09:鉄巨人



「亜人……あれが……!」


 アリスは、初めて目にする亜人の姿に、その存在に、思わず思考回路がショートしそうになるほど驚愕していた。

 アリスに与えられた知識には決して存在しない、未知の生命体。

 生物かすらも怪しい見た目ではあるが、アリスの内蔵する「命波探知機レーダー」は、確かにその鋼鉄の巨人が生命体であることを示していた。


 そして、こちらに激しい敵意を持っていることも。


「あれは鉄巨人。亜人の中でもとびきり厄介なヤツよ。たとえ金貨を袋いっぱい貰ったって相手にしたくないようなレべルの、ね」


 そんな言葉とは裏腹に、コロナはアリスたち三人を庇うように鉄巨人の前に立ちはだかった。


「ふふん、感謝しなさい。このあたしが、たったの銀貨四枚であのデカブツを相手にしてあげるっていうんだから」

「コロナ……?」

「民間人の依頼主様に武器の無い剣士様、それからワケのわかんないお子様は戦場ここにいても邪魔なだけだけよ。とっとと家まで逃げ帰るがいいわ!」


 三人に背を向けたまま、コロナがそう強い口調で言い放つ。

 そのあまりにも分かりやすい態度に、この緊迫した状況だと言うのに、ローリエもミミィも思わず笑みをこぼしてしまった。


「コロナってさ、けっこうカワイイところもあるんだね」

「ふふっ、そうですねぇ。コロナさん、なんて分かりやすい」

「なっ!?」


 さも当然のように隣に並び立つローリエとミミィに、心底驚いた表情をするコロナ。


「役立たずは逃げろって言ったでしょ!」

「役立たずはキミも一緒でしょ。さっき魔法が全然通じなかったの、ボク、ちゃんと見てたよ?」

「一人で囮になっても、稼げる時間なんてたかが知れてますのです。それに、コロナさんにはちゃんと後で、アリスさんに謝ってもらわないといけないですから」

「そうそう。こんなヤケクソな自己犠牲じゃなくて、ね」

「アンタたち……!」


 ローリエたちには、コロナが心にもない憎まれ口を叩いてまで囮役になろうとしていたことは、その理由も含めすっかりお見通しのようであった。

 そして、ワケのわかんないお子様呼ばわりされたアリスはと言えば、


「家に帰れということは、あの地下シェルターへ戻れということでしょうか。お言葉ですが、それは出来かねます。私には為さねばならない使命がありますので」


 どこまでも素直に捉え、素直にそう答えた。


 結局、誰一人として逃げ出すことなく、四人は鉄巨人と対峙する。


『――――――』


 そんな彼女たちの様子を、鉄巨人は不気味な沈黙をもって窺っていた。


「で、どうするのよ。まともに戦ったって勝ち目なんて無いわよ」


 油断なく構えながら、小さな声で作戦会議をするコロナたち。


「わたしはちょっとだけ力に自信がありますので、剣が無くても何かお役に立てるかもですけど……」

「でも、ボクとコロナの魔法は全然通じないんだもんね。……やっぱり、みんなで逃げちゃう?」


 ローリエが努めて気楽にそう言うが、岩壁を砕いてまで進撃してくる相手から、果たして逃げおおせられるのかどうか。


(可能性はほぼ無いに等しいでしょうね)


