第13話 高みを目指して

 あらくれギルドとの対峙が終わり、一行は劇場の中へと戻った。店の準備がある酒場の主人と裏方を残して、ダンサーチームは控室へと下がる。


 輪の中心には、先ほど屋根から華麗な飛び降りをして見せた女性がいた。


「ふうん。アンタが新人ダンサー。男の子とは、また珍しい趣向で」


「彼、ジョブチェンジしたばかりでね。神殿から紹介を受けて、採用したんだ。ちょうど、新しい風を吹かせたいと思ってたし」


「このご時世に現場実習を選ぶなんて殊勝ねぇ」


 一度支配人の方を向いた顔が、今度は新人アルフレッドの方を向いた。どこか挑むような笑みを浮かべている。

 

 他人の容姿を気に留めないアルフレッドでも、その容貌にドキリとしてしまった。女性は見惚れてしまうほどに美人。もちろん、この部屋の中にいる同僚たちも奇麗ではあるのだが。美貌がずば抜けている。


 サイドアップにした紫色のウェーブが決まった髪、堀の深い顔立ち、切れ長の瞳、ふっくらとした唇、透き通るような白い肌。ドレスは大胆に胸元が空いて、レースの飾りが短い裾の方まで斜めに入っている。高いヒールを履いていて、目線の高さはアルフレッドと同じくらい。


