勇者失格の理想職探し~勇者アカデミーを追放された落ちこぼれ、すでに世界最強のくせしてやたらとジョブチェンジを繰り返す~
かきつばた
追放されし落ちこぼれ
第1話 強気な落ちこぼれ
「見ろよ、あいつ」
「うわぁ……また残されてる」
「毎回毎回懲りないねぇ」
「ってか、よく入れたよね、ここ」
「噂ではさ、コネだとか……」
遠巻きに嘲笑する声を、アルフレッドは全く気にも留めない。
彼の頭の中にあるのはただ一つ。いかにして、このくだらない授業を終えるか、ということだけ。
粘りに粘ったため、とっくに授業時間は過ぎている。
「剣の振りがなっておらぬわぁっ! そんな有様では、
指導教官――勇者崩れの檄が飛ぶ。鈍重そうな筋肉の鎧をまとったその外見は、苛烈な性格と相まって、専ら鬼教官と称されている。その顔も、通り名に似合わずごつい。左目を塞ぐ古傷は、彼がかつて冒険者だと物語っていた。
彼を含めて、この学園の職員はみな、勇者争いの落伍者。学園内で、救済のサイクルが出来上がっている。
アルフレッドは辟易していた。千年なんてエルフじゃあるまいし、馬鹿の一つ覚えみたいに莫大な数字を述べやがって、と。
唇を曲げる彼に、魔法で編まれたオートマタが襲い掛かる。個々人の戦闘レベルに合わせてカスタマイズされている訓練用。彼に相対しているのは、Gランク。つまり最低だ。
周りはとっくにそのランクを突破し、平均を取るとDランク。この世代で最も優秀な生徒だと、A――これはアカデミー卒業用件以上のもの。
そんなオートマタの緩慢とした攻撃を、アルフレッドはギリギリで避けた。僅かに服の切れ端が宙を舞う。
傷の治療はできても、衣服の修繕はできない。治癒魔法とはそういうものだ。微妙なかゆいところの手の届かなさに、アルフレッドは苦笑する。
だから、すれすれを狙っていたというのに。また失敗してしまった。
「アルフレッド、貴様という奴は最低ランクのマタにも勝てんのか! まったく、弛んどる、わが校の恥、クズめ!」
教官はできの悪い生徒を叱るのに必死。ゆえに、気が付かない。
ギギギ、いきなりマタの動きがぎこちなくなる。油を差し忘れた機械人形みたく。やがてその動きが停止する。
こうなれば、どんなに剣を扱うのが下手だとしても、トドメを刺せる。
「ふんっ――!」
全てはさりげなく。注意深く観察していたとしても、アルフレッドの身のこなしの完璧さには気が付かない。良く力が抜け、剣の切っ先は淀みなく水平な軌跡を描く。
そもそもこの場において、彼に注目が集まるようなことはないが。
サクッ――竹を切るように、オートマタは横真っ二つに斬れた。
「そこまで! 不具合の隙をついたか。所詮、貴様ではそれが精いっぱいだろうよ」
「はあ。すみません」
「覇気のない奴め。後始末をしておけ。授業はこれで終わりだ」
不愉快そうに鼻を鳴らして、鬼軍曹はのっそりと校舎の方へと歩いていく。これで、残されたのはアルフレッドだけとなった。
散らかされた用具を眺めて、ため息をつく。立派な職務怠慢だ。
だが、日常茶飯事なので、今さら彼に躊躇うところはない。ゆっくりと後片付けを始めていく。
これに限らず、常日頃から厄介ごとを押し付けられる。落ちこぼれの彼には何を頼んだっていい。そんな風潮が出来上がりつつあった。生徒だけでなく、教官陣の中にも。
地面に無様な姿をさらす木偶人形。欲見れば、可動部分の節々に、細かな砂利が詰まっている。
攻撃を避けることしかしなかったアルフレッドだが、その最中に訓練場の足場の砂を飛ばしていた。
それに気づかなかった教官は、不具合という思考放棄の言葉で片付けたが。
アルフレッドにとって、日々の授業は退屈極まりなかった。だからこうして、アソビを挟む。
演習はまだ適当に身体を動かしていればいいが、座学はこうはいかない。授業時間は、そっくりそのまま拘束時間へと変わる。そして大抵は睡眠へ。授業終わりに、呼び出しを受けるというのが、一連の流れ。
あらかた片付けが終わった頃、彼のもとに一人の女子生徒が近づいていった。
艶のある奇麗な金髪が揺れている。その長さは腰くらいまで。
スラっと背が高く、姿勢はまっすぐ。ぴちっとした制服姿が、その豊満な身体つきをこれでもかと強調している。
顔立ちはよく整い、大きなサファイアの瞳が特徴的。その表情はとても自信に満ちていた。
「アルフレッド、学長様がお呼びだわよ」
「……レティシアか。わざわざありがとう」
「まったくよ! このアカデミー始まって以来の天才、真勇者に至ること間違いなしのレティシア・グローベル様がどうしてこんな使い走りみたいなことを」
「クラス長を務めてるからだろ。あんな大変そうな仕事、物好きだな」
「貴方こそ、毎日毎日、くだらない雑用ばかり。よく飽きないわねぇ。なんのために、ここに来たのやら。Gクラスにも苦戦するだなんて、本当にこの学園に相応しくないわね!」
腕組みをして、レティシアは眉根を寄せた。さらに鼻も鳴らして。不快感を隠そうともしない。
彼女はこの劣等生のことを、心の底から軽蔑していた。どうしてこんなに意識の低い人間がいるのか。
こうして話をしている時間すら惜しいと思える。
「それじゃあ伝えましたから」
くるりと身を翻すと、金髪がひらひらと宙を舞った。
そのままブーツを鳴らすようにして歩いていく。その凛々しい姿は、男子生徒からだけでなく、女子生徒からも人気がある。
高貴な家柄も相まって、姫勇者様と呼ぶ者もあった。厳密には、アカデミーに属している時点で、勇者ではないにもかかわらず。
アルフレッドはそんな後ろ姿をぼーっと見送っていた。
「よくもまあ、あれだけ張り切れるもんだ」
それにしても、学長がいったい何用だろうか。
実際には、彼には一つ予感があった。つい先日の野外演習の一件。引率教官は顔を真っ赤にして憤慨していた。我が学園始まって以来の失態だ、と。
かといって、アルフレッドは気分を暗くするでもなく。むしろ、密かに期待を寄せていると言ってもよかった。
そんなわけで、片付けの仕上げをしてから、ゆっくりと彼は学長室へと向かうのだった。
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