11:アリスの使命


 ローリエたちによる、アリスに対する教育的指導が終わった後……


「ミミィ、これすっごく美味しい! この香ばしさ……もう、いくらでも食べちゃえそうっ」

「まさか、ミミィがこんなに料理上手だったなんてね。あ、おかわり貰えるかしら」

「さぁどうそどうぞ、たーんと召し上がってくださいませ、です!」


 ミミィは宿の厨房を借りて、持ち帰った食材をふんだんに使った手料理をローリエたちに振る舞っていた。なお余った食材については、厨房を貸してくれた礼として宿に提供済みである。

 イモ等の根菜と獣の肉とを炒め、数種類の木の実とハーブで風味付けした煮込み料理。

 旅の中で試行錯誤を続けてきたというミミィの特製メニューは、ローリエもコロナも絶賛するほどの出来であった。


「私も、追加配給を所望します」


 二人にならい、空になった皿を差し出すアリス。

 ローリエの指導によれば「ちゃんと調理した食べ物の方が美味しいし、みんなで食べると楽しいんだよ!」とのことであったが、なるほど、確かに。

 エネルギーの補給効率で言えば劣るものの、味覚や嗅覚への様々な種類の刺激はアリスにとって非常に興味深かった。


「はーい、おかわりどうぞなのです、アリスさん」

「ありがとうございます、ミミィ」


 山盛りいっぱいのおかわりを、アリスはパクパクと変わらぬペースで食べ進めていく。

 食べて、おかわりして、また食べて、おかわりして……


「「「…………」」」


 小さな女の子が次々に料理を平らげていくその様子を、三人は微笑ましいやら末恐ろしいやら、微妙な表情で見ていた。

 ローリエもコロナも、そしてミミィもよく食べる方であると自認しているが、アリスはそれ以上に大食いだったのだ。

 その小さな体のいったいどこにそんなスペースがあるのやら。気にはなったが、誰ももうわざわざ突っ込むようなことはせず。


 結局、大鍋一杯あった料理はきれいさっぱり食べ尽くされてしまったのだった。




 そして食後、宿の部屋にて。


「さて、お腹もいっぱいになったところで……アリス、改めて聞かせてもらおうかしら」


 四人が揃った場で、そう口火を切ったのはコロナだった。


「はい、なんでしょう、コロナ」

「アンタの目的と今後についてよ」

「目的……? 私の使命については昨日、お話ししたかと思いますが」


 小首を傾げ、よくわかっていない様子のアリスに、コロナは深々とため息をつく。


「あれはアンタが一方的に喋ってただけでしょ。何言ってるのかサッパリだったんだから、ちゃんとあたしたちにも理解できるように説明してってこと!」

「あはは……ボクたち、アリスちゃんが言ってること、あんまり良く分からなかったんだよね」

「それに、あの時は脱出に必死で、深く考えたり質問したりする余裕もありませんでしたので……だから、もう一度聞かせてもらってもいいです?」


 コロナだけでなく、ローリエもミミィも同じ気持ちだったようだ。

 そういうことなら、とアリスは頷いて、


「なるほど、承知しました。では、今一度私の使命について説明いたします」


 真剣な表情で頷くローリエたち。

 そんな彼女たちに、アリスは簡潔に伝えた。


「まず私、ALISの任務は『月』へ行くことです」


 月へ行く――その言葉に、ローリエたちは顔を見合わせる。


「月……月の付く地名で古い曰く付きの場所って、どこかにあったっけ?」

「どうでしょう。ひょっとしたら、何かの符牒なのかも……?」

「ねぇ、アンタの言う月っていうのは具体的には一体どこのことなの?」


 三人はアリスの言う月を、地名の略称か何かだと考えているようだった。

 そんな思い違いをしている三人に、アリスは首を横に振って答える。


「月は月です。地表からおよそ三十八万キロメートル離れた宇宙空間に浮かぶ、この惑星の衛星のことです」

「浮かぶ、月……って、もしかして」

「夜になると空に昇る、あの月……なのです?」

「はい、その月です」

「……はぁ、冗談でしょ?」


 アリスの答えは、三人にとって予想外……というか、まるで突拍子のないものだった。

 であり、旅路において時間や方角を知る指標にはなっても、間違っても旅の目的地にはなり得ない。

 ローリエたちにとってはそれが常識であり、そんな彼女たちの常識はつまるところ、この世界の常識であった。


「いえ、冗談などではありません。月へ向かい、そこに存在するとされる知性体について探査することこそが、私の存在意義ですので」

「ええっと、待って待って。……つまり、月には知能を持った生き物がいて、アリスちゃんは月まで行ってその生き物を見つけるのが目的、ってこと?」


 ローリエの要約に、アリスは満足げに頷く。


「はい、概ねその認識で大丈夫です」

「なるほど、一応アンタの目的はわかったわ。……けど、理由がわからない。アンタ、どうしてそんなワケのわからないことをしようとしてるの?」


 コロナが尋ねる。

 アリスの目的は、彼女たちこの世界にとって余りにも現実味に欠けるものだった。例えば街中でそれを大っぴらに言いふらそうものなら、即酔っ払い認定を受けるか、あるいは狂人扱いされてしまうほどに。

 なぜ、アリスはそんな狂った目的を掲げるのか。

 コロナは、それが知りたかった。


「理由、ですか。それは――」

「それは……?」


 しばし考え込むように間を置いた後、アリスの出した答えは、


「――世界を救うため、です」

「「「……!?」」」


 またしても、突拍子のないものだった。



「私の生まれた時代、とある災厄によって、世界は滅びを迎えました」


 呆けた顔をしたローリエたちに、アリスは語り始める。


「あの日……地中深くより噴き出た黒い奔流が、次々と街を飲み込み、破壊し、人々の命を奪っていきました。

 『審判』と呼ばれるその災厄の発生は事前に予測されており、それを止める『鍵』となる知性体が月に存在するであろうこともまた、推測されていました。

 そこで災厄を止めることを至上命題とした人々によって、月へ向かうことを任務とした私――ALISが開発されたのです。

 ですが、結果は先に話したとおりでした。……私が月へと向かう前に『審判』は始まってしまい、世界は滅びてしまった」


 一息に語って、アリスはその目を伏せる。

 世界を滅ぼす災厄――まるで信じがたい話であったが、ただ存在した事実のみを淡々と述べるような、アリスの静かな語り口に、誰も疑いの声を上げることができなかった。


「そこで、私は苦肉の策として、長期休眠に入ることを。私が生まれた時代では叶いませんでしたが、ずっと先の未来であれば、再び使命を果たす機会が訪れるのではないのかと」

「え、ちょっと待って」


 ここで、コロナが口を挟んだ。


「その災厄って、アリスが生まれた時代……もうずっと大昔に済んだことよね? どうして、今更それを止めようだなんて……!?」


 そこまで言って、コロナははたと口をつぐむ。

 その後を、ミミィが絞り出すような声で引き継いだ。


「もしかして、その災厄は……今でも起こる可能性がある、ということなのです?」

「そのとおりです、ミミィ。『審判』はある程度周期的に発生していることが、私の時代の研究で明らかにされています」

「そ、そんな……っ!?」


 絶句するコロナとミミィ。

 何かの間違いであってほしい。アリスの言葉を否定する何かを探して、二人は縋るようにローリエの方を見る。

 そんな二人の視線を受けて、これまで聞き役に徹していたローリエが、意を決したように口を開いた。


「えっと、アリスちゃん。一応確認するけど、アリスちゃんの言ってることは、全部ホントのことなんだよね?」

「はい、ローリエ。間違いありません」

「そっか。じゃあ、アリスちゃんはこれから、災厄を止めるために月へ向かう方法を探すんだ?」

「無論、そのつもりです」

「なるほどね。ふーん、月かぁ……」


 ローリエは一人うんうんと頷くと、未だ不安げなコロナたちに向かって、


「ね、月から見える景色って、どんな風なんだろうね?」


 心なしかわくわくした表情で、そう言ってのけた。

 そこはかとなく能天気なローリエに、コロナもミミィも毒気を抜かれたように目をぱちくりとさせる。


「いやローリエ。アンタ、この状況が分かってないの?」

「? ちゃんと分かってるよ。アリスちゃんのおかげで、世界が滅びるのを防げるかもしれないんでしょ?」


 ローリエの言葉に、雷に打たれたかのようにハッとする二人。

 コロナもミミィも、災厄の話が余りにも強烈過ぎて、つい思考がマイナスの方向に行き過ぎてしまっていた。

 そうだ、最悪の結末を防ぐために、目の前の少女は幾星霜の時を超えてこの時代までやってきたのだ。これを僥倖と言わずして何と言おう。


「そう……そうよね。あたしとしたことが、雰囲気に呑まれてたわ」

「うう、取り乱してしまい、お恥ずかしい限りなのです」


 平静を取り戻すコロナとミミィ。

 ローリエはそんな二人の様子を見て小さく微笑むと、アリスの方に向き直り、


「ねぇ、アリスちゃん」

「なんでしょう、ローリエ」

「アリスちゃんの使命……にも手伝わせてくれないかな?」


 真剣な表情で、そう訊いたのだった。

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