第12話 波乱の匂い

 アルフレッドは目の前に座る、自称賢者の卵を観察していた。

 二人が今いるのは街角のカフェ。街をよく知るメルヴィが案内した。


 アルフレッドと同年代くらいだろうか。小柄だが、幼さは感じない。奇麗めな顔立ち、軽くウェーブがかかった赤髪は肩ぐらいの長さ。深緑色のローブによく生えている。

 衣服がゆったりだから、正確な身体つきは不明。ただスカートから突き出た足はきゅっと引き締まり、居ずまいは武道の達人っぽさを醸し出している。


「あたしは立派な賢者になりたいの。そのためには、たくさん戦闘経験を積む必要がある」


「そんなになりたいんだったら、アカデミーに行けばいい。そっちのが、手っ取り早くないか」


 勇者以外にも、特定のジョブを身につけるためのアカデミーは複数存在する。アルフレッドが口にしたのもその一つ。

 いまいち世俗に疎い彼がその存在を知っていたのは、二つの学園に交流があったため。

 かたや総合職のトップ。かたや魔法専門職のトップ。互いにプラスの方向に相乗効果が期待できる、というわけだった。


「キミに言われるまでもなく、行きましたとも! ただちょっとレベルがね、あたしに追いついてなかったというか」


「なるほど、入学試験に落ちたのか」


「うるさいっ、はっきり言うなっ!」


 メルヴィは勢いそのままに机を叩いた。机上のカップの中身が揺れる。

 その物騒な音に、店内の誰もが視線をやった。

 もう少し騒がしければ、店の人間がやってきてもおかしくはない。事実、彼らはカウンターの奥で、緊張に身を固くしていた。


「悪かった。謝る」


「じゃあお詫びに、あたしとパーティを組んで」


「それは無理だ。俺は踊り子としてやってくって決めたんだから」


「……うそでしょ」


 メルヴィは口をあんぐりと開けた。アルフレッドの言うことが、まったく信じられなかった。

 ただ相手の発言を不審に思ったのは、彼女だけではない。


「どうしてそう思った?」


「てっきり腰掛けかなって。次のジョブを目指すための」


「なるほどな。強くなるために、ジョブチェンジを繰り返す人種がいるってのは聞いた」


「あなたもそうじゃないの? 昨日の技、武闘家職の上位技だったと思うけど」


「そうなのか?」


「無自覚とか……」


 メルヴィはとてみ苦々しげに吐き出した。

 聞く人が聞いたら怒り出すだろう。本人に悪意がなさそうなのが、またタチが悪い。


「じゃあ様々ななジョブを修めてきた、ってわけじゃないね?」


「ああ、この踊り子が初めてだ」


「その割には、昨日のあらくれとの闘い見事だったけど」


「やめてくれ。褒めるならダンスの腕にして欲しい」


「もともとそのつもりじゃないけどね!」


 アルフレッドはガッカリしてため息をついた。まだ駆け出しの身としては、色々と批評の言葉が欲しいところ。

 支配人や同僚は、初舞台としては最高だったと言ってくれた。その次には話題は、あらくれ退治に変わっていたが。


 沈黙が続く。周りの客の話し声や食器の擦れる音がはっきりとした存在感を示す。


 見込みが外れたメルヴィは、どうやって話を進めようか考えていた。なんとかして、この男とパーティを組みたい。彼女にはもう後がない。

 眼前の高レベル冒険者を逃したくなかった。


「ともかく——」


「いたっ! アルフレッドくん、大変よ」


 店内に、女性が飛び込んできた。とても必死な形相で。

 派手な服装、飛び抜けた美貌の彼女は、昨夜ステージに上がった踊り子の一人だった。



         *



 酒場兼劇場の前に、強面の男たちが集まっていた。その中に、アルフレッドがのした二人もいる。

 そして相対するはちょび髭の支配人を筆頭とした、劇場の面々。男は支配人の他、酒場の店主だけ。


