18:パーティ結成(仮)【2】


「えっと……そもそも、どうしてパーティ登録が必要なのです?」


 あー、と頭を抱えるコロナに、ミミィがちょこんと首を傾げて尋ねた。

 以前のコロナがそうだったように、冒険者登録さえしていればソロでも依頼は受けられる。なぜ、わざわざパーティ登録という手続きが必要なのか。


「パーティ登録をしてると、単純に受けられる依頼が増えるの。ソロだと自分のランク以下の依頼しか受注をさせて貰えないけど、ギルドに登録のあるパーティに所属していれば、そのパーティで一番高い冒険者のランクに合わせて受けられたりするから」

「ええっと、つまりボクたちみたいなランクの低い人でも、パーティで活動すればたくさん仕事が出来るってこと?」

「そういうこと。こなす依頼が多ければその分早く実力ランクも上がるし、いいこと尽くめってわけ」

「なるほど、理解しました」

 

 全員がパーティ登録の必要性について認識を共有したところで。


「で、問題は……パーティ名をどうするか、ね」


 真剣な顔で告げるコロナにつられて、全員の表情が引き締まる。

 たかが名前くらいで、などと侮ってはいけない。

 ギルドの方針により、一度登録したパーティ名は滅多なことがないと変えることができない。

 これは「パーティ単位での指名依頼の際に混乱を生じさせない」などといった円滑な事務遂行のための措置であり、仮に変更しようとした場合、「変更がやむを得ない理由」を添えなければならないなど、登録時よりもずっと煩雑な手続きが必要となってしまうのだった。


 なので実質、登録時に決めたパーティ名というのは、これから先もずっとついて回るものになるのだ。


「いい? あたしはこれまでの旅の途中、何度かとんでもない名前のパーティを見たことがあるのよ……」


 コロナが声を潜めて語る、壮絶なパーティ名の数々。

 若気の至りというべきか、思慮不足の極みというべきか。

 意味のない文字や適当な単語の羅列程度であれば、まだマシな方で。安易な考えで下ネタに走ったりしようものなら、それはそれは悲惨な結果が待っていた。


「……名前の重要性、理解してくれたかしら?」


 コロナの静かな問いかけに、無言で頷くローリエたち。

 これは、今後における自分達の活動の成否を決めるといっても過言ではない。

 そう自覚した彼女たちは――――


「やっぱり、あたしたちの目的を意識した名前にすべきよね。〈救世の乙女達セイヴァーメイデンズ〉とか、どう?」

「きゅ、救世っていうのはちょっと大げさな気がしますです……〈望月の導き手セレナリーダーズ〉なんてどうでしょう?」

「うーん、ボクはもっとシンプルに〈不思議の冒険隊ワンダーワンダラーズ〉とかでいいような気がするなぁ」


 各々が知恵を振り絞り、自分たちに相応しい(とそれぞれが思っている)渾身のパーティ名を繰り出す命名会議を始めたのだった。


 あーでもない、こーでもない、やれそれはどこが微妙、やれこっちはそこがどうこう……


 喧々囂々けんけんごうごう活発な議論を繰り広げるローリエたち。そんな中、アリスは議論に加わらず……というかどんな名前が相応しいのかの判断基準が無いため加われず、とりあえず彼女たちが自身の案を推している様子をじっと眺めていた。


 コロナの〈救世の乙女達セイヴァーメイデンズ〉。

 ミミィの〈望月の導き手セレナリーダーズ〉。

 ローリエの〈不思議の冒険隊ワンダーワンダラーズ〉。


 個々の要素を見てみれば、どれもそれらしいように思える。とは言え、どれが優れているかの判断は出来ないので、アリスはとりあえず三つの案全てをインプットしておくことにした。


