15:コロナ爆発
少しでも現実的に「月」を目指すため、コロナの立てたプランはこうだった。
まず、ゴブリン退治の報酬とともに、鉄巨人の討伐による追加報酬を貰う。高位亜人たる鉄巨人の討伐報酬と言えば、ゴブリンの群れなどとは比べ物にならない。当面の間、お金に困ることはないだろう。
次に、報酬を元手に装備を整えて冒険者ギルドにパーティ登録。月の情報集めと並行して、報酬は美味しくなくとも能力の向上に繋がるような依頼を中心にこなし、冒険者ランクを上げる。そうして活動の幅が広がれば、自ずと実力や名声も付いてくるはずだった。
そして十分に実力と名声が高まったら、本格的に月へ向かう情報収集に専念。噂に聞く「天空の魔法都市」や「最果ての古代迷宮」など、月へ向かう手がかりとなり得そうな未知の魔法や技術の集う地にも足を延ばす……と。
昨日の晩。中々寝付けなかったコロナが、時間を有効活用しようとベッドの中で丸まりながら考え出した計画だった。……だったのだが。
「ええ、ですから。あなたの言う鉄巨人の討伐については、実績として認定できません」
「なにそれ!! あたしたちの話が信用ならないってわけ!?」
初っ端から計画の土台を引っくり返されて、コロナの怒号が炸裂した。
剣呑な雰囲気を隠そうともしないコロナと、冷ややかな視線のギルド職員。そして隣でオロオロするローリエ……雰囲気はもう最悪の一言であった。
「そう怒鳴られても、認められないものは認められません」
「あたしたちは確かに鉄巨人をこの手で倒したのよっ! ほら、証拠だってあるんだから!」
コロナは手にした紅い結晶をギルド職員に突き付ける。
鉄巨人の撃破を確認した際、発見して持ち帰っていたものだった。
「証拠とはその魔命晶のことですか? 確かに強大な力を持つ亜人は魔命晶を遺しますが……」
「だったら!」
「しかし、あなたはDランクの冒険者です。一般常識的に考えて、少なくともBランク以上の冒険者がパーティを組んでようやく倒せるような相手を、あなたたちが相手に出来たとは考えにくいのですよ」
「っ!」
ギルド職員の正論に、咄嗟の反論が出来なかったコロナ。
もう一押しで折れると踏んだのか、職員は更に続けて言った。
「もっと言わせてもらえばですね……むしろあなたと依頼人が共謀して、不正な報告をしようとしている、という方がまだ現実味があるくらいです」
「っ、この……!」
仲間と共に潜り抜けた死線を否定されたばかりか謂れのない不正行為まで疑われ、感情の臨界を超えたコロナの顔がさっと朱に染まった。
洒落にならない気配を察したローリエが、今にも爆発して殴りかかりそうな彼女を抑えようとして羽交い絞めにする。
「こ、コロナっ! 落ち着いて、落ち着いてって!」
「嫌よッ! 嘘つき呼ばわりされて、挙句
「でも、ここでケンカしたってしょうがないよっ!」
冒険者ギルドは(厳密には違うが)国家によって運営される公的機関のようなものである。
仮に今コロナが怒りのままに暴れれば、それは即ち国家に弓引く行為と見なされるわけで……公的業務を威力を以て妨害した不届きものとして、もれなく牢獄行きである。
始まったその日に、コロナたちの旅が終わってしまう。無論、そんな事態は彼女にとっても本意ではないわけで。
「コロナ、お願い……!」
「……わかった、わよ」
しばらくローリエと揉み合って、コロナの頭が若干クールダウンする。
それでも、その煮えたぎる感情は収まらない。キッと職員を睨み付けてやれば、向こうも険しい視線を返してきた。話の分からない相手に辟易していたのは、相手も同じらしい。
そして。
「……?」
少し冷静になって、辺りがやけにざわざわと騒がしいことに気が付いた。
「お、なんだなんだ、喧嘩か?」「あの女ん子、討伐実績のことでギルドと揉めとるんだと」「なんでも、鉄巨人を倒したとかって」「あんな子が? すごっ、信じらんない!」「いやいや、Dランクだってよ。ありえねーだろ」「いや、わからんぞ。ああいう子が実は……っていうのが割とあるんだ」「あの職員のヤローはどうもいけ好かなかったんだ。俺は嬢ちゃんを応援するぜ」
騒ぎに気が付いた他の冒険者たちが、面白いショーでも見るかのように集まっていた。もとより血気盛んな冒険者たちだ。彼らを前にあんな大声でやりとりしていたのだから、当然だろう。
「っ、行くわよ、ローリエ!」
「あっ、コロナ、待って!」
先ほどとは違った理由で顔を真っ赤にして、コロナは足早にその場を去る。
慌てて後を追うローリエ。更にその後を、野次馬の輪から抜け出したミミィとアリスが急いで追いかけていった。
騒動を起こしていた張本人がいなくなり、集っていた冒険者の群れはパラパラと解散する。後に残されたのは、どっと疲れた様子のギルド職員だけ。
彼は誰にも聞こえないよう、己が不運に対して小さく悪態をついた。
「ったく、これだからクレーマーの相手は面倒なんだ」
「ふぅん、そう? 何だか面白そうな話だったみたいだけどねぇ」
「ああ、聞いて下さいよ支部長。さっきの魔術師、Dランクのクセに鉄巨人を倒したなん、て……」
彼は背後から聞こえてきた声に、引き攣った顔でギリギリと首を回転させる。
そこには面白がるような、それでいて咎めているのがハッキリとわかるような、何とも絶妙な笑みを浮かべた女性の姿があった。
「接遇は受付業務の基本でしょう? あの子たちが信用ならなかったのはわかるけど、あの言い方は相手を怒らせるだけよ?」
