07:探索者アリス



「お、女の子……?」


 謎の物体カプセルの中で眠る少女を見つけたローリエが、思わず呟いた。


「はぁ? ローリエ、アンタ一体何を見つけ、て……」

「……わぁ、確かに女の子ですねぇ」


 ローリエと一緒になってそのカプセルの中を覗き込んで、目をぱちくりさせて固まるコロナたち。


 何故こんなところに女の子が?

 果たしてこの子は何者なのか?

 そもそもまだ生きているのか?


 三人の頭を様々な疑問が駆け巡る。

 そんなフリーズ状態から一番始めに立ち直ったのは、第一発見者たるローリエだった。

 この女の子が何者かはわからないが、まだ小さな子供であることには違いない。


 そうである以上、取るべき行動は一つだった。


「と、とりあえず、この子を助けなくっちゃ!」

「あっ、ちょっと!?」


 ぺたぺたとカプセルを触り、どうにかして少女を外に出せないか試そうとするローリエ。そんな彼女を、コロナが無理矢理引き留める。


「下手に触るのは危険だってば! よく考えなさい、こんなところに普通の女の子なんているはずないでしょ!」

「でも、こんな小さな子なんだよ!? 一人で残していくなんてできないよ!」

「あわわわ、お二人とも、落ち着いてくださいです!」


 謎の少女の扱いを巡り、言い争うコロナとローリエ。

 それをミミィが何とか収めようとあわあわしているうちに、


『ALISシステム、起動シークエンス完了』


「「「っ!?」」」


 突如としてカプセルから響く、無機質な女性の声。

 予想外のことに、ローリエたちは揃ってカプセルを凝視する。


 警戒態勢の三人が固唾を飲んで見守る中、意外なほどあっさりとカプセルのカバーが開放され、


「…………」


 眠っていたはずの少女が、ゆっくりと起き上がった。

 月光そのものが形をとったかのような髪をさらりと揺らし、少女は茫然とした表情で辺りを見回して、


 ローリエたちと目が合った。


「あ……」


 何か言おうとして、俯いて言いよどむ少女。

 そんな彼女の様子に、ハッとするローリエ。それからちらりとコロナたちを見て、ぐっと親指を立てた。

 その目は雄弁に物語っていた。「ここは任せて!」と。


「ねぇ、キミ。名前は何て言うのかな?」


 ローリエは屈んで少女と目線を合わせ、努めて優しく語りかける。

 少女はローリエの問いかけにかなり驚いた様子だったが、


「……アリス。私の名前は、アリス、です」

「そっか、アリスちゃんって言うんだ。いいなぁ、可愛い名前!」


 小さく答えた少女――アリスに、朗らかに笑いかけるローリエ。

 神殿寮で孤児たちのまとめ役をしていたローリエにとって、このくらいの歳の子供の相手はお手のものであった。

 その手慣れ具合に、ローリエプロに任せた方が上手くいくと判断したのか、コロナもミミィも黙って成り行きを見守っている。


「アリスちゃん、どうやってここに来たの? お父さんとお母さんは?」

「…………」

「アリスちゃん、大丈夫? どこか具合でも――」

「えっと、あの」


 対幼子モードのローリエの言葉を、アリスが気まずそうに遮った。


「……すみません。話せば長くなるのですが、説明してもよろしいですか?」

「えっ、あっ、ハイ」


 思っていたよりだいぶ大人びた返答をされ、思わず素で畏まってしまうローリエ。

 ぽかんとしているローリエたち三人に向け、アリスは滔々と自己紹介から始めた。


「まず、私の正式名称は、『Autonomous自律型 Lunar Intelligence知性体 Searcher探査機』。略称として、ALIS――アリスと呼ばれていました」


 おーとのま? いんてり?

 のっけからよく分からない単語を連発され、目を白黒させるローリエたち。


「この名称が示す通り、私の任務ミッションは『月』へ行き、そこに存在するとされている何らかの知性体とコンタクトを図ることです」


 三人が頭上にハテナマークを大量に浮かべているのを全く意に介せず、アリスは淡々と語る。


「ですが、私の造られた時代ではとある理由により任務を果たすことが出来ず……苦肉の策として、私はこのセーフティカプセルで長期休眠ロングスリープに入ることで、後の時代へと託されました」

「は、はぁ」

「私が目覚めたということは、あなた方が私の任務のサポートをして頂ける、この時代の技術者エンジニア……という認識でよろしいのでしょうか」


(((よろしいのでしょうか、と言われても……)))


 そもそも、何を言っているのかわからない!