 ただならぬ雰囲気が漂っている。

 集まってきた人たちは遠巻きに眺めるだけ。


 そこへ、ようやくアルフレッドとメルヴィが到着した。


「支配人、アルフレッド君、呼んできました」


「おお、すまない」


「別に構わないですけど、何事ですか?」


「アンタか、昨日うちのモンを痛めつけてくれたのは」


 強面軍団から、一人の男が進み出てきた。周りよりも一際ガタイがよく、厳めしい。その顔には頭から頬にかけて二本の傷が走っていた。

 彼がこの一団のトップだった。部下たちが恭しく頭を下げている。


「ステージで暴れまわっていたのを止めただけだ」


「ふざけんなっ、限度ってものがあるだろ!」


 喚きながら出てきたのは、昨日のあらくれの一人。松葉杖をついて、足にはわざとらしく包帯が巻かれている。


「こいつは、名うての冒険者でな。おかげでうちのギルドは商売あがったりだ。どう落とし前つけてくれんだ?」


「ステージを台無しにしようとした方が悪いだろ、そんなもん」


「てめえっ……!」


 おずおずと進み出た松葉杖を、ギルドのマスターは軽く手で制した。力なく首を振る。

 やや毒気が抜かれた顔で、松葉杖はずるずると後ずさりしていった。


「落ち着け。なるほど、踊り子とか聞いていたからとんだ優男と思ったが、なかなかに肝が据わってやがる。にいちゃん、ただの踊り子じゃねえな」


「……いや、俺はしがない踊り子だよ。このシアター・ワンワンニャンニャンの新米ダンサーさ」


 真剣な雰囲気の中、部外者のメルヴィは吹き出しそうになった。

 この酒場に通ってしばらくするが、そんなへんてこな名前の劇場が併設されていたなんて初耳。彼女が来るときはいつも空っぽだった。


 ギルドマスターはくすりともしない。ただアルフレッドの顔を凄むだけ。その鋭い形相からは、冷たく残酷さの一端が滲み出ている。


 空気はまさに一触即発。ピリピリとした雰囲気に、踊り子たちもあらくれたちもややハラハラしていた。


 劇場にカチコミに来たのは、この街で最も悪名高い冒険者ギルド。その名を訊けば泣く子も黙る。

 事実、踊り子たちも野次馬たちも先ほどから縮み上がっている。


 だが、アルフレッドはそんなことを知る由もなく。またメルヴィも、そんなものを怖がるほど、乙女チックではない。

 拳をポキポキと鳴らしながら、新米踊り子の方を見上げた。


「やるなら助力したげよっか、アルフレッド?」


「そっちの嬢ちゃんもなかなか見込みがあるじゃねえか。……今日のところは帰るぞ、お前ら」


「で、でもよ、マスター……」


「もともと大騒ぎするわけにもいかねえだろ。神殿兵の連中が来たら面倒だ」


 ギルドマスターがくるりと身を翻す。

 ぞろぞろとメンバーが後に続いていった。一部はアルフレッドの方に睨みを利かせながら。


 一団がいなくなって、野次馬も散り散りに去って行った。


 ようやく落ち着きを取り戻して、だれかれともなく安堵の息を漏らす。


「なんだったんだ、あいつら」


「……はぁ。厄介なことになったなぁ」


「すまない、おっさん。俺のせいで」


「いや、アルフレッド君のせいじゃないよ。まあ向こうも、あからさまに馬鹿なことはしないと思うし」


「あの、支配人。そろそろ、メリッサさんが戻ってくる頃じゃあ」


「し、しまった、忘れた! 街の入口まで出迎えに――」


「その必要はないわ」


 よく通る声と共に、誰かが建物の屋上から飛び降りてきた。

 見事な一回転を決めて着地する。


「全く誰も来ないから来てみれば、なかなか面白いことになってるじゃあないの!」


 真っ白いドレスに身に纏い、頭に大きな花盛りをつけた、長身の美人がそこに立っていた。

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