第10話 舞い踊る落ちこぼれ
小刻みなステップ、軽やかなジャンプ、奇麗なターン。男は音楽に、ぴたりとつきまとう。
アルフレッドの舞いは見事なものだった。とても、つい二日前に踊り
初めこそ戸惑っていた観客たちだったが、いつの間にかその華麗なダンスに魅了されていた。
圧倒的少数の、女子たちが黄色い歓声を上げさえしている。
メルヴィも、じっと見入っていた。年の頃は自分と同じか、それよりはちょっと下だろうか。地味な顔立ち、平凡な体格、取り立てて特別なところはないのに、目を離せない。かなりの腕前に感じた。
「いいぞ~、にいちゃーん!」
「若いのにやるじゃねえか!」
「かっこいいわよぉ」
「脱げー、脱げー!」
熱気はすっかり元通り。この新人踊り子を疎む者は誰もいないようだった。
元々この街は旅人が多い。どの分野にあっても、つい快楽の虜となってしまいがち。身もふたもない言い方をすれば、楽しければなんでもいいのだ。
音楽の終わりと共に、アルフレッドはポーズを決める。弾けるような笑顔、微かに汗が伝い、少しばかり肩が上下。踊りの意外な激しさを物語っていた。
拍手喝采、大歓声。会場は今日最大の賑やかさを見せていた。その熱気たるや、あるいは雲でもできそうなほど。まさに興奮冷めやらぬ。
静かに酒を嗜んでいた、他の客たちもいつの間にか大盛り上がり。観衆の数も増えていた。
アルフレッドの初ステージは大成功に終わった、といってよかった。胸いっぱいの達成感と共に、懸命な様子で頭を下げる。
そのうちに、奥に下がっていた他のダンサーたちも現れた。笑顔で観客に向かって手を振っている。
「ではこれにて、本日の――」
「待てや、ごらぁっ!」
司会者が終了の挨拶をしようとしたところ、どこからか厳めしい大声が飛んできた。
遅れて、観客たちの集団に荒波が起こる。
見るからに『あらくれ』といった風貌の、二人組の男がステージに上がり込んだ。
真っ赤な顔、時折出るしゃっくり、焦点の合わない目。どうみても、酔っ払いである。
「やいやい、なんだ今のは! 俺たちはねーちゃんのエロいダンスが見られるって来てんだいっ!」
「それがこんな、優男のヘボヘボ踊りを見せつけられるなんて、ふざけんじゃねえっ!」
「お、お客様。どうか落ち着いて。ステージに上がら――」
「うるせぇっ! どう落とし前つけんでえっ!」
男の一方が、背負っていた棍棒を構えだした。
すると、神妙な様子で見守っていた客たちも一斉に騒ぎ出す。歓声は悲鳴に変わった。
壇上の人々は、蛇に睨まれた蛙のように動けずにいた。男たちとの距離が、あまりにも近すぎた。
「おい、待て。早まるな」
「物騒なことはするんじゃない!」
「うるせぇっ! 俺はな、俺はな、本当にこのステージを楽しみにしてたんだ。それがちょっと遅くなって、急いで来てみたら、男が踊ってたんだぞ! その俺の悲しみが、お前らなんかにわかるか!」
男の叫びは悲壮感に満ちている。
しかし、それは勝手な話だ。そもそも間に合うように来ていればいいだけの話。実際、つい数分前までは、絶世の美女たちが舞を披露していたわけで。
場内は、たちまち残念な空気に包まれていた。
だが、それを言い出せる雰囲気ではない。
男はただならない様子。目の端に悔し涙を浮かべながら、震えるほどに武器を握りしめている。
ここに集まるのが冒険者たちといえど、今はみな酔っ払い。さらに、構図的に司会者や残ったダンサーに被害が及ぶ可能性すらある。
だからすっかり及び腰。
そんな中メルヴィは、すっかりその酔いを醒ましていた。いつ男たちを止めに入ろうかと様子を窺っている。
たまりにたまった鬱憤を晴らすチャンスだとさえ思っていた。彼女は
だが、そんな魔法使いよりも先に、動き出した人物がいた。
「待て」
「てめえはっ……!」
「俺の踊りが気に食わなかったのなら謝る。だからこんな危ないことはやめろ」
「なに勝手なこと言ってやがる。大人しくしてろっ。オラたちはそこの美人なねーちゃんたちに用があるんだ!」
素手の方がアルフレッドに襲い掛かる。
だが、彼はそれを軽やかな足捌きで躱してみせた。踊り子の
そのまま攻撃の隙を狙って、頭に回し蹴り。男の巨漢が大きく吹っ飛んだ。
「てめえっ、舐めたマネを!」
「先に仕掛けてきたのは、そっちだろ」
アルフレッドはまたしてもスカスカダンスを披露する。
未だ残るギャラリーはスタンディングオベーション。一種のショーが出来上がりつつある。
先の徒手空拳、そして今の棍棒と、大ぶりな攻撃とこのスキルは非常に相性がいい。
それでも、踊り子としては入門のスキル。ここまでの効果を発揮するようなものじゃない。
高い身体能力を持つアルフレッドが使うからこそ、高いレベルへと昇華していた。
それに気づく者は、一人を除いていない。
(あの人、相当レベルが高いんじゃ……)
メルヴィは新人ダンサーの一挙手一投足をしっかり目で追っていた。魔法の腕はからきしでも、体術的要素には目が肥えている。本人にとっては、非常に忌まわしいことだが。
やがて、あらくれが動きを止めた。膝に手をついて、肩で大きく息をしている。冒険帰り、さらにアルコールが入っていることもあり、限界は割とすぐ近くにあった。
「もう終わりか? じゃあほら、さっさとそこの奴を連れて帰れ」
「ふざけるなよっ、小僧が!」
最後の力を振り絞って、渾身の一撃を放とうとする。男は鈍器使いだった。棍棒のような重武器を専門とするジョブ。
そのスキルの一つ『脳天かちわり』を使った。文字通り、モンスターを頭上から粉砕する必殺の一撃だ。
瞬間、アルフレッドは回避を諦める。その一撃が届く前に懐へ。
「ここは、ダンサーにとって聖地なんだ。これ以上、荒らさせるわけにはいかないな」
正拳が鈍器使いの鳩尾を正確に捉えていた。
男の口がだらしなく開き、短い息とともに涎が零れる。そのままゆっくりと壇上に倒れて行った。
「おお! よくやったぞ、にーちゃん!」
「すごいわぁ、ぼうやぁ」
「みなさん、このアルフレッドに盛大な拍手を!」
演舞が終わった時よりも、喝采は激しかった。
誰もがその勇姿を讃える中、メルヴィだけはアルフレッドに個人的な興味を抱いていた。この男、タダモノではない、と。
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