04:剣士ミミィ


 もぞもぞ、もぞもぞ。


 暗くじめじめした洞窟の中、それは蠢いていた。


 もぞもぞ、もぞもぞ、もぞもぞ、


 まるで芋虫のように手足のないシルエットのそれは、幾度目かのもぞもぞの拍子、


 ごちんっ!


 思いっきり岩壁に頭部を強打した。

 それはしばらくぴくぴくしていたが、やがて上体をもたげると、


「……くふわぁぁぁぁ……?」


 寝ぼけた目で辺りをきょろきょろと見回し、大きな欠伸を一つ。

 立ち上がろうとして、上手くいかずにどべっと倒れこむ。

 何事かと思って自身の身体をよくよく見れば、全身荒縄でぐるぐる巻きにされていた。なるほど、これでは立ち上がれないわけである。

 原因がわかってすっきりした。さぁもうひと眠り……といったところで。


「……ふぁ? え……なんですか、この状況。どど、どうして縛られて転がされてるんですかわたしぃっ!?」


 ようやく、自分の置かれた状況を把握した。


 岩壁にかかった簡素な燭台から射す光が、ぼうっとその姿を映し出す。


 くりくりした目に黒い瞳。

 頭をすっぽりと覆う深緑のフードから覗く、栗色の髪。

 あどけなさを残した顔立ち。


 しっかりした作りのレザーアーマーを着込んだその身体は、これでもかというほどしっかり荒縄で巻かれている。文字通り手も足も出ないほどに。


 そう、彼女は芋虫などではなく、れっきとした人間の少女だった。


 少女はしばらくは上体を起こしたままアワアワしていたが、このままでいても埒が明かないと思い至り、深く深呼吸をする。


「すー、はー。すー、はー。……はふぅ」


 だいぶ落ち着いた。

 寝ぼけ状態からやや回復した頭で、少女はこうなってしまった原因について探るべく、記憶をたどる。


 少女は、旅の途中であった。

 街を出てしばらく、太陽が中天に差し掛かるころ。お腹が空いて来た彼女は、休憩を兼ねて昼食を取ることにした。

 街道から少し外れたところに綺麗な蓮の咲く清涼な泉を発見した彼女は、早速周辺で食材を確保し、簡単な旅料理を作った。

 滋養効果のあるハーブと、旨味の強い木の実、それから仕留めた獣の肉を泉の水で煮込んだ、特製スープ。

 現地の食材を雑多に組み合わせた割に味は満足のいく出来であり、彼女はそれをぺろりと平らげた。

 満足した彼女は食休みをとろうと手ごろな木に寄り掛かり……気が付けば、こんなところで芋虫にされていた。


「……お昼寝してたら、悪い人に攫われたってことでしょうか」


 だとしたら、あまりにも間抜けな顛末である。

 そんなに自分はお寝坊さんだったろうかと死んだ目で自問自答しながら、とりあえず少女は両腕両脚に力を込める。



 荒縄がぶちぶちと音を立てて千切れ飛んだ。


 晴れて自由の身となった少女は、伸びをしながら周囲を改めて確認する。

 残念ながら、愛用の装備一式はここにはなかった。別の場所に保管されているか、あるいは休憩した泉のほとりに捨て置かれたのか……いずれにせよ、丸腰で動くのは避けたいところである。


