第3話 歓迎されぬ来訪者

 それは突然のことだった。


 昼休み。教室にはに談笑の声が満ち、雰囲気はどこまでも緩む。

 厳しい訓練の日々における、数少ない心休まる時間の一つ。生徒たちは英気を養うと同時に、身体をリラックスさせていた。

 

 教職員もまた、気を張り詰めるわけでもなく。職員室で和気藹々と談笑。授業や生徒の愚痴、あるいは私生活の雑談など。

 学園全体に、緊張感など一欠けらもなかった。


 それは偏に、件の防護障壁に無類の信頼を置いていたため。学園をドーム状に加工それは、高名な聖騎士パラディンの御業、少々の魔物では打ち破ることは決してできない。

 さらに、学生も職員も自身の実力に圧倒的な自負があった。たとえ魔物が襲ってきても、すぐに撃退できるという。


 ここは、勇者アカデミーなのだ。


 だが、その余裕は簡単に崩れ去った。


 バチバチバチ。稲妻が弾けるような轟音が辺りに響く。


 窓辺に近寄った途端に、異変の主が判明する。

 二階建て校舎の二倍ほどの体躯のドラゴンが、上空から業火を吹き出していた。


 アカデミーの人間に為す術はなかった。全てはあっという間の出来事。障壁はすぐに破れ、大型のドラゴンが校庭へと降り立つ。


「……はぁ、はぁ」


 レティシアはとうとう片膝をついた。

 周りには、地に伏せる動機や職員の姿。臆することなく闘いを挑みに行ったものの、彼女を除いて一撃を耐えられる者はいなかった。


 彼らが弱いわけではなく、そのドラゴンがあまりにも強すぎた。上位のドラゴン種、龍殺しドラゴンスレイヤーの熟練者が、五、六人束になってようやく相手にできるレベル。

 討伐ランクはSランク。アカデミーの学生はおろか、半端な勇者崩れで相手にできる存在ではない。

 

 この麗しき勇者候補生は健闘しているといっていい。主席と称される実力を、遺憾なく発揮していた。ドラゴンの苛烈な攻撃に、三度も耐えることができたのだから。


 それでも、敵の攻撃をいなすので手いっぱい。ドラゴンは、かすり傷一つ追っていない。


「まさか主力がいない隙をつかれるとはな」


 そこへ、学長とアルフレッドが駆けつけてきた。

 聞こえてきた声に、レティシアは慌てて立ち上がり、後ろを振り返る。ほっと安堵しながら。


 勇者アカデミーは、二年制だ。今この校舎にいるのは、レティシアたち一回生。


 上級生は、一昨日から約二週間の実地訓練へと赴いている。そこへ、同伴するは主席教官陣。これが、この学園の精鋭たちだった。

 彼らがいれば、あるいはここまでの被害は出ていなかった可能性はある。


「学長様! みんな、あいつの一撃で……いったい、どうすれば」

「狼狽えるな、レティシア・グローベル。貴様もこの学園の生徒ならば、己が力で難局を乗り越えんとする闘志を見せんかっ! 多少大型といえど、相手はネームレスのドラゴン。この程度に後れを取るようならば、勇者を超える勇者――真勇者など夢のまた夢!」

「はっ! 申し訳ありません、学長様」


 それは完全に根拠のない檄。

 だが、この生真面目な女騎士には十分に効果を発揮した。折れかけていた心が奮い立つ。


 言葉以上に、学長の存在に彼女は勇気づけられていた。

 学園の最高責任者、その実力も折り紙付き。かつては勇者職に至り、世界各地を巡った最後方の冒険者の一人……と言われている。ほとんどの生徒や職員が、彼を信奉していた。


 その真偽はさておいて。学長ならばこの事態を打破してくれると、レティシアは期待していた。

 それは勇者に憧れる者としては、矛盾している。己が力で、困難を打開する。そして人々に勇気を与える。それこそが、勇者。

 今の彼女はその決意はあるものの、心の隅で学長の助けを期待している。それに、彼女自身が気づいてはいないが。


 ドラゴンはやってきた増援をやや警戒していた。だがどちらも取るに足らないと見るや、大きく口を開く。


「ブレス攻撃、来ます!」


 レティシアは咄嗟に叫ぶ。彼女はこの攻撃に手を焼いていた。防御バフを重ねることで、被害を押さえていたものの、着実に致命傷へと変わりつつある。


 ドラゴンが強く息を吐きだした。たちまちに、大気を震わせる豪炎へと変わる。


 三人に万物を焼き焦がす灼熱の息が迫る。


 ぐっと身を固くした彼女の前に、一人の男が飛び出していった。


「アブソリュート・レイヤー!」


 淀みなく紡がれた呪文は、人智を越えた神秘を引き起こす。

 レティシアたちを包み込むように、ドーム状の薄い膜が発生する。


 吐き出されたブレスは、彼女たちに届くことはない。膜に触れた途端、溶けるように音もなく消えていく。


「う、うそでしょ……どうして、こんな……」


 それは対息魔法アンチブレスの域を超えた魔法。あらゆる攻撃を遮断すると言われる、伝説級の魔法だった。

 扱えるのは、一部の超上級職に就く者あるいは、最果てに至りし賢者か。

 どちらにせよ、勇者アカデミーにおいては手に余る魔法だ。それも、いっぱしの生徒ではいくらここで研鑽を積んだところで、掠りすらしない。


 そんな魔法を、難なく扱って見せた男――アルフレッドはゆっくりと後ろを振り返った。


「怪我はないか、レティシア。それと学長殿?」


 当世代主席の見習い姫勇者にとって、その姿はとても頼もしく見えてしまった。相手はあの落ちこぼれのアルフレッドだというのに。

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