第8話 ようこそワークハロワ神殿

 ワークハロワ神殿の朝は早い。朝日が昇り始めるや否や、敷地内に鐘の音が鳴り響く。

 起床した神官は神殿三階部分にある大広間に集められて、まず朝礼が始まる。


 壇上では、十数人の神官を束ねる長、神官長がありがたいご高説を垂れている。


「それでは今日も、人々を善き道へと導きましょう。そして、願わくは勇者がこの神殿から生まれんことを!」


 毎日毎日、同じ内容。多少、細かいところの文言は違うが。

 多くの神官が呆れてうんざりする中、新米神官のフィリアだけがキラキラと目を輝かせていた。

 彼女は使命感に燃えていた。生来の真面目さがが悪い方向に働いているのだ。


 そして業務が始まっていく。神官は担当ブースに散らばって、来訪者を待つ。その希望を聞いて新たな生き方を授けることが、彼らの最大の職務。


「では、偉大なる神イトアルバに祈りを。心の中で強く願うのです、『盗賊』になりたいと」


 フィリアのブースにやってきた旅人が、手を組み合わせて目を閉じる。同時に彼女は、彼の職業記録帳にスタンプを押した。

 天井から来訪者に向かって淡い光が降り注ぐ。これにて全ての儀式が完了した。


「はい、終了です。これから貴方は『盗賊』として生きていくことになります。貴方のこれからに幸多からんことを!」


「おおっ、よくわからないが、なんとなく『盗賊』っぽい感じがするぜ。今ならなんだって盗めそうな――」


「断っておきますが、あくまでも冒険に役立つスキルしか身につかないので、お忘れなきよう」


 フィリアはにっこりとほほ笑んだ。ともすれば、とても美しくて魅力的。

 だが、どこか有無を言わさぬ迫力があり、盗賊となった男は押し黙ってしまった。ぎこちなく頷くと、逃げるようにして退出していく。


 無事に転職ジョブチェンジの儀が終わり、新米神官はホッと胸を撫で下ろした。勤め始めて一月が経つのに、未だに緊張してしまう。

 そしてもう一つ。


「久しぶりにまともな人でよかったぁ」


 独り言ちつくフィリア。


 やれ、ぴちぴちギャルにしてくれとのたまうよぼよぼのおじいさん。

 やれ、大国の女王にしてくれとのたまう若さが取り柄なだけの女。

 極めつけは、神になりたいとのたまう不遜な聖職者。


 ワークハロワを、何でも願う場所と勘違いしている人間は意外と多い。

 それが神官たちを悩みの種になっている。特に、この新人にとっては。


 ちょっとリラックスしていると、扉がコンコンとノックされた。

 返事をすると扉が開き、美しい緑髪の娘が顔を覗かせる。ワークハロワ神殿の受付嬢だ。


「フィリア、次、いいかしら?」


「ああ、はい。すぐに準備します」


「またご新規さんよ、ごめんなさいね」


 受付嬢は柔和な笑みを浮かべながら、フィリアのブースの中に。

 応接机の傍らに立つと、持っていた資料を彼女に渡した。


 フィリアは素早く書面を眺めていく。新規の来訪者は、適性検査が行われる。受付嬢の持ってきたのは、これから来る者の結果。


「…………えっ! なんですか、これ?」


「ねー、びっくりよねぇ。あ、一枚貰うわね」


「ど、どうぞ」


 困惑するフィリアを横目に、楽しげな様子で机上のクッキーを受付嬢は手に取った。

 彼女もまた、初めてこの結果を見た時にはとても驚いたものだ。


「筋力、耐久力、魔力、賢さ、運の良さ、どれをとってもトップクラスのステータスランク。そして、あの、何かの間違いですよね?」


「まあわかるわ、その反応。あたしも機械の故障かな、と疑ったもの」


「全基本職の適正MAXとか、初めて見ました、わたし」


「同じく~、うぅん、やっぱ美味しいわ、これ」


 一枚だけのはずが、受付嬢は三枚もクッキーを腹に収めた。満足した様子で部屋を後にする。


「よろしくね~、フィリア」


「は、はい、任されました!」


 控えめに敬礼をして、フィリアは椅子に座り直した。机の下から新品の転職記録帳を取り出す。

 先ほどの検査用紙を表表紙のすぐ後ろに挟めると、分厚い冊子が輝き始めた。


 彼女は至極緊張していた。


 まさしくこれから来る人物は一流の冒険者だ。これほどまでの逸材が、なぜ今まで神殿を利用していなかったのか。

 偏に、各地にでき始めた上級職専用のアカデミーが影響しているのだろう。神官長なんかは、その風潮に明らかな嫌悪を示していた。


 それはまあ当たってるのだが、ともかくフィリアは固唾をのんで扉が開くのを見守っていた。


「どうぞ」


「失礼」


 やがてやってきたのは、どこにでもいそうなありふれた容姿の男冒険者。検査の結果がもっと信じられなくなる程の平凡さ。


 フィリアはちょっと拍子抜けしてしまった。何度か上級職経験者を見たことがあるが、誰もそれなりのオーラを放っていた、

 だがそれは、この男からは感じられない。


「あのお名前は」


「アルフレッドだ」


「はい、アルフレッド様、ですね……。ではその、簡単にワークハロワ神殿について説明させていただきます」


「よろしく頼む」


 未だ釈然としないままに、フィリアはマニュアルに則って話を始めた。



          *



「――と、いう感じです。何かご希望はありますか?」


「そうだな……」


 話を聞き終えたアルフレッドは腕組みをして深く悩み始めた。

 手持無沙汰になったフィリアも、一緒に彼に向くジョブについて考え始める。


 ワークハロワに来るのは、何もなりたい職業が決まっている人間だけではない。とりあえず自分を変えたいとしてやってくる者もある。

 そうした来訪者に対して、ふさわしい道に導くことも大事な使命だ。


「戦士なんてどうでしょう。初めての方には人気ですよ。攻防のバランスがよくて、パーティには欠かせない存在です」


「うーん、戦闘職は別になぁ」


「そうなんです?」


 アルフレッドは人生の大半を勇者になるための訓練に捧げてきた。そのため、暫くはそうした荒事から離れたかった。

 せっかく、勇者アカデミーから脱出できたわけだし。


 だが、そんなことを知らないフィリアは、少しだけもったいなく思ってしまった。検査結果からすれば、さっさと基本職をいくつか修め、上級職に手を付け始めた方がいい。

 彼ならば、ともすれば勇者のジョブに辿り着くかもしれない。この世界に、僅か四人しかいない、最もレアなジョブに。


 アルフレッドは、自らの名前が記された職業記録帳を捲っていく。そこにはすでに全ての基本職のページが存在する。

 上級職については、ジョブの進行具合により勝手にページが増えていく仕組み。


「よし、決めた。これにする」


「えっ! これは、その……アルフレッド様には向いてないような」


「でもさっき『キミならなんにでもなれる』って言われたぞ、受付の人に」


「そうなんですけど」


 アルフレッドが興味を示した職業は、フィリアにしてみれば、最も選んでほしくないジョブの一つだった。


 芸事に関するジョブ。良い言い方をすれば、大器晩成型。

 だがその実態は……。


「わかりました。では目を閉じて、強く祈りを」


「おう」


「偉大なるイトアルバよ、彼に新しい生き方を授けたたまえ!」


 開かれたページに、フィリアは素早くスタンプを押す。


 こうしてアルフレッドは、勇者を目指す以外の新しい生き方を得たのだった。

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