第6話 放浪者、目的地を見定める

 村に着くなり、アルフレッドは酒場で歓待を受けていた。まだ陽が傾いた程度なので、客の姿は二人以外になし。


 ここは、のどかな農村だった。旅人が寄ることは殆どないのか、アルフレッドはかなり珍しがられた。

 おまけに、村人の一人を救ったものだからとんだ英雄扱い。村中かなり大盛り上がり。

 そういういきさつで、アルフレッドはここへ連れてこられた。


「いやぁ、初めて飲んだが、結構イケるな!」


「あのアルフレッド様、もしかして未成年、とか……」


「……まあまあ。細かいことは気にすんな!」


「気にしますってば!」


 アルフレッドはジョッキをもう一煽りして力強くテーブルに叩きつける。故郷の大人たちが夢中になるのもわかる気がした。


 客の飲みっぷりに満足して、酒場の主人はカウンターに乗り出してきた。


「それで、兄ちゃん。お前さん、何を目指して旅してるんだい?」


「グレイには言ったけど、俺はまだ冒険に出たばかりなんだ。とりあえず、色々と見て回ろうとは思ってるんだが」


「あんなに強いんだったら、王宮の兵士、とかどうですか? しょっちゅう募集掛けてるの、見ますよ」


「あれはたしか、応募条件が色々あるんじゃないか。もちろん、兄ちゃんの実力を疑うわけじゃないが。なにせ、グレイの危ないところを救ってもらったわけだし」


 王宮勤めは一般の人間からは非常に魅力的だ。憧れる者は多い。

 だが、アルフレッドにはいまいちピンときていなかった。これまで散々縛られてきたのだから、もう少し自由を満喫したい。


「どうせなら、『ワークハロワ』にでも行ってみたらどうだ? 近くの港町から、定期便が出てるぞ」


「わーくはろわ?」


「なんだ、知らねえのかい。人々に新しい生き方を与えてくれる、ありがたい神殿さ。って、おいらも行ったことはねえんだけどな」


「……あんなにすごい魔法、てっきり魔法職にでもお就きになっているとばかり」


「なんだい、そんなにすごかったのかい。おいらも人目見てみたかったねぇ」


 はっはっは、豪快に笑い飛ばしながら、主人はグラス磨きを続ける。彼はこの地に長く住んでいるため、凶悪な魔物が出ないことを知っている。

 そのため、グレイが大げさなだけと思っていた。まだ若く、精神的にも未熟なところが多い男だから。


 アルフレッドは、『ワークハロワ神殿』とやらに、強い興味を抱いていた。今の自分にぴったりな場所だ。

 勇者ではない生き方を探す。それがこの旅の唯一の目的。父親と同じ道を歩むことはないと、遠い昔に決意している。


「港町へは、こっからどう行けばいい?」


「ここからさらに南下すれば。なんでしたら、自分がご案内いたします、アルフレッド様」


「いや、そこまでグレイに世話になるわけには。第一、帰りはどうする? またノーロンリーウルフの群れにでも巻き込まれたら、今度は誰も助けちゃくれないぞ」


「……た、確かに」


 青い顔をして、グレイは黙り込んでしまった。先ほどのピンチを思い出して、つい身を震わせてしまう。


「爺さんの具合がよかったらなぁ」


「じいさん?」


「はい。この村で一番強いお方で、村の外に出る時は警護を買って出てくれるのです」


「でも、お前、一人だったよな」


「最近体調を崩してんだ、あの爺さん。村の薬師が言うには、老化によって体力がなかなか元に戻らないせいだとか。いっそのこと、治癒魔法の一つでもかければよくなるだろうって、笑ってたよ」


「治癒魔法か、そういうことなら協力できることがあるかもしれない」


「なんだい、アンタまさか、ヒーラーの家系出身なのかい?」


「いや、そうじゃない。ただ、覚えがあるだけだ」


「言うねぇ。グレイ、ちょっと案内してやったらどうだ?」


 アルフレッドは三杯目の鮭を飲み干して、グレイと共に店を出た。

 村民に囲まれつつ、外れに住む件の老人フーリエのもとへ。彼は元々世界を旅していた。その最中、この村を見つけ、気に入ったため永住することに決めたらしい。

 生涯独身を貫き、手狭な家屋に一人寂しく暮らしている。


 適当に上がってくれと言われて、家の中に入ると、フーリエはベッドで横になっていたままだった。

 見慣れぬ顔を見て、彼は起き上がろうとした。それをアルフレッドは制して、早速自分の知る中で最も強い治癒魔法をかけてみた。


「おおっ、身体が軽い! お前さん。相当の回復魔法の使い手じゃな。もしかして、高位の回復士職『神官』か?」


「いや、無職だ」


「なんじゃそりゃ……。しかし、この魔法は。まあ細かいことを気にしても仕方あるまいか」


 かっかっか、と豪快に笑う。先ほどまで、弱々しく横になっていた老人には思えない。


「お前さん、よく見ると誰かに似てるな。……ああ、あいつだ。あの小生意気な大勇者の若い頃によう似ておる。思い出しただけで、腹が立ってきたわい」


「何かあったんですか?」


「カジノでな、有り金全部巻き上げられて。……よもや、あの男の関係者じゃあ、あるまいな?」


「まさか。大勇者、なんてのも初耳だよ」


 そんな話を訊いた後で、実は息子です、とはとても言えず。そも、勘違いの可能性すらある。

 勇者が共通概念となった今、世の中には複数その存在が確認されている。勇者アカデミーなんてものもあるわけで。


「そうか。まあ他人の空似というやつじゃな」


「でも、アルフレッド様は本当にすごいですね。あれだけの攻撃魔法だけでなく、こんなに強力な回復魔法まで使えるなんて」


「大したことじゃない。グレイだって、訓練すれば使えるようになるよ。それで、おじいさん、実はちょっと頼みがあるんだが」


 アルフレッドは、ここへ来た目的を端的に説明した。


 聞き終えたフーリエはしたり顔で頷く。


「なるほど、あいわかった。わが命に代えても、無事にそなたを港街まで送り届けようぞ」


「……シャレになってませんから、フーリエさん」

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