彼女の口調は穏やかだったが、その穏やかさの裏には有無を言わせぬような威圧感があった。
「……ハイ、スミマセン。頭に血が上ってました」
「素直でよろしい。あなたはやれば出来る子なんだから、以後気を付けるように。それと、対応報告書はちゃんと作っておいてね」
すっかり恐縮してしまった彼にそう言いつけると、その女性は軽やかな足取りでギルドを後にする。
☆
冒険者ギルドから少し離れた路地裏にて。
壁に手をついて落ち込むコロナを、ローリエたちが必死に慰めていた。
「あぁー……」
「コロナ、活動意欲が平常時と比べて六割ほど低下中。気分転換を推奨します」
「はぁー……」
「コロナさん、あんまりため息ばかりだと幸せが逃げちゃいますよ?」
「うぅー……」
「もー、元気出しなよコロナ。ちゃんと村からの追加報酬は支払うから」
少ないけどさ、とローリエから差し出される銀貨の入った袋。
ギルドを通しての報酬であれば、国の補助を受けられるため金額も上乗せされるのだが、こうなってしまった以上はどうしようもなかった。
コロナは袋を一瞥すると、
「……ありがと。けど、そうじゃないのよ」
「そうじゃない、って?」
「色々と腹が立ってるってこと。あの堅物職員は勿論、自分自身にもね」
そう言って、自嘲気味に笑った。
ちょっと冷静になってみれば、どうかしていた。
あの職員の言う通り、たかだかDランクに過ぎない魔術師の小娘のパーティが鉄巨人を倒せるなんて、一体誰が信じるだろうか。それも「ゴブリン退治に出かけていったら偶然鉄巨人に遭遇したので、それを見事討伐しました」なんて言われた日には……もう、考えてみるまでもない。仮にコロナが職員の立場でも、同じような反応をしただろう。
だからこそというか、余計にしょげてしまう。
どうして、そんなわかりきったことを考慮しなかったのか。
どうして、あんな風に怒りを露にしてしまったのか。
仮に……仮にもし自分がもっと高位の、例えばAランクの冒険者なら、また違っていただろうか。あるいは、Aランクの冒険者との合同パーティであったなら……?
「……ん?」
そこまで考えて、ふとコロナは思い至った。
「ねぇ、ミミィ。そういえば、アンタって冒険者ランクはいくつなの?」
「あっ、それボクも気になってた!」
「……ふぇ?」
あの時、鉄巨人に止めを刺したのはミミィだった。それも、あの鉄塊のような片刃剣を振り抜いての一撃。相当の馬鹿力、もとい手練れなのは間違いない。
もしや、と思って訊いてみれば、ミミィは困ったように頬を掻いて。
「えっと、ごめんなさいです。そもそもわたし、冒険者登録をしてないのですよ」
返って来たのは、そんな意外な答えだった。
「え!? で、でも旅してたんでしょ? 宿代とかはどうしてたのよ?」
「その、いつも基本野宿だったので……ご飯も現地調達出来ますので、あまりお金は使わなかったのです」
「「……わぁ」」
冒険者ギルド縛り。ミミィは何でもないように言ってのけたが、それはなんともハードな旅である。思わず目を点にして固まるコロナとローリエ。
ちなみに、唯一冒険者とは縁もゆかりも無かったアリスはと言えば、
「なるほど、金銭的リソースの消費を最小限とすることでその獲得に係る時間を削減し、旅の効率を向上させていたのですね。実に合理的です」
とんちんかんな結論を出して一人納得していた。
……それはともかく。
コロナは勝手な思い込みで、ミミィが自分と同等かそれ以上のランクの冒険者だと勘違いをしていた。
ゴブリン退治での共闘から謎の地下施設からの脱出、そして鉄巨人との戦いに災厄に係る秘密の共有と、密度の濃い時間を共に過ごしたおかげで、連帯感や仲間意識だけはそこらのパーティ以上ではあるが……考えてみれば、コロナたちは出会ってからまだ二日ほど。お互いのことをそれほどよく知らないのだ。
(……ちょっと、空回りしてたかもね)
少なくとも、今回の鉄巨人討伐の報告や今後の旅の計画について、コロナ一人が少し先走ってしまったことは否めなかった。
そう自覚した上で思えば、そうなってしまった理由も何となくわかる。非常に恥ずかしいので、コロナがそれをはっきりと口にすることは決して無いだろうが。
「はぁ。これじゃ、アンタのことをお子様って言えないわ」
「……? コロナ、それはどういう意味でしょうか?」
「あたしもアンタに負けず劣らずだったってこと。……それより、悪かったわね。変な騒ぎを起こして、アンタたちまで巻き込んじゃって」
「ううん、それはコロナが謝ることじゃないよ。ボクだって、あのギルドの人の態度にはちょっとムカッときたし!」
「もうぷーだよ、ぷー!」なんて言いながらぷくっと頬を膨らませるローリエに、コロナは思わず笑みをこぼしてしまう。
「ふふっ、なによそれ。……じゃあ、改めて今後の方針を決めたいんだけど、いい?」
「もちろんなのです。ええっと、確かギルドにパーティ登録をするのですよね?」
「最初はそのつもりだったんだけどね。まぁ、あんな風に騒ぎになっちゃったし、今さら顔を出しにくくって。……それにその、アンタたちの意見も聞きたいっていうか」
「うーん、それなら――――」
「それなら、ちょっと私の話を聞いてくれないかしら?」
不意に、楽しげな女性の声が割り込んだ。
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