「あのー、みなさん」


 と、そんな終わらない議論に、割り込む声が一つ。

 それまで対応していたギルド職員がにこやかな、けれど目だけが笑っていない表情でコロナたちのことを見ていた。


「お悩みのようでしたら、仮登録という方法もございますが?」


 そう言いながら、さりげなく彼女たちの後ろを手で示す職員。

 四人がちらっと振り向いてみれば、なんとそこには厳しい目つきで彼女たちを睨み付ける、順番待ちの冒険者たちの姿があって……


「「「「あっ、ハイ」」」」


 ……彼女たちに、選択権など無かった。

 テキパキと進められる仮登録の手続き。そして、


 ≪所属:仮登録1864番≫


 四人の登録証に新たに刻まれた情報。

 仮登録1864番というのが、三日間限定で有効なお試しパーティの名前だった。





 何とかパーティ登録(仮)までを済ませると、そそくさとギルドを後にする仮登録1864番一行。

 それから食事を済ませたり冒険者向けの店で旅支度を整えたりしていると、気付いた時にはもう夕方になってしまっていた。


「じゃ、そろそろ宿を取りましょうか」


 コロナの提案に一も二もなく頷くローリエたち。手続きやら何やら色々あったせいか、激しい活動をしていないにもかかわらず、みんなそれなりに疲れていたのだ。


 街道の要所に位置するタラスクの街には、低ランク冒険者御用達の木賃宿からイイお値段のする高級旅館まで、宿泊施設がいくつも存在する。

 その中でも彼女たちが本日の寝床に選んだのは、一人一泊小銀貨五枚で鍵付きの部屋に泊まれる、女性冒険者でも安心安全な宿屋だった。


 少女四人が揃っての初めてのお泊り会である。

 ……となると、やはりというか身の上話ガールズトークに花が咲くわけで。



「ね、ね、コロナはどうして一人で旅をしてたの?」


 寝間着姿でベッドに寝転がりながら、ローリエが興味津々といった様子で尋ねる。

 話を振られたコロナは「うーん、そうね」と何やらしばらく考えて、


「まぁ簡単に言えば、修行のためってとこかしら。魔術師としての腕をもっと磨いて、どうしても見返したいヤツがいるのよ」

「コロナさんの【火炎牢】、凄い威力だったです。今のままでも十分凄い魔術師だと思いますよ?」

「ううん、まだまだよ。あたしが見返したいヤツっていうのは、今のままじゃきっと振り向いてさえくれないから。……それより、あたしとしてはアンタの事情の方が気になるんだけど、ミミィ?」

「ふ、ふぇ? わ、わわ、わたしですか?」


 フォローしたつもりが自分に飛び火して、わたわたと慌てるミミィ。


「わ、わたしはただおいしいものをもとめてたびをしていただけなのですよー?」

「はいはい誤魔化さない誤魔化さない。どうせ、そのフードの中身に関わることなんでしょ?」

「はわぁっ!?」


 どうやら、図星のようであった。寝間着に着替えてなお外さないフードを抑え、ミミィは素っ頓狂な声を上げて布団の中に潜り込んでしまった。

 もぞもぞと蠢く布団の塊に、ローリエが苦笑しつつ声をかける。


「えーっと、ミミィ? 言いたくないなら別に無理して教えてくれなくてもいいからね?」

「はぅぅ……ごめんなさいです。ちょっと、心の準備がですね」

「ま、アンタが言いたくなったらでいいわよ。これから長い付き合いになる予定なんだし」

「……はいなのです」


 無理に追及されないと分かって安心したのか、布団の中からひょこっとミミィが顔を出す。


「で、一番謎なのが……」


 三人の視線が集中する。

 視線の先には、ふかした芋を頬張るアリスの姿があった。


「……?」

「アリスちゃんは……うん、何かもうアリスちゃんって感じ」

「あたし、この子がこれまでどんな暮らしをしてたのか想像もつかないんだけど」

「そうですねぇ……アリスさん、アリスさんの生まれた時代の世界って、どんな感じだったのです?」


 ミミィの問いかけに、アリスは咀嚼していた芋をごくんと飲み込んで。


「私の生まれた時代は、今の世界と比べて科学技術が大分発達していました。私は当時の技術の粋を集めて造られていますので、私の存在そのものが往年における科学の発展度合を示す好例であると言えますね」


 一息に説明するアリスに、目を点にして首を傾げるローリエたち。

 その反応から、彼女たちがあまりよく理解していないことを察したアリスは、きょろきょろと辺りを見回して、


「たとえば、あれです」

「あれ?」


 指し示したのは【照明ライト】の魔道具だった。


「私の時代において、照明機器は魔法などという原理不明な代物ではなく、物理科学的な理論に基づいて製造されていました。つまり私の時代の科学技術とは、言うなれば今の世界における魔法と同様の地位にあるものと定義できます」

「……あー、なるほどね。何となくわかったかも」


 そう言うと、コロナはびしっとアリスを指さして、


「つまり、アンタは魔法の代わりにカガク技術とやらで動く魔道具みたいなものってことね!」

「もー、何言ってるのコロナ! 流石にアリスちゃんに失礼だよっ!」

「そうですよ、コロナさん。ツッコミ待ちにしてもよろしくないのです」

「う……そ、そうね、ちょっと悪ノリが過ぎたわ」


 ローリエたちの割と真剣な非難を受け、素直に冗談を引っ込めるコロナ。

 ただ、言われた本人はポンと手を打って、


「なるほど、確かにそうかもしれません」

「「「……えっ?」」」

「その照明が『夜の闇を照らすため、魔法によって造られた道具である』とするのであれば、私は『月の知性を探査をするため、科学によって造られた道具である』と言えますから」


 ほー、と納得した表情で頷くアリスだったが、


「っ、ダメだよ、アリスちゃん! 自分のことをそんな風に言ったら!」

「そ、そうなのです! 道具だなんて……アリスさんは、こうしてちゃんと生きてるんですから」

「え、あの、本当にごめんなさい。あたし、そんなつもりじゃなかったんだけど」


「???」


 叱られたり、慰められたり、謝られたり。

 三者三様のよくわからない反応を返されて、アリスは戸惑ってしまった。

 いい喩えだと思ったのだが、ローリエたちの様子を見る限り違ったらしい。


 概念の伝わらないコミュニケーションの難しさを再認識するアリス。

 そんな彼女に対し、ローリエたちはと言えば。


(((やっぱりこの子には、自分たちがついていてあげないと!)))


 自分を道具だと言い切るなど、思っていた以上に不憫な境遇らしいアリスのために、そう志を新たにするのであった。


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望月乙女冒険隊(ルナティック・トラベラーズ)! 風刻 @huukoku

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