッドの姿に、嘘くさいところはない。

 彼は単純に、そんな子供みたいな憧れから踊り子を選んだ。あの船で見たショーに激しく影響されていた。


 理解はできないものの、メルヴィは納得する。絶望的に向いていないというわけでなし、他人がとやかく言うべきことではない。そんな分別は彼女の中に、しっかりとあった。


 もしかすると、惜しいと思う人間もいるのだろうけど。きょういちにちすごしただけで、アルフレッドのずば抜けた才能は彼女の目にもよくわかった。

 きっとこういう者が、賢者やそれこそ勇者に至るのだろう。ちょっと惨めな気分になったのは事実。


 でも、才能なんていう言葉に負けたくないメルヴィだった。

 あれこれ考えている内に、すっかりと元気に。スープを飲み干して、力強く器を置く。


「おかわり!」


「セルフだろ。俺はいかないぞ」


「うっさいわね。気分の問題よ」


 毒づきながら、彼女は器を持ってカウンターの方へ。この『謎のキノコをブロッコリーのポタージュ』は久々の当たりだった。

 その割には、鍋の中に大量に残っているのだが。


 その道すがら、四人パーティの世間話が彼女の耳に入ってきた。


「あれらしいぜ。あのクエスト、未だに達成者なし、とか」


「マジで? あれだろ、大量のジョブ経験値が報酬の」


「挑戦している奴も、最近めっきり減ったしなぁ」


「どうする、俺たちもやってみる?」


 しばらくクエスト掲示板を見ていなかったせいで、メルヴィはそんなクエストの存在を今の今まで知らなかった。


 知った今、もはやポタージュどころではない。

 慌てて来た道を引き返して、口いっぱいにパンを頬張る相棒のもとへ。


「アルフレッド、明日はクエストを受けるわよ!」


「くえすと?」


「……アンタって、ほんと物を知らないわね」


 深くため息をついて、苦々しく先輩冒険者はかぶりを振るのだった。

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