 幸いというか、彼女がいる場所は倉庫のようなところらしく、色々なガラクタがそこらじゅうに転がっていた。


「あ、これは使えるかもですねぇ」


 無数のガラクタの中から、少女は一振りの剣を見つけた。

 見るからに古く、年季の入ったブロードソード。

 彼女はそれをひょいと持ち上げると、軽く振るう。刀身は錆びついているが、とりあえず殴る分にはいい武器になりそうだ。

 と、そんな時のこと。


「……はっ!?」


 不意に、少女のフードがぴくんと揺れた。

 少女は倉庫部屋の入口側まで音もなく寄ると、じっと息を殺す。

 すると、しばらくして数匹のゴブリンが酷く慌てた様子で倉庫部屋の前を走り去っていく。虜が自由を得たことには、どうやら気付いていないようだった。


「なるほど、ゴブリンですかぁ……」


 下手人の正体を知った少女は、合点がいったとばかりに頷く。

 相手がゴブリンであるならば、容赦の必要はない。

 少女は油断なく剣を構えながら、ゴブリンたちが向かった方へと歩いていった。





「『燃え広がりなさいファイアウェイブ』!」

『ギ、ギギィィィィッ!?』


「『光よ、貫けライトアロー』!」

『ギャッ!?』


 洞窟へと侵入したローリエたちは、破竹の勢いで進撃を続けていた。

 まずコロナが範囲攻撃で敵を混乱させ、その隙にローリエが一体ずつ仕留める。

 出来合いのパーティにしてはそこそこ上手くハマった連携に、ゴブリンたちはなす術なく倒れていく。


「ふぅ、こんなもんかしらね」

「けっこーやっつけたねぇ」


 計三度目の遭遇戦を完全勝利で終え、小休止をする二人。


「ねぇローリエ」


 隣でストレッチをしているローリエに、ふとコロナが尋ねた。


「アンタそんなに実力があるんなら、いっそ冒険者になった方がいいんじゃない? 攻撃も回復もこなせるんだし、どんなパーティでも活躍できると思うわよ」

「うーん、それも考えたんだけどねぇ」


 コロナの問いに、ローリエは困ったように笑う。


「……育った場所を離れて生活するって、何だか抵抗あって」

「ふぅん、意外ね。アンタって、そういうの好きな方かと思ったんだけど」

「えー、そうかなぁ」


 前髪をいじくりながら曖昧に微笑むローリエ。

 そんな彼女の様子を見て、コロナもそれ以上突っ込んだことは聞かなかった。



 休憩を終え、二人は再び洞窟内を進む。

 本来であれば完全な闇に閉ざされているはずの洞窟の中は、恐らくゴブリンたちによって設置されたであろう原始的な灯によって、最低限の明るさを保っている。


 その幽かな光に照らされて、洞窟の奥に何かが見えた。


 ゴブリンのように人型の四肢を持ち、しかしどう見てもゴブリンより大きなそれは、明らかにこちらを認識している様子で、その手にした得物を油断なく構えている。


「ねぇコロナ、あれって」

首長チーフ騎士ナイトか……いずれにせよ、ゴブリンどものリーダー格ね。……倒すわよ」


 互いにその場で立ち止まり、相手の出方を窺う。

 先に隙を見せた方がやられる――そんな、張り詰めた緊張が空間を満たす。


 無限にも感じられた一瞬の後、



 動いたのは、ほぼ同時だった。


「ゴブリンかくごぉーっとぉっ!?」

「『煉獄に果てなさインフェルn』ぁ゛っ!?」


 豪速で跳びかかって来た「それ」は直前でその軌道を逸らし、

 コロナもまた「それ」が何なのかを理解し、無理矢理詠唱をストップさせた。

 その結果、


「「~~~~っ!!」」


 跳びかかって来た方は岩壁に頭からダイブして。

 詠唱をしていた方は思いっきり舌を噛んで。

 それぞれ、声にならない悲鳴を上げて悶絶していた。


「ふ、ふたりとも、大丈夫!? 『傷癒えよヒール』っ! 『傷癒えよヒール』っ!」


 ローリエ自慢の【治癒】の魔法が、この日初めて日の目を見た瞬間であった。







「あのあの、わたし、ミミィって言います。さっきはいきなり攻撃しちゃって本当にごめんなさいっ!」


 ローリエたちの前で、必死に平身低頭するフードを被った少女が一人。

 ミミィと名乗った彼女こそ、二人が探していた要救助者であった。


「まぁ、それはもういいわよ。……正直、お互い様だしね」


 バツが悪そうにそっぽを向くコロナ。


「それよりさ、ミミィはどうしてゴブリンなんかに捕まってたの?」

「え、ええっと、実はですねぇ」


 今までの顛末を、かいつまんで説明するミミィ。


「――あっきれた! 街道を外れたところで眠りこけるなんて、アンタ死にたいの!?」

「うう、返す言葉もないですよぅ……」

「まぁまぁ、とりあえず本人が無事だったから良かったってことで」

「良くないわよ! ミミィが攫われたりしなければ、アンタがわざわざ危険を冒してまでついて来る必要も無かったんだから!」


 烈火のごとく噛みつくコロナに、ローリエはにへらと笑って頬を掻く。


「えー、ボク結構楽しんでるし、全然気にしてないよ?」

「あ、た、し、が! 気にするのよ!」

「……? え、あの、それはどういう……?」

「いい、よく聞きなさい? この子はね」


 事情をよく呑み込めていない様子のミミィに、コロナがこれまでの経緯を伝える。

 自身が受けたゴブリン退治の依頼のこと。ローリエはあくまでその依頼主であり、本来はこんな危険なところに来るはずじゃなかったこと。洞窟へ連れ去られるミミィを見て、自らの安全を顧みず助けに来たこと……


「あ、あ、あああ」


 ローリエがわざわざ自分を助けようとしてここまで来てくれたことを知ったミミィは、


「ローリエさんっ! 本当にごめんなさいなのですぅぅっ!!」」

「ちょっ!?」


 地に両手両膝をつき、深々と頭を下げる。

 それはそれは見事な土下座姿勢であった。

 流石のローリエも、これには慌てた様子で。


「いや、いやいやいや、いいから! ボク全然気にしてないから!」

「いえっ、それではわたしの気が済みません! 何でしたら、いっそこの場で切腹を……!」

「やーめーてーっ!?」


 放っておいたら本当にそのまま切腹しかねない勢いのミミィを、どうにか押しとどめるローリエ。

 「責任を取るんです!」「やめてってば!」……そんな押し問答がしばらく続き、


「じゃあさ! 迷惑をかけた分、ミミィがゴブリン退治を手伝う、っていうのはどうかな!?」


 ローリエの口から苦し紛れに飛び出した、そんな提案。

 それを聞いて、ミミィの動きがはたと止まった。


「……おおっ! それは妙案なのです!」


(良かったぁ、納得してくれた!)


 内心とっても焦っていたローリエは、結構本気で安心していた。


「コロナも、それでいいよね?」

「まぁ、別にいいんじゃない? あたしは依頼主様ローリエの指示に従うまでよ」

「ではお詫びとして、不肖ながらこのミミィ=タアレ、全力でローリエさんたちの依頼完遂をサポートをさせていただきますっ!」


 びしっと敬礼するミミィ。

 こうして、ローリエたちの出来合いパーティに、フード姿の少女剣士・ミミィが加わることとなったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る