結成、望月乙女冒険隊!

14:彼女たちの旅立ち



 旅立ちの日――――

 よく晴れた空の下。メーヴェ村の入り口に、四人の少女の姿はあった。


「とりあえず、タラスクの街まで向かうわよ」


 洗濯して綺麗になったローブに身を包んだコロナが、三人を見回して言う。

 馴染みの旅装姿のローリエが、それを聞いてポンと手を打った。


「あー、そっか。まだ報酬、支払ってないもんね」

「そういうことよ、依頼主様」


 鉄巨人との戦いやアリスとの出会い等々のせいで大分印象が薄くなってしまったが、コロナが当初に目的としていたのはゴブリン退治である。


 冒険者がギルドを介した依頼を受注した場合には、


 1.目的達成後に依頼主に完了報告を行う。

 2.依頼主が達成状況を検査する。

 3.依頼完遂と認められた場合は依頼主から完了証明を貰う。

 4.それを以てギルドに達成報告をし報酬金を受領。


 という手順を踏む必要があった。

 ちなみに今回の「ゴブリン退治の依頼」は他ならぬ依頼主ローリエ自身が同行して依頼の完遂を確認しているため、達成検査は必要ない。


「つまり、冒険者ギルドに寄る、ということなのです?」


 報酬代わりに貰った新品ほやほやの長剣を腰に下げ、身に着けた革鎧とフード付き外套――と、いかにも冒険者然とした恰好のミミィが、両手でフードを抑えながら訊いた。


「当然。依頼の報告を抜きにしたって、これから旅をしていくのに冒険者ギルドを活用しない手はないわ」


 路銀稼ぎとかね、と実感こもった声音のコロナ。

 旅するにあたり、先立つものは重要なのである。根無し草の旅人が手っ取り早く稼ぐ手段として、冒険者ギルドの依頼をこなすこと以上に確実なものない。

 よって、コロナの提案に反対するものはいなかった。


「異論無いわね? じゃあ早速――」


「あの、その前に確認したいのですが」


 意気揚々と第一歩を踏み出そうとしたコロナを呼び止める、平坦な声が一つ。


「どうして私はこのような格好なのでしょうか?」

「「「…………」」」


 アリスは純粋な疑問を口にしていたようだったが、対する三人は何か思うところがあったのか、さっと彼女から目を逸らす。


 厚手の綿のブラウスに、膝丈までのスカート。

 フリルのついた白いエプロンに、リボン付きのカチューシャ。


 白く継ぎ目の無い服を着ていたはずのアリスは、どこからどう見てもお洒落な町娘にしか見えない服装へと着替えていた……というか、着替えさせられていた。下手人は勿論、ローリエを筆頭に他二名である。


「いやね、アリスちゃん。アリスちゃんの服ってさ、どうしても目立っちゃうみたいだから」

「そうなのですそうなのです。これから大きな街へ行くなら尚更、人に紛れる格好をしていた方が良いのですよ、はい」

「そ、そういうことよ。アンタが人間じゃない謎生物ってことがバレたら色々とマズいんだから、少しでも隠す努力をしないとね?」


「ふむ、理解しました。その配慮に感謝します」


 もっともらしい理由を並べ立てる女子三人に、納得した様子のアリス。

 ローリエたちの言葉に嘘は無い。ただ、それにかこつけて少しばかり着せ替え人形的に可愛らしい格好を模索してしまっただけで、動機自体は至極真っ当なものだった……はずである。


「さぁ! とりあえず、タラスクの街まで急ごうよ!」


 心なしか焦ったような様子のローリエの号令で、彼女たちは今度こそタラスクの街へと出発するのだった。





 そんな旅立ちから、およそ三時間ほど。アリスたちは何の障害も無くタラスクの街まで辿り着いていた。


「これが街、ですか」


 初めて訪れる街の景色に、アリスは思わず目を見張った。


 街の中央を貫く大通りには老若男女が行き交い、時たま乗り合い馬車や行商の馬車が、専用に拵えられた車道をすれ違っていく。

 道の両側にはテント張りの商店が並び、近隣の村から集まった品々が所狭しと売られていた。

 大通りから一本入った路地には冒険者向けの店が軒を連ねている。装備の品定めをしているそれらしき一団の姿が、道行く人々の間からちらりと見えた。


「タラスクの街はね、この国――マルート王国の中でも、結構大きな都市なんだ」


 アリスがキョロキョロと辺りを観察していると、ローリエがそう教えてくれた。


 様々な人や物が集うタラスクの街の様相は、ゆったりとした時の流れていたメーヴェ村とは大違いだった。

 ここには村とはまた異なった人々の生活の形があり、日々目まぐるしく変化する活気に満ちていたのだ。


 やがて一行は街の中央広場付近、二階建ての建物の前で立ち止まる。

 建物の入り口には大きな看板が掛けられており、そこには竜と剣と杖をあしらった紋章が描かれていた。


「この看板が掛かってるのが冒険者ギルドよ。大きな街には必ずあるはずだから、よく覚えときなさい」

「了解しました、コロナ」


 コロナの言うとおり、アリスは紋章のパターンを記憶インプットする。

 それから、彼女たちに少し遅れて建物の中へ。

 