「で、あなた、名前は?」


「アルフレッド。そっちは?」


「ぞんざいな聞き方ねぇ……教育が行き届いていないようね」


「ア、アルフレッド君。この人はメリッサさんといって、うちのトップダンサーなの」


 視線を送られた踊り子の一人が、アルフレッドの首根っこを掴んで耳打ちする。その顔には、微かな狼狽が表れていた。


「ダンサーね、それはいったいいつの話をしているのかしら。私はついに、アイドルにまで到達したというのに」


「す、すみませんでした!」


「……アイドル?」


「あら、知らないの? 踊り子の先にある上級職よ。他に、吟遊詩人と芸術家を極める必要があるけれど」


 メリッサが補足を入れた二つの職業について、彼は聞き覚えがあった。初めて神殿を訪れた日に、あのうら若い神官に説明を受けたものだ。


 思わず気になって、彼は道具袋から自分の転職記録帳を取り出す。ページを手繰ると、先に吟遊詩人に辿り着いた。

 歌により仲間を鼓舞し、敵にバッドステータスを付与する、ジョブとある。どう読んでも、支援職タイプ。

 芸術家は、絵画や彫刻など美術品に纏わる職業だ。対モンスター用のスキルとしては、『審美眼』敵の力量を正確に測る。


「で、そっちのちんちくりんな方は?」


「誰がちんちくりんよ! あたしはメルヴィ・スイート。いずれ、大賢者に至る者よ」


「今はただの見習い魔法使いだろうが……」


「ふふ、私、そうした大言壮語は好きよ。頑張りなさいな、お嬢さん」


「うぅ、なんかすっごい下に見られてる気がする」


 身長差のために見下ろされてるから、メルヴィはそう感じてしまうのだろう。眉間に皺を寄せて、ちょっと微妙な表情をみせる。


 実際には、メリッサの言葉に他意はなかった。彼女は心の底から、このちんまい魔法使いを応援していた。


「とりあえず、アルフレッドの実力、見せてもらいましょうか。コンペも近いしね」


「コンペって……」


「細かい話は後。さあ、ステージに向かうわよ!」


 困惑する新人の腕を引っ張って、メリッサは部屋を出た。

 残された面々は、苦笑しながらその後に続いていく。



        *



 音楽が終わると同時に、アルフレッドは最後のポージングを決めた。


 思わずメルヴィは拍手を送る。彼女の目には、その舞いはとても完璧なものに見えた。

 他のギャラリーも続々と称賛を込めて手を叩く。


 ただ一人。メリッサだけが渋い表情を浮かべていた。腕を組んで、片目をぎゅっと閉じたまま。


 汗を拭いながら戻ってきたアルフレッドは、すぐにその様子に気が付いた。


「どこか問題でも?」


「いいえ。色々と惜しいな、って」


「惜しい……?」


「あなたの職業レベルは今いくつかしら」


「5だな」


「5!? アルフレッドくん、きみが踊り子にジョブチェンジしたのって、三日前じゃなかったかい?」


 どよめく支配人の問いに、アルフレッドは首を縦に振った。

 ジョブチェンジを果たしたその日に、この『ワンワンニャンニャン』にやってきて、仮採用。そこでレッスンをして、昨日にステージデビュー。

 それだけでも異例の早さなのだが――


「もう折り返し地点だなんて早すぎる!」


「やっぱりね。その踊りを見て、レベルの高さはよくわかった。ただそこにあなた自身が追い付いていない。踊り慣れていない、というのかな。身に着けたスキル、そんなに使ってないでしょう?」


「まあそうだな。『クルクルの舞』とか『スヤスヤダンス』とか、人に使うスキルじゃないだろ」


「だから普通はモンスターと闘ってレベルを上げるのだけれどねぇ」


 ショクギョウレベルを上げる方法には二種類ある。


 一つは今アルフレッドがしているように、ジョブの本来の在り方に従って活動すること。これは非戦闘職だと、特にやりやすい。例えば、商人だった商売をする、ギャンブラーだったらカジノに入り浸る、など。

 欠点は、レベルが上がりにくいこと。だから、アルフレッドがこの短期間のうちにここまで成長しているのは、例外的と言える。


 もう一つは、メルヴィがしているように、たくさんの戦闘経験を積む。その際、そのジョブに纏わるスキルを使って。

 モンスターが手強くなる程、スキルの使用回数が増すほど、レベルは上がりやすい。

 ……この場にいる見習い魔法使いは一向に成長していないが。


「そんなんじゃ、次のコンペを勝ち抜くのは無理ね。期待していたんだけどなぁ」


「なあ、さっきも訊いたけど、そのコンペってのは」


「街を上げて行う、大規模なダンスイベントよ。優勝者はメリッサさんとのダンスバトルの挑戦権を得ることができる」


「メリッサは大会には参加しないのか?」


「ええ。私が出ちゃうと、みんながくすんでしまうもの」


 くすりと笑うと、『ワンワンニャンニャン』のトップダンサーはステージ中央に歩み寄った。

 びしっと姿勢よく立ち止まると、パチンと大きく指を鳴らす。


 音楽が鳴りだして、彼女はステップを刻み始めた。そのまま手ぶり身振りを付けていく。

 振り付けはアルフレッドが披露したものと同じ。


 スポットライトの光に照らされ、彼女の肢体がキラキラと浮かび上がる。妖艶で清らか。大人っぽく幼げ。大胆かつ儚く

 観客の心に強く訴えかけ、様々な感情を抱かせる。


「……全然アルフレッドと違うわね。一つ一つの動作が丁寧で、指先まで洗練されてる。なんだろう、自然体っていうのかな。そこにいるのが当たり前、っていうか」


「うん。やっぱりメリッサさんはすごい! アイドルやって、さらに表現力に磨きがかかってるわ」


「こりゃ、早速凱旋公演組まないと!」


 素人のメルヴィにすら、その違いははっきりとよくわかった。つまり、それほどまでにメリッサのダンスが圧巻ということ。


 アルフレッドは、目を離せずにいた。同じことをやっているのに、ここまでさが出るとは……。

 愕然とすると同時に、少しだけ嬉しくなる。まだまだ自分は高みからは程遠いと知って。

 これは、アカデミーでは決して味わうことのできなかった感覚だ。


「ふぅ、ちょっとオトナゲなかったかもね」


「ありがとう、参考になったよ。そうか、スキルをもっと使わないとダメか……」


「そうよ、せっかく身に着けたんだし、シアターで披露するだけじゃもったいないわ。だから私もこうして旅に出ることにしたのよ」


 職業を極めるということは難しいものだ、とアルフレッドはようやく知った。

 その今、彼には次の目標が出来上がった。


 まだ惚けている見習い魔法使いに向かい合う。


「さっきの話だけど、まだ有効か」


「へ……? あ、ああ。パーティを組むって話ね。しょうがないなあ、組んだげるわ」


「ああ、よろしく頼む」


 こうして、未熟な踊り子と魔法使いは握手を交わした。

 それぞれジョブの高みを目指すという目的を共にして――

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