 そう、三人の心が一つになった。


「……あの、ごめんなさい。多分違いますです」

「ハッキリ言ってあたしたち、アンタの話の三割も理解出来てない自信があるわ」

「え、えっと、アリスちゃん、さん? ボクたちはね」


 とりあえず相手が(やっぱり)普通の女の子ではなさそうだということだけは把握して、この場所までやって来た経緯を簡潔に説明するローリエたち。

 ……今度は、アリスの方が頭に疑問符を浮かべる番だった。


「ゴブリン? 鉄巨人? 全くもって意味不明です。あなたたちは空想の話をしているのですか?」

「いや、こっちからしたらアンタの存在こそ意味不明なんだけど!?」

「こ、コロナさんコロナさん、落ち着きましょう!」


 食ってかかろうとするコロナを、ミミィが何とか宥めようとする。

 その横では、ローリエがアリスの話をまとめようと難しい顔をしていた。


「えっと、要するにアリスちゃんは亜人を知らないくらい大昔の人で、わけあって封印されていたところを、迷い込んできたボクたちが偶然目覚めさせちゃった……って感じかな?」

「……細部解釈に齟齬が存在しますが、概ねその認識で問題はないかと思われます」


 一瞬間をおいて、肯定するアリス。

 それを聞いたコロナが「もしかして」と声を上げた。


「アンタが大昔の人間ってことは、このワケわかんない場所も大昔の施設か何かってこと?」

「はい。ここは私が造られた研究所、その地下シェルター区画です」

「じゃ、じゃあ、ここの構造……入り口とか出口とか、理解してたりするのです?」

「ええ、無論です」


「「「やった!!」」」


 少女たちの運命に、確かな光明が射した瞬間であった。





「ここからの脱出方法を教えてほしい、ですか」


 アリスは久方ぶりに接した生命体である三人の少女たちのお願いに、ふむ、と思考を巡らせる。

 彼女たちの言っていることはいまいち理解しがたいが、要起動判定がされたということは、少なくとも害意ある存在ではないということだろう。

 であるならば、今後の任務遂行の取っ掛かりとして、彼女たちとの良い繋がりを作っておくことは決してマイナスには作用しない。

 アリスは、使。任務達成のためには、彼女たちに協力するべきである。そう判断した。


「うん。ボクたち、ここがどうなってるのか全くわからなくて」

「……ああ、そういえば先ほど、あなたたちは洞窟から落下したと言っていましたね」


 とはいえ、ここからどう行動するにせよ、まずは現状把握が必要だった。

 アリスはセーフティカプセルを通じて研究所の管理システムにアクセス、研究所全体の状態を確かめることにする。


(……機能しているのは地下シェルター区画のみですか。上層は全て深刻な異常が発生中……上が洞窟になっているというのも間違いではなさそう……? 動力供給区画は……ダメですね。現状チャージしてあるエネルギーが尽きてしまえば、地下も機能停止……となると、安全確実な脱出経路は……)


 一通りの状況確認を済ませ、アリスは三人に向き直る。


「研究所の現況は把握出来ました。脱出経路を案内します」

「え、ホントに!? アリスちゃん、ありがとう!」

「……ま、今はこの子に頼るしか方法は無さそうだし、素直にお願いするわ」

「た、助かりますです! このご恩は必ずお返ししますね!」


 三者三様の言葉でアリスに謝意を伝える三人娘。


「お礼の必要はありません。私も任務遂行のため、ここを出る必要があっただけですので」

「ううん、それでもだよ!」


 黒髪の少女がアリスの手を取った。


「ボクはローリエ。よろしくね、アリスちゃん!」

「コロナよ。道中亜人が出たら、あたしに任せて」

「ミミィと言います。よろしくお願いしますです」


「ローリエ、コロナ、ミミィ――個体名称、記憶インプット完了しました。……では、三人とも私についてきてください」


 アリスの先導で、少女たちは小部屋を後にする。



 ローリエ、コロナ、ミミィ、そしてアリス。

 この死にゆく地下施設からの脱出が、彼女たち四人が揃った最初の冒険であった。



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