 カランカラン――


 ドアベルが小気味良い音を立てて鳴った。


「依頼の達成報告をしたいのだけれど」

「はい、ではこちらに依頼書と完了証明書の提出をしてください」

「あっ、完了証明なんですけど、ちょっと追加報酬の関係があって……」


 ギルドの受付で、コロナとローリエが職員とやりとりしている。結構時間がかかりそうだった。

 二人を待つ間、冒険者ギルド初体験のアリスは、とりあえずぐるりと内部を見渡してみることにする。


 まず目についたのが大きな掲示板。冒険者らしき若者が、しかめっ面をしながら眺めている。

 そのすぐ上の壁には何やら証書のようなものが額縁に入れられて掛かっており、そこにはこう書かれていた。


《エルティナ=ハルクレイク殿

 貴殿をマルート王国冒険者ギルド タラスク支部長として任命する

 マルート国王 ソイル=マギアルス=マルート四世》


 とりあえず役立ちそうな情報として、アリスはこの冒険者ギルドという組織の支部長とこの国の現国王の名を記憶しておいた。

 掲示板から視線を回す。大扉で仕切られた奥の部屋からは、がやがやとした話し声が聞こえてくる。扉の隙間から、大皿に乗った料理を運ぶ給仕の姿が見えた。併設の飲食店になっているらしい。

 もっとよく見てみようとアリスが扉の方に近付くと、


「アリスさん、アリスさん」


 呼び止めるミミィの声。

 声のした方を見てみれば、フードを目深に被り直したミミィが、柱の陰に潜んで手招きしていた。


「ミミィ、そこで何をしているのですか?」

「お、隠密の練習なのです。……それよりも、アリスさん。あんまり一人で動かない方がいいですよ」

「何故ですか?」

「ほら、アリスさんの見た目は可憐で小さな女の子ですから……こういうところだと目立っちゃうんです。あんな風に」


 ミミィが小さく指さす先には、荒くれ風の男たち。彼らは明らかに好奇の眼でアリスのことを見ていた。

 しかし、ミミィが警戒の眼差しを向けているのに気付いたのだろう。しばらくすると、彼らは居心地悪そうにギルドから出ていった。


「ふぅ、やれやれなのです」

「ミミィ、なぜ彼らを警戒していたのですか? 精神インテンション走査・スキャニングの結果では、こちらに対する敵対意思は確認できませんでしたが」

「ああいう輩はどんな拍子に本性を現すかわかったものではないのです。出来るだけ注意しておいた方がいいのですよ」


 うーっと唸るようにして、ミミィはフードをぎゅっと抑える。


「そういえば」


 そんな彼女の様子に、アリスは気になっていたことを訊いてみることにした。


「ミミィはどうして、ずっとフードを被っているのですか?」

「ふえっ!? こ、これですか?」

「はい。ミミィがフードを外しているところを、確認したことがないので」

「えっとですね……いいですか、これは秘密なのですけれど」


 ミミィは近くで誰かが聞き耳を立てていないかを確認すると、押し殺した声でそっと耳打ちする。


「このフードの中はですね……何と、見るも恐ろしい呪いの痕が残っているのです……!」

「……呪い、ですか?」

「そ、そうなのです。酷いのですよ、もうウネウネのグチャグチャです。見たらひっくり返ってちびっちゃうくらい無残な状態なのです」


 饒舌に語るミミィに、アリスは首を傾げて。


「……なるほど?」

「だから、わたしは人前では絶対にフードを取らないようにしているのですよ」

「はぁ、理解しました」


 呪いがどうとか、アリスにはこれっぽっちも理解出来なかった。

 けれど、とりあえずミミィがフードの中を絶対に見せたくないということは察することができたので、曖昧に頷くことにした。アリスは空気の読める探査機なのである。


 と、その時。


「なにそれ!! あたしたちの話が信用ならないってわけ!?」


 コロナの怒号が、冒険者ギルドに響き渡った。



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