第2話 落ちこぼれVS学長
「アルフレッド・ベルファルム、君は本日付けでこのマーフィールド勇者アカデミーを退学処分とする」
デスクの前に立つなり、悲痛な宣告がアルフレッドを襲った。
告げた男こそ、この学園の最高責任者オリバー・マーフィールド。清潔感溢れるダンディな中年だ。今日も髪型をばっちりと決め、高そうなスーツに身を包んでいる。そこに冒険者時代の面影はどこにもない。
「ま、マジですか」
「ああ。本当だ。私としても、とても残念なんだが、これ以上君をここに置いておくわけにはいかない」
「そんな……」
がっくりと肩を落としてみせるアルフレッド。そのまま身体を震わせる。
オリバーには落ち込んでいるように見えた。だが、同情することは決してない。目の前に立つ生徒の、素行不良さと成績不振っぷりはよく伝え聞いている。
一言で言えば不真面目。まともに取り組んだ例がない。そのくせ、雑用には精を出す。極めつけは、先の野外演習での大事件。
先に開かれた学内会議を待つまでもなく、この男の中でアルフレッドの退学は決定していた。むしろ、入学を許可したことを激しく後悔すらしたほど。
だから全ては今更のこと。アルフレッドの振る舞いには嫌悪感しか覚えない。
「即刻出ていきたまえ……と、言いたいところだが、退去にも時間が必要だろう。君には二日の猶予を与える」
「いえ、それには及びません。ただちにここを発ちます」
「……はい?」
学長にはその答えが全く理解不能だった。あまりにもあっさりし過ぎている。
顔を上げたアルフレッド。唇を噛み締め、瞳は微かに潤んでいる。おまけにギュッと拳を握り、その様はまさに絵にかいたような悔しがりぶり。
だが、内心は違った。半ば予想通りの結末に、彼は喜びを覚えていた。
ここが自室であれば、それこそ騒ぎ倒しただろうに。……ルームメイトに奇異な目を向けられること間違いないが。
実を言えば、二度ほど脱走を図っていたことがある。だが、意外なまでに厳重な監視体制、学園のロケーション――険しい山の頂にあり、授業後だと下山は困難。
さらに、入学した経緯を考えると、脱走は別の問題を生みそうだった。ということで、早々に彼は諦めることにした。……脱走は。
だからこそ、この間の野外演習において、二つのことを為した。
一つ目は、課題モンスターの討伐をサボること。本来は合格ラインがあり、同級生は熱心に取り組んでいたが、彼はずっと草むらで眠っていた。
そしてもう一つは、配布された装備品の紛失。近くの町で、売り払った。その時の代金は、靴の中に隠してある。
こうして、引率教員が大激怒した。問題行為として、学長に速やかに報告したわけである。
「いや、そこはもう少し何かないのかね」
「何か……あっ、今までお世話になりました」
慇懃無礼に、アルフレッドは頭を下げる。学園で世話になるの定義を、新しい技術(魔法含む)の習得とするならば、彼は何一つ世話になっていなかった。
座学、実技共に、常に身に着けた内容しかなかった。
「それもそうなんだが……ほら、食い下がるとかさ」
「ですが、これは決まったこと、なんですよね。覆るとは思えませんが」
「確かに、この決定は覆ることはない。臨時理事会を開かない限りは。だが、それでも、だ!」
オリバーは怒りのままに机を叩いた。
なぜこんなに怒りを覚えているのか、彼自身わかっていなかった。
ただ、無性に腹が立つのだ。この学園に来たということは、勇者を志してのこと。その点で言えば、学長とアルフレッドは同志になる。
こうやって簡単に引き下がってしまうのが、遡って、これまでの授業態度が、無性に鼻について仕方がない。
「貴様は勇者を目指してここに来たのだろう? その夢が今、潰えようとしている。それがなぜ、どうしてそんなにすんなりと受け入れられるのだ!」
「適性がなかったことくらい、自分でわかってますから。授業にも、全くついていけなかったわけですし」
表には出さないが、アルフレッドは別の意味で必死だった。まさかの展開に、内心焦っている。
学長が決定を翻すことはあり得ないと思っているが、万が一はある。入学のいきさつからして、特別な計らいがあっても不思議ではない。
アルフレッドにしてみれば、学長の態度の方が不自然だった。
「……御母上には、どう弁解するつもりかね。かの大勇者の御子息が、あろうことか勇者アカデミーを追放されるなど、大変お怒りになると思うが」
「流石の母も事ここに至れば、認めざるを得ないでしょう。アルフレッドは、勇者の器ではなかった、と」
ぎりり、と歯軋りをするのは学長だった。この飄々とした態度が、また彼の中の未知なる怒りに油を注ぐ。
血統ゆえか、アルフレッドの才能は群を抜いていた。視るものが見れば、それは明らか。そこに、学長も含まれている。
それがアルフレッドが学園に入学できた理由。そして、退学処分に半年がかかった原因でもある。
クラスメイトの噂話もあながち、間違いではないのだ。
だからこそ、学長の抱く感情は嫉妬に近い。それを決して、このプライドが高い男は認めはしまい。
「……もう何を言っても無駄なのだろうな。全ては手遅れ、審判は下った」
「ええ。甘んじて、これを受け入れさせていただきます」
「よかろう。では、今すぐにこの地を去るがいい」
オリバーは立ち上がり、元生徒の顔を強く睨みつけた。その振る舞いに、いつの間にか余裕は完全に消え去っている。
アルフレッドは全く動じない。彼はとても清々としていた。ようやくこの学園から脱出できるのだから。
先にも述べた通り、彼は自分が勇者になんてなれるわけがないと思っていた。やる気はないし、そもそも相応しい力もない。
たとえ、母から特別な手ほどきを受けていても。
ピンとした緊張が張り詰める室内に、異様な音が聞こえてきた。バリバリという、何かが弾ける音。
アルフレッドもオリバーもたちまち血相を変える。ただならんう異変を、確かに感じ取っていた。
そのまま警戒していると――
「大変です、学園に巨大なドラゴンが!」
慌てた様子の女性職員が学長室の中へと飛び込んできた。
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