06:目覚め


「あいったたたた……あれ、ボク、生きてる?」


 ズキズキと痛む頭をさすりながら、ローリエはふらふらと起き上がった。

 周囲に鉄巨人の気配はない。


「いったぁい……あんなのがいるなんて聞いてないんだけど!」

「はう……肝心な時にお役に立てず、申し訳ないのです……」

「コロナ! ミミィ! 良かった、二人とも無事だったんだね!」


 同じように近くで転がっている二人を見つけ、ほっと胸をなでおろすローリエ。


 鉄巨人による片刃剣の一撃は、ローリエたちの立つ地面そのものを粉々に砕くほどの威力を持っていた。

 その結果、剣が直撃すること自体はなかったものの、床の崩落に巻き込まれたローリエたちはあえなく落下してしまったのだった。

 上を見上げてみれば、遥か遠くに広間の明かりらしきものが見えた。……登って戻ることなど、望むべくもなさそうだ。


 かなりの高さから落ちてしまったものの、幸い、三人とも命に関わるような怪我は負っていなかった。無論、全くの無傷というわけにもいかなかったが。


「『傷癒えよヒール』。うん、これでみんな全快だね」

「あ、ありがとうございますです。……落ちちゃいましたけど、何とか助かりましたねぇ」

「そうね。あんな化け物と遭遇して全員無事ってだけで奇跡的よ。……ま、ここがどこだかわからない以上、あんまり状況は好転してないわけだけど」


 コロナの言葉に改めて周囲を見渡してみれば、そこはこれまでいた洞窟とはかなり趣の異なった場所だということが分かる。


 まず、周囲は天然の岩壁ではなく、明らかに人工物と分かる滑らかな素材で出来ていた。

 照明の類は見当たらないが、壁や天井そのものが薄明るく発光しており、昼間と同じように活動できる程度には明るい。


「自然の洞窟……じゃ、ないですよね」

「人の手が入ってそうだもんね。ひょっとして、誰かいたりするのかな?」

「さぁね。ともかく、ここでぼんやりしてても仕方ないし、地上へ戻る方法を探しましょう」


 座して待つだけでは飢えと渇きに殺されるのみである。

 今や文字通りの運命共同体となった三人の少女たちは、脱出方法を求め、謎の場所の探索を開始した。


 三人が落ちてきた場所からは長い通路が一本伸びており、そこ以外に道は無い。まずはそちらへ向かうしかなさそうだった。


 警戒しつつ無言で進むローリエたち。三人の足音だけが、人工的で無機質な通路に乱雑な反響を残す。


 何者かの手によって造られたはずのこの場所には、人間どころか、生命の気配・死の痕跡に至るまで、何もかもが無かった。


 ここにあるのは、命という命を念入りに拭い去ったかのような清浄な沈黙だけ。


「ねぇ、見て。あれ」


 コロナが立ち止まり、指で示す。

 それは、壁と同じような素材でできた塊だった。

 もとは通路を塞いでいた形だったであろうそれは、無残にも捻じ曲げられ、穿たれ、ひしゃげさせられていた。


「うわぁ……すっごいね。ここで何かあったんだ」

「これ、金属なのです? わたしでも曲げられないくらいとっても硬いですけど、それをこんなにするなんて……」

「あの鉄巨人の仕業……じゃないわよね」


 見れば、同じような塊が通路の先まで等間隔に存在していた。

 その様子を見て、三人は何か恐ろしいものが壁を押し破って通路を突き進む姿を想像してしまい、思わず身震いする。


 もし、そんなものが自分たちの目の前に現れたら。この先に待ち構えていたら。


「「「…………」」」


 心なしか、足が鈍る。

 だが、それでも少女たちはこの先へ進むしかなかった。




 この不気味な通路を歩き続けて、一体どれほど時間が経ったのか。

 張り詰めた緊張感が支配する中、変わり映えのしなかった風景に、ついに変化が訪れる。


 三人の行く手に現れたのは、開け放たれた状態で放置された扉だった。