 逃走は不可能。

 そう予測したアリスは、目の前の敵性生物についての解析を試みる。


 光学測定の結果、体長およそ五メートル。推定重量四十トン。

 推定構成元素は二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化鉄等々。


 まるで地殻がそのまま形をとったような生物だ。

 この惑星上で、一体どんな進化の過程を経ればこんな生物が誕生するのか。

 興味の尽きないところだったが、もう一つ、アリスには気になるところがあった。


 何故か、相手の意識、身の竦むような敵意のほぼ全ては、アリスに対してのみ向けられているようなのだ。


 どうしてそこまでアリスを敵視するのか。理由は全くわからない。だが事実、警告色の赤に染まったその単眼は、アリスを捉えて離さなかった。


 ならば、とアリスは鉄巨人の前へと歩み出る。


「あ、アリスさん……?」

「狙われているのは、どうやら私のようです。私がいるから、この敵性生物はここまでやってきたのでしょう」


 後半は推測ではあるが、相手の様子を見る限り、その蓋然性がいぜんせいは高いと思われた。


「つまり、事態への対応は私に課せられた義務と言えます」


 任務の障害となるのであれば、排除するまで。

 アリスが徐にその左腕を鉄巨人へと向けると、


「《機構解放モード・リリース》」


 少女らしい華奢な手は、一瞬の内にその形を変えた。


 分割格納される掌。腕の内側からせり出す銀の銃身。

 左手首から先を銃器へと変形させた、人ならざるものの姿。


 その様を目にした鉄巨人が、ハッとしたように動き出した。


『――――!!!』


 おぞましい金切り声と共に振り上げられる、鉄塊の如き片刃剣。

 だがそれが振り下ろされるよりも早く、アリスの左腕が火を噴いた。


発射ファイアっ!」


 撃ち放たれた、輝ける蒼白色の光条プラズマキャノン

 空間を切り裂きながら一直線に迫るそれが、鉄巨人と接触した瞬間、


『――――!?!?』


 ガラスが割れるような甲高い音が洞窟に木霊した。

 鉄巨人の身体を覆っていた『不可視の何か』が明滅し、淡く光る粒子となって霧散する。

 剣を振り上げた姿勢のまま、ぐらりと後方に倒れる鉄巨人。その身体は勢い洞窟の壁を押し崩し、岩礫の雪崩に飲み込まれて見えなくなった。


「敵生命反応の消失を確認。交戦を終了します」


 役目を終えたアリスの左腕は、元の少女の細腕へとその姿を戻す。

 一部始終を目撃していたローリエたちは、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。


「あはは……ボク、夢でも見てるのかな?」

「嘘でしょ、あの鉄巨人を一撃って……」

「アリスさんって、ひょっとしてすっごく強い、です……?」


 自分たちが手も足も出なかった相手を、文字通り人間離れした業で圧倒したアリスに、信じられないものを見るような目を向ける三人。

 その反応に気付いたアリスは、少し得意そうに胸を張ると、


「当然の結果です。私は最高傑作ですから」


 落ち着いた声で、淡々とそう言った。

 ……ただし、声の調子は落ち着いていても、顔のまでは隠しきれていなかった。


「「「…………」」」


(アリスさん、確かに人間じゃないのかもですけど)

(表情というか、感情は大分人間らしいみたいだし)

(ちびっ子が背伸びしてるみたいでとってもカワイイよね!)


