16:エルティナ=ハルクレイク



 声の主は、にこやかにこちらを見ている妙齢の女性だった。

 ウェーブがかった長く艶やかな金色の髪が、しゃらんと風に揺れる。


「お話し中、突然割り込んじゃってごめんなさいね」


 呆けているローリエたちに、彼女は悪戯っぽく笑ってそう言った。


「……アンタ、誰よ?」


 呆けから回復したコロナが、眉をひそめて尋ねる。

 白色を基調とした騎士服に、揃いの白のマント。

 その装いから、彼女が通りすがりの一般市民Aでないことは確かだった。


「私が誰かって? それは……そこの『神殿育ちリフェリシア』のお嬢さんなら知ってるんじゃない?」

「えっ、ボク?」


 名指しされ、コロナたちの視線がローリエに集中する。

 言われてみれば確かに、どことなく彼女の顔立ちや声、纏う雰囲気に覚えがある気がする。

 ただ、ここ最近見かけたとか、そういう感覚ではない。会ったことがあるにしても、大分昔のはずだ。

 ローリエのことを神殿育ちの孤児だと知っていて、かつ久しく会っていなかった人。それも恐らく、騎士かそれに類する身分の女性――そういった人物に、一人だけ心当たりがあった。


「……も、もしかしてエルねえ? エル姉なのっ!?」


 若干早口気味になってしまった問いかけに、その女性は嬉しそうに微笑んだ。


「はーい、大正解! 大きくなったねぇ、ローリエちゃん」

「わぁ……! 久しぶりっ、エル姉! 全然気づかなかった!」

「えっと、ローリエさんのお知り合い……なのです?」


 ぽかんとするミミィたちに向かって、彼女のことを紹介する。


「この人はエルティナさん。ボクが五歳くらいの時まで、神殿寮の年長さん……子供たちのまとめ役だった人なんだ」

「初めまして、エルティナと申します。妹分がお世話になっております」

「あ、どうも、ご丁寧に……」


 彼女――エルティナは先程のおどけた態度から打って変わって、丁寧に礼をする。反射的にぎこちなく礼を返すコロナたち。


「でも、どうしてエル姉がタラスクにいるの? 確かカウラ様の話だと、帝都にある大神殿の神殿騎士テンプルナイトになったって……」

「うふふ、どうしてだと思う?」

「……うーん?」


 首を傾げるローリエのことを、にやにやと笑みを浮かべながら見ているエルティナ。

 悩むローリエの代わりに彼女の謎かけに答えたのは、先ほどからじっと彼女のことを観察していたアリスだった。


「その装束に刺繍されている文様は、冒険者ギルドの紋章パターンと一致しています。さらにエルティナという名前は、タラスクの街の冒険者ギルド現支部長、エルティナ=ハルクレイクと同一のものです。以上の理由により、あなたをエルティナ支部長本人と推定します」

「あら、正解。まだちっちゃいのに、よく気付く聡い子ねぇ」


 感心した様子のエルティナに、アリスは澄まし顔で胸を張る。


「当然です。私は最高傑作ですので」


 そして、そんな二人の会話を聞いたローリエたちはと言えば。


「エル姉が……?」

「タラスクの街の……?」

「冒険者ギルド、支部長です……?」


 予想外のその肩書に、しばし目をぱちくりさせ。


「「「え、ええええっ!?」」」


 驚きの声を、綺麗にシンクロさせた。





「さぁ、どうぞどうぞ。入ってちょうだい」


 エルティナに連れられたローリエたちは、冒険者ギルドの二階、応接室へと案内されていた。

 ゆったりとしたソファに並んで腰かける。ローリエと違ってエルティナとあまり親しくないコロナたちは、少しばかり緊張しているように見えた。

 そんな彼女たちに、エルティナは柔らかく笑いかけて。


「さて、それじゃあ改めて自己紹介をしましょうか。私はエルティナ=ハルクレイク。この春からタラスクの冒険者ギルドで支部長ギルドマスターを務めさせて貰っているわ。よろしくね」


「……ええ、よろしく。あたしはコロナ。Dランクの冒険者で、魔術師よ」

「わ、わたしはミミィと言います。冒険者じゃないですけど、剣士なのです」

「私の名前はアリスです。……探索者シーカーをしています」


 エルティナに続いて、順番に名乗っていくコロナたち。

 ……ちなみに、探索者シーカーというアリスの肩書は勿論、こういう場面に備えてローリエたちが考え出したものだった。他人の前で『おーとのもすなんとか』なる怪しさ満点の自己紹介をさせ、いらぬ火種を撒く訳にもいかなかったからだ。


「コロナちゃんに、ミミィちゃんに、アリスちゃんね。ローリエちゃんとはパーティ仲間なのよね?」

「ええ、まぁ。まだ正式なパーティ登録……というか、あたし以外はそもそも冒険者登録すらもしてないけれど」

「あら。それじゃあ後で、下で手続きをしていくといいわ。それと……」


 エルティナはそこで一旦言葉を切り、そして、


「冒険者ギルド支部長として、あなたたちにお詫びしないといけないわね。先程は弊所の職員が失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」


 そう言って深々と頭を下げた。どうやら彼女は、先の鉄巨人の討伐実績を巡る一連の騒動を既に知っていたらしかった。

 丁寧に謝罪する彼女に、騒動の張本人たるコロナが小さく首を竦める。


「……あたしこそ、ごめんなさい。ついカっとなって怒鳴ったりしちゃって」

「いいえ、実績を否定されたばかりか、あまつさえ不正を疑われてしまったんだもの。思わず怒ってしまうのも無理はないわ」

「エル姉は信じてくれるの? ボクたちが鉄巨人をやっつけたこと」

「そうね……、信じてあげたいと思ってるわ」


 期待を滲ませたローリエの問いに返されたのは、そんな含みのある答えだった。


「けれど、ごめんなさい。このギルドの責任者としては、それを実績として認めてあげることは出来ないの。色々な規則とか、他の冒険者さんたちとの兼ね合いとかでねぇ」

「うー……そっか、残念」

「亜人は魔獣と違って討伐の証拠が残りにくいから、審査も厳しくせざるを得ないのよ。特に、鉄巨人なんて大物の場合はね……」


 エルティナの口から、小さくため息が漏れる。まだ世間一般には若いと評されるであろう彼女であったが、この時ばかりは十歳も老け込んだように感じられた。


「まぁ、それはもういいわよ。あたしも諦めがついたし。……今度は真っ当に鉄巨人討伐の依頼を受けて、絶対に文句を言わせないようにしてあげるから」

「あらあら、頼もしいわねぇ」


 コロナの不敵な決意表明に、エルティナは穏やかな笑みを浮かべる。

 それから彼女は、ふと思いついたように手を打って。


「そうだ。ところであなたたち、タラスクにはどれくらい滞在するつもりなの?」

「うーん……どれくらいだろ?」


 コロナの方をちらりと見て、目で訴える。

 判断を一任され、後をコロナが引き継いだ。


「物資の準備も必要だし、とりあえず今日はこの街に泊まるつもりよ。明日以降については、後で相談して決めるわ」


 コロナの答えを聞いたエルティナは、上機嫌そうに目を細めて、


「あら、そうなの! ならちょうど良かったわ。パーティ登録の手続きが済んだら、ぜひ明日にでも私の部屋まで来てくれる?


 ……ちょっと、頼みたいことがあるのよ」




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