第11話 思い悩む乙女
下宿を出た頃には、とっくに昼が過ぎていた。
二日酔い特有の頭痛を感じながら、メルヴィはパーティ仲介所にやってきた。
ワークハロワに来て、もう一月。だというのに、彼女は未だ魔法使いすら極められていない。
目標とする賢者になるための道のりは、依然長く険しいままだった。
昨夜はついやけ酒におぼれてしまったものの、休んでいる暇はない。今日も今日とて、熟練度を上げるためにモンスター討伐へ。そのための仲間を募集するため、仲介所に向かう。
それが彼女のここ最近の日々。同じことの繰り返し。その割に進歩がないことをはっきり悟って、焦りや苛立ちが募っていく。
だが今日は、いつもと勝手が違った。
「は!? どうしてあたしに紹介できる案件がないっていうのよ!」
「いや、あのですね。その、クレームが……」
受付嬢は気まずそうに目を逸らす。真新しい制服に身を包んだ彼女は、やや幼げで新人っぽい雰囲気。
なおもメルヴィは食い下がる。カウンターに身を乗り出すようにして。
「クレーム……ああ、昨日のあいつらね。でも、お互い様よ、あんなの。あたし、途中で契約切られて、置いてかれたのよ!」
「ええっ! それは大変でしたね。ううん、そういうことなら――」
「こら、なに押し切られてるの」
もう一人、別の受付嬢がやってきた。新米を叱責するように、その顔は険しい。当初応対していた受付嬢とは違い、こなれた感じが漂っている。
メルヴィはその姿を見た瞬間に顔を歪めた。何度も何度も顔を突き合わせた仲だ。こちらの新米とは違い、なかなかの手練れ。
「ないものはないの。昨日の話だけじゃなく、メルヴィ、あなた散々騙してきたらしいじゃない。自分が賢者だって」
「そ、そんなことないわよ。ちゃんと賢者見習いだって」
「またそうやって誤解を生みそうな表現を……実際には、ひよっこ魔法使いでしょ。いいように言わない」
はっきりと言いきられて、メルヴィはぐっと怯む。前のめりだった姿勢が、今度は大きくのけぞった。
先輩受付嬢は、腕を組んでため息をつく。
「ということで、あなたはもうすっかり要注意人物なの。あんなへっぽこ魔法使いと冒険できるかってね。紹介できるのは……そうね、昨日一昨日旅に出たばかりの新人さんくらいかしら」
「……なによ、あるんじゃない」
「本当にいいの? あなたの方が先輩、つまり頼られることになるのよ。それに相応しい実力が、おありなのかしら」
腰に手をついて、受付嬢は挑むような笑みを浮かべた。メルヴィの実態についてはよく知っている。
今度たじろぐのは、メルヴィの番だった。
「う、ううう、それは……」
「第一、一人じゃろくに魔物を魔法で倒せないから仲間を募ってるんだものね。本末転倒か、これじゃ」
「……な、なによ、そこまで言わなくてもいいじゃない」
「そうですよ、先輩。メルヴィさん、ちょっと涙ぐんでます」
「泣いてないし!」
「……ともかく。しばらくは街で大人しくしてなさい。簡単めのクエストこなしながら」
「うぅ、わかったわよぉ」
ぐずぐずと鼻を啜りながら、その場を後にするひよっこ魔法使い。その足取りはとぼとぼとして思い。
その姿を、先輩受付嬢は呆れて、後輩受付嬢は心配そうに見送る。
メルヴィの賢者への道はまた一歩遠のいたのだった。
*
下宿へと戻る道中、メルヴィは謎の人だかりができているのを発見した。
町人や冒険者が何かを中心にして集まっている。時折、歓声が上がったりして、かなり盛り上がっている様子。
メルヴィは思わず足を止めた。
手近なところにいた女性に話しかける。
「ねぇ、何をしているの?」
「大道芸よ」
「ダイドーゲー?」
「ほら、男の人がパフォーマンスをしているの」
ちょうどよく、前方に隙間ができた。そこから、さっと何かが横切るのが見えた。
目で追っていくといきなり止まる。その場でくるっとターン。
「すごい腕前よ。きっと名うての踊り
「……あれって。ありがとね、教えてくれて」
女性に礼を告げて、メルヴィは人ごみに身体をねじ込んでいく。元々小柄かつ、身のこなしに自信がある彼女にとっては朝飯前。
やや迷惑がられながらも最前列に来ると、ようやくその全容が彼女の目にも明らかになった。
「キャー、かっこいい」
「決まってるぞ~」
「おにいちゃん、すごーい」
アルフレッドが路上で踊っていた。その軽やかな動きは健在。むしろ磨きがかかっている。
鈍い痛みを頭に感じながら、その風景が昨日と同じことを思い出すメルヴィ。
ここで会ったら何とやら。彼女は完全に足を止めて、男のダンスが終わるのを待つことに。
「ありがとう」
アルフレッドの前に置いてある、口の開いた袋におひねりが投げ込まれていく。効果がぶつかる小気味いい音が辺りに反響する。
「ちょっといいかしら」
人々が完全にはける頃を見計らって、メルヴィはアルフレッドの前に立ち塞がった。胸をしっかり張って、自信満々な様子で。
腰を曲げていた彼はすぐに顔を上げる。眉根を寄せて、不思議そうに彼女に焦点を合わせる。
「感想を言いに来た……わけじゃあなさそうだな」
「ええ。キミに興味があって」
「興味?」
「あたしはメルヴィ・スイート。最強の魔法職『賢者』の卵よ」
「へえそりゃすごい。で、その賢者様が何用だ?」
「スカウトしに来たの。その戦闘能力を見込んで」
「すかうと?」
メルヴィの言葉を繰り返した、アルフレッドはそのまま口をぽかんと開けた。事態がまるで飲み込めていなかった。
踊り子が困惑するのをよそに、メルヴィは予期せぬ幸運に感謝していた。自らの名前を訊いても嫌そうな顔をしなかった彼に、とても大きな可能性を感じていた。
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