 ローリエたちの視線が、柔らかいものに変化する。


「……? 皆さん、どうかしましたか?」

「ううん、何でもないよ。さ、アリスちゃんのおかげで鉄巨人もいなくなったし、早く外に出よう!」


 一番厄介な障害が片付いた今、彼女たちにこの場所に留まる理由はない。

 四人がその場を後にしようとした、その時だった。



 不意に、背後で岩の崩れる音がした。



「……っ!?」


 唐突にアリスの命波探知機レーダーに示される生命体反応。

 それは、確かに先ほど消えて無くなったはずのもので。


『――――!!!』


 アリスが振り返るのと、岩礫を吹き飛ばし突っ込んできたが彼女に斬りかかったのは、ほぼ同時だった。


「え……?」


 生命活動を停止したはずの鉄巨人の復活。


 余りに不条理な出来事に演算が追い付かず、アリスはその場から動くことが出来なかった。

 小さなアリスを確実に仕留めるべく、橫薙ぎに振るわれる豪速の片刃剣。

 なす術なく斬り飛ばされる運命の少女は、来る衝撃に備えて咄嗟に目をつむる。


「……?」


 だが、予見された衝撃が訪れることはなかった。


 代わりに感じる柔らかい感触。アリスが恐る恐る目を開けてみると、


「っはぁ。心臓が止まるかと思ったわ」


 上に覆い被さるコロナの姿があった。

 アリスは身体を真っ二つにされる直前で、彼女によって後方へと押し倒されていたのだった。


「あ……感謝、します、コロナ」

「そういうのは後よ!」


 追撃を避けるため、起き上がった二人は素早く鉄巨人から距離をとる。


「コロナ! アリスちゃん! 二人とも大丈夫!?」

「お怪我はないですか!?」

「はい、機体に損傷はありません。ですが、どうして……? あの敵性生物は、確かに撃破したはずなのに……」


 そんなアリスの疑問に、答えられるものはいなかった。

 一度倒したはずの亜人が復活するなど、現役冒険者であるコロナでさえ、聞いたことが無かったのだ。


『――――!!』


 アリスを仕留め損なった怒りからか、おぞましい金属音の咆哮を上げる鉄巨人。

 そして振り抜いた剣を再度構え直すと、アリス目掛けて猛然と走り出した。


「鉄巨人、来ますです!」

「うう、こっち来ないでよっ! 『光よ、貫けライトアロー』!」


 ローリエが牽制に唱えた【光矢】の魔法。

 ダメージは与えられずとも、せめて攻撃を躊躇させられれば……というくらいの気持ちで放たれたそれは、


『――!?』


 鉄巨人の脚に、深々と突き刺さった。

 ガクンと膝を折る鉄巨人。これには、撃った本人ですらも驚いた。


「あ、あれ? さっきは全然効かなかったのに!?」

「よくわからないけど、チャンスみたいね! 『炎獄に囚われなさいフレイムプリズン』!!」


 魔法が効くと判明するや否や、十八番の【火炎牢】で畳みかけるコロナ。


『――!? ――――!!?』


 猛烈な業火に包まれた鉄巨人は、悲鳴を上げながら暴れ、手にした剣を闇雲に振り回す。

 剣は洞窟の壁や天井を滅茶苦茶に破壊した挙句、鉄巨人の手を離れて地面に突き立った。


「!! いいものいただき、ですっ!」


 それに飛びついたのは、ずっと得物がなく手持ち無沙汰な様子だったミミィ。

 彼女は鉄巨人の体長の半分ほどもある片刃剣を「よいしょ」と持ち上げ、


「行きますですよ! せやぁぁぁっ!」


 火炎に巻かれて回避も防御も出来ない鉄巨人に向かって、大上段の構えから袈裟懸けに振り下ろした。


『――――』


 鉄巨人に負けず劣らずの豪速で放たれた斬撃。

 自らの武器で胴体を斜め真っ二つに圧壊・切断され、今度こそ鉄巨人は沈黙。


 どっと地に崩れ落ちると、空中に溶けるように消え去った。


「終わった、のかな……?」

「……ええ。今度こそ、間違いなくね」


 鉄巨人の消えた跡を調べていたコロナが、満足げに頷く。


「何とか倒せましたけど……はぅ、せっかくの剣が……」


 対照的なのがミミィで、フードを目深に被り直していじけていた。

 元々鉄巨人が装備していた片刃剣は身体の一部のような扱いになっていたらしく、鉄巨人と同時に消えてしまっていたのだ。


「元気だしてよ、ミミィ。新しい剣なら、ボクが村長さんに頼んで何とかしてもらうからさ」

「ふえっ!? そ、そそ、そんな、ローリエさんにそこまでしていただくわけには」

「いいんじゃない、別に。あんな化け物を退治したんだから、報酬としては安すぎるくらいよ」

「あ、コロナもね。依頼の報酬、上げてもらうようにボクからも言っておくね」

「当然。追加のお代は……そうね、まずは今日の宿と食事を提供してもらおうかしら」


 わいのわいの。

 鉄巨人を無事倒した安堵感から、話に花を咲かせるローリエたちだったが、


「……あれ、アリスちゃんは?」


 ふと、アリスが妙に静かなことに気付いたローリエが周囲を見回すと、


「に、人間が、光を、炎を……非科学的……理解不能……です……」

「あ、アリスちゃーんっ!?」


 初めて魔法というものを目の当たりにしたアリスは、思考回路が限界を超えてオーバーヒート。

 あえなく目を「ぐるぐる」させて気絶システムダウンしてしまっていたのだった。






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