第9話 選ばれたのは
ワークハロワ神殿近くの荒野。
とある四人パーティがゴーレムと対峙している。
「よし、アンタ、いっちょ派手な魔法を頼む!」
「まっかせなさい! ええと、ころなっ!!」
たどたどしい口調で、魔法使いが呪文を口遊む。
火球がゴーレムに向かって飛んでいく。ユラユラと不規則な軌道を描きながら。『コロナ』という魔法の本当のありようからは程遠い。
結局、敵にヒットすることはなかった。
「おいっ、どういうことだ! あんた、見習い賢者とか言ってたじゃないか!」
「言ってる場合か、リーダー。今はこいつを何とかしないと……」
「そうだ、ボク、爆発玉持ってました!」
一際小柄な軽業師がポケットから魔法具を取り出した。掌サイズの黒い球体。弱い爆発魔法が込められている、市販のアイテムだ。
すかさずゴーレムに投げつける。
小さな爆発が起こり、土煙に紛れてパーティは戦闘から離脱した。
ゴーレムは物理防御が非常に高い。ちょっとの斬撃や打撃では倒せない。討伐ランクはD+。
このパーティは物理主体のチームだった。軽業師の他は、リーダーの剣士と武闘家。だからこそ、魔法使いを臨時のメンバーとして加えたのだが。
「どうなってるんだ!」
「い、いやぁ、調子悪かったのかも……」
「コロナなんて、魔法使いをすぐ辞めたボクでも扱えますよ」
リーダーに便乗した軽業師が魔法を使って見せた。
先とは違い、火球はまっすぐに飛行し近くの手ごろな岩石を砕く。
それを見て、魔法使いはとても気まずそうな顔をした。
「
「とんだハズレつかまされたな、リーダー」
「ちょっと、誰がハズレよ!」
「うるせーっ! ともかく、アンタとはここでお別れだ。ったく、仲介所に文句つけねーと」
ぶつくさと文句を言って、男たちは荒野を去って行く。詐欺師紛いの魔法使いは見捨てて。
残された彼女――メルヴィは頬を膨らませる。
「ちょっと、せめて街まで送っていきなさいよ! ひとでなしっ!」
*
「だーもうっ! ほんっと、やってらんない。何なのよあいつら。この将来の天才賢者をクビにするだなんて!」
「飲み過ぎだぜ、お客さん。もう五杯目じゃないか」
「飲まなきゃやってらんないっつーの! だいたい、お酒を出すのが、おじさんの仕事でしょう?」
「そうだけどよぉ」
ワークハロワ神殿の門前町。そのとある酒場のカウンターで、小柄な可愛らしい女性がクダを撒いていた。魔導服のフードを脱いだそれは、メルヴィその人である。
「たかがあんなちっぽけな火球魔法を使えなかっただけで、お払い箱なんて……おじさん、もう一杯!」
「飲み過ぎな客を窘めるのも、俺の仕事なんだがね……」
言いながらも、マスターはジョッキに酒を注ぐ。この一杯を最後にさせようと決めて。
やがて店内に陽気な音楽が流れ始めた。店の中がどっと湧きだす。カウンターの右手の方が特に賑やかだ。
「なに、うっさいわねぇ」
「そうか。お客さん、この日は初めてか」
「何か催し物でもあるわけ?」
顔を真っ赤にしたメルヴィが視線を横の方にずらす。そこにはステージがあった。
「ああ。週に二回、簡単なショーをやってるんだ」
「ショーねぇ……面白そうじゃない!」
一気にジョッキを煽るメルヴィ。口元を拭いながら席を立つ。
足元がおぼつかないのか、身体が大きくよろめいた。そのまま千鳥足で、ステージの方へ歩いていく。
マスターはため息をつきながら、見送った。
すっかり人だかりができている中を、構わず彼女は進んでいく。時折、屈強な男にぶつかりながら。
「うわっ、酒くさっ!」
「アンタは汗臭いわよ」
「強気な嬢ちゃんだなぁ」
近くの客と楽しくお話ししていると、照明が一気に落ちた。
代わりに、ステージ上にスポットライトが灯る。
タキシード姿のちょび髭が現れると、場内が一気に盛り上がる。
「レディースアンジェントルメン。お待たせしました。今宵も可憐なる舞姫たちのステージをお楽しみくださいっ!!」
野太い声が反響する。囃し立てるような指笛も。
メルヴィも一緒になって騒いでいた。
司会の男が下がって、今度は艶やかな衣装に身を包んだ女性の一団が現れる。肌面積が多く、飾り気の多いかなりキワキワな衣服。
みな一様に美しく、その肢体は豊満。男たちの欲情を盛大に煽る。
平時ならいざ知らず、今メルヴィはアルコール漬けだ。そのため、すんなりと目の前で繰り広げられる過激なショーに目を受け止めていた。
(あ、あんなことまで……こっちまでドキドキしてくるわね)
その顔の赤らみは、決して酒のせいだけではない。むしろその比率は、時を経るごとに小さくなっている。
羞恥、そしてほのかな憧れ。同性としては、その美貌やスタイルの良さが羨ましく思う。
ショーは確実に終焉へと向かっていた。客のボルテージも最高潮に達し、いよいよクライマックスを迎える。
「さて、みなさん。本日最後の演目は、ルーキーによる情熱的なダンス。どうか暖かく迎えられますよう。決して石などは投げつけないでいただきたい」
再登場した司会者に、爆笑が起こる。誰も気持ちが昂りすぎて、シラけるという言葉はこの場にそんざいしない。
拍手をしながら司会者は舞台袖へと。スポットライトがステージ中央に集まって、一瞬雰囲気が静まり返る。
果たしてどんな新人がやってくるのか、男たち—数人の婦女子含む—は心待ちにしていた。
「さあ、新人
司会の声とともに現れたのは、中肉中背の若者。バッチリ決まった髪型に、飾り付けの多いシャツにスラックスという姿はどう見ても男。
観客の誰もがその名前を知る由はないが、どうみてもアルフレッドだった。
彼は笑顔のまま元気に飛び出していく。観客たちが戸惑っているのなんて、まるで気にすることなく。
それが彼の初めて選んだ道だった。
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