第4話 落ちこぼれ、学園を出る
跳んだ。いや、翔んだ。
そこまで優れた体格ではないのに、アルフレッドの身体は上空へと舞い上がった。ドラゴンの遥か頭上まで。
無防備な空中、今起きた魔法に面食らいながらも、ドラゴンは容赦なく続けて火を噴く。先ほどとは違い、事前動作なしに。
この空飛ぶ蜥蜴に、もはや慢心はなかった。それはつまり、辺り一帯が灰燼と化すことと同義。
「図体がデカいだけか」
襲い掛かる火炎を、アルフレッドは少しも恐れない。剣を身体の横に構えたまま、重力に従い落ちていく。
炎はアルフレッドを避けて裂けていく。まるで彼の身体が、見えない障壁に包まているかの如く。
たちまちドラゴンは大きく後ろに退いた。確かな危険を覚えた。この男、底知れない実力を秘めている、と。
結果、アルフレッドの剣は虚空を切るに終わった。
二撃目を先に繰り出したのはドラゴン。地に降りた敵目掛けて、鋭い爪がぎらつく前腕を振り下ろす。
それを見て、アルフレッドは躊躇いなく前へと駆け出した。勢いに乗って、今度は斜めに跳び上がっていく。
迫りくる前腕。
彼の身体は未だ、その影の下。爪に斬り裂かれるはないまでも、押し潰されること必至。
ドラゴンの手がアルフレッドの身体に触れる。
……ことはなく、彼はなおも胴体目掛けて突っ込んでいく。寸でのところで、身を捩ったのだ。手の縁にギリギリかすりはしたものの無傷。それはオートマタを相手にしている時と同じで。
「す、すごい。本当に、あれはアルフレッドなの?」
「やはり爪を隠しておったか、あいつめ」
二人の傍観者は完全に、その光景に見入っていた。真っ先に突っ込んでいったアルフレッドに続くことなく。
特にレティシアは、彼と自分の間に埋めることのできないほどの実力の差があることを、ひしひしと感じていた。
「ギャオオオッ!」
ドラゴンが咆哮を上げる。痛みに大きく身体を震わせる。
剣がその身体を斬り裂いていた。鱗などものともせずに、その肉の深いところまで。
ボタボタと、赤い滴が校庭を汚す。
初めて傷を負いこそしたものの、ドラゴンは未だ健在。アルフレッドの剣技は、致命的な一撃とはなっていない。
「意外としぶといな」
「小癪な小僧よ。よもやこのワシがお前のような未熟者に……」
「……驚いた。人の言葉がわかるのか?」
「竜種を、ちっぽけな霊長類と一緒にするな。我々は貴様らよりも上位種。ただ黙って、不格好な死にざまを晒すがよい!」
ドラゴンの翼が羽ばたくと、立っていられないほどの強風が起きた。砂埃が一気に巻き起こる。
その巨体が徐々に浮かび上がっていく。もはやなりふり構っていられない。山の頂を消し飛ばす算段。隠密且つ迅速に、はこの期に及んで不可能と、この巨龍は悟っている。
アルフレッドは敵の体内に魔力の昂りを感知した。
ブレスを球状のエネルギー弾として練り上げ放つ。それがドラゴンの奥の手だった。まさに大砲。着弾と同時に、広範囲に爆発が起こる。
さしもの彼も、そこまでは予想はついていないが。
ただわかるのは、一撃で仕留める必要があることだけ。先のような、ただの横なぎではいけない。
剣を鞘に納め、柄に手を掛けたまま腰を落とす。繰り出すは、対ドラゴン用の剣技『
彼はそれを無意識のうちに一歩先へと進める。龍殺し《ドラゴンスレイヤー》が、中段になってようやく習得できる特技に。
『
たんたんとその場でステップを踏む。次第に高さが増していく。ある瞬間、爆発的に加速度がついた。その姿が消える。
少なくとも、レティシアの目では追い切れていなかった。オリバーは辛うじてついていけていたが、その技の高度さに驚きを隠せないでいる。
次の瞬間には、アルフレッドの身体はドラゴンの脳天にあった。
「くらえっ――!」
「舐めるな、人間のガキが!」
未完成の咆哮弾を、ドラゴンはアルフレッド目掛けて放とうとする。首を上に向けて、大きく口を開く。
だが、アルフレッドの方が速かった。抜刀したと思いきや、急降下して、敵の身体を切り抜いた。
音もなくドラゴンの首が落ちた。血飛沫が、雨となって大地に降り注ぐ。
遅れて、巨体が地面に倒れ込んだ。学園全体が軽く揺れる。
アルフレッドは、ふわりと舞い降りてきた。身を翻して、ゆったりと呆然とするレティシアたちに近づく。
「じゃあ俺はこれで。学長、改めまして、お世話になりました。レティシアも、何か色々ありがとう」
「ま、待て。どこへ行くつもりだ!」
「さっき話したじゃないですか。退学処分を甘んじて受け入れ、速やかにここを立ち去ります。――お節介ですけど、もっと強力な結界、貼り直した方がいいですよ」
「……あの処分は取り消そう。これほどの実力の持ち主を、追放する理由がどこにある?」
「撤回は不可能、そう言ったのは他でもないあなたでは」
「異議を申し立てることはできる。それでも、撤回には時間がかかるだろうが」
「別にそんなことしてくれなくて結構です。俺は別にそんなことのためにあいつを打ち倒したわけじゃない」
アルフレッドの強い意志を汲み取って、オリバーはようやく口を閉ざした。逃しかけている魚の大きさを噛み締めながら、この逸材を逃さないようなあれこれを頭の中で巡らせる。
それは偏に保身。彼はアルフレッドに、真勇者になれる可能性を見出していた。もしこのまま行かせてしまえば、彼の責任問題になる。
「だが、理事会の連中もすぐに掌を返す。これだけのモンスターを討伐したとなれば、さすがにあの処分が間違いだったと考え直すにちがいない」
「襲撃前に、俺は出て行ったことにすればいい。くわえて、討伐したのは学長殿だと言いまわって。ちょうど、あなたの伝説にもまた一つ箔がつくでしょう」
「できるわけがなかろう!」
「どうかな。目撃者は一人だけ。――なあ、レティシア。あの巨龍を仕留めたのは、学長殿。そうだよな」
「え? ……いや、それは」
突然話を振られても、レティシアは困惑したままだった。あらゆることに、思考が追い付いていない。
落ちこぼれと蔑まれていた男の真の実力、その追放処分、いつもの威厳が全くない学長の姿。
今までの常識がひっくり返ったような衝撃を受けていたのだから。
沈黙が場を支配する。陽気な表情を浮かべるのは、アルフレッドだけ。彼の中には、何一つ問題はない。
「ということで。今度こそ、俺はこれで」
「ま、待ちなさいよ! アナタ、これからどうするつもり?」
「夢を探しに行くさ。――勇者以外の、な」
言い残して、アルフレッドは悠々と大手を振って校門の下をくぐっていく。
遠ざかって行く背中を、学長も、レティシアも追いかけることはできない。そんなことをしても無駄だと、
アルフレッドはこの学園に相応しくないのだから。それは揺らぐことのない事実だ。
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