「ふんふん……この先、変な気配はしませんですね」

「良かった。あそこが終点なのかな?」

「わからないわ。けど……」


 顔を見合わせ、頷き合うローリエたち。


 用心しつつ中に入ってみれば、そこは小部屋になっていた。

 そこには箱状のもの、ロープ状のもの、壁にびっしり張り付いたタイル状のもの等々、用途のよくわからない様々な物体が並んでおり、


「な、なんなのですか、これは……?」

「気を付けて、下手に触らない方がいいわ」


 これまでの通路以上に異質さを感じさせる部屋の様子に、ミミィとコロナは思わず圧倒されてしまう。


「……?」


 だがそんな中、ローリエだけは部屋のある一点に、何故か強く興味を惹かれた。

 異質な部屋の中心。そこに設置された、一際目を引く大きな物体。


「あれは……?」

「あっ、ローリエ! 何してるの、危ないわよ!?」


 コロナの忠告を聞き流し、ローリエはふらふらとその物体に近付いていく。

 そして高級ガラスの様に透明な、けれど決してガラスではない未知の素材で出来たそれを覗き込むと、そこには、


「――――――え?」

 

 透き通るように白く滑らかな肌。

 月の光のように美しい、プラチナブロンドの髪。

 無垢、という言葉がぴたりと当てはまるような、幼い顔立ち。


 継ぎ目の殆ど無い白いぴったりとした服に身を包んだ、見た目10歳くらいの女の子が一人、物言わぬ人形のように眠っていた。





 夢を見ていた。


『――キミの使命は《月》へ行くことだ』


 もう何度同じ夢を見ただろうか。


 既に顔もわからなくなってしまった誰かから、そんなことを言われて。

 知識データベースに存在しない生物の影に怯えながら、記憶メモリに存在しない景色の中を一人、孤独に延々と彷徨って。

 ボロボロになり果てた後になって、漸く空から降る穏やかな光に気が付いて。


 灯りのない漆黒の大地を離れ、遥か夜空に浮かぶ月へと飛び立つ。

 第二宇宙速度まで加速した身体は、大気圏を突破し重力から解き放たれる。

 遥か38万キロメートルの距離を一瞬で飛び越し、月周回軌道へと突入。

 荒涼とした月面を眼下に望み、逸る気持ちを抑え降下を開始。

 そして両の脚が月の小石を踏みしめたその瞬間、


『よく頑張ったね、私の可愛い――』


 慈しみに満ちた、大切な誰かの声が聞こえて。

 ああ、ようやく報われた――と、そう感じた時には。



 視界をあの黒い奔流が埋め尽くして。



『――キミの使命は《月》へ行くことだ』


 そうして、全てが巻き戻されるのだった。


 過程も、結末も、何一つとして変わらない。

 最後に訪れる刹那の幸福も、そこへ至るまでの永い痛苦も。

 全ては、ただ無意味に繰り返すだけの無限ループ。


 きっと、それは自分が壊れるまで続くのだろう。

 何千、何万、何億と思考するうち、漠然とそう結論付けていた。


 ……けれど。



≪生体反応を検知≫



 その瞬間は、唐突に訪れた。


 漫然とした夢の世界が一瞬で崩れ去り、同時に、永遠に続くかと思われていた長期休眠が解除。

 すぐさまカプセルと接続していた各種センサーが活動を再開し、外界の状況をモニタする。


≪検知情報:未確認種・総数3……照合シークエンスへ移行≫

≪情報照合:ホモ・サピエンスと同定。下位分類イマジナリアと推定≫

≪精神走査結果:敵対意思等なし≫

≪接触可否判定:接触可≫


 刹那の間にもたらされる、膨大な情報の奔流。

 夢にまどろんでいた人工意識が、急速に覚醒していき――


≪周辺環境:ハビタブル。最適化プロトコル適用可能≫

≪総合判定:要起動。ALISシステム起動シークエンスを開始≫


 ――永劫に等しい歳月を経て、少女はこの世界に再誕する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る