第5話 彷徨える落ちこぼれ

 順調に下山できたものの、アルフレッドは盛大に道に迷っていた。

 見渡す限り、穏やかな平原が広がっている。


 元々、アカデミーには騙し討ちの形で連れてこられている。さらに場外演習が行われていたのは別の大陸。

 土地勘はないから、迷うのも無理なし。若干の方向音痴も混じっているが。


 学園を出て三日目の昼。精神的にはともかく、肉体的には限界が近い。ろくすっぽ旅の道具を持ち合わせていないため、睡眠は地べた。そして食料は……


「とりあえず、魔物だな」


 このご時世、そう簡単に野生動物が見つかるとは思えない。となると食糧は、野草か木の実、川魚。山を彷徨っている時はそれでも十分確保できた。

 ここでもやはり身一つの影響が。袋もない現状、携帯するのは不可能。


 だからこその魔物。逞しい人類は、その調理法を確立しつつあった。美味しく食す方法は、アルフレッドの頭の中にももちろん入っている。サバイバル経験だってある。


 とはいっても、辺りに魔物の姿はない。平地だからということもあるが、そもそもにして、この大陸はどうやら比較的平和な部類に入るらしい。ここまでの道のり、奇跡的に彼は魔物と遭遇していない。


 結局アルフレッドとしては、空腹を抱えたまま、放浪を続けるしかなかった。


 空腹、空腹、空腹。

 頭に浮かぶのはその二文字。だが、見渡すばかりの草原。果実のなる樹木も、食べられる野草や、キノコも存在せず。


「やっぱり、きちんとした旅支度をしておくべきだった……」


 流石に深く反省する。あの時は、学園を出られる喜びに舞い上がっていた。退学だ、と言われれば一刻も早くあの空間を去りたかった。


 軽率な行いに自己嫌悪を抱いていると、アルフレッドは遥か前方に異変を感知した。


「あれは……」


「ひぃぃぃぃ、だれか、おたすけをぉぉぉぉ!」


 男が立ち往生している。獰猛な狼モンスターに囲まれながら。

 大声で助けを求める声が、離れたところにいるアルフレッドのところにまで届く。

 真っ先に彼の身体は動き出していた。

 

「おーい、大丈夫か?」

「え、え、え? ど、どういうこと……?」


 男は激しく動揺していた。無理もない、精悍な旅人が駆け寄ってきたと思うと、宙返りの要領で、自らの隣に着地したのだから。


 アルフレッドは男を一瞥する。その風貌はあまり強そうには見えない。おそらく、近くの村の人間。腰につけた長剣は飾りなのか、彼はそれを抜こうとはしない。きっと、闘いに慣れていないのだ。


「困ってるみたいだな」

「は、はい。先ほど、運悪く、ノーロンリーウルフの巣のそばを通ってしまって、こんなことに」


 ノーロンリーウルフ。その名の通り、狼の名を冠しながら、群れで行動する不思議な魔物。一体一体はそんなに強くないが、必ず複数個体との戦闘を強いられるため、討伐ランクはE。駆け出し冒険者にはちょっと荷が重い程度。

 やはりそれを以て、この大陸において魔物の勢力が弱いのがわかる。

 

「なるほど、事情はわかった。助太刀しよう」


「ありがとうございます! でも、この数ですよ。かなり苦戦しそうな」


「ああ、それは大丈夫。一瞬で終わるさ。ただ、問題なのは」


「なんでしょう」


「……こいつら、あまりうまそうに見えないんだよなぁ」


「食べる気なんですか、魔物を!?」


 男は素っ頓狂な声を上げた。どうやら彼の常識では、魔物は食べられないもののようだ。


 ともかくも、アルフレッドはさっと火炎呪文を口遊む。軽やかに、鼻歌でも歌うように。


 たちまち、魔物の群れを囲むように辺りに激しい炎が噴き出した。アルフレッドたちの身の丈よりも高く、たちまちウルフたちを飲み込んでいく。


「す、すごい……!」


 それは初級の火炎魔法なのだが、男を驚かせるのには十分だった。


 やがて炎が晴れると、辺りには焦げた臭いが立ち込める。この後のことを鑑みて、アルフレッドは炎魔法を選択した。ただちょっとやりすぎた節がある。

 ゆっくりと彼は、魔物の亡骸へと近づいていった。


「いい感じに焼けてるといいんだが」


「…………あの少ししかありませんが、よかったらこれ」


 男は居た堪れない気分になっていた。いくらなんでも無茶苦茶すぎる。魔物を食べた経験はないが、アルフレッドのやり方は絶対に間違っていると思った。

 助けてもらった礼、ではないが、彼は持っていた道具袋を差し出した。この遠征の帰り道分の食糧が、そこには詰まっている。


「いいのか? アンタの大事な食糧だろ」


「ええ、でももう村も近いですから」


「村!? それはどこにあるんだ!」


 アルフレッドは目を見開いた。こうなると、黒焦げのノーロンリーウルフのことなど、頭から消え去った。

 誰だって、好んで魔物を食べようとは思わない。とびきりの例外は除いて。


 男の話によると、彼の住む村があと一時間ほど南下したところにある。彼は近くの街に、特産品を売りに行った帰り道だった。

 その脚元に、膨れ上がった小袋が置いてある。


「あの、こんなこと頼むのは気が引けるんだが、よければ案内してもらえないか?」


「いえいえ、そんな滅相もない! こちらこそ、命を救っていただいた身。なんなりと、お申し付けください」


「いやいやそんな、大げさな」


 男の平身低頭っぷりにやや困惑しつつ、アルフレッドはお言葉に甘えることにした。

 困った時は助け合い。いい言葉である。


「あの、大層御高名な戦士様とお見受けしました。できれば、そのお名前を」


「アルフレッド。別にそんな立派なもんじゃない。さっき旅立ったばかりの駆け出し冒険者さ」


 飄々と述べる旅人の姿に、男は改めて驚嘆